現代経済学の直観的方法

長沼伸一郎・講談社

新聞広告に目が留まって購入。なかなか骨太な1冊であることは間違いない。
非常に読み応えのある1冊。私なりの読後メモとして。

■第1章■ 資本主義はなぜ止まれないのか

資本主義の根幹に金利が挙げられる。
そして資本主義とは早い者勝ちである。
鉄道の発明が軍の在り方を変えた。兵站が伸び、軍事の質は量で圧倒することができるようになった。
経済も同じく、鉄道の発明を含む通信・情報の発達でグローバリズムが不可避となった。
世の中の資金供給量を考える時、貯蓄は経済を縮小させる。
資本主義は成長ありきのシステムなので、縮小のスパイラルが一旦成立すると逃げ足が付く。
そこで、拡大のための設備投資など貯蓄に置き換わるキャッシュアウトが必要とされる。
ここで肝心なのは、1つ目に資本主義は早い者勝ちなので、投資は手元キャッシュフローが増えてからでは間に合わないという時間軸。
そして、それを支えるのは資本主義経済化で生み出される生産物(消費物)を、生産労働者自身が必要としているという交換様式。
(この本の中で例えられている「超高血圧」というのはやや難解で、唐沢行人の「世界史の構造」が理解を易しくした)
2つ目は、なぜ設備投資というキャッシュアウトかというと、消費需要というものは急には増えないので先行投資というキャッシュアウトにそぐわないため。
総括として、資本主義は経済成長を前提としたシステムであると言う事。
故に国内市場が飽和したら、グローバル市場へ打って出て市場の取り合いになるのは不可避。
■第2章■ 農業経済はなぜ敗退するのか
農産物の価格は長期的に下落する。
理由の1つ目は生産手段の効率化によって。2つ目は農産物の需要量はほぼ頭打ちであり需給バランスを握れないため。
したがって第二次大戦後の後進国が押し付けられたモノカルチャー経済は、市況によって首を絞められた時に気付けば代替えの産業が無く最悪の政策。
産業構造として農業⇒工業⇒商業と変遷してきたが、現在の主要商品たる半導体は市況が飽和するスピードが圧倒的に早いという特徴がある。
■第3章■ インフレとデフレのメカニズム
インフレのメカニズムとしては3つの累計がある。
1つは、紙幣の発行量が増えて商品への対価としての価値が落ちる。(有名なドイツの2000万マルク紙幣)
2つは、商品の供給量が突然減ってしまい価格が高騰する。(石油ショック)
3つは、好景気のもとで、供給のボトルネックが発生し社会全体の成長に影響を与える。
インフレの何が問題なのかというと構造上、資産家/企業家/労働者によって効果が異なり、労働者が貧乏くじを引くことになる。
先に製品の値段が上がり、追従して賃金も引き上げられるが、追従するまでの期間は経営者の益となるため。
(それでも経済全体を冷やすデフレよりはマシ)
■第4章■ 貿易はなぜ拡大するのか
貿易とは、つまり各地における産出量(希少さ)の違いから価格差が存在する事で必要とされる。
自由主義の貿易は、資本主義ルールに則り早い者勝ちだから1位総取りのシステム。
歴史的にはイギリスが国内で競争力を高めた上で、世界各国へ自由貿易体制を唱えて毛織物を海外で売りまくった事に端を発する。
アメリカの南北戦争の真因もここにあり、アメリカ北部はイギリスの主張する自由貿易体制に打倒する事ができないので保護貿易を主張したが
対するアメリカ南部は奴隷を使った綿栽培という競争力のある原材料を自由貿易体制化で売り捌きたいという立場の違いがあった。
アメリカを1つの国として貿易方針を決めるにあたり、圧倒的な国力のあった北部・工業文明が南部・農業文明を駆逐した。奴隷解放は後付け理論。
第二次世界大戦もブロック経済にあぶれた日独が、後追いで帝国主義的領土(経済圏)侵出したことが発端。
戦後復興でイデオロギー的に日本は保護主義、アメリカは自由主義に傾倒しているが、70年代後半に腸ねん転が起き
自由主義化のアメリカが「数値目標」を持ち出し貿易黒字をコントロールしようとし非難を浴びた。
