aiko's Another World Creation&Expression

「error」について
 「error」という、詩とも文章ともつかない文を書きました。

 これは、「異質な個である、自己の受容」がテーマの文です。
 私がそんなテーマの文を書く、その背景を少し書いてみたいと思います。

 このページで何度も書いてきたことですが、私は、幼稚園から中学二年にかけての、約十年の間にわたり、時期ごとの波はあれ、ずっと継続して、様々な態様の、いじめを受けてきました。

 そして私は、あるきっかけでいじめが止んできた時期から、もうこれ以上いじめられないよう、自分を変えようとしました。

 その結果、私は自分の表面をがらっと変えられたのですが、それは傷が癒えていたからでも、いじめの程度が軽かったからでもありません。

 正しい、とか、正しくないとか、そういう価値の無力さに絶望したからです。

 正しかろうと正しくなかろうと、異質であれば排除されるし、排除する集団の側に、なぜ排除するかについての、深い考えもない。

 ただ、異質だから。それだけ。

 そして、排除する集団に属する人がとりわけ悪いかと言えば、そんなことも全くなく、ただ、どこにでもいる、普通の、排除されるような異質さと、異質の排除の意味に気づくような内省をたまたま備えなかった人だというだけ。その相手が異質でなくなれば、自分に益になる存在になれば、きっと、何事もなかったように、排除しなくなる、その程度のものだって、そう感じるようになっていたのです。

 人間というのは、もうそういうものなのだから、排除する方が正しくないとか、自分の方が正しい、正しかった、そう一人で言ったところで、結局自分が損をするだけ。それに、自分だって、正しさを貫けるような強い人間ではないってことも自分でもう分かってました。

 自分が正しくないこと、強くないことを知ったのには、いくつかの経験がありました。「ささくれ」、というエッセイで書いた経験なんかもその一つです。

 私が、それらの経験を通して、小学校の六年生から中学二年くらいにかけて自分に突きつけられたこと。それは、

 集団が異質な者を、ただ異質であるというだけで排除する、そのことの意味に気がついたとして。自分が、集団にとって異質な他者を排除しない態度に出ることができるのか、異質な他者に手をさしのべることができるのか。

 異質な他者を自分も排除すれば、集団に属することが保証される場合でも。
 異質な他者に手をさしのべることで、自分が、排除される結果になっても。

 私が自分で出した答えは、ノーでした。

 正しいことより、自分が排除されないことの方が、切実でした。

 正しいことより、楽だったり魅力があったりすることの方が誰でも大切で。排除されないできた人は、正しいことと、楽なこと、楽しいこととのどちらを選ぶべきかの葛藤なんか、知らなかった、それだけのこと。だから、無邪気に排除できた、それだけのことで、自分はそれに対して、どうしようもなく無力だと思いました。

 人間のすることはみんな相対的で、絶対正しいものも絶対悪いものもない。
 だから、そんなものに拘って生きるのはやめよう。
 そう思って、私は、中学三年から高一くらいの間に、それまでの自分を棄てて自己改革したのです。

 それが、いじめられ続けた10年間を経て、私が出した結論でした。

   私は、私が、私として受け容れられることに、絶望し、そう結論づけました。

 汚いって言われるのも、暴力を振るわれるのも、物を隠されたりするのも勿論すごく辛かったのだけれど、そういう傷よりも私を絶望させたのは、

 明らかに陰口を、それも、猫を殺して遊んでいたとか、かなり滅茶苦茶な陰口ををたたかれて。でも、それに対して抗議をすると、
 「誰もそんなこと言ってないのに、何言ってるの?」って薄笑いを浮かべて、抗議したこちらの方がおかしいことにされる。確証など誰も必要としていない、刺激的な噂があること、その存在そのものが目的な噂。やってないって言う立証なんてできない。・・・こういう態様の噂には、正しいとか正しくないなんて、本当に無力でした。

 暴力とかは、まだ、ある程度表立って行われる分、大人の価値観では、少なくとも表向き、彼らが悪い、私は悪くない、そういう構図になれる。

 でも、いじめが段々、告発しにくい、問題とされにくい心理的な態様のものに「進化」したり、「つみのいしき」というエッセイで書いたとおり、私を助けてくれようとした小学校五年生の時の先生が逆に参ってしまって、先生をやめてしまわれたりしたことで、私は、どんどん絶望していきました。

