aiko's Another World Creation&Expression

「あたしの祈り」について
 最近、私は、あたしの祈り、という詩を書きました。

 この詩は、私がある辛いことを、とてもリアルな夢で、まざまざと思い出してしまい、ちょっと気持ちが乱れてしまった時にした、小さな祈りからでてきたものです。

 このホームページに良くいらして下さる方はご承知の通り、私は、過去の長いいじめの経験により、自意識がとても変な風に、目に見えにくい形で歪んでました。その事で、きっと端からみてかなりわかりにくい悩み方をしてました。

 そんな私が自分を見つめるために、書いた文章を載せてきたこのホームページを通して得られた出会いをきっかけにして、私は、クリスチャンになることを決意しました。

 あたしの祈り、はそんな私の祈りを詩にしたものです。この詩をまだ読まれていらっしゃらない方は、もしよろしければ、どうか、この詩を読んでから、私がこの詩に、祈りに込めた想いを綴った拙い文章をご一読いただけたら、幸いです。

一 「あなた」はまず誰よりも。

 この詩で書いた「あなた」は、まずは誰よりも自分自身でした。
 自分は理解されないって勝手に思いこんで、自分でも理解できない衝動に駆られて自分で自分の首を絞めるような行動を取ってしまって、自分で自分が分からなかった自分に対する祈りでした。

 私は、高校に入ってから、表向き、かなり早くいじめの影響から立ち直りました。その受けた程度や約10年という期間から考えれば、かなり早く、劇的に変わったと言っていいものだったと思います。そして、暫くは、その変化に夢中で、自分でもそれが私の奥深くに沁みこんで、どこかで私の自意識を歪めてしまっていたことに自分でも気がついていなかったのです。

 ですが、大学に入って以降、私は、いじめとは別の種類の傷を受けました。
 それは、過去のいじめと相まって、私の自意識をとても歪めたものにしていきました。
 それ自体は、それだけをとれば、その後の私にものすごく大きな影響を与えるものではなかったのかも知れません。ただ、それは、どうにか意識にあがってこないようにできていた過去をフラッシュバックさせるきっかけになるものであり、また、それまで自分でもはっきりと気がつかなかった、既に私にあった自分の自意識に対する歪みを私に突きつけるものでした。

 そして私は以前にもまして、自分の過去を隠し、過去から聞こえる、自分の中の、「あなたを嘲笑し追いつめるあの声」に怯えるようになりました。理性では、自分の自分に対する意識の歪みやおかしさが分かっていたのです。それでも、私は時に、自分でも理解できない衝動に駆られて、自分で自分の首を絞めるような行動をとってしまうことがありました。

 しかし、私の周りの人々にとっては、当然のことながら、その行動が私そのものでしかないことに、私はずっと苦しんでいました。とりわけ、自分と自分でよく分からないその衝動・強迫観念にかられて、大学時代を通して、マックやインターネットのことをはじめ(彼に会うまで私はパソコンとワープロの区別も付かない人でした)、様々なことを私に教え、私を助けてくれた、とても大切な人に嘘をついて、自分から傷つけて切り捨ててしまってからは、かなり表に見える部分と内側が違った人になってしまいました。

 実際、今になって、当時の私を知る人に、「私がクリスチャンなんて到底縁遠く見えたでしょうね」って言うと、「言っちゃなんだけど、そうでしたね」って言われてしまいます(笑)。

   だから、あの詩に書いた「あなた」は、まずは誰よりも自分自身でした。

二 私は「あたし」になりたい。

 それから、あの詩に書いた「あたし」は、私がこれから、クリスチャンとして少しずつ歩んでいくときに、在りたい姿を書いたものです。

 これまでの私には、なんというか、過去を隠そうとするあまり、弱い、傷ついた人の事から自分を遠ざけました。とりわけ、自分と同じ様な傷を持った人から目を背けようとしました。
 昔の自分は、考えていたはずだった、様々な弱い、傷ついた人の事に対して目隠しをして遠ざけよう遠ざけようとしてしまっていました。私は、教会に通うようになってから、「つみのいしき」「ささくれ」というエッセイを書きましたが、このエッセイの中で書いた、自分が手に入れたものを護ろうとして付けてしまった目隠しが、私の罪の意識であり、ささくれだったと思います。

 弱い、傷ついた立場の人と言うのは、同時に様々な偏見を持たれている人であると思います。できることなら、意識に入れないで過ごしたいと、つい思ってしまう。意識に入ると、自分の心に何らかの葛藤をもたらすから。自分は彼らとは違う、特に、「もう」違うという無意識や、自分は偏見を持たれたくない、という無意識に気がつくこと、そしてそこから自由になることは、本当に難しいと言うことが、私が教会に通うようになって思ったことでした。

