aiko's Another World Creation&Expression

鼠の眼
中学の頃、同じクラスで私を苛めていた女の子達がいた。 そのグループの中にTさんという、小柄でやせっぽちで、細い眼をした、少し出っ歯なところが栗鼠か鼠を思わせる女の子がいた。

Tさんは私を苛める時の実行犯役だったらしく、無茶苦茶な理由をこじつけて私を責める後ろで、残りの女の子達がにやにやして見ているのが常だった。
例えば、掃除の時間。私はどうせ喋る相手もいなかったし、そんな中ぼーっつとしているのは苦痛なので、掃除に専念しようとするのだが、Tさんが私に寄り添って、
なんでそんなにいい加減にしかできんわけ
みんなみたいにちゃんとやりゃあよ
と掃除の時間中彼女は言い続ける。「みんな」とは時折ちらちらこちらを見てにやにやして、お喋りしながらどう見ても適当にやっている残りの女の子達。 脚に思いきりトイレ掃除の水をかけられた挙げ句、 なんでそんなとこでぼーっとしとるの そう怒鳴られたこともあった。

ところが、そんなTさんがある時から急に私に何も言わなくなった。
どうやらグループから外されたようで、一人でいる。
彼女以外のグループの女の子達は、直接手を下すようなことはしたくないらしく、 くだらないことを面とは向かわないで聞こえるようにひそひそ言われることは相変わらず続いたが、Tさんの代わりになる子はいなくて、私は少しほっとしていた。

そんな日が少し続いたある日、Tさんがこれまでとは打って変わった態度で私に声をかけてきた。
「あたしさあ、数学全然わからんのやて。水野さん、勉強できるやろ、今度教えてよ。」
ついこの間まであれだけ酷いことをしておいて、よく何もなかったようにそんなことを言えるものだと思わないではなかったけれど、ずっと一人でいて声をかけてくる相手があったのは、やはり嬉しかったから、教えることを約束した。一人になったTさんを見て、それまでの彼女の態度は、私を嫌いだったり恨んだりしていたのではなく(もっとも、恨まれる覚えもないけど)、単にどこかグループの中にいたかっただけなこと、そして彼女がその中であまり強い立場ではなかったらしいことが、なんとなく分かって、あまり怒ったり恨んだりする気にはなれなかったというのもあった。

彼女は私の家に来るようになった。勉強を見るうち彼女はぽつぽつと、自分の事を話すようになった。Tさんの母は継母で、成績の良くないTさんを苛めるのだと言う。散々馬鹿にされる上、ちょっと偏執的な所があって、掃除をはじめると、家を完全に締め切って、家中をぴかぴかに磨き上げるまでは遅くなってもけして家の中に入れてくれなかったりすると言う。どういうつもりで私にそう言うことを言うのだろう、と思って私は聞いていた。これまでの態度の言い訳、と言うわけでもなさそうだ。きっと、その場その場での自分の居場所を確保するのに精一杯で、ただそれだけで以前のことなどもう眼中にないのだろうと、私は思った。思って、かなり彼女を赦していた。調子のいい人だ、とは思ったが、思いながら、赦していた。もともと、彼女よりその後ろでただにやにや笑っている女の子達の方が嫌いだった。私は当時テストの点は良かったし、母親も優しかったから、何を言えばいいか分からなかった。何かを言った記憶もない。ただ頷いて彼女の話を聞いていた。

そしてある晩、不意にTさんから電話があった。すぐ近くにいるから家の人に分からないようにちょっとでてきて欲しいという。でていくと、例の掃除がはじまった、今日はどうしても帰りたくないから、お願いだからこっそり泊めて欲しいという。誰かにすがられるという経験が殆どなかった私は、戸惑った挙げ句、結局彼女のいうことを聞いた。とりあえず、家族が起きている時間、車庫の奥の倉庫に隠れていてもらった。何度か気になって見に行ったときに、
「聞こえてくる声が楽しそうで、羨ましい」
とぽつりとつぶやいた彼女の姿を今でもよく覚えている。

家族が寝静まったのを見計らって、当時生活に使っていなかった、私が今これを書いている離れに移ってもらった。Tさんはそこで一夜を明かして、明け方早くに帰っていった。

それから数日後、私は学校で先生達に呼び出され、その晩のことを問いただされた。先生達の話によると、Tさんの家は確かにお母さんが継母だが、お母さんにTさんのいうような問題があるわけではない。それなのに、Tさんは継母で虐待されるから帰りたくない、とあちこちの友達の家で話して回り同情を買って遅くまで友達の家にいつづけることがこれまで何度かあった。一晩帰ってこなかったことは初めてだが、学校に連絡してきたお母さんはとても心配していた、ということだった。

先生達の話を聞きながら、なぜだか私は涙を流していた。
裏切られたと思ったわけでも、悔しかったわけでもない。
彼女を信用するようになっていたとか、彼女に心を開いていたわけでもない。

彼女がグループから外されていったことや、それまで苛めていた私に近づいてきたことが思い浮かんだ。

彼女の真実は、私には分からない。

ただ、客観的な事実としては、きっと先生達のいうことが正しいだろうなと、ぼんやり思いながら、なぜだか私は涙を流していた。

そしてそれ以来、私はTさんを避けた。 彼女に対してどうにも言い様のない気持ちになったから、としかいいようがないのだが、とにかく私は彼女を避けた。 Tさんの方も、その後私に近づくことも苛めることもなく、中学生活は過ぎていった。

・・・中学を卒業し、県下では一番の高校に通うことになった私は、毎日を楽しく過ごせるようになっていた。苛めはなかったし、演劇を初めてから親しい友人もできた。自閉的で対人恐怖症気味だったところも治っていった、そんなある日の朝。化石のように古くさい型の制服に身を包んで学校へ向かう電車を待っていると、不意に、
「愛ちゃん?」
と声をかけられた。Tさんだった。Tさんは、痛々しいほどけばけばしく安っぽい服とメイクで、立っていた。初めて私に近づいてきたときと、同じ表情で。私が通う高校のことについて尋ねられ、あの時と同じように「勉強できるもんね」と言った。どこか媚びるような眼の、あの時と同じ笑顔でそう言って、手を振って彼女は去っていった。

彼女を見たのはそれが最後だけれど、今でもごくたまに彼女のことを思い出す。 今でも、あの時と同じ眼で、同じ笑顔を浮かべているのだろうかと・・・。


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