欲望の砂漠

快楽原則の彼岸

飯田高誉(本展企画監修者)

  

欲望がまず最初にあらわれ、すべてのうえを漂った、それは、思考の萠芽よりもまえにすでに存在していた。(註1)

日本は今年で敗戦後(1945年)から半世紀を経た。1956年(昭和31年)の夏に発行された経済白書には次の一文が記されている。

「・・・・・敗戦に依って落ち込んだ谷が深かったという事実そのものが、その谷からはい上がるスピードを速からしめたという事情も忘れることはできない。・・・・・いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くした。なるほど、貧乏な日本のこと故、世界の他国々にくらべれば、消費や投資の潜在需要はまだ高いかもしれないが、戦後の一時期にくらべれば、その欲望の熾烈さは明かに減少した。もはや『戦後』ではない。」
(経済白書「日本経済の成長と近代化」昭和31年7月31日発行)

私は、1956年に東京で生まれた。白書にならって、我々の世代をいわゆる「戦無派」と呼んでいる。その当時、戦後10年以上は経っているにもかかわらず、私の幼い頃の記憶によると終戦後の闇市よろしく渋谷や新宿にはまだバラックが立ち並び、東京大空襲の爆撃によって廃虚化した空き地が遍く残存していたのを思い出す。-当時の空き地とバラック跡のいくつかは、半世紀後の今、ゲームセンターとなり、H.M.D.を装着した少年たちがSEGA製最新型のヴァーチャル・ゲーム「TECH-WAR」にひときわ「死」を興じている。このヴァーチャル・リアリティの電子空間にかつて焦土と化したこの都市の多様な夢と記憶の融合した非空間が自ずとジャック・インされているのだ。またその都市そのもが中心性を失い、「賑わう砂漠」となりデッドゾーンが至る所に出現している。ゲーム・センターはテレクラの待ち合わせや男色たちのデートの格好の場所となり、カラオケ・ボックスは、高校生たちのセックスの場と化し、一方、コンピューター・ネットワークでは、人身売買や金融ブラックマーケットの情報交換が頻繁に行われ、電子空間におけるデッドゾーン化が進んでいる。

コミュニケーションランドスケープを、不吉なテクノロジーの亡霊と、金で買える夢が行き交う。(註2)

廃虚化した都市のイメージを東京という巨大なスクリーンに投影し、その上に、意味を喪失した過剰な消費的記号ゲームにおけるホモジーニアスとは無縁な母系的エロスが交されるシークェンスをオーヴァーラップさせてみる。そこでは、超越性というマトリクスはきれいに払拭され、「死」がぺったりハリツイタENJOYという文字のみが点滅している。超ー快楽原則の砂漠化。天皇制のユング的精神構造からフロイト的なものへの変容。原ー都市風景の顕在化。

もうそこにはなにもなかった。ゲームの規則はなくなり、ENJOYというネオンサインが虚ろに明滅している。社会的、宗教的規範が崩壊し、宙吊りにされた欲望の強度のみが充満している。ENJOY という電光掲示板のメッセージは、「死は欲望の彼岸であり、禁じられたものである。死は享楽と等価である」(ラカン)という「禁じられた」意味性をも無効にしていく。すでにそこには道徳的もしくは宗教的な意味での禁じられた死も欲望も存在しないのである。
(12年前の映画「ブレードランナー」[リドリー・スコット監督]のシークェンスを断面的に素描してみた)

ヨーロッパにおける超越性の崩壊の始まり(19世紀末)は、20世紀思想に多大な影響を及ぼしたニーチェの「神は死んだ」ということばに象徴される。超越性の消え去った世界の秩序のなかで主体の保持をもとめたサルトルやベルクソンから、フーコーの「超越性の存在しない空間での人間存在→思考のなかにオーガナイズされえぬ空間の存在」の探究へと移行する。現象学者メルロー=ポンティはサルトルの主体性による世界支配を否定し、自然を含むものとしての人間存在をとらえていく。レヴィ=ストロースも「あらゆる有機的な存在そのものがかぎりなくゼロの状態にあること」により構造主義を掲げ、その影響を受けたドゥルーズとガタリは「人間の権力構造の領域へ及ばないピュシス概念の導入による自然学」のポスト構造主義理論を展開する。
またデリダは「アウシュビッツ的状況からの復権→主体の破壊/脱構築」を突き詰めてく・・・・・・・・。
西欧におけるユダヤ=キリスト教的空間の永遠の砂漠化。

