蜜蜂と遠雷

恩田陸・幻冬舎文庫

まず文庫カバーの扉で「消滅」も文庫化されていた事を知った。
とんと本屋に足を運んでいない証左だ。

映画化は心配だけど、作品は秀逸。良い。実に良い。
一応、ピティナにも出たことがあるし、10年も吹奏楽をやってステージの上で音の中で響きを聞いていたものとして大満足の上下巻。
私的恩田陸ランキングで「木曜組曲」「黒と茶の幻想」に並んで横綱級。
投げっぱなさないジャーマンもあるんじゃないの、恩田先生。故・ジャンボ鶴田のバックドロップホールドみたいなもんだ。
読後感のスッキリさは、さすがに本屋大賞と直木賞のダブル受賞作なだけはある。
考えてみたらクローズドミステリの名手だもの、舞台上という場面の限られた局面での心理戦はお手の物だよね。
ただ三次予選の失格者は、展開を盛り上げるには最高だが実際は誰のどんなミスだったのか明かされないままなのはフェアじゃないけど。

キャラクターがそれぞれ立っていて良かった。
亜夜がコンクールへの立ち位置でジレンマを感じるのは、何かゾワゾワする。マサルと同じく、亜夜の三次予選のブラームスあたりで落涙。
明石と亜夜が抱き合って涙するシーンも良かった。私も釣られて電車の中にも関わらず落涙。
マサルが嫉妬心で感情が乱れるところすら無く、綺麗に終わったね。
マサルのアーちゃんが亜夜というのもストレートすぎる展開だったな。
マサル、亜夜、塵に奏の4人は「黒と茶の幻想」の4人組の様に、大人になったら屋久島を冒険しそうな感じ。
この中ではどうしても非凡な3人に対する凡人枠=節子の立ち位置は奏になってしまうのかな。
一貫して冷静な立ち位置で俯瞰している奏の視線が読者の立ち位置にもっとも近い気がする。
ふわふわ仙人めいた3人、本当に携帯電話一つ持たずに写真も撮らないのかと思ったら、ピーピーはしゃぎ出すあたりただの子供たちだね。

明石も素敵なキャラ。天才ばかりではお腹一杯になってしまうからね。
市井の人物がモノサシ替わりになるのだろう。音楽家の知り合い、私も何人かいるけれど本当に大変だもの。
周りの家族の協力なくしては立ち行かない。だけど、だからこそ息子に対して父は音楽家なんだよと矜持をもって伝えたい。
ああ、もうこれだけで泣けるよ。

女ラン・ランが3次予選にも進めなかったのを、バレーボールの強烈バックアタックが悉く止められてしまう様に喩えていたのは秀逸。
イメージはピッタリ合致する。文庫化にあたって追加されたと言うコンクール結果によれば奨励賞を受賞していたのは作者の恩情か。

ホフマン先生と三枝子は師弟を超えた恋仲で、ドロドロした展開が待っているかと思ったけど、それじゃ安易な物語だよな。
ホフマン先生の仕掛けた爆弾は「夜のピクニック」並みに可愛いかった。

この作品だって、人によってはピアノ弾いてばかりだし、内面同士の対話だなんて
トンデモ系の投げっぱなしジャーマンに思う人だっているかもね。
私がたまたまピアノ経験者だから好意的に読むことができるけど、サッパリ分からんという人もいるだろうな。
でもさ、塵は実は常野一族の係累で、ホフマン先生はツル先生の友人でした。
塵の父親は養蜂業を装って、各地に点在する常野一族の情報伝達係を務めていたのでした。
なんてビックリ仰天なオチにつながらなくて本当に良かったよ。

蛇足ながら、
・今回の「かしらん」は上巻232ページ目に登場。
・映画化は心配だけど音楽監修が誰なのかが楽しみ。
 三枝子は何となく吉田羊。明石は福山雅治のイメージ。塵を務める子役は大変だろうな。
・これは「チョコレートコスモス」の音楽版だったのかな。演劇よりも言葉の壁がないだけ、よりワールドワイドな世界というのはその通り。
 三部作だという演劇編の完結も楽しみだね。
・平成最後に堪能した恩田ワールド大満足。バルトークのピアノ協奏曲、CD買おう。

(19/04/30)


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