失格社員

江上剛・新潮文庫
どうしても直前に読んだ『不祥事』と比べてしまう。いずれも会社小説だから。
こちらは完全な一話完結の短編集だから、『不祥事』に比べるとキャラの奥行きを感じられないのは仕方ないか。

■二神に仕えるなかれ
ヘッドハントの現実。どうなんだろう。
そう言えば、ダイレクトメールが届いた事はあったな。
超安定志向の私は今のところ大船にしがみ付くつもりだけど。

■偶像を刻むなかれ
刈谷と言えば思い浮かぶのは「あ、安部礼司」だが、
勇ならぬ澄夫はイケリーマンのヒルズ族には程遠い51歳のダメリーマン。
ノルマに追われる人は笑い事じゃないか。

■主の名を妄りに唱えるなかれ
虎の威を借るキツネ。登場人物の姓名が何かをもじっているんだな、ってのはこの辺りで気付いた。
しかも相手が猿と犬ときたか。昔話じゃないんだから。
自らの言葉で語れない者はトップに立つ資格なし。リーダーはビジョンを語るべし、か。

■安息日を聖とせよ
内蔵助さんは勝手に平泉成さんのイメージ。
休みは感謝するためにある、か。そして、仕事は肩書ではないと。
このハナシって何だか難しい事ばかり。
高層ビルのワンフロア千坪を仕切りも無しってのは、構造的に難しいよね。
完全なペーパーレスも難しいよね。
折りしもそんな話をしながら飲んだばかりだったんだが、100%SOHOか。もっと難しそうだ。
今やワーク・ライフ・バランスは必須のお題目だけど、携帯とPCがあると何処でも仕事ができてしまう。
これは良い事なのか、悪い事なのか、本当に難しい。
私はこんな会社があったら行きたいと思うだろうか。否、だな。独りでできる事なんて高が知れてる。

■汝の父母を敬え
同居の二世帯住宅。嫁姑問題。仕事と家庭の板挟み。
世帯主として家族を養うって事は本当に大変だ。なるほど重盛か。
お気楽な独り暮らしにピリオドを打ちたくもあるが、これほどの覚悟があるのだろうか。
このハナシ自体は良いハナシで終わるんだけどね。
私の胸中は複雑。

■汝、殺すなかれ
「部下殺し」の異名を持つ上司がやってくる。
そう聞けば恐れおののくのも無理からぬ事。
仕事のやり易さなんて半分以上は上司で決まるよな。
つまりはその組織の雰囲気なんだろう。営利集団だから仲良しクラブじゃダメなのは勿論なんだけど。
チーム制のノルマか。こう言うのありそうだね。
最後はブラックユーモアと片付けて良いのか?
でも、前章との落差がまた良い。

■汝、姦淫するなかれ
一時期に比べたらセクハラへの過剰反応の嵐も過ぎ去った感があるけど、
何だか男女同権のための必要以上の逆差別が横行してないかな。
とか言ってるとフェミニストたちに怒られてしまうか。
『ホメル、アゲル、フレル』の秘訣は合コンにも活用できるの?

■汝、盗むなかれ
良いとこ取り。出世上手は得てしてそんな一面が拭えない。それも能力と言われればそれまでか。
待ってるだけではいけないってのも事実。
アピール力も大事だが、自らの言葉で語れない者はトップにはなり得ないのはキツネ常務の例も然り。
頑張れ、藤田クン。

■汝、偽るなかれ
先日のコンプライアンス教育は、競合他社の営業とは会話もするなと言わんばかりの内容だった。
もちろん談合は許されざる行為だけど、何だかオーバーリアクションじゃない。
私が入社した頃の営業教育では、「回収倒れが無いように得意先の資金繰りなどは同業他社の営業とも
情報の共有に努めましょう」なんて習った記憶があるけど。
もはや個人が刑事罰を受ける世の中だからね、罪も憎ければ人も憎い。
司法取引よろしく密告奨励制度も導入され、これで本当に談合撲滅になるのかね。

■汝、貪るなかれ
モーゼにゼウスは、やり過ぎじゃないのか。
これも大きな良いとこ取りのハナシだ。
M&Aはライブドアや村上ファンドの頃に随分メディアで取沙汰されたから、もう珍しくもなくなった。
何たって良い会社そのものを買収する事で、収益を確保しようと言う
強者の強者による強者のためのシナリオだよな。
買収されない様に株価が気になってばかりで、
いつの間にか日本も会社経営は従業員のためよりも株主のために路線転換を果たす。
NHKドラマ「ハゲタカ」を思わずにはいられない。
顛末まで書ききって無いけど、これもガリバーの脅威から逃れる事はできるのかね。
今回は凌いでも、次はどうか。
最近は逆に看板を降ろして、大企業の参加に入ろうって潮流もあるよね。


まったく余談でp219に“捲土重来”に“けんどじゅうらい”とルビが振ってあり強い違和感を感じた。
“重複”が“ちょうふく”でも“じゅうふく”でも通用してしまうから、同じ事なんだろうけど、
正しい読みは“ちょう”だと思っているから、出版社の刊行物のルビが“じゅう”だとね…

(08/05/25)


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