aiko's Another World Creation&Expression

タラ・レバに囚われて居し我を知る
「日々新たに」の聖書の言葉

 聖書の中での私が好きな言葉の一つに、

「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。」(コリント信徒への手紙 二 第4章16節)

 という言葉があります。上の歌は、この言葉から出てきた短歌です。

 誰でも、いろんな辛い事って過去にありますよね。そのひとそれぞれの、いろんな辛い過去の傷。そして、その受けた傷はやはりまずは隠そうとすることが多い。人として当たり前の弱さです。
 それなのに、人はしばしば、傷を受けたことを隠そうとしてしまう事自体に囚われて、自分で自分をますます縛って、過去に捕らわれていくと思います。悩む期間が長くなると、過去そのものより、囚われているそのこと自体にも囚われる。もうそんな風に思わなくても良いって言われたって、これまでこんなに悩んだのにって妙な意地を張っちゃう事すら。私自身がそうでした。

 そんな風に過去に囚われるって言うのは、「もし・・・だったら」「こんなことさえなければ」って、仮定法に、タラ・レバに囚われちゃうって言うこと、だと思います。私自身、いろんなタラ・レバにずうっと囚われていました。そのせいで、今から先を良くすることやすぐ側に本当はあるいろんな良いことにも目がいかなくなってたなあ、って思います。過去のことさえなければ自分はもっと良い状況にいたはずなのに!そんなことをついいつも思ってしまっていました。
 そうして、そんな思いは、今できるはずの、今の自分、これからの自分をもっと良くするためのこともできなくさせていました。今の自分にもあるなんらかの良いところも肯定できなくさせていました。今の自分を気にかけ肯定してくれる人にも気付なくさせていました。

でも、心は何があったって、毎日、どんな今でも新しくなれるんですよね。
まさに、心なんて、気の持ちよう、なんだもの。

 私自身、これからも、いろんな事で今を肯定できなくなりそうな時はあると思うけど。

 その度に、この言葉を、この言葉から歌を詠んだときの自分の気持ちを思い出したい。そんなことを思います。


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