名もなき毒

宮部みゆき・光文社

徹底して主人公が独りごちる宮部テイスト。
どこかネガティブさを貫いて低体温な感じが、嫌いじゃないな。
シーナちゃんをして、気を遣わせてしまう己の立場。
逆玉として、色眼鏡で見られる事に対する諦観。
そんな杉村三郎は北見一郎の後を継ぐのだろうか。

途中から影が薄くなってしまう、園田編集長は「いったっしょ」こと逸田祥子を髣髴とさせるお局様。
彼女には彼女の矜持もあり、優しさもあった。
でもバイトで身内とは言え、ゴンちゃんを巻込んだお詫びはないのかい、編集部一同。

物語は連続毒殺事件と編集部で雇ったバイトを解雇する話の2つがパラレルで進んでいく。
これまたこないだ読んでた「邪魔」に似ている。今回は2つの連環が見事にストンと落ちる。
北見や美智香と知り合う偶然、クライマックスに外立君が居合わせる偶然、秋山の桃子救出ぶり、美智香の冷静さや気丈さなど
ご都合主義は多々あっても、美しいストンのためには目をつぶろう。

今田コンツェルン総帥たる義父の心中も垣間見え、けっして独善的なワンマン経営者ではない事が窺い知れる。
毒にまみれたあの家に再び灯が点る事はあるのか。
外立君や原田いずみの塀の中での人生はどうなるのか、そしてその後は与えられるのか。
外立君の両親は息子の消息を訪ねはしないだろうか。奈良和子が失踪した母親だったりするかな、とも思ったのだが。
原田親子もこれからの修復があり得るのか。

人の悪意を甘く見るなと、言い残して散った北見。
自らの立場に非を感じて、飛び降りた和子。
そんな犠牲の元に、物語のリアリティが成立するのだとしたら哀しいけど、
それが毒にまみれた普通の世界だと言う事か。
会長ですら、或いは“氷の女王”ですら、この世に本当の安寧を得るのは難しい事なのかもしれない。

土壌汚染、法の抜け穴、シックハウス症候群、いじめ、喘息、ネット発達の闇、などなど
今回もいろんなキーワードが複合しているけれど、どれも対岸の火事ではないと言う事を読者は突き付けられた訳だ。
人の悪意に警鐘をならした「沈黙の艦隊」をふと思い出した。
自分だけは大丈夫と思いがちだけど、それは過信でしかないんだろうな。

(09/06/29)


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