 成績が良い段、大人からは排除されなかったけど、それでも、授業が全部終わる前に、学校にいられなくなって帰ってしまったこともあった私は、明らかに「問題児」ということになっていきましたから・・・。

 ・・・そうして私は、自分が多数派にとっても、なんらかの意味での魅力を持つこと、排除されないものを備えることでやっていこうとしました。

 正直な話、司法試験を受けだした動機も、より自分に排除されないだけのものを備えるためでした。多数派から見ても、明らかに価値のあるものを備えるため。その上で、大嫌いな、生まれ育った土地を出ようって、私は、実はずっとそう思っていました。

 その思いのままに大学四年生くらいまでは進んでました。私は、段々客観的にも恵まれた状態になっていき、そのまま、そのように生きていけるはずだって、自分で自分にそう思い込ませようとしていました。
そうやって私は、何かに追い立てられるように走って生きていました。

 ・・・でも、どこかで、本来の自分は、排除される人間だって、本当の自分を出した時に、良い悪いの問題ではなく、とにかく排除されるのは私の方だっていう身体に染みついていた恐怖心はやはり抜けていなくて。どうしても、私は安心した気持ちでいることができない人でした。

 ・・・・ちょっとしたことで、ものすごく、不安になるんです。

 本来の自分は、良いも悪いもなく、排除される人だって。そういう強迫観念は、 本当に強かったから。その強迫観念で、不合理な行動を取って、人間関係に失敗する自分も理性では分かっていたし、もう、客観的にそんな風に思わなくって良いって理性では分かっていても、本当に、自分を襲ってくる強迫観念は、強かった。

 ごくごく最近までずっと、私はその影に怯えて生きていました。

 大学時代は自分を自分として受け容れてようとしてくれる人と過ごせたのですが。その人にも、自分を受容できない自分の、ある一部しか見せられなくて。その見せられなかった強迫観念のために、その人を自ら失ってしまってからは、ますます強迫観念は病的なものになっていって。心の支えを失って走ることもできなくなった、教会に通い出す前の三年ちょっとの期間は、自分で自分がすっかり分からなくなっていました。

 そういう自分を変えたい気持ちは、多分、結構前からあったのだけれど。

 なまじ、過去を隠せてしまったから、大学時代なんかは客観的にもかなり恵まれた状況にいられたりしたから、昔のことを言い出すのが、「いまさら?」「なんで今になって?」って目で見られるんじゃないか、その事をかなり気に病んでいたりもしました。また、今の自分の状況が、客観的には、もうそのような強迫観念を持つ必要のない、むしろ恵まれた状況にあり、(ほんとうに親しい友達は、私がなにか深い傷を抱えていてどこか病んでいるのに気がついていてくれたけど)人とあったり話したりするのが好きな人間でもある私が、同時にそういうものを抱えているのは、端から見ても、「???」という事にしかならないだろうと、私は、長いこと、自分と自分で決めつけてしまっていました。

   見えない霧のような何かと、独り相撲しているような、そんな感じ。

 独り相撲だって事は分かっていたけど、発作のような強迫観念は、もう、理屈じゃなくて。分かってもらいたかったけど、分かって貰えないだろうなって重いが自分でも先に立っちゃってたから、自分でも十分な整理はされていなかったから、話をしかけても、変な風にしか話せなかったり、中途半端にしか話せなくて、かえって誤解を与えてしまったりしたことも多かったろうな、そう思います。

 去年の12月からここ半年弱の期間、教会に通って、聖書を読んで。このページで書いた文章なんかを発端に、過去を洗いざらい聞いて頂いて・・・そして洗礼を受けて。

 かつて、どうあっても受容されがたい存在だとして棄てようとして、結局は、棄てることなどできるはずのない、自分自身が受容されていく感覚を得られはじめて、私は、心の落ち着きを得たように思います。

 自分とは違う形であっても、他者から排除されないために、自分を殺してしまって苦しんでいる人、排除されないために受けた傷を飲み込んだまま時を過ごしてしまって、癒すきっかけを失ってしまった人が、どうか、自分を自分として受容することができるようになりますように・・・。


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