   弱い、傷ついた人の方が辛いに決まっているのに、そして、そういう人は、自分が異質なものと見られることにとても敏感なのに、なのに、人間はほんとうに自分が持っているものから自由になることは難しい、そう思います。

 今の私は客観的にはまあ恵まれていると思います。大学時代は特に恵まれていました。
 自己否定感が強い反面、自分にそれなりの自信もありました。
 だけど、そのことは、自分を歪めた側面もあったと思っています。
 誰しも、多かれすくなかれ、自信と卑屈というのはいろいろな形で表裏をなしてその人の内にあるとは思いますが、私のそれは、多分結構激しかったから。
 「虚勢を張れてしまった」部分が私の心の渇きを大きくしていきました。

 「虚勢を張れてしまって」も、結局、自分を、内側から肯定できなかったから。

 自分で、自分を肯定できなかったから、自分を肯定するために、私は、他者の評価に自分を委ねました。その委ね方は、いじめ等による自意識の捻れからとても歪んだ形になっていました。

 そうやって、私は、自分は理解されないと思い、自分と自分で説明が付かない行動を取ってしまうことに苦しみ、表向きの自分に自分らしさを見いだせないと思ってきました。

 でも、私は、私一人でそう思って、自分のことにばかり囚われて、人を大切にしきれない人になっていたと思います。聖書の言葉に、

 「隣人を自分のように愛しなさい」

 という言葉があります(ローマ信徒への手紙第13章9節より)。この言葉は皆さんもどこかで耳にされていると思います。
 教会に通うようになる前の私も、この言葉は知っていたけど、以前の私には、この言葉が大きく響いたことはありませんでした。

 でも、自分のように愛しなさい、ってことは、自分を愛してないと結局本当には人は愛せない。だからまず、今の自分を肯定することが大事な前提になってるんだなって、今では、思います。2001年2月、私が通う教会で、小西先生のメッセージ、「自分を好きになる」を聞いたとき、しみじみとそう思いました。

 私がそうだったように、自分を本当に、内側から肯定しきれない人は、しばしば他人に対する過剰な依存をしちゃうと思います。他人だって、それぞれにいろいろ抱えている同じ弱い人間で、そうそう一人の人を完全に左右したり受け止めたりできるようなものではないにも関わらず。振り回したり傷つけたり、振り回されたり傷ついたり。特に、振り回したり傷つけたりするのは、自分に対する歪んだ過小評価のせい。自信と裏表の卑屈。外の自分への自信と、内の自分への卑屈。

 また、自分を内側から肯定できてないと、表向きのものや、虚像ではなく、ほんとうの自分自身を大事にしてくれる人から、逃げてしまったり、傷つけてしまったりすると思います。

 自分で自分を好きではなくて、虚像の方に依存しているから。
 本当の自分が愛される自信が無いから。
 そして、無意識にそのことから逃げているから。

 私の大切だった人は、私の虚像の部分にはとりたてて何かを言うことはありませんでした。
 ただ、私のどこが良いのかと聞くと、

「uniqueだから。こんなuniqueなやつはそうそういないから。」

 そう言ってくれました。だけど、当時の私は、この言葉の意味と深さ、ありがたさがちっとも分かっていませんでした。
 かえって、自分でも不可解な行動を取って、私はその人を失い、おかしな状態へ陥っていきました。私は自分でも説明の付かない自分の中の何かに勝手に苦しんで、同時にずっとその事で自分を責めていました。

 でも、段々、自分が何から逃げてるか、とか。自分の歪みや、内側からの自信のなさは、結局、自分だけでなく、他人も傷つける、とか。そういうことが、このページなんかで自分のことを書いたりするうちに、少なくとも頭では分かってきて。

 だけど、頭では分かってても、なかなか自分を変えられなくて、自分でもどうしてそんな行動を取ってしまうのか分からない自分というのが、本当に最近までありました。

 だから、私は、自分で自分を暖かくつつめるように祈り、それができるようになることで、私と同じように、さまざまな理由から自分で自分を大切にできない全てのあなたが、あなたをあなたによって暖かくつつめますように、そう心から祈れるようになりたいと思ったのです。

 だから、あの詩の「あたし」は、これからの私がクリスチャンとして在りたい姿なのです。
 そして、あの詩の「あなた」は、まずは誰よりも自分自身であると同時に、様々な傷が原因になって、自分で自分を大切にできなくなってしまった全てのあなたなのです。

三 私の「あの人」・あなたの「あの人」。

 そして、最後に、「あの人」のこと。

 私は、これからクリスチャンになろうとする人間です。
 だから、私の中では、自分を内側から肯定してくれる、たとえ誰にも理解されないと感じる時でも、私と供にあってくれる「あの人」、それは、イエス・キリストのことを指して書いています。

