子供の頃から、色を眺めてるのが好きだった。授業中でもしょっちゅう空や雲ばかり見て空想を巡らせて一人遊びする子供だったことがこのHPの原点かなあと思う。もういい年なんだけど、画像ソフトの色見本とか画材屋さんでバラ売りしてる色鉛筆とか色とりどりの和紙とかの、たくさんのきれいな色たちと一人遊びすることはいまだに好きだったりもする。
そんな私の愛する色たちの中でも、「かさめのいろめ」の配色図は特に見ていて飽きないものの一つだ。「かさめのいろめ」。漢字で書くと、襲の色目。女房装束の襟元や袖口、裾なんかに現れる表と裏の色の配色。表が白で裏が紅花で桜とか、表が紫で裏が淡紫で菫とか。四季折々の配色に名前が付いていて、それぞれの配色を着るのは季節限定だったりする。私は古典もバイトで国語の予備校講師をするくらい好きだから、配色の美しさだけではなく、その配色に名付けられた情趣あふれる名前やその由来、はたまたその襲の色目が登場する古典の名場面の紹介なんかを読んでイメージを膨らませる楽しみもある襲の色目は格別に好きなのだ。
ところで、私のホームページを訪れてくれた人は、殆どのページの左上に二色の配色でaiko's Another Worldのタイトル文字が入っているのにお気づきだと思う。このデザインは、画像を使わないで全体に統一感を出したかったから、というのがまずあるのだけれど、私が襲の色目が好きだからというのも実はある。
もちろん、重なってもいないテーブルタグモニタ上の色じゃ、襲の色目のイメージになんてできない。それでも、ページに合わせて、256の三乗の色の中から二色の配色を選ぶとき、私は部屋や牛車の簾からの出衣(いだしぎぬ)をどんな配色にしようか思いめぐらす女房たちに思いをはせる。自分がした配色で衣を重ねたらどんなだろうとか、自分ならその配色にどんな名前を付けて、どんな季節に着るだろうかとか。
こういう空想は、モニタの色はもちろん、実際に重ねられる様々な色の和紙や折り紙なんかでするときはもっと楽しい。Artのコーナーに、「いろのかさね」という、襲の色目をイメージして作った作品があるが、これも和紙を様々に重ねてスキャンして遊んでいるうちにできたものだ。私の林檎箱のハードディスクには、スキャンした重ねられた和紙が素材でもなく作品でもなく眠っていたりもする。
さまざまな色の紙といえば、つい先日、20世紀最後の年の瀬に、ひょんなことから友達と水彩色鉛筆で紙を染めて遊んだ。水彩色鉛筆で紙を染めるといっても、要は、紙の全面を水彩色鉛筆で塗って、それを水筆でにじませるだけなのだけど。紙も、彼女の家に遊びに行ったときたまたま持っていた、賀状にするはずだった水彩用の葉書。でも、小学校一年生の女の子である、私の絵の友達が、それを「染める」といい、それを私も気に入ったから染めるといったら染めるなのだ。
その時初めて水彩色鉛筆を使った彼女は、色鉛筆の塗りが溶けて拡がるのが本当に新鮮だったらしく、ひたすら水筆で「染める」ことを楽しんでいた。私は彼女に、「お姉ちゃんは「塗りやさん」、私は「染めやさん」」と役割分担を命じられて、彼女が染めていく色の拡がりを見ながら、色鉛筆を走らせていた。子供の自分の創作へのイメージや思い入れは瞬間瞬間で、瞬間瞬間だから、子供にとってとても強くて大切なものだ。「はやくはやく!」とせっつかれる一方、「はしっこまで塗ってね」「もっと濃く塗って!」と染め職人の要求はなかなか厳しい。
「色鉛筆はねえ、そんなにいっぺんに濃く塗れないんだってば」
塗り職人になった私は親方たる染め職人の過酷な要求に不平を言いつつも必死に応え、いろいろな調子に染められた紙が何枚もできあがった。
そしてこういうものを見ていると、私は自然に遊びたくなる。
配色がきれいになりそうな紙を数枚選んで出衣のように並べて、
「ほら、女の人の着物の襟。」って並べて見せたら喜んでくれた。
まだらに染まった青を海の底に見立てて竜宮城を描き込んでみたりもした。
しかし、あくまで染めたかった彼女にとっては、私の描き込みは共同制作協定に対する越権行為だったらしい。青い紙への竜宮城の描き込みは許してくれていたものの、茜色を夕暮れに見立てて、遠景にお城を、近景に人物を描き込もうとしたら、おとがめを受けて塗りつぶされてしまった。
子供の思い入れを忘れたわけではなかったけれど、こういう思いつきの遊びをするときは私自身も子供なので、思いつきのままに遊んでしまったのだ。
「お姉ちゃんといるとろくなことない!」
とまで言われてしまった。彼女に謝って、じゃあ帰ろうか?と帰るそぶりを見せると
「お姉ちゃんといるとろくなことないこと・・・ない」と
二重否定で寂しそうに言ってくれたのが、とてもとても可愛かった。
私の越権行為のせいで、彼女のその日の色遊びへの興味は尽きてしまったらしい。色を染めるのはそこまでになり、私は彼女を肩車したりだっこしたりしなければならなくなった。私としては、水彩色鉛筆の粉を水に溶かして塗ることを自分で思いついたりする、彼女の独創的な色遊びをもっと見たかったのだけれど、自分で水を差してしまったので仕方なかった。日頃運動不足の私は彼女の元気にくたくたになり、おもしろく染まった共同制作の紙たちを持って帰るのも忘れてしまった。
(・・・スキャンしたら、またおもしろそうな襲の色目つくれそうだったんだけどなー。)
帰りの車の中で残してきた色たちにちょっとだけ後ろ髪を引かれたけど、普段一人でしかしない自由な色遊びを二人で遊べたのは楽しかった。
いずれ機会があったら。彼女に林檎箱の色遊びも教えてあげたいと思った。
きっと、思いがけない襲の色目を作ってくれるだろうから。