aiko's Another World Creation&Expression

つみのいしき
 子供の頃、特に小学校高学年の頃、私は罪の意識ということをよく考えていた。
 明確にその言葉で考えていられたかどうかは分からない。が、私が考えていたことに当てはまる言葉はやはりそれだと思う。

 幼稚園から中学二年生くらいまでの約10年間、私は継続的にいじめられていた。その中でも、小五の頃と中二がピークだった。最初のピークの小五の頃は、たまりかねて休み時間の間に、ランドセルを教室においたまま学校を出ていってしまったものの、小学校の目の前にある我が家にどうしても帰ることができず、隣の市にある母方の祖母の家(「のこりゆき」に書いた「花農家のおばあちゃん」である。既に亡くなってしまったが、私はこの祖母が好きだった。)まで歩いて行ってしまったことすらあった。猫を殺して遊んでいたという根も葉もない噂をたてられた(「名のない猫へ」という詩を読んでみてほしい。実体験に基づいた詩なので。)頃だった。  
また、おぞましいもの、見たくないものの例示として、私の裸があげられるなど、「汚い」「触ると菌が移る」といった典型的ないじめの言葉が、性的なニュアンスを含んだ揶揄になりだしたころでもあった。その当時の自分には女性としての意識は芽生えだしていた。だからそれらの言葉は私の心に穴をあけていた。しかし、どうせ自分は女性として評価されないという想いと、私の方が正しいという信念を精神的な支えにしていたことから、その心の穴の意味については目を背け、ひたすら、罪の意識について考えていた。

どうしてこういうことをして平気なのだろう
どうしてこういうことを言って平気なのだろう
そういうことをする人同士での友達ってなんなのだろう
自分も私みたいになるかもしれないとは思わないのかな
自分は私みたいにはならないと思っているのかな
私が悪いことをしたのなら分かるけど
悪いことを特にしてなくても
こういう目に遭わせられてるのみても
自分はそうなるかもしれないって思わないのかな
悪いって思わないのかな・・
平気なのかな・・平気なのかな・・・
誰にも言われなければそれで良いのかな・・・

 こういうことがその頃の私の心の声だったと思うし、私が考えていたことを罪の意識、あるいは罪の意識の欠如と名付けるのはあながちはずれてはいないと思っている。

 そんな小学校五年生の頃の、私のクラスの担任は、先生になりたての、子供の目にもおどおどした感じが見え隠れする女の先生だった。先生はどうやら多少なりとも共通する経験を持っていたようで、私をとても気にかけてくれた。慰め励まし理解を示そうとしてくれた。そして、そのことが仇になり、いじめはエスカレートした。学級会であがる「ひいき」の声。泣き出した先生の姿。

 望まれない議題だった私は、「自殺未遂」をしたいと思っていた。自殺、ではなくて未遂をしたいと思っていた。目的は自分たちのしていることを知らしめて、「つみのいしき」を与えるため。自殺、ではなく未遂をと思ったのは、彼らが罪の意識を感じ、罪悪感に駆られて苦しむ姿を見るため。自分は正しいことをこの目で確認するため。自分は彼らよりずっと正しく賢い人間だと当時の私は思い、そのことを自分の精神的な支えにしてきたので、自分の正しさを自分で確認することは外せなかった。そのためには死んではいけないし、身に全く危険が及ばないようなことでは到底罪の意識を与えることなどできない。・・・どんな方法が一番効果的なんだろうか、そんなことを私は考えていたのだった。

・・・それは掃除の時間だった。彼らの前で、私は教室の窓から飛び降りたいと思った。
思い詰めた顔で、窓から校庭の隅の溝をのぞいていた。
10才の私なりに理詰めで考えてみたものの、やはり飛び降りるのは怖かった。
立ちすくむ私に挙がった声は

「もしかして飛び降りようと思ってるんじゃねーの」「できもせんのに」
「やれるもんならやってみろ」・・・

(・・・私がたとえ死のうとしても、彼らは苦しまない。これじゃだめなんだ。)

 実際は怖かったからからなのだろうが、そんな思いを言い訳にして、私は結局行動に出なかった。罪の意識は持てない人には持てないのだと思った。自殺未遂という方法を断念した私は、もともと好きだった本や空想の世界に逃げ込んだ。それでも時折は、他に手段がないものか考えた。罪の意識を与えることは無理でも、私が正しく彼らは悪い人間であるという構図を、ただ私が思っているだけではなく、いやが上にも認めざるを得ないような状況に追い込めないかと思っていた。