 でも、この詩を読んでくれる人が、「あの人」をイエス・キリストだと思わなくたって、私はちっとも構わないのです。私の祈りや表現が、誰かにとって、自分の傷を自分が直視して受け入れて、現実の自分を愛する一助に、ほんの少しでもなってくれることが大切だと思っています。  読んで下さった方のそれぞれが「あの人」に何を思うか、それは何を入れて貰ってもいいのです。

 なぜ、そう思うかについて、一人の詩を愛する者として、また、一人のクリスチャンになろうとする者として、書いてみたいと思います。

 1 詩を愛するaikoとして

 私は、あの詩を読んで下さったクリスチャンではない方が、それぞれの人の意味での「あの人」を、その人にとっての、自分を内側から肯定してくれる何かを自然に読み込んで貰えるのだとすれば、その事を、一人の詩人として、非常に嬉しく思います。
 もし私が、クリスチャンとなることで、クリスチャンの人にしか伝わらないものしか書けなくなるのなら、それは、私に表現者としての才能がないという事だと思うからです。

 これは、私の詩というものに対する考え方なのですが(芸術と言っても良いかな)、優れた詩というのは、作者が意図したメッセージの「核」となる何かは伝えつつも、それを読む人ごとに、読む度ごとに、違う感じ方を与えることができるもの、だと思います。言葉自体がなんらかの力を持って、作者の意図を離れて「ひとりあるき」するだけの力があるもの、そう考えています。

 最近私が書いた短い詩に、「詩というもの」「近づくけれど」という詩があります。

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詩というもの

にんげんのことばでは
いちばんかみさまにちかい

よむひとごとに
よむたびごとに

どういうわけだか
ちがうから

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近づくけれど

すてきな詩
それは

どこまでも神様に
近づく

けれど

どんなことばもぜったいに
神様だけはつくれない

だから人って
いつまでも

詩を書く
たぶんそういうこと

■■■ ■■■ ■■■ 

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 この二つの詩の中に、私の詩に対する考え方が凝縮されています。

 もちろん、この詩の中の、「神様」という言葉に抵抗がある方は、いると思います。
 私も、絶対、「神様」って言葉で書かなければならない、とは思っていません。

 ただ、キリスト教とか仏教とか、そういう宗教の枠も越えてある、「何か」としかいいようのないもの、人間だけの知識や理性だけでは及ばない不思議な「何か」。縁、とか、シンクロニシティとか、そういうのも多分入ってくる、「何か」。人間がどこかで程度や現れる形の違いはあれ求めている「何か」。広い広い意味での宗教心が求める、「何か」。そういうものに、詩はとても肉薄できるものであり、同時に「何か」そのものを完全に言語によって表現することはできない。だから、人間は時代や国が違ってもなんらかの形で詩や文学を、直接生活の役には立たないそれを書き続け、読み続けてきたと思っています。

 上の二つの詩も、「神様」という言葉に抵抗があるのであれば、あなたなりの「何か」を読み込んで読んでいただけたら、って考えています。

 そういう、核心になる部分は確かにあるんだけれど、それさえ外さなければ、実はものすごく広い、いろんなアプローチの仕方のある、いろんな言葉を当てはめることができる「何か」。

 その「何か」の一面と言えるような言葉、意味を、もしあなたがあなたなりの言葉で、「あの人」に読み込んで貰えたのなら。それは、詩人として、望外の喜びです。

   2 クリスチャンを志す水野愛子として

   まず、私自身は、クリスチャンになることを、大人になってから自分で選んだ人間なので、自分自身に対する祈りの中で、「あの人」をイエス・キリストとして祈りました。
 また、もしクリスチャンの方があの詩を読まれたら、特にこれを書いた私という人間に対する前提知識がなくても、「あの人」にイエス・キリストを読み込むと思います。

 だけれど、だからといって、もしも私が、クリスチャンでない方があの詩の「あの人」にイエス・キリストを読み込まないことをミスリーディングだとするのなら。とりわけ、あの詩が、どんな形であれ、誰かにとって、自分の傷を自分が直視して受け入れて、現実の自分を愛する一助に、ほんの少しでもなってくれることよりも、「あの人」にイエス・キリストを読み込むことを重要に思うのだとするのであれば。

 それは、クリスチャンとしても、非常に間違った態度だと、私は考えています。

 このことは、実は昔から、宗教的な「何か」に対する感受性が割と強くあって、本当は宗教的な「何か」を求めていたのに、「宗教」や「信仰」に対する誤解から、長いこと宗教が嫌いだった私が、何故、洗礼を受けクリスチャンになろうと決意したかということにも関わるので、上手く書けるかどうか分かりませんが、少し書かせていただきたいと思います。