うつろな骸骨とも言うべき『ゲームの規則』の人物たちは、頽廃の瀬戸際に追いつめられており、ファランドール(フランスの民族舞踏)を捨て、五感を強く刺激する死の舞踏の方を選びとっている。かれらはあるお祭りを利用してそれぞれ自分を仮装するのだが、それは、つまり、めいめいがそれまでつけていた仮面をぬぐことなのだ。ここにはもはや、階級間のぶつかりあいは存在しない。主人と召使いは城館の壁のうえの影となって互いに交じりあい、その城館の生活も長くは続きそうにない。人間は不完全な存在であり、生まれながらの嘘つきなのだ。『ゲームの規則』は真底から悲観的な映画であり、苦くて予言的な虐殺のゲームである。
(映画「ゲームの規則」[1939年製作 ジャン・ルノワール監督]のフランソワ・トリュフォーによる批評抜粋)(註3)

半世紀以上前に製作された映画「ゲームの規則」は、他者不在の自然=ピュシスのなかの非人間的空間の拡がりの兆しという21世紀的状況を鋭く示唆している。人間自身がもはや不毛な存在/場所=砂漠状自然となっていく。ドゥルーズ的に言えば、「消尽」 とでもいおうか。

このような文脈の流れのなかで、90年代に入ってからの現代美術は、その存在理由自体が厳しく問われ始めている。しかしこの危機的状況が広く認識されているかどうかは、おおいに疑問が残る。世界の流動性、多様性、あらゆる規範の解体により、今までの現代美術のゲームの規則は通用しなくなり、アート界の権力構造は腐敗化し、無効になりつつある。喪失感、無感覚、無感動といった人間存在が不毛である状況が拡がり、中心性を失った機械状無意識のなかでアーティストは自ら「感覚的コア=欲望」を創造しなければならない。こうした状況の下では、枯渇する砂漠に吸い取られていけばいくほど増殖し散乱していく欲望の「質料」と「形相」の関係性をアーティスト自身が、いまいちど冷静にみつめることが重要だ。さもなければ、無垢で不用意な沸騰状態の「欲望=アート」が瞬く間に陳腐化され、ショウ・ウインドーにただ累々と並べられていく。

ショウ・ウインドーノ問題。
ショウ・ウインドーノ訊問ヲ受ケル。
ショウ・ウインドーノ厳シイ要求。
外部世界ノ存在ノショウ・ウインドーノ証明。
ショウ・ウインドーノ訊問ヲ受ケルトキ ヒトハ同時ニ自分自身ニ刑ヲ宣告スル。 ナゼナラ 選択トハ往復運動デアルカラ。ショウ・ウインドーノ要求トショウ・ウインドーヘノ避ケガタイ反応カラ 選択ノ判定ガ帰結サレル。ショウ・ウインドーノ品物トノガラス越シノ交接ヲ隠蔽シヨウトイウ抵抗ハ、背理法ニヨリ、存在シナイ。刑ノ中身ハ、ガラスヲ破ルコト、ソシテ所有ガ消費サレタトタン後悔スルコト。以上証明終リ。  ヌイイ 1913年

(マルセル・デユシャンのメモ) (註4)

欲望の視線がそそがれるショウ・ウインドーの魔力を、デュシャンは用意周到で冷徹な手法によって作品化した。この複雑で緻密な手続きと強靭なストイシズムの思想(不毛性)によって行わなければ、瞬く間に決定的な差異が消滅する。この「不毛の思想」を実践することは、「死」に達する欲望と表裏一体を成すことになる。権力構造の領域へ及ばない不毛の場所を設定し、無機的存在になること。絶望も希望もない砂漠状自然空間に往復運動できること。マルセル・デュシャンは、自らの実際の「死」さえも「遺作」という作品にしてしまった。

その後しばらく経って、アンディ・ウォーホルが「不毛の地」アメリカから出現することになる。喉がカラカラに渇いたアメリカの欲望がウォーホルを欲していた。それだけに彼が既成のフォーマリズムにおちいっていた現代美術のコンテキストを超え、驚異的なスケールで文化的状況に多大な変革をもたらしたことはいうまでもない。マスメディアの量産するイメージの氾濫の真っただ中で、彼は無気力な手法をよそおいながら日常的に隠蔽された「カタストロフィック」なイメージの生産を企てた。「死の観念」を排除する永遠に美しくあらねばならない国アメリカで、ウォーホルは、非人間的な空間領域を「死」の物質化によって顕在化させた。 欲望に彩られた物質文明のデスマスクを彼が執拗につくりだすことによって、この国で隠蔽されている「死の欲動」という強迫観念から人々は解き放たれる。ボードリヤール風にいえば「死の象徴交換」を実践したのである。このウォーホルの「解放の哲学」は、ネジレながら「不毛の思想家」マルセル・デュシャンと通底している。