 そして私はそれができるのは言葉だと思った。社会的な力のある、大きな言葉。
教室という箱庭の社会でも、「その社会の言葉」であるとされた言葉は、人の人生を変える力がある。現に、その五年生の時の先生は、たった一年先生をされただけで退職されてしまった。
 もちろん、当時まだほんの子供であった私には、教室以外での先生のことなど何も分からない。
 ただそれでも、子供たちに泣かされたあの日の出来事が大きな原因の一つになっていることはきっと間違いなかったと思う。私はもっと大きな言葉が欲しかった。彼らの言葉とは違う大きな言葉が欲しかった。私はあくまで堂々と糾弾する。彼らは社会的に弾劾される。罪の意識を持たせることはできなくても、圧倒的な言葉による非難は堪えるはずだ。まして、それは正しい内容なのだから・・・そんなことを夢想して、私は自分を慰めた。
 当時の私には、そのための具体的な手段など思いもよらなかったが、将来、彼らより社会的な力を持つようになれれば、大きな言葉を持つことはきっと可能だと漠然と感じていたと思う。学校の成績は良いからそうなれるとそこは割と単純にそう思っていた。良いから大人が味方してくれることも期待していた。実際その通りの部分もあり、私はそういうものに頼っていた。(今にして思えばそういう私の態度はいじめを招くものだったと思うが。)

 少し話は逸れるが、私がはじめてインターネットの存在を知った19才の時最初に思ったことは、もし、大きな言葉ということを考え出した当時の私がその存在を知っていたら、きっと私は彼らを糾弾するHPを実名で作っていただろうと言うことだった。私は正しくなければならなかったから、実名で述べただろう。新聞社等にメールして問題提起を取り上げて貰おうとしただろう。彼らの名は伏せて書くだろうが、私以外の誰かの手によって、その名が暴かれるのを密かに私は期待しただろう・・・そんなことがインターネットの最初の感想になるくらい、当時の私は「正しく大きな言葉」を持ちたいと思っていたのだった。私が約五年前HPを始めたこと、HPを開いて以降、ネットに載せられた言葉の持ちうる力や、情報発信と自己責任というテーマをずっと考えていけたらと思うようになった背景には、そんな過去の思いも無関係ではない。

 ・・・こうして、小学校高学年から中学生にかけて、私の考えは罪の意識から言葉の力へと移っていった。高校になっていじめられなくなってからは、それまでの自分を否定し隠したいと思った。そんな風に考えが変わった背景には、中学から高校にかけて、かなり急激な外見と女性としての自意識に関する変化があった(ちからあることばたち、というエッセイで少し書いたが、私は中学の頃ストレスで過食気味になった時期があり、一年半ほどの間に二十数キロ太った。それも、第二次性徴が遅かったため子供の体型のまま太った。中学の終わりから高校にかけては、痩せながら本格的な第二次性徴を迎えるという、おそらく結構珍しいパターンを踏んだ。)。
 それまでずっと否定しよう否定しようとしてきた、女性として評価されたいという気持ちを、突然肯定せざるを得なくなる事が起こり、私はそれまでの自分を一度捨て、180度方針変更したのだった。そのことに連れて、私の周囲も変化した。概ね、それは好転と言っていいものだった。善悪では量れない、人を惹きつける様々な意味での魅力、とりわけ女性としての魅力を持ちたいと思うようになり、それを他人からの評価で諮ろうとするようになっていた。すぐに実感できるわかりやすいものを求めていた。自分が女性として評価されることを確認して、安心したかった。罪の意識などという厄介なものを気にして、考え込んでいたからいけなかったのだと思った。自分は間違ってはいないのだから、他人になんて合わせるものかというよく分からない意地を自分は張っていたのだと思った。痛みとか罪とか、人を傷つける想像力の欠如とか、そんなことを私が考えていたからと言って誰が得するというわけでもない。私はそういうものを見たり考えたりしないように、心に目隠しをした。そんな面倒なことを考えず、社交的になってお洒落もして女性として評価される方がずっといいではないか。そう思った。
 自分が思ってきたことは隠さなければならない。そうも思った。自分の過去や、過去の自分の内面が知られると、女性としての自分に対する評価がマイナスに戻ってしまうようなそんな強迫観念に駆られていた。周りは自分を見ようとしないと思い、またある意味自分も周りを見ようとせず、ただ自分が正しいと思って自分を保っていたのとは一転して、他人の評価、殊に、女性としての自分に対する評価を指針に行動するようになっていった。

 だが、最近になってまた、罪の意識ということを思うようになった。
 他人の評価とか、他人に知られたとか知られていないというところを離れた罪の意識。
 他人の行動を通してではなく、自分の行動についての罪の意識。

   なぜそういう事を思うようになったかは、今はまだ上手く言葉にできない。

 ただ言えるのは、他人の評価ばかりに自分を恃んでいるうちは 決して足ることがないということを実感として思うようになったということ。社会の中にいる以上、他人の評価に背を背けるべきではないことはもちろんだけれど、そこを離れたところでも自分を保てることの大切さを、少しずつ考えるようになったということがある。
 そして人の見ない、見えない部分でも自分を保つためには、目を背けたくなる自分の弱さやずるさに時には向かい合って、そういうものも含めて自分を認められないと無理なのかな、そんなことを思う。そういう思いも、罪の意識と名付けて良いんじゃないかと思う。

   私がどんな風に自分を保つようになるか。それはまだわからないけれど。
 心の明暗という天秤のバランスを、不器用な手つきで探っていくのだろう。きっと。
   


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