 まずは、私がクリスチャンを志す以前の、宗教に対する、私の認識のことを。

 (一)私は宗教が嫌いでした。

 まず、私が宗教が嫌いだったのは、「信仰」を、「ある一つの人間が作った概念」だけが正しく他を排除するもの、また、「ある」か「ない」かの二分法で区切られるもののように感じてしまっていました。なにか特別な人がする、特殊なもののような気がしていました。
 その感覚は昔の私には強くありました

 私の家は、地方の古い家で、家の宗派である臨済宗の行事、例えばお盆の迎え火や送り火を焚くこと、御詠歌をうたうこと等の行事を、今の日本の家庭にしては結構残していますが、私は、それを「宗教」ではなくて「文化」とか「習俗」だと思っていました。どうしてそう考えるようになったのかは分かりませんが、宗教というものに対して、誤解、偏見を持っていたことは確かです。

それが変わっていった、私なりの過程について少し書きます。

 (1) 祖母の死と遠藤周作「深い河」との出会い

 その誤解が少しずつほぐれていったのは、高校に入ってから、何かのきっかけで遠藤周作の本を読むようになったのが最初のきっかけでした。最初に読んだのは、特にキリスト教のことを全面に出して書いたものではなかったように思います。多分、狐狸庵先生のエッセイの方を読んだのだと思います。クリスチャンの作家であると特に意識しないで読みはじめました。次第に、「沈黙」「海と毒薬」「侍」「宿敵」等の作品も読むようになっていきました。  ただ、「イエスの生涯」等の、イエス・キリストそのものを扱った本は、当時は読みませんでしたが。

 それでも、高校三年生の時に、「深い河」を読んだ影響は、今にして思うととても大きいものがありました。

 この「深い河」には様々な登場人物が出てきますが、冒頭は、長年連れ添った妻を、近い内に癌で亡くすことが確実な、でも、最後まで直接告知できなかった、初老の夫婦の描写から始まります。

 折しも、「深い河」を読んだとき、私の母方の祖母が、癌にかかっていました。祖母の癌は見つかったときにはかなり進んでいました。本人に対する告知は、最後まで、されませんでした。

 この母方の祖母は、私が「のこりゆき」という詩に書いた、「花農家のおばあちゃん」です。ちっちゃくてくしゃくしゃで、「となりのトトロ」とかに出てきそうな、いかにも、って感じの田舎のおばあちゃんでした。「つみのいしき」というエッセイで書いた、小五の頃、「(いじめに)たまりかねて休み時間の間に、ランドセルを教室においたまま学校を出ていってしまったものの、小学校の目の前にある我が家にどうしても帰ることができず、隣の市にある母方の祖母の家まで歩いて行ってしまった」祖母です。この祖母の家には小学校から、車で20分弱くらいかかります。その祖母の家まで、私は上履きのまま歩いていった。そんなことが、小学校五年生の一年間の間に二回ありました。

 小学生の頃。私は妙に感受性ばかりが強く気性の激しい変わった子供でした。子供の頃の私にとって、家族の中でも、母だけが、自分を本当に理解しようとしてくれていると感じられる大人でした。そして私は今でも、私と顔だけはそっくりな、だけど、私が人間として遠く及ばない母のことをとても尊敬しています。

 子供の頃の私は、そんな母には自分の感じていることを伝えたいと思って一生懸命話そうとしていたのですが、子供故に適切な言葉が見つからず、どうしても上手く伝えられなくて癇癪を起こして泣いたりしていました。私は、当時から切実に、自分を表す言葉を探して生きていました。そんな子供の私は、何かを表現しないではいられない、今の私に直につながっています。

 そういう子どもだった私は、地方の古い、狭い社会の中での世間体の中で生きてきた、同居している父方の祖母は、子どもの頃どうしても好きになれませんでした。(今は、生き方が違ったのだから、仕方がないし、祖母を孤独にしてはいけないって思おうと努力しています。)

 私が、どうせすぐ分かることなのに、すぐ近くの家に真っ直ぐ帰らなかったのは、たまりかねて逃げ出してきた直後には、「勝手に学校から戻ってくるなんて世間体の悪い、みっともない、情けない」という、祖母の顔から私が感じてしまうであろう感情をどうしても見たくなかったからです。

 母方の祖母は、たった一人で上履きのままやって来た私を暖かく迎えてくれました。
 だから、私は、このおばあちゃんは好きでした。
 今でも、「おばあちゃん」という暖かい言葉に浮かぶのは、この祖母です。

