木洩れ日に泳ぐ魚

恩田陸・文春文庫

やはり短編集ではなく、このくらいのボリュームの方が読み応えもある。
これはハードカバーの帯にも書かれていた、最初の出だし3行が
非常に惹き付けるものがあり、長いこと文庫化を待っていたのだ。

張り巡らした伏線にオチを付けることが出来るのか、
それとも投げっぱなしジャーマンの様に、伏線を収拾できずに破綻するのか、
今回はどっちのパターンかハラハラしながら読んだけど、うん、悪くなかった。
ただ分かり易いとは思わないので、人に薦めるだけの勇気は無い。
今回の様に心理描写くらいに止めておけば良いのに、精神世界に飛躍しすぎると
「エンド・ゲーム」や「禁じられた楽園」の様になっちゃうんだろうな。
いや、今ではそっちのパターンにも耐性がついたから嫌いじゃないけれど物足りなさはある。

今回は2人の人物が1晩かけて過去のある事件を巡って語り合うと言う
クローズドミステリなので話しも発散せず、心理描写は恩田ワールドの真骨頂だから
読むに連れて期待は膨らんだ。章ごとに視点を変えるのは「ユージニア」の様でもあり
会話主体で話が進むのは「木曜組曲」や「Q&A」の様でもあった。
舞台向きと言う評もあるようだが、心理戦はむしろ舞台栄えしないと思う。

登場人物同士が実は親族でした、と言うテーマは「三月は深き紅の淵を」第3章もそんな感じだったね。
そして真相は別として、あれも“アナタの父親”の物語だった。
山と父親の死と言うテーマは、天童荒太の「永遠の仔」とも似てる雰囲気がある。
死は生のひとつ、と語られるシーンがあるけれど
これが生と並存する死とくれば村上春樹ワールドに近いと思うんだな。

ナイフを失くした千浩は、いつの日かピアスに気づく事があるだろうか。

「黒と茶の幻想」で屋久島、
「禁じられた楽園」で熊野古道、
そしてこの「木洩れ日に泳ぐ魚」で白神山地。
私も行った事のある世界遺産ばかり。
次は知床が舞台の作品を期待しても良いだろうか。


■以下はネタバレありの感想になるのでご注意を■


千明は、恩田ワールドで1,2を争うであろう悪女、「黒と茶の幻想」紫織並みの強い女と思ったが
そんなにクセが強い訳では無かった。その出自にトリック(と言うか仕掛け)があるとは予想できなんだ。
無粋だけど、美幸と千明の血液型は同じだったって事か。
最後の振り返る写真は千明・千浩・美幸であって欲しかった。
あの男と千明と千浩だと、実は千明⇒美幸でしたという真相を加味すると
美幸はあの男と血が繋がらず、関係性が遠のいてしまう。
安全な場所から傍観者の視点で導き出されたあの男の死に関する見解は、正しいのだろうか?

千浩が酷薄だと自戒するシーンは、私もドキッとした。
自分自身の生に執着していないと言うか、情が薄いと言うのともちょっと違うのだが。
ただし卑怯な真似は強くなければできない。
彼のナイフは重要なアイテムとなるのだが、千明が気にするほどのモノかね。

ユーミンの歌の解釈。MDも探して聞いてみたよ。あぁ、あの曲か。
どこかで半分失くしたら役に立たないもの、それは千明と千浩の暗い負の絆を指すのか。
寄せられた好意そのものに応じているので、それが無くなったらあっさり別れる事ができる。
そんな感じ?
そしてそれが禁じられた恋だからこそ燃えたのだと。いっそ2人で死ぬのもありというくらいの自己陶酔か。

千明と千浩はどこで兄妹である事を知ったんだろう。
大学入学時は知らなかった訳で、その直後くらいに千浩が母親から聞いたのか。
千明の回想シーンで、そんなフリがあったが。
父親の事を知ったのは、いつからか思い出せないと言う説明的回想もあった。
この辺の設定はご都合主義が多い。ま、この前提が無いと話が成り立たないから仕方ないが。
美幸に関する件も唐突で強引。

最後に気に入ったフレーズを幾つか紹介。
・大人になるということは、ブランコの順番が必要でなくなるということなのだ。
・女には、自己憐憫という娯楽があるのだ。
・(歳を取ると)淋しさというものを恐れるようになる。
・公明正大な朝が来る。

ま、ともかく読みながらこれだけいろいろ考えて楽しめたって事は、やっぱり面白かったんだな。

(10/11/27)


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