海に沈んだ町

三崎亜記・朝日新聞出版

3月の東北地方太平洋沖大地震は『東日本大震災』と呼称が決まった。
敵と相対する時は、まず呼称を定める事からと言うのはどなたの作品にあったセリフだったか。
ともかく、時節柄「海に沈んだ町」は洒落にならない物語ではあった。
もちろん本作では、“内陸の町が海に沈む”という三崎ワールドならではの不条理世界なのだが
事実は小説よりも奇なり、を地で行ってしまった訳だ。

さて本作、「成和」ワールドとは明示されていない。
居留地や州などの記載も無い。
ただ、シニカルな三崎ワールドは健在。
本作も“影の反乱”や“巣箱の異常発生”など、独特の設定もたっぷり。
相変わらず暗い。虚無感でたっぷり。それでもエンターテインメント性は高いと思えてしまう。
湿っぽい陰鬱なだけではないのが不思議。
できれば短編集よりは長編を楽しみたい。作りこまれた世界観をもっとたっぷり味わいたい。
図書館の鵜木さんだったり、旅を続けることを運命づけられた水元さんは別の作品に連環してるのかな。
雨が降り続いている町も、次の作品のモチーフになり得そうで期待。

作中に挟んである写真が、世界観を具現化していて素晴らしいコラボでしたな。
写真込みの短編集と言えば、吉田修一「春、バーニーズで」を思い出す。あれも、ちょっとアンニュイな物語だったね。
また、短編集の章タイトルが作中に散りばめられて連環するのだが、
各々の章の著作時期を見たら、順番は相前後しているので単行本化にあたっての加筆・修正なんだろう。
その割りに「彼の影」だけが見当たらなかったけど。

あとはコウヨウという音に思い入れがあるのか、
本作には、光洋団地だの向陽台住宅だの光陽台ニュータウンだの、やけに頻出する。
作者の育った町の名前だったりしてね。

(11/04/03)


茶色い本棚(国内作家)へ戻る

私の本棚へ戻る

タイトルへ戻る