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2.<責任を負わせることが不当とされる方向に働く要素>
(1)ネットワーク事業者の事業の継続が困難になる ・仮に事前の監視義務等の重い責任があるとすると、自己がチェックできない情報の内容についてまで責任を負うことを嫌うネットワーク提供事業者が提供を断念せざるを得ない。前述のようにプロバイダーのうちのかなりの数が小規模事業者であり、これらのものはそのような負担や、訴訟の負担に耐えられないことが考えられる。インターネットが通信インフラとして発展途上にある段階で、コンピューターネットワーク上不可欠である情報仲介者をネットワーク上から排除しかねない様な事態を生じさせることは、ネットワークの発展を不当に妨げることに繋がる。 (2)プロバイダーが板挟みの状態になる 被害者から責任を追及されることを嫌って、一方的な削除や不当な削除圧力をかけたりすると、今度は削除されたユーザーに対する債務不履行責任を負うおそれがでてくるので、結局プロバイダーが両者の間で板挟みになることになる。責任の負わせ方によっては、違法な情報の流通に対して自主的に対応したプロバイダーが、情報内容を放置したプロバイダーに比べて、かえって重い責任を負うことにさえなりかねないのである。(この問題との関係で、アメリカの1996年通信品位法、いわゆるCDA法でプロバイダーの民事責任について定めた合衆国法典第47編第230条(c)「グッドサマリタン条項」が参考になる。
その内容は、 さらに、削除が債務不履行とならないように、約款などで削除権限を留保すると、今度は、「内容に対してコントロールを及ぼしている」「編集権を留保している」ことに対応して責任が加重されるおそれもあり、二重の意味で板挟みになるおそれすらある。責任回避の為に「自主規制」に走るプロバイダーが多くなれば、違法なおそれがある程度の情報も削除され、結局はユーザーの表現の自由を制約するという事が考えられるし、逆に、管理責任が増大するのを恐れて編集権を放棄してコモンキャリア的な態度に終始するとすれば、プロバイダーごとのサービスの多様性が失われることになってしまう。 (3)違法判断の困難性及び情報の差別的取り扱いのおそれ ・法律の専門家でないプロバイダーに、名誉毀損の場合など違法か否かの判断が極めて微妙な場合にまで、削除すべきか否かの判断をさせるのはそもそも過剰な要求である。私人であるプロバイダーの主観でネットワーク上に流通させるべき情報であるか否かの選別が行われることになってしまう。そうして、本来削除の必要のない表現まで削除されると、ネットワーク上で表現行為を行う者の多数である一個人のユーザーは表現の途を閉ざされることになる。 私見では、プロバイダーに過度に責任を負わせることは、そのメリットよりもデメリットの方が大きく、問題の解決はプロバイダーへの損害の不当な転嫁によって図られるべきではなくて、情報発信者の自己責任原則の徹底を図る等のアプローチによって解決されていくべきものであると考える。 |