イスラムは世界経済圏をもっていたが、あくまで物々交換の商業にとどまり、成長前提の産業経済とは異なっていた。
イスラム圏は経済にとってかわり宗教が社会道徳秩序の規範となった(柄谷行人「世界史の構造」でいうところの交換様式D)
現代社会のグローバリズムにあって、新興国(後発工業国)はダウンサイズとアウトソースに活路を見出し、先進国の産業の空洞化を招いている。
さらにアメリカをはじめとする自国第一主義の右傾化は、世界全体の経済効率そのものは最適の状態から後退しているのは間違いないだろう。
■第5章■ ケインズ経済学とは何だったのか
基本モデルとしては、経済が何らかの理由で縮小均衡に陥ってしまって自力でそこから脱出できない時に
政府が公共投資で市場に資金供給し、乗数効果で拡大を促すもの。
課題は財政赤字とインフレの温床になりやすいこと。こ呪縛からは逃れられない。
大恐慌からの脱却は、実は公共事業ではなくて第二次世界大戦という平時の理論を無視した軍需産業への巨額の予算投下だった。
歴史的にはアダム・スミスの自由経済に始まり、それに対抗する形で労働者の立場からマルクス主義が生まれた。
大恐慌の後は大量失業問題を巡って資本家vs生産者+労働者の構図でケインズ経済学が勃興した。
戦後のグローバリズム拡大に合わせ、生産者の一国経済主義が没落し、むしろ資本家+労働者の構図でレーガノミクスなどが施行されることになった。
■第6章■ 貨幣はなぜ増殖するのか
貨幣の権威は、その国のもつ軍事力を背景としている。
資本主義が成長前提にしている、そのことの裏返しにどこかにリスクの引受け手が必要。
リスクを伴う先行投資をトリガーとして、生産と消費の拡大が始まる。
先行投資の瞬間は、リスクを引受けようとしない人々の貯蓄を又貸ししているに過ぎない(信用創造)。
純然たる金本位制の下で、この又貸しを許さないとすると経済の拡大はやりにくい。
■第7章■ ドルはなぜ国際経済に君臨したのか
成長著しいグローバル経済下で金本位制を続ける事に無理があり、
為替変動にのたうち回る変動相場制こそが、国際通貨の自然状態。
現代において貨幣には以下のアンビバレンツを要求している。
1つ目が、急に総量を増やさない
2つ目は、緩やかには量を増やす事ができる
ドルがそれらを叶える、というよりは「慣性質量の大きさ」としての信用に他ならないのかもしれない。
潜在的にアメリカ人はアダム・スミス流の自由放任経済+直接民主主義+金本位制を望む気質がある。
ただし<神の見えざる手>による自動回復機構に委ねていては、デフレ局面からの脱却スピードに欠けるという課題がある。
■第8章■ 仮想通過とブロックチェーン
ブロックチェーンの技術的なしくみの解説としては分かり易かったが、詳細は割愛。
■第9章■ 資本主義の将来はどこへ向かうのか
成長を前提とした資本主義経済もいよいよ曲がり角を迎えており、ここからは不可逆的な縮退が肝になる。
縮退の局面に移ると、大破局によるリセット(KPIの変更)がない限り、右肩上がりの成長局面へゆっくり回復するというものではない。
縮退局面に見られる傾向としては、強者による寡占化・画一化が見られる。
⇒ただしこれは資本主義経済が一位総取りシステムである以上は、必然的な帰結であろう。
ここで誤った多様化は、却って縮退を加速する。少数乱立は比較一位をますます優位にするからである(比例代表制における大政党の優越と同じ)。
現在のマネーは狭い金融市場の内側だけで投機目的に集中しており、実体経済に乖離してしまっているバランスの悪さ。
長期的展望と、短期的願望の二律背反があるのにも関わらず、あまりにも短期的願望を追いすぎコラプサー化している(総論賛成・各論反対のジレンマ)。
皮肉にも寧ろ近代以前の社会の方が、社会と経済の縮退を抑え込む制度や慣習があった。
正直言って、9章3からの著者の提言は今一つ響いてこなかったのだけど、倫理・哲学のような思想が必要だとは思う。考え抜くしかない。

(20/05/09)


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