 その「おばあちゃん」が、私が大学受験の時に癌になったのはやはり私にとって大きな事でした。おばあちゃんは、当時おじいちゃんと二人暮らしでした。古い男の人で十分な介護ができないおじいちゃんに代わって、母はとても献身的な介護をしていました。私の大学受験と重なった疲れからか、家のすぐ近くで交通事故を起こしてしまうくらい(幸い、軽傷で済みましたが)。

 「深い河」を読んだのがそういう時期だったのは、当然、読み方に影響を与えました。

 この「深い河」という作品の中には、紹介した初老の夫婦の他に、大津、という日本人の神父が重要な登場人物として出てきます。彼は、客観的にはとても恵まれて華やかでありながら、その実、内面に深い虚しさを抱えている、彼の学生時代の「友人」である成瀬という女性、どこかで宗教的な「何か」に強く惹かれながら、虚しさを抱えたまま頑なにある彼女に対し、

「神」という言葉が嫌なら、何に言い換えたっていい、例えば、「玉ねぎ」と言ったっていい。

と語ります。そして、大津はリヨンに留学しながら「ヨーロッパの基督教」になじめずに、やがてインドに渡ります。死後はガンジズ河で流されたいと思いながら、力つき道端で息絶えた人々の死体を、深い河へと運ぶために。

 インドでそんな生活をする大津が、マハートマ・ガンジーの語彙録を好んで読むシーンがあります。

 「私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜならそれらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ」
 「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわないではないか」

 こんな語録が作品中引用されています。

 そして、大津本人も、

 「でも結局は、玉ねぎがヨーロッパの基督教だけでなくヒンズー教の中にも、仏教のなかにも、生きておられると思うからです。思っただけでなく、そのような生き方を選んだからです。」

 こんな発言をしています。

   私は、宗教という形を取るものが、それぞれ他の宗教との間で、お互いが片方は論理を越えて絶対に正しく、他方はその結果正しくないと排斥するものなのではないか、たとえ教えは立派でも、そういう性質からは逃れられないのではないか、という観念が強くありました。

 が、広い意味での宗教的なるもの、人間が救いを求めるような「何か」、内側から自己を肯定してくれるような「何か」はそういうものではなくて。それを伝えるのが不完全な人間だから、人間の方が間違えるから、宗教的な争いも起こる。こういう発想の転換は私にとってかなり目から鱗でした。

 そして、そういう感覚なら、自分も感じられるかな、と漠然と思いました。
 虚しさを抱える女性である成瀬も、ガンジス川で沐浴して、「祈りの真似事」と言いながら、 「信じられるのは、それぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です。」と祈ります。遠藤周作は書きます。「彼女はこの真似事の祈りを、誰にむけているのかわからなかった。それは大津が追いかけている玉ねぎにたいしてかもしれなかった。いや、玉ねぎなどと限定しない何か大きな永遠のものかもしれなかった。」

 私が大学一年の六月に亡くなったおばあちゃんは、死の直前いろいろと思い悩むことがあったようで、あまり幸福な死に方ではなかったようでした。私は、おばあちゃんの死に目にはいられませんでした。

 また、大学に入ったばかりの、初めての東京生活で、いろいろと悩むこともありました。そんな私は、働いて働いてきて、ゆっくりと老後を楽しむ前に亡くなってしまったおばあちゃんのことを十分に悼むことはできませんでした。でも、おばあちゃんの事を、なにかに祈りたいような気持ち、は感じていたと思います。

 (2)  石丸俊彦先生との出会い

   そんな「深い河」との出会いは、かなり私の宗教に対するアレルギー反応を直してくれたのですが、どこかで、現実の社会から遠いもののような、事実の世界からはあまりにも遠いもののような感覚がありました。

 それが、大学一年生の時、授業の時間でたまたま取った法学演習の授業が石丸俊彦先生の刑法総論だったことが、今にして思うとその後の私に非常に大きな影響を与えました。

 石丸俊彦先生は、元東京高裁の裁判官で、早稲田大学の名誉教授をしておられました。私は、先生が退任される前年、最後のゼミ生として一年間お世話になりました。

 先生は、刑事裁判において、客観的な事実を正確に認定することの難しさと大切さをご自身のなされてきた数多くの裁判の経験をふまえて、熱く語ってくれる方でした。

   その授業は、高校時代はむしろ文学部志望で、自分の趣味だけからいえば国文がやりたい、そんな風に思っていた私にも、漠然と司法試験を意識させるだけのものがありました。

 そして、その石丸先生がクリスチャンだと知った時は、正直驚きました。
 これだけ、客観的な事実を厳しいまでに大切にされる方が同時に敬虔なクリスチャンである。  しかも、先生はもともとクリスチャンの家庭に育った、というのではなく、戦前は、軍人をしていらして、敗戦後の葛藤の中からキリスト教を信仰されるようになったと知りました。

