いつかの人質

芦沢央・角川文庫

うーん、今回のストンは実行犯の描写。
途中まで物語がどこへ向かうのか、なかなか焦れったかった。
物語はほぼ5人の登場人物に限られる。

1)礼遠にしてみれば、父を自殺で失い、その一端である漫画に対する距離感を掴みかねていた。
優奈の一言で、肯定することも出来て、理解者として手放したく無かった。その執着心こそが物語の重力であったと。
ただし、宮下親子の会話を盗み聞きできたあたりが唐突なご都合主義だし、失踪した妻を取り戻すためとはいえ
その行動のモチベーションは違和感。天才は理解できないという事か。
第二の事件後に命続いたとしても執着は衰える事は無いのだろう。

2)優奈にしてみれば、第一の事件後に自分自身にも悪意の目が注がれる中で、唯一の友と漫画と育った。
才能は乏しく、それでも漫画と寄り添うことしかできない中、偶然の礼遠との出会いで求められる事になった。
次第に背伸びから逃げ出したい程になって、事実礼遠の前から姿を消し、第二の事件を誘発する。
礼遠の命が続いたとしても、もはや呪縛からは解き放たれたいのだろう。

3)愛子にしてみれば、第一の事件も麻紀美に喜んでもらいたかったからこその出来事を発端に、不幸な巡り合わせから視力を失う。
その後は麻紀美の過干渉のもとで困難を感じずに育ってきたようだが、初めての一歩が第二の時間の契機となってしまう。
第二の事件を冷静に受け入れている。でもこの先も不幸が待っていそうな幸薄系。

4)陽介にしてみれば、第一の事件の外聞を気にしながらも麻紀美との関係の中で、
理解ある父親を演じたための第二の事件勃発に、封印していたNGワードを発出してしまう。
母と、妻と、第一の事件を消化し切れてない中、家族のあり方を問われこの後の人生をどうしていくのか突きつけられる。
子供の気持ちよりも外聞を気にした末期は「城の王」の記憶が新しい。

5)麻紀美にしてみれば、第一の事件の被害者にも関わらず、目を離す方が悪いと相当のバッシングも受けただろう。
義母との関係もギクシャクしただろう。第二の事件後の事情聴取を巡る過保護ぶりは鼻につくかもしれないが
それは責められるものでもなく、愛子の成長ぶりに言葉を失う。

おまけの典子にしてみれば、浮気して借金を残した旦那とも別れて、仕事に感ける中で
不幸にして起こしてしまった事件を隠蔽工作する事で罪を重ね、情状酌量の執行猶予はついたようだが、
優奈へのトラウマを残したことを悔いたであろう。
それ故に礼遠との結婚に否定的ながらも拒まずにいたものの、第二の事件後には離別を勧めた。

漫画と実際の事件の関連、というモチーフは辻村深月「スロウハイツの神様」チヨダ・コーキを思わずにはいられない。
麻紀美と愛子の母娘の葛藤も「悪いものが、来ませんように」や、辻村深月「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」だったりを思わせる。
ちょっと思った味付けと違ったのだけれど、投げっぱなしジャーマンでも無い。
次のストンを様子見か、と思ったら未読の「貘の耳たぶ」は仕掛けがない話らしいと
あとがきで予告されてしまった。残念だなぁ

(20/11/03)


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