光待つ場所へ

辻村深月・講談社

辻村ワールドの登場人物同士の関係を埋める3つのハナシ。
これはプライドと恋愛のハナシでもある。

○しあわせのこみち
「冷たい校舎の時は止まる」の清水あやめが主人公。
鷹野への恋愛感情に区切りをつけて、田辺颯也へと一歩踏み出す。

出来る子として、ややもすると周囲から浮いていた自分が
T大に入ってようやく周りのレベルも追い付き、
全力で生きる事ができる解放感を味わっていたあやめ。
実は、尚も自身の力を高く見積もっていたが田辺颯也の存在に打ちのめされる。

出来る人間にのみ分かる“出来て当たり前”と言う世界の中のプレッシャーや、苦悩。
目標もなく漫然とできる事を期限内にこなすルーチンワークから飛び出し、
他者の批判や指摘に晒される世界へ踏み込む。それは恋愛においても同じだよ。
そんな事がテーマなのかな。

鷹野博嗣はいつまでもどこまでも完璧キャラでキラキラしてるね。
後日「ロードムービー」で深月と成就するのは確定しているけれど、
このハナシの中でも順調そうで何より。


○チハラトーコの物語
「スロウハイツの神様」に加々美莉々亜として登場した千原冬子が主人公。
重森との過去の思い出を乗り越え、環に全力でぶつかる。

赤羽環に痛烈に批判され、スロウハイツを去った彼女の後日譚。
彼女も目的を見出せぬまま、今を満喫して時を費やしていた。
マネージャから提示された、環が脚本を書いた映画のオーディション。
これを受けるかどうかのやり取りの中で、「太陽の坐る場所」でキョウコが演じた
映画の脚本も赤羽環だったと言う事が明らかになり、辻村ワールドの連環が広がる!
たぶん、この1冊の中でもっとも驚いたシーンだね。

曰くプロの嘘で糊塗した人生を振り返るシーンで、かつて嘘の裏付け調査をされた時に
重森が自分の嘘に乗っかってくれて、嘘が露見しなかった事がむしろ哀しかった。
これも愛>プライド、と言う構図なんだろう。
2人の間にあった事実を、過去の自分の思いを無かった事にしないで欲しい。
嘘の世界で生き抜いたトーコが、虚構より現実を欲したと言う転換点。

吹っ切れたトーコが環と再会するシーン。
ようやくトーコが自分自身の創作物をもって、環にぶつかろうとするラストシーン。
嬉しくないと強がりながら、“こぼれる微笑を抑えることができない”と言う昂ぶりは分かるな。
そりゃガッツポーズでしょ。でもあくまで、ここがスタートライン。ここからが勝負。
頑張れ、チハラトーコ。


○樹氷の街
「ぼくのメジャースプーン」「名前探しの放課後」「凍りのくじら」で活躍する
天木敬、長尾秀人、椿史緒、松永郁也たちの江布北中3年生時代のハナシ。
多恵さん、芦沢理帆子もいい味を出してる。
梢の天木に対する恋心。郁也を巡る家族愛。

おお、やはり合唱コンクールと言えば「大地讃頌」ですか。
「樹氷の街」は現存する歌なのかな。

倉田梢は、もっと嫌なキャラかと思ったが、郁也への配慮だったり、
理帆子の行き先に当たりをつけるなど悪い子じゃなかった。
天木への届かなかった恋心がちょっと切ない。
筒井美貴も、いじめっ子キャラの嫌らしい性格の持ち主かと思ったら、
最後にエイエイオーで気合を入れるなど、ダテに学級委員を務めてる訳じゃなかった。


辻村ワールドの登場人物たちは、どれも愛すべき味のあるキャラだけど
松永郁也は愛されてるね。「凍りのくじら」「ぼくのメジャースプーン」「名前探しの放課後」と最多出場では?
秀人・ふみちゃんコンビは愛らしいし、理帆子や環の強さもカッコイイ。
だから辻村深月からは目を離せないよ。
またハードカバー新刊が出たら図書館で予約だな。

(10/11/07)


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