日本人のなかにすべてを支配する絶対原理は存在するのであろうか。もとより日本は超越性のない状態だったのではないか、などと疑問がでてくる。だとすれば、そこには「不毛の思想」も「解放の哲学」も生まれようもない。先に引用した『もはや戦後ではない』ことを宣言した経済白書が発表されてから3年後の1959年に、アレクサンドル・コジェーブが来日している。この時期にコジェーブが来日したタイミングを考えるとたいへん興味深いものがある。

「ポスト歴史の」日本の文明は「アメリカ的生活様式」とは正反対の道を進んだ。おそらく、日本にはもはや語の「ヨーロッパ的」あるいは「歴史的」な意味での宗教も道徳も政治もないのであろう。だが、生のままのスノビズムがそこでは「自然的」或いは「動物的」な所与を否定する規律を創り出していた。・・・ 執拗な社会的経済的な不平等にもかかわらず、日本人はすべて例外なくすっかり形式化された価値に基づき、すなわち「歴史的」という意味での「人間的」な内容をすべて失った価値に基づき、現に生きている。このようなわけで、究極的にはどの日本人も原理的には、純粋なスノビズムにより、まったく「無償の」自殺行為を行うことができる。・・・・・・・(註5)

これは、まさに日本における「超越性の存在」そのものの欠如の不可思議さをアイロニカルに語っている。「歴史的」な意味での「人間の条件」が備わっていないのにもかかわらず日本人は生きているのである。しかも300年間の鎖国状態の「歴史の終末」の間、闘争がなかった「唯一の社会」であると断定している。コジェーブのここでの論理は、弁証法的概念で充たされ、「超越性の不在」における「死」の観念や「不毛の思想」が導入されていないのである。その背景にはヨーロッパの宗教的原則、すなわち、思考における「神」が存在し、主体である人間が世界を支配し、さらに、主体どうしが闘い合う中から歴史の弁証法が展開していくというキリスト教の原理が働いている。

日本では、人間が主体として存在しない。ロラン・バルトによって「皇居の空虚性」を指摘しているように、「無の場所」としての皇室が、歴史を包み込み、個から生まれてくる歴史の強度へと生成していく意思を空しくさせていったのである。
「無の場所」は、歴史的なパースペクティブにおけるヴァニシング・ポイントをもたない刹那的な「死生観」を生みだし、「無償の自殺行為」ができるのである。但し、この「死生観」は、キリスト教的な終末論とは無縁である。
無限遠点を蓄えこんだ遠近法の思想は、自己破壊あるいはジェノサイドへの欲望といったプログラムが暗にセットされている。

・・・キリストは、他者の有罪性を背負い込んでいる限りにおいて、自分自身の欲望をも身に負ったのであり、この自分の欲望は、同時に他者の欲望と同一化する。これが、キリストが全ての罪人に対して「哀れみ」を抱く真の理由だ。 罪人が自らのリビドー経済において倒錯者であるとするなら、キリストのほうは、ヒステリー患者の位置、すなわち、自分の欲望が他者の欲望である者、自分以外の主体の場所から欲望する者、の位置を占める。(註6)

第二次世界大戦後の日本の天皇制は、帝国主義に君臨するエンペラーであった存在から、「ゼロ記号」に近い象徴天皇という物質的イメージへと変容していった。 戦後の1950年代当時の日本の現代美術界に、ひとりのアーティストがわずか数年のあいだに作品を発表し瞬く間に外国へ消え去っていった。その名は、オン・カワラである。その時の個人的精神状況をカワラ自ら語っている。 「終戦後の経済的な不安とか、頽廃的な社会的な様相をまともに未成熟の人間に見せられたものだから、いわゆる中年の人達がもつ過去への郷愁は全然なくて、絶望にしろなにか破っていきたいという意欲が芽生えた。」(「美術批評」1955年7月号)。

日本の現代美術界は、反近代主義的な共同幻想的風土に包まれ、カワラの絶望も希望もないカワイタ「意欲」を無効にしていく。カワラの作品「浴室」シリーズ(1953ー54年)は、無機的なものにまでされた身体を恐れない「不毛」と「唯物論的空間思想」に充ちている。そしてしばらくして、カワラは「死」と共犯関係を結ぶ「沈黙」へと自らを導き、巧みに自身を非物質化させていく。カワラのこのことばが残響する。「量が一定の限界をこえると質的変異がおこる」。

