地 域 交 流 施 設
横浜温泉チャレンジャー

このページは、横浜温泉チャレンジャーの紹介です。

”温泉は必ず出る”敷本施設長の信念が源泉に達し、平成5年3月20日、ついに 温泉を掘り当てた。地下1500米。
平成4年12月末、大阪の堀削会社チャレンジャーの桂木末太郎社長が秋田の 「明間ボーリング」へ堀削を依頼し、ボーリングが開始された後のことだった。
とびきりのニュースにお年寄りも職員も湧きたった。
それから数ヶ月後、配管工事などがされ、ポンプで汲み上げられた豊富な温泉は 施設内の浴槽へと注がれた。
寝たままのお風呂で温泉に入れるなんてまったく夢のようだ、と嬉しそうに笑顔を 見せるお年寄りを見て一番嬉しいのは敷本施設長だったにちがいない。
平成6年4月、今まで施設のみで使用していた浴室を一般開放へ向けて工事がスタートした。浴室面積約86平方メートル。
同年7月完成し、公衆浴場法に認可され、「横浜温泉チャレンジャー」と名付けられた。
9月3日、温泉披露式典が行われ、ホーム敷地内の記念碑の除幕式も同時に行われた。
碑文
碑面に記された内容は次のものである。

◇ ◇ ◇

横浜温泉「チャレンジャー」

 此の温泉は1993年満開の桜を前に、あだち老人ホーム敷地内に於いて、地権者足立昭栄氏の堀削許可を得て、堀削会社チャレンジャー桂木末太郎社長の友情と決断、明間ボーリング株式会社の技術協力に依り湧出したものである。
 「温泉は公のもの」との桂木社長の思想を受け、此の温泉は、広く、永く、市民の 健康増進福祉に役立つために活用されることを期待して止まない。

                          1993年3月25日

                        社会福祉法人 創生会
                      特別養護あだち老人ホーム
                        施設長 敷本五郎建立

施設長敷本五郎氏と同郷の元三菱重工長崎造船所技師原爆被災者87歳 書き手刻り磨き贈る。

             長崎 松岡国一書刻

◇ ◇ ◇

 

そして翌日の9月4日から一般開放された。
浴室が一つのため、男性は偶数日、女性は奇数日、というように一日交代の利用と なったが、噂を聞きつけた人たちが続々と連日つめかけた。

平成6年9月から7年7月までの温泉利用客は延べ、77891人。
これからも多くの人に喜んで利用してもらいたいと敷本施設長は笑顔で言う。

又、アトピー性皮膚炎によく効く、とのことで、お礼の手紙や電話も寄せられた。

 西暦2000年5月21日 地域交流施設横浜温泉チャレンジャーとして
大々的にリニューアルオープンいたしました。

次のページへ→

←ホームページへ