マッキンダーの地政学 デモクラシーの理想と現実

H.J.マッキンダー・原書房

日経新聞などで「地政学的リスク」なる言葉を目にする度に、
何と無く言わんとする事は分かるものの、もっとかっちりした事を知りたかった。
そんな時、電車の中でこの本を読んでいる人を見かけたので、これ幸いと図書館で予約して取り寄せ。

生憎、第一次世界大戦後に英国人によって書かれた本の翻訳、更には再刊行版って事で、必ずしも期待通りでは無かったのだけど、
読んでいるうちに驚き。歴史はかくも繰り返すか、ってくらい状況は現在にも通ずるのだよ。面白かった。

地政学に直結したかどうかはともかく、これを読んで感じとった主張は大きく2つ。


■ランドパワーを統一させるな、外洋に至る道を持たせるな

海洋国家イギリスにしてみれば、内陸すなわちランドパワー(仮想敵国ドイツ)が
一つの統一された状況(ハートランドの覇権確立)こそが、シーパワーへの脅威である。
具体的には黒海やバルト海への航行路封鎖などに見られる自由航行の制限による海洋活動の掣肘。
ただし“これからやがて来る航空機の時代”には、そもそも水陸両用戦的な機動的性格を濃厚に帯びたランドパワーが黙認した時だけ
シーレーン活用可になる事を覚悟している。
これは達観だったのか、当時にシーパワーの趨勢を悲観していたのか。少なくとも大鑑巨砲主義に走った日本海軍とはえらい違いだ。

第一次世界大戦も、ドイツ民族がロシア率いるスラブ民族を併合しようとし、
東欧ひいてはロシアを加えてハートランドの覇権を握ろうとした事実を忘れてはならず、
巨大なハートランドの覇権を嫌ったフランスもスエズ運河の自由航行を守るため、ハートランドの首謀者ドイツ、時にはロシアと敵対したのは自然。
だから大戦後の東欧はポーランドにバルト海、ユーゴスラビアにアドリア海、ルーマニアに黒海への道をつけ、
内陸ハートランドの分断によるシーパワーの優越を模索している。

コンスタンチノープルにおける覇権を考えると、戦略上の拠点をシーパワーが抑えるのか、ランドパワー(ハートランド)が抑えるのかでは、
多いに勢力図が変わる訳で、取り分け内海の様なものは閉鎖海になるかどうかで、防衛力の配置も変わる。
これが潜水艦と飛行機の時代になるとハートランドがギリシャ(シーパワーに接近した国)を占領すると、世界支配可能。
第一次世界大戦もランドパワーがスエズ運河を抑えていたら大変な事だった。
また、日本が満州・ロシアを併合してハートランドの覇権を手中にしていれば海の正面をも持っているので黄禍は世界の自由を脅かしただろう。

地中海=瀬戸内海と置き換えると日本にも同じ事が言えて、今や“村上水軍”は必要なく、他国籍船を警備するコスト不要。

ハートランドは航行に支障無く大規模な軍隊の移動が可能だった事は歴史が証明。
でも冬は降雪・積雪に晒され農耕に向かない気候だったため、定住よりは騎馬民族の通り道みたい。
逆にハートランド辺縁となるエルサレムの辺りの肥沃な土地は、結果としてその様な騎馬民族に
周期的に蹂躙されてきた事を考えると、どちらが幸せやら。
デリーや西安、北京も、征服者が作った町であるあたり、幸せってなんだ?

ハートランド統一の維持コストは大変。ロシアも東半分は実質は自然の砦であり、放っておいても外敵の心配はあまりないから、
あれだけ広大なハートランドとして成り立ち得る。アラスカは維持コストの面から放棄した。
同じくシーパワーが海外拠点を確保するのも大変だが、これは単独よりも多国間協調が可(英米仏)の前提があってこそか。
ランドパワーに比べて、国境を接していないシーパワーが多国間協調が成り立ち易いだろう事、この辺りがまさに地政学か。

第一次大戦時のドイツはニ正面作戦(ハンブルクから海外植民地帝国→シーパワー/ハートランドを指向してバグダッドにいたる→ランドパワー)に失敗。
両方曖昧にした事が自滅だった。


■水平的な階級闘争ではなく、各地方毎の地域社会のタテ繋がりを束ねるがよろしい

これは政治学・選挙制度上でも非常に興味深く、
比例代表制による階級代表より、小選挙区による地域代表の優越を主張している様に受け取れる。

ロンドンに於いても議会の発祥時は、議員に対して自地域内の仕事・すなわち地方の吸引力に抗うため、
国民の連帯のため手当てまで支払って議会に出席させて、どうにか自地域外との調整・闘争の職務をさせる事にした。
が、首都の栄達は次第に、地方の特色を集約するかたちで地方生活の根を枯らした。
つまり水平化が地方色を亡くしてしまう。

世襲・踏襲される水平化は格差社会を生むから、分権化で。
垂直的に同質的ならば、国家間での争いは生まれないが、水平的に専門組織が並存すると、それらの間では上昇指向の対立となり、
その中の幾つかの専門組織が突出して全体を統べる様になると、これは帝国の誕生そのもの。
自由放任により次第に積み重なった既得権益を排除すべく第一次世界大戦が勃発した事を忘れてはいけない。
つまりは、小泉さんの構造改革が格差社会を助長し、これはいずれ改革される?
また、地域で分割してくれないと巨大なハートランドが生まれて、シーパワーを駆逐してしまう心配もあったのだろう。
だから中欧の民族国家群を奨励したんだ。


最後に。見る人が見れば日本の開国すらも『ロシア人がサハリンから蝦夷地の函館にいたるまで姿を現した』事に誘因されてるってのには驚いた。

(09/02/19)


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