aiko's Another World Creation&Expression

珈琲店のお人形

 がもうすぐ去る街の商店街に、たくさんの猫たちと革のトランクでできたドールハウスに住むアンティックドールがいる珈琲店がある。
 薔薇のドライフラワーやモノクロの少女の写真、柔らかな色のランプ、小さな陶器の少年・・・細々した素敵なものたちが、トランクの中でその部屋の真ん中で座ってる彼女を囲むみたいにしているドールハウス。
 そこで彼女はいつも、まるでさしのべられる光を掴もうとするみたいに、その小さな手をそっと前に伸ばして座り込んでいるのだ。

 なぜだか私はずっと彼女に惹きつけられていて、そこを訪れるときにはなるべく彼女の眼前の席を狙っている。
 ただ、彼女の住む場所は、カウンター席からは見えなくて・・・一人客の私はマスターににっこり、カウンターどうぞ、って言われちゃって、お会計の時にしか会えない日が多い。
 まあ、その時はその時で棚一杯にならぶ珈琲カップや和硝子のグラスを眺めたり、珈琲豆を扱うマスターの動きを観察するのもそれはそれでまた結構楽しい。うっかり珈琲豆を落としちゃったときの、「あーああ」って感じに肩をすくめたマスターの動きなんか、妙に芝居がかってておかしくて、不謹慎だけど、また落とさないかなとか、ちょっとだけ思ってしまったり。

 そんな事を思いながら珈琲を飲んで、お会計の時の一時に彼女に会うと、私はこっそりと彼女を描きとめたことを思い出すのだ。
 去年のちょっと荒んでた時期、静かなところで一人でぼーっとしたくて何度か通った日の中の、珍しく本当にがらんとしてて、いつもは「カウンターのお席・・」のマスターに、お好きなお席を、って言って貰ったある日。当然迷わず彼女が一番良く見えるテーブル席に着いてマンデリンを注文。お店は静かで、ジャズらしき曲がただ流れている。マスターは何か一生懸命珈琲豆をいじってる。お客は私だけ・・・。

 そんな風にしばらく彼女の焦点のない瞳をぼんやり見つめてたら、無性にその姿を描きとめたくなって、答練で論文を書いてきたSignoの耐水性ペンを握り、ルーズリーフを取り出し、そこに彼女を描いた。勉強の合間にちょっとした落書きをするのは、随分と久しぶりだった。しかも、鉛筆じゃなくて何気なくペンでいきなり書いてみた割には、まあまあのでき。そんな些細なことだけどなんだか嬉しくてちょっとだけ憂鬱な気が晴れた。

 そこから、答練の資料で紙の洪水の私の部屋に戻ってそのルーズリーフの絵を取り出してスキャンしてりんご箱の中にしまう。紙のままだと確実に無くすからだ。私は思い立ったときに適当な紙に下絵を描くので、下絵が残っていることは一部を除いてほとんどない。下絵をスキャンして、そのまますぐ完成させるとも限らない。スキャンした下絵は、りんご箱にとりあえず入れておくおもちゃの様なもの。それで遊びたくなったときに、箱の奥から取り出して遊ぶ。その彼女の絵もそうで、それから暫くたってからふと思い立ち、完成させた。光をもとめるように手をさしのべてた彼女を思い返し、「時と人形」をいうタイトルと短い詩をつけたのだった。

 つい先日、このお店に行き、運良く彼女の前に座れたので、最後になるかもしれない挨拶を彼女と目で交わしてきた。彼女もマスターも、私が彼女の姿と彼女との一方的な思い出を絵と文章に描きとめて公開してるなんて思わないだろうなって思うと、なんだかいたずらっぽい気分になって楽しくなった。


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