甲は、乙との間で、乙がその倉庫に保管中のA型ワープロ500台のうち200台を、契約の日から1週間後を引き渡し期日と定めて購入する契約を締結した。次の各場合につき、甲乙間の法律関係を論じなさい。
○甲が乙に対して持つ債権の種類は何か。
種類債権なら--その種類物が市場にある限り履行不能とはならないので、
第415条
※本問では、“倉庫に保管中の”という範囲の限定があるので制限種類債権であると 思われる。制限種類債権であれば、限定した範囲=倉庫内に保管中のワープロがす べて滅失した以上、履行不能となるから、債務者乙の帰責事由の有無によって415 条の適用が問題となる。
(1)契約の翌日、A型ワープロ全部が倉庫から消失してしまった場合。
(2)乙が甲に引き渡すために、あらかじめ甲が指示したA型ワープロ200台を倉庫から搬出し、トラックに積載しておいたところ、トラックごとそれが消失してしまった場合。
↓
種類債権:給付すべき目的物を種類と数量のみによって定めた場合の債権
制限種類債権:種類債権を更に一定の範囲に限定した場合
未だ調達義務 を負う
制限種類債権なら--限定された範囲内の物がすべて滅失したら履行不能
(第415条後段)となる。
債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
債務者に帰責事由がある場合
★415条の適用により、債務者は損害賠償責任を負う。(損害賠償の範囲については416条の規定による。)
第543条
(なお、債務者は帰責事由の不存在を立証しない限り、債務不履行による責任を負わされ る…不法行為の過失の場合と異なり、立証責任が転換されていることに注意 )
☆また、債権者は履行不能による契約の解除権を行使できる。
履行ノ全部又ハ一部カ債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ不能ト為リタル
トキハ債権者ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
債務者に帰責事由のない場合
◎目的物の滅失が第三者の不法行為による場合…発生した損害賠償請求権に対して、債権者の代償請求権が認められるかが問題となる
【代償請求権を認めた判例】(最判昭和41.12.23)
Q.代償請求権は、債務者に帰責事由がない場合に限られるか?
小問(2)についての問題点
◎(2)の事例は種類債権の特定があったといえるか
第401条2項
※本問では債権者の甲が200台指定しているので、401条2項でいう「債権者ノ同意ヲ得テ其給付スヘキ物ヲ指定シタルトキ」に当たるので、特定があったといえる
特定の効果
第400条
c危険負担は債権者:双務契約においては、給付物が確定した以上は、危険は
第534条2項
d所有権の移転 特約がない限り、目的物が特定したときにその所有権は債権者に移転する。(判例・通説)
☆本問事例では特定があった後に目的物が消滅している。この場合、消失についての債務者の帰責事由の有無によってどのような違いが生ずるか。
債務者に帰責事由がある場合…415条の適用があり、債務者は債務不履行による損害賠償責任を負う。(cf.特定の効果…b 善管注意義務の発生)
債務者に帰責事由のない場合…534条によって危険負担は債権者に移転する。
そこで、現在の通説は…
☆「現実的な支配の移転があったとき」に危険が移転するという説は、特に取立債務の場合に意味がある。
○種類債権の場合には401条の定める特定・集中のときに危険が移転することになるはずだから…
※ただ、本問事例においては、401条2項前段(物の給付を為すに必要な行為を完了したとき)に定められた方法によってではなく、401条2項後段(債権者の同意を得て目的物を指定)によって特定されていると考えられるので、債務の性質に関わらず、判例に従えば危険は債権者に移転することになるし、「現実的な支配の移転」を要求する説によるならば、危険は債権者には移転しないことになる。
ただし、特定の効果を絶対視せず、「債務者の変更権」を認める見解に立てば、本問の(2)の事例は必ずしも債務不履行にならない。
Q.「債務者の変更権」特定後に債務者が別の物に給付を変更すること。このような変更は認められるか。
否定説:「特定」が特定物債権への転化と見る説は、原則として変更権を否定する。ただ、例外的に、売主が一度提供したのに、買主が受領しないため、取引の必要上からこれを他に売却して他の物を準備しておくなどは取引観念上相当と認められるから、信義則上認められるものとする。
貸金請求事件
※この事例においては、倉庫に残っている300台のA型ワープロの内の200台に目的物を変更することを認めても、債権者である甲を害するとは考えにくいので、肯定説に従えば履行不能にはならないことになる。
☆ところで、これまでの小問(2)についての議論は契約の履行期より前に目的物であるA型ワープロが消失してしまった場合の問題である。(特定されれば契約が履行されるまで債務者は目的物について保管義務を負う:400条)しかし、もし目的物の消失が引き渡し期日以降に起こったことであれば、債務の性質が取立債務である場合には、債務が消失した時点で既に債務者が債務不履行から生じうる一切の責任から免れている可能性はないだろうか?