 この石丸先生に、一度か二度だけだったとはいえ、教会に連れていった頂いたことは、私の宗教や信仰に対する誤解、偏見をかなり解いてくれました。先生は本当に面倒見の良い方で、私が大学三年生の時、どうにか択一試験には合格し、初めての論文試験を受ける時、一年お世話になっただけの私にも、
「論文合格 水野愛子姉」と直筆で書かれたカードを送って下さいました。

こんな石丸先生との出会いは、宗教に対する偏見を消してくれました。自分が信仰する、という発想にはいかなかったけれど、自然な敬意のようなものは持てるようになった気がします。

(二) そして、今へ。

 石丸先生が手書きのカードを下さったその年は、司法試験を受けると決めてまだ丸一年たったばかりの受験で、論文には全く歯が立ちませんでしたが、あの頃の私は、内面に葛藤を抱えながらも、勉強に様々な活動にと充実した学生生活を送っていました。「水野愛子の法律自習室」という法律関係のホームページを96年の初頭から開設していたのをきっかけに、hsjという、オンラインとオフラインの双方を使っての、各自の専門分野を問わない勉強会の幹部の末席として活動していました。その中でもいろいろな人に出会えたし、ILC(インターネット弁護士協議会)の弁護士さんたちとの出会いもありました。

 それは「2. 私は「あたし」になりたい。」で書いた、私をずっと支えてくれた、大切な人のおかげで、できたことでした。

 だけれど、自分の中にあった、自分でもどうにもできなかった不可解な葛藤、私の内にあった「あなたを嘲笑し追いつめるあの声」のために、私はその人を失ってしまいました。結果として、私が切り捨てる形で。私は、その人に嘘をついて、自分と向き合うことから逃げました。97年の夏のことでした。

 そして、その人を失ってから、自分がいかにその人に頼ってきたかを思い知りました。

 そのことがある前には、自信のあった院試も落ち、私は、自分を見失いました。ネット関連の活動もほとんど止めてしまいました。法律ページもやらなかったし、たまたまその人を失う直前に基礎を作った、このaiko's Another World も、更新履歴を見ていただければ分かりますが、ほとんど更新していませんでした。司法試験の勉強も中途半端になり、少なくとも二年ほどの間は、とてもとても、自虐的な精神状態に陥っていました。

 99年に入り、これまで、ほとんど話してこなかった自分の過去を、ふとしたきっかけである人に話したこと、やがて、ホームページで自分の過去を語りだしたことで、私は段々、自分を、少しずつ少しずつ、見つめるようになりました。

 だけれど、自分の自意識の歪みは、「あなたを嘲笑し追いつめるあの声」は、なかなか消えませんでした。自分を見つめはじめ、頭では自分のことが分かってきただけに、かえって、「あなたを嘲笑し追いつめるあの声」で動いてしまう自分に対する葛藤が激しくなったこともありました。ここ二、三年、私なりに、自分を見つめようと藻掻いていましたが、とても大切にして貰いながら、大切な人を傷つけ切り捨てた私を、藻掻いているといいつつ、頭で思うだけで、「あなたを嘲笑し追いつめるあの声」から全く自由になれていなかった嘲笑うかのような、できごともありました。私は、表面は取り繕いながらも、かなり精神的に参っていました。

 私が、本当にふとしたきっかけで、キリスト教を求道するという自覚をはじめは持たずに、教会に通いだしたのは、そういう時期でした。

   そういう時期に教会に通いだし、これまで読んだことのなかった、遠藤周作のキリスト教そのものをテーマに書いた「イエスの生涯」「キリストの誕生」や三浦綾子の本を貸していただいて読むようになりました。小西先生や仲良くなった教会員の方に憑かれたように自分のこれまでを話したり、文章にしたものを読んで貰ったりするようになりました。

 私は、自分と自分で勝手に作った檻に長いこと入っていて、しかも、虚勢をはって、自分が檻に入っていることを必死になって隠していました。ほんとは、私はずっとそこから出たかった。出られないとどこかで思い、どこかで出ることも怖かった。

 それは、私が、自分で自分を、これまでも、これからも、私の他にどこにもいない「今の自分」を内側から肯定したいという、昔からの想いでした。

 そして、そういう人間の想いこそが、実は、とても、本来的な意味で宗教的なるもの、なんじゃないかと思うようになりました。

 キリスト教の牧師であるけれど、仏教のことにも詳しく、(もちろん、牧師として一定の線は引かれてらっしゃいますが)お寺など、他の宗教の宗教的なるものに対して、自然な敬意を示される小西先生は、私に、しばらく忘れていた「深い河」のことを思い出させました。

