Spring Summer Autumn Winter


薄のひと

あれは・・・いつの秋のことだったでしょうか。

中秋の月にお供えしようと、私は川岸から薄を刈りました。
秋の夕陽の黄金色で染め上げたような、それは見事な薄です。
大事に刈った薄の穂、藍色陶器の花瓶に挿して。
十五夜まあるいお月様が、薄を照らすの待ちました。

・・・冴え冴え静かな月の光が、秋風に揺れる薄を照らすと、
揺れる薄の穂の影に、この世のものとも思われぬほど、
あえかな人のその影が、微かに微かに見えました。

薄の穂のよな髪をして、薄の穂のよな衣を纏う、
あまりに綺麗な薄のひとの、伏した瞼のその色が、
あんまりあんまり哀しげで、思わず私は聞きました。

「あなたはどうしてそんなにも、哀しい瞳をしているの?
中秋の月も色褪せるほど、綺麗な姿をしてるのに。。」

私の問いに薄のひとは、ますます哀しい瞳になって、
私を見もせず言いました。

『・・・あなたは私を綺麗と言うけれど・・・、
それは、観月の夜だけのこと、でしょう?』

見初めたばかりの薄のひとを、私が綺麗と思うのが、
今宵限りの事という、意外な言葉に惚けていると、
諦めたような声をして、薄のひとは言いました。

『・・・それじゃあ、あなたは、春、夏、冬に、
私たち薄がどんな姿をしているのか、知っていますか?
あなた方が私たちを愛でるのは、薄の穂の実る、秋の頃、
ただそれだけで、その他の季節は、私たちが存在しているとも
思わないでしょう?』

薄のひとの言葉に、私は思わず考え込みました。
確かに私は、薄、の言葉を聞いて、秋の夕陽に黄金色して、
さやかに揺れる薄しか、思い浮かべることが出来ないのです。

押し黙ることしかできない私に、薄のひとは続けます。

『・・・私がこの姿でいられるのは、そう長い時ではありません。
だけれど、穂の実る秋のために忍ぶ時、誰にも顧みられない姿の時も、
私が私であることには変わらないのです。

 それなのに、誰も、秋の夕暮れや月夜の時以外の私を、
私は私であるからといって、愛でてはくれないのです・・・

・・・だから私は、中秋観月の夜の度に、私を愛でる人に問うのです。
あなたは、秋の盛りの時の他、私の姿を知っていますか?、と。
・・・私が盛りの時でなくても、私を愛でてくれますか?、と。』

そこまで言って、薄のひとは、秋の夜風にかき消されたように
哀しい哀しい瞳のまま、すうっと消えてしまいました・・・。

・・・薄のひとが私に現れたのは、その一度きりだけなのですが。
それ以来、秋の訪れの度、私はつい想わずに居れないのです。

・・・私が盛りを過ぎたとき。私を、いったい幾人の人が。
私は私であるとして、愛してくれるでしょうかと。

誰かが盛りを過ぎたとき。私は、いったい幾人の人を。
あなたはあなたであるとして、愛することができるでしょうかと。

2001.9.2


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