1 契約-----------目的物の消失-------引渡し期日
2 契約----------------------引渡し期日・弁済の提供------目的物の消失
1の場合では、目的物が消失時点で明らかに履行不能
第492条〔弁済提供の効果〕
参考文献
最後に、以上に述べた論点・見解を前提として、下記の場合に沿ったこの事例への
あてはめをフローチャート形式で図解してみました。
小問(1) 1債権の種類
小問(2) 1取立債務であった場合、消失より前に弁済の提供があったかどうか
小問(1) フローチャート
小問(2)フローチャート
いかがでしたでしょうか?なお、これはあくまで水野の作成した解答例ですので、ご指摘が
ありましたら、こちらまでメール
をください。データとしてのご使用については自己責任でお願いします。
マ民法上に明文による規定はないが、ドイツ法・フランス法にならって、判例・通説はこれを認める。
事例;AがBから賃借していた建物が原因不明で焼失。Aは、保険会社から火災保険金を受領した。その後、AがBに差し入れていた敷金返還を請求したことに対し、Bは、Aの受領した保険金につき代償請求権があるとして、それと敷金返還請求権との相殺を主張した。
「履行不能を証ぜしめたのと同一原因によって、債務者が債務目的物の代償と
いえる利益を得た場合には、債権者は、損害の程度で、右利益の償還を請求しうる。」
a「帰責事由のない場合」に限る説…債務者に帰責事由のない場合に限って代償
請求権を認める。
理由:帰責事由のある場合には、債権者に損害賠償請求権が発生するのだから、
それ以上に債務者の財産管理権にみだりに干渉すべきではない。
b 帰責事由不問説…代償請求権は債務者に帰責事由のある場合でも、ない場合
でも、認められる。
理由:債務者の帰責事由によって履行不能となる場合には、債権者に著しい損害を
与えることが多い。そのような場合には、債権者は、債務者に対し損害賠償
請求権を主張するよりも、対象の確定的な代償請求権を行使した方が有利である。
前項ノ場合ニ於テ債務者カ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ又ハ債権者ノ同意ヲ得テ其給付スヘキ物ヲ指定シタルトキハ爾後其物ヲ以テ債権ノ目的物トス
a 特定した物の給付:債務者は、特定した物を給付すべき義務を負う。(滅失すれば履行不能となる)
b 善管注意義務の発生:特定物債権となることから課せられる(400条)違反して目的物を滅失・毀損すれば債務不履行として損害賠償責任を負う。
債権ノ目的カ特定物ノ引渡ナルトキハ債務者ハ其引渡ヲ為スマテ善良ナル管理者
ノ注意ヲ以テ其物ヲ保存スルコトヲ要ス
債権者に移転する。
不特定物ニ関スル契約ニ付テハ第四百一条第二項ノ規定ニ依リテ其物カ確定
シタル時ヨリ前項ノ規定ヲ適用ス
↓
★しかし、危険負担債権者主義の原則自体について今日の社会では合理性が認められない。(債務者が善意無過失でさえあれば、債権者は目的物の引渡しを受けられないのにも関わらず代金を支払わなくてはならなくなる)
「目的物についての現実的な支配が移転したとき、あるいは引き渡し・登記・代金支払のときに危険が移転する」
a 持参債務の場合→「物の給付を為すに必要な行為」=「債権者の住所での現実の供」であるから、特定のときに危険が移転しても特段の問題は生じない。
b 取立債務の場合→「物の給付を為すに必要な行為」=「目的物を分離し、いつでも債 権者に引き渡すことができる状態にし、その旨の通知が債権者に到達したとき」で あるから、売主が取り分けた段階で特定することになり、買主に不利な状態が発生する
(もっとも、実際の社会では危険負担の移転時期について特約がない場合はほとんどなく、534条が裁判上で争われることはきわめて少ない)
肯定説:特定の効果を絶対視して変更権を認めないと債務者に不便なことが多いので、債権者の利益を害さない限り、債務者の変更権を認めるべきだとする。(大判昭和12.7.7民集16巻1120頁)
【判示事項】代替性ある目的物の保管者の変更権
【判決要旨】甲が乙に売り渡した株式を乙の委託によって乙名義に書換手続を為すについては、特に右株式の番号に重きを措くべき事情がなければ、甲は右株式に換えて番号の異なる他の株式によって自由に変更する権利を有する。
2の場合では、もし債務の性質が取立債務(債務の履行につき債権者の行為を要する事が重要)であれば、乙がトラックにA型ワープロを積載したのが契約の履行期であり、甲に対して弁済の準備ができたことの通知及び受領の催告をすましていれば、492条によって弁済の提供のときより債務不履行から生じる一切の責任を免れている事が考えられる。(一般には、注意義務を負うのは引渡しをするまでで、履行期以降も含む)
弁済ノ提供ハ其提供ノ時ヨリ不履行ニ因リテ生スヘキ一切ノ責任ヲ免レシム
第493条〔提供方法・現実の提供と口頭の提供〕
弁済ノ提供ハ債務ノ本旨ニ従ヒテ現実ニ之ヲ為スコトヲ要ス但債権者カ予メ其受領ヲ拒ミ又ハ債務ノ履行ニ付キ債権者ノ行為ヲ要スルトキハ弁済ノ準備ヲ為シタルコトヲ通知シテ其受領ヲ催告スルヲ以テ足ル
内田勝一 債権総論講義案
近江幸治 民法講義「 〔債権法総論〕
最高裁判所民事判例集 民集20-10-2211
最高裁判所民事判例集 民集16-1120
2債務不履行になった場合、債務者に帰責事由はあるか
2債務者の変更権が認められるか
32が認められなかった場合に、債務者の帰責事由の有無

"A study" by Aiko Mizuno
96/02/03/released
construction by A.M