 それぞれに、違う、たったひとりの私達。
 これまでも、これからも、他にどこにもいない、「今の自分」。

 それを肯定するための、ある大きなアプローチ。「真実」の世界からの、ある大きなアプローチ。そういうものが本来的な宗教なんじゃないかって。そんなことを思うようになりました。  私が学んでいる法律、憲法を最高法規として、その憲法の中でも、最高の価値を置かれている、個人の尊厳、ひとりひとりの個人の尊重と、実は、大きな意味で同じ考え。私を最初に教会に誘って下さった合格者の方のそんな言葉の影響もあって、私は、はじめて、「信仰」の対象としてキリスト教を考えるようになりました。

 宗教が原因の戦争や争いは確かにたくさんあるけれど。それは、本当の意味で宗教的なるものが悪いんじゃなくて。それを伝える人間が、不完全だから。「深い河」で引用されているガンジーの言葉は本当に、その通りだと、今では思います。

 そして、その事は、何も宗教に限ったことではなく、国家とか、政治的なイデオロギーだって同じことだと思います。国家も、本当は、違う、たったひとりの私達を、これまでも、これからも、他にどこにもいない、個人の一人一人がよりよくあれるようにあるもののはずです。ですが、国家があること、政治的なイデオロギーがあることで、戦争や争いが起こるけど、それでも、国家というシステムや政治は人間にとって無くてはならないし、その在り方が歪まないように、考えていかなければならない。

 宗教も、それと一緒だってそう思います。
 日本では、とりわけ特別視されがちだけど、そうじゃないって。

 私はそんなことを思うようになり。
 これまでの出会いの経緯から、私が実はとても求めていた、「真実」のレベルで、これまでも、これからも、他にどこにもいない、「今の自分」を肯定し続けてくれる、選択肢の一つとして、キリスト教を考えるようになりました。そうやって、私はキリスト教を「信仰」の対象として考えるようになり、聖書をとりあえず一度読破したのでした。

 聖書を読破して。それと並行して、様々な本を読んで。事実としても、イエスが、生前弟子達にも本当には理解されず、また、世俗的なものは何も持たず、望まず、ただ愛のために生きながら、見捨てられ、孤独の中でののしられて惨めに醜く死んでいったこと。にも関わらず、彼の死後、ほんの僅かな期間で、彼の生前に彼を見捨てたはずの弟子達が、生まれ変わったように、殉教するほどの強さでイエスの教えを伝えたことは納得できました。

 そして、確かに、キリスト教は、その本質的な部分で、人間がどこかで求めている、言葉にできない、これまでも、これからも、他にどこにもいない、たったひとりの「今の自分」を内側から肯定してくれる「何か」を与えてくれる、大きな流れのような教えであるとは思えました。

 もちろん、私は他の宗教のことは、自分の家の宗教である臨済宗も含めてよく知りません。

 でも、宗教に対する、これまで述べてきたような考えを持ち続けていけるのなら、うっかり、「本質的な意味で宗教的なるもの」を持たない、宗教の形をした別のものに行ってしまうのではなければ、これまでの私の人生に、不思議にあった出会いと縁に素直に従って、キリスト教を選んで良いと思いました。長かった私のこれまでを、私もびっくりするくらい急激に、聖書の言葉が整理してくれたのは、私にとって確かなことである以上、選べばいいと思いました。これからも、どうせいろいろなことで悩んだり、自分を肯定できなくなりそうになるわけで。その時に、その時の「今の自分」を肯定してくれるなにかを、はっきりした形で持つことは良いことだと思いました。

 昔の私は、信仰というものに対しても、どこか在るか無いか、って二分論的に考えていたのですが、信仰がない状態から信仰を持つまでの心はグラデーションです。そして、信仰を持ってからの色の深みも、グラデーションなんだろうなって、今は思います。悩んで離れて薄くなっちゃったり、そういう悩みを通して逆に色を深めていったり。そういうものだなって思います。

 それから、私は、信仰というものが、事実の世界からは離れた、個人の内心の救いのレベルだけのものかとも思っていました。また、信仰を持つことを安易な思考停止みたいにも思っていました。

 でも、今では、そうではないと思っています。

 信仰が、まず、真実の世界で個人を救うのは確かだけど、人間にとって、事実の世界のことと真実の世界のことは、不可分で、絶妙なバランスのもとにある、どちらだけでも生きていけない、どちらに偏っても歪みが生ずるものだと私は考えています。そして、良い形での信仰を保ち続けることで、事実と真実の良いバランスを取っていくことができれば、そのことは、結果として、事実の世界でも、人を良くすることも多いと思います。多分、どちらかに偏っているときより、ずっといろんなものが見えるようになるから。
 もちろん、目に見えて劇的に変わるようなものではないでしょう。良くすることばかりではなく、より人を「切なく」させることも多いと思います。だけど、いい形での信仰、信仰という言葉に抵抗があれば、事実と真実の良いバランスを取っていくこと、ができれば、それは、その人をより「深く」していくものであることだけは確かだと思っています。

