四、「ニフティサーブ事件判決について」  では、次に、我が国におけるネットワーク上での名誉毀損に対する最初の裁判例である、いわゆるニフティ事件を題材にして、三で述べたような各要素が、実際の事案の中でどのように評価されているかを検討したい。

○ニフティ事件(東京地判平成9.5.26)
<事案>
 パソコン通信会社であるY1(ニフティサーブ)が提供する会員運営のサービスの一種であるフォーラム(不特定多数のユーザーに受信されることを目的としたユーザー作成の情報が送受信され、ニフティサーブは事業主体として通信サービスを管理運営する。)を多数開設されていたが(本訴提起時約300)、その中の一つ、現代思想フォーラムのフェミニズム会議室のあるユーザーY3が同じフォーラムに参加する別のユーザーXに対して名誉を毀損する発言を繰り返したが、同フォーラムシスオペのY2は、こうした発言の是正はフォーラム内の批判論争を通じてなすべきだと考えて、問題とされた発言の存在を知りながら一ヶ月あまりにわたり敢えてこれを放置した。XはY1には1.不法行為上の使用者責任(シスオペであるY2が、フォーラムでの発言を常時監視すべき一般的義務を負い、同フォーラムのシスオペであるY2は、Y1に代わり発言を直ちに削除するべき作為義務があったのにも関わらずこれを怠り、Xの名誉が毀損されるのを放置したものとして)と、2.契約上の安全配慮義務違反(Y1は会員との間の会員規約に基づく付随義務としてY1の会員がY1の利用により犯罪等の被害に遭遇しないよう配慮し、会員に損害が生じるのを未然に防止し、損害発生を防止できないときでも損害を最小限にくい止めるべき契約上の安全配慮義務を負うとして)による債務不履行責任を追及した。

<判旨>
(シスオペの作為義務について)
ニフティとフォーラム運営契約を締結して、報酬を得てフォーラムの運営・管理を委託されているシスオペの作為義務について、「その運営・管理するフォーラムに書き込まれる内容を常時監視し、積極的に右のような(他人の名誉を毀損するような:筆者注)発言がないかを探知したり、全ての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは相当でない」としつつも、
「少なくともシスオペにおいて、その運営・管理するフォーラムに、他人の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該シスオペには、その地位と権限に照らし、その者の名誉が不当に害されることがないよう必要な措置を執るべき条理上の作為義務があった」としてシスオペの作為義務を認めた。

(ニフティサーブの責任について)
また、ニフティサーブの責任については、シスオペに不法行為責任の成立することを確認した上で、ニフティとシスオペとのフォーラム運営規約から使用者責任の基礎となる実質的な指揮監督関係を認め、ニフティにシスオペの不法行為責任によって原告が被った損害を賠償すべき使用者責任(民法715条)の成立を認めた。

結局、判旨では、契約上の監視義務(安全配慮義務)を、少なくとも常時監視義務という形では否定し 、不法行為の前提となる作為義務についても、一般的監視義務は否定し、事業者(シスオペ)に削除権限などがある場合で、a,当該不法行為の存在を具体的に知り、b,かつ、回復可能な適切な手段が容易に取れた場合c,かつ敢えて何らの措置・対策も取らず放置した場合には、条理上の「作為義務」が生じることがある、とするものであるといえよう。
 つまり、本裁判例に則るならば、パソコン事業者において、責任が問われるのは、フォーラムなどで不法行為が行われており、そのことが被害者などから明確に通告され、その違法性が明らかであるときに、これに対して、何も対処しないと言う場合にかぎられることになり、作為義務の成立範囲をかなり厳格なものとしたことについては評価しうる。 しかし、そもそも本件でのY3の発言がXの名誉毀損を構成するかについてでも、原告が思想についての討論の場に自ら参加していたこと、原告がいつでも自由に反論できる立場にあったことなどを考慮すると、名誉毀損の成立は「よほどのこと」がない限りその成立を認めるべきではないが、本判決は、どの点にどのような理由で「よほどのこと」があったと判断したか充分に説示していないとの指摘がある ことからもわかるとおり、本文の問題発言のように相当に激烈、必要以上の揶揄、きわめて侮辱的とも言うべき発言が繰り返されている様な場合であってすら、その発言がなされた状況や文脈によっては判断が微妙になってくる。
 つまり、かなり作為義務の成立範囲を限定したとしても、その成立の余地がある以上、自己の責任で法的判断をしなければならないリスクはついてまわるということがいえるのである。
 もっとも、パソコン通信の場合、1.加害者、被害者共に会員であり、会員契約、利用規約、会則に縛られている。2.自治的な場が多く、ローカルルールが作れ、自律的な作用が期待できる。(パソコン事業者の場合は、加害者、被害者がともに会員の場合が基本で、事業者の事業の範囲内で不法行為が行われる)という特色があり、1.加害者、被害者の一方のみが会員という場合がほとんどで、会員契約、利用規約、会則などでの拘束ができない事が多い、2.ローカルルールなどまったくない場合が基本のインターネットプロバイダーの場合よりは、何らかの措置をとる義務が認められやすいということはいいうる。
 ただ、何らかの措置をとるべき義務を認めるにしても、情報の内容が違法であるかの責任を伴う判断をなさねばならないとするのではなく、むしろ当事者間で解決を図るために事業者が仲介の労を執るべき事を(ローカルルールを事実たる慣習があるといった構成にするなどして)義務として認め、当事者間などでの氏名公開などの措置への協力を、合理的な理由なく拒否したような場合には、拒否した方に不利益な取り扱い(発言の削除、発言停止、記録からの削除、参加一時停止など)をしてもやむを得ないとする見解に注目したい 。

 
【本裁判例での具体的な事情のシスオペ側の作為義務を認める方向に働いた要素および作為義務を制限する方向に働いた要素への分類】
<作為義務を認める方向に働いた要素>
・他人を誹謗中傷する内容の発言に対する対処もフォーラムの運営管理の一環
・シスオペは他人の名誉を毀損するような内容の発言の削除し、その有線送信を停止することが可能で、その措置を執れば、それ以降は発言は他の会員の目に触れない。
・名誉を毀損された被害者には、その発言が多数人に読まれる事態を避けるために執れる手段がない
・会員規則に、他人を誹謗中傷する、ないしそのおそれのある発言が削除されることのある旨の規定があり、運営マニュアルにもそのような場合に対する対処についての記載があること
<作為義務を制限する方向に働いた要素>
・書き込まれる内容についての事前のチェックは不可能
・シスオペの多くがその業務を専門として行っていたわけではないこと
・シスオペの業務の広範さ、一日に書き込まれる発言量の膨大さからして、全ての発言のチェックが困難である実状

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"A study" by Aiko Mizuno
98/03/05/released
construction by Aiko Mizuno