・・・生き物と物質がとっくの昔引裂れてしまった以上、今さらどうして引裂くことなど必要であろうか。そのためにこそ画面を引裂かねばならぬ。問題なのは自己を引裂くことではなく、自己をなにものかによって支えることである。引裂けば引裂く程それは「もの」としての様相を明らかにする。「もの」に接近した軌跡の度合こそこの際重要なのだ。単に凹面鏡に投影された自己の映像のデフォルマションの画面ではない。内部の映像の具体化を徹底的に拒否するしぐさと、自己自身を何ものかに転化させようとする変身の術によって、はじめて現像される内部の虚像である。
(河原温 1955年7月号美術批評「どぜう地獄」ー吉仲太造の作品についてより)

これは、吉仲太造という作家論を語りながら、カワラのセルフ・ポートレートを鮮やかに浮かび上がらせていく。
人間自身が不毛な存在、場所となっていく。その究極として「デイト・ペインティング」が無限に生み出されていく。中心性のないはじまりも終わりもない「無の場所」と化した「デイト・ペインティング」の空間は、キリスト教的パースペクティブを包摂しない超ー歴史性という砂漠的領域なのだ。

「欲望の砂漠」展では、河原温がデビューした1950年代前後と1960年代以降に生まれた日本人アーティストを選び紹介する。 イマジナリーな空間の歪みと亀裂、散乱を描いたカワラの当時の時代精神から移行した現代では、鏡像が粉々に飛び散り均質でリアルな反復的状況が顕れた。まさにカワラの作品「浴室」(1953ー54年)と「物置小屋の中の出来事」(1954年)のランドスケープが今や洪水のように現出したのだ。すでにここには相対化される差異そのものが存在していない。

新たなる闘争が始まったのである。「欲望の砂漠」展は、ポストモダン的手法によって、鏡像の断片をかき集めてフランケンシュタイン的イメージを恣意的につくりあげることを目的としていない。また現代を安易に「歴史の終焉」と位置付けて、アートのもっている超複合的感覚のコア(欲望)を葬り去ることも目的としない。本展の意図は、1945年以降に生まれた日本人作家が、「賑わう砂漠」のなかで自らの欲望を客体化し、「孤独の状態」に立ちつくしている姿を描写することである。「快楽原則」が限りなく肥大化し、ボーダーレスに蔓延する中で「芸術の存在理由」そのものが問われている。「芸術」が「快楽原則」の肥満体の影を引き受ければ、シミュラークルを無限に分泌する消費社会にただ食いつぶされるだけであろう。「欲望の砂漠展」に参加するアーティストは、「快楽原則」に従う欲望の法則を内破し、超複合的感覚のコア(欲望の起源)を探究するため、自らの「欲望の砂漠」を抱えながら結果としての作品ではなく切断面としての作品を提示する。これら作品群が、考古学的に未来へ連鎖していくことを確信している。

[NOTE]

(註1)フィリップ・ソレルス著「数ーノンブル」(新潮社 岩崎力 訳)1976,  P.135
(註2)J.G.Ballard "Crash", Triad Paladin, 梅宮典子 訳, 1990, P.5
(註3)アンドレ・バザン著、フランソワ・トリュフォー編集「ジャン・ルノワール」
    (フィルム・アート社 奥村昭夫 訳)1980、P.308-309
(註4)Marcel Duchamp "Duchamp du Signe - Ecrits", reunis et presentes par Michel Sanouillet,
Flammarion, 1975, pp. 105-106、梅宮典子 訳
(註5)アレクサンドル・コジェーヴ著「ヘーゲル読解入門『精神現象学』を読む」
    (国文社 上妻精/今野雅方 訳)1987、P.247
(註6)スラヴォイ・ジジェク監修「ヒッチコックによるラカンー映画的欲望の経済」
    (トレヴィル、露崎俊和/梅宮典子 他 訳)1994、P.213

[参考文献]

●「フロイト著作集 6巻、11巻」(人文書院、井村恒郎/小此木啓吾 他 訳)1970,1984
●ジャック・ラカン著「エクリ1,3」(弘文堂、宮本忠雄/佐々木孝次 他)1972
●ビチェ・ベンヴェヌート+ロジャー・ケネディ著「ラカンの仕事」
(青土社、小出浩之/若園明彦 訳)1994



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