 信仰を保つ、ということは、その時々の自分にとって、自分の周りの人達にとって、何が事実と真実の良いバランスなのかを常に問うて、良いバランスを保ち続けること。そう私は理解して、それは思考停止どころか、一生、考え続けるという生き方の選択、そう思いました。

 まあ、どうせ、ほっといてもぐちゃぐちゃ考えちゃうタチなんで(笑)、明確な指針、考えの基準となるものがあった方が楽になる部分はあると思うから。それと、私は、ずるくて逃げたがりで、自分だけじゃそんな生き方絶対に無理だけど、同時に私は相当な見栄っ張りだから(笑)、クリスチャンという形を取って、多くの方に表明すれば、どうにかならないかな?なんていう風にも思って。だから、私は。

 それぞれに、違う、たったひとりの私達。
 これまでも、これからも、他にどこにもいない、「今の自分」。

 そういう、私達ひとりひとりがよりよくなるためのルート、考え方と行動の指針の基準として、キリスト教を、私は、選びました。

 そして。それが、何故私が、

 「だけれど、だからといって、もしも私が、クリスチャンでない方があの詩の「あの人」にイエス・キリストを読み込まないことをミスリーディングだとするのなら。とりわけ、あの詩が、どんな形であれ、誰かにとって、自分の傷を自分が直視して受け入れて、現実の自分を愛する一助に、ほんの少しでもなってくれることよりも、「あの人」にイエス・キリストを読み込むことを重要に思うのだとするのであれば。

 それは、クリスチャンとしても、非常に間違った態度だと、私は考えています。」

 かの答えです。

 イエス様ご自身が、自分が賞賛されることは一度も望まず、ただひたすらに、それぞれの人のそれぞれの辛さを思って、人間を哀しんできたわけで。ある人が自分を本当の意味で愛せるようになり、そのことで周りの人を愛せるようになることより、自分が賞賛されることなど望まないと思うし、洗礼を受けクリスチャンとなった人にしか同伴者とならないような方ではないと、私は考えるからです。

 もちろん、私自身は、クリスチャンになることを選択するし、選択する以上、私の拙い文章ででも、キリスト教に対する認識を肯定的に変えて貰えたら嬉しいなあ、と思うのは確かです。

 でも、それは、私が信仰を通して書くようになった文章が、たとえほんの少しでも、自分で自分を愛せず傷つけてしまう人達の誰かにとって、自分を肯定し、本当に自分を愛するようになるための手助けになれるかどうかに比べたら、ほんとうに付随的なことに過ぎないと思います。

 私は、たまたま、キリスト教によって、こういう事を思うようになりました、ということは、自分の肯定のための、あり得るルートの一つとしての提示は、表現者としてし続けていくと思います。だけど、もし、クリスチャン以外の人に対しても、響くものが書けなければ、表現者としても、クリスチャンとしても、偽物だって、私は思います。

 ここ三ヶ月ほどの間、私は、ものすごくいろいろなことを集中して考えました。バイトや答練もしながら、すごくすごく考えて考えて、考えすぎて貧血起こすくらい(笑)。

 今現在の、私は、フリーターをしながら、司法試験を受験している身です。
 そういう私が、こういう事を言っても、説得力がないかも知れないし、こういうことを書いたり考えたりすることも、もしかしたら、逃げにしか思われないかも知れません。

 だけれど、以前の私は、ただ自分のことだけでぐるぐるしてました。そして、今より勉強ができていたわけでもなく、自分を徒に傷つけて、周りの方にもたくさん迷惑をかけました。

 それを抱えていたら、どうせ私は合格できなかったと思うし、合格できても、その後に支障をきたしていたと思います。

 不思議な縁で、この三ヶ月に、ものすごく濃い時間を過ごしました。それは、私にとって必要なときだったと思います。本当に、そのほんの少し前までの私の精神状態は、それはぼろぼろだったから。

 だからやっぱり、洗礼式の前に、もうちょっと掘り下げて、今にしかない、「洗礼を受ける前」の、本当にクリスチャンになる前の今にしか多分書けない、どうしても今書かずにはいられない、自分が信仰の入り口に立つまでのお話だけは書いておきたいと思ったのでした。

 3/14の夕方から書きはじめて、もうすぐ3/15の朝だったりするけど、今の自分なりには、納得のいくことはどうにか書けて、ちょっとほっとしている、徹夜明けでハイな(笑)、aikoでした。

 長い長い文章を、最後まで読んで下さって、本当に、ありがとうございました。

                   2001.3.15 イースターを一月後に控えて。

                     

    水野 愛子

    


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