ある朝目覚めて見ると、青年ザムザは1匹のばかでかい毒虫と化していた・・・
正に不条理文学の最高峰ですよね。下手したらオカルトホラーになりかねない設定。
でも、「毒虫」ではなく、昨日の自分とは別物と捕らえたら?
交通事故で半身不随になってしまった。
喧嘩にまきこまれて過剰防衛で相手を刺してしまった。
勤め先が倒産して路頭に迷う身になってしまった。
・・・等いろいろ考えられますが、
その時にあなたの家族は変わらぬ愛であなたを包んでくれると言う自信がありますか?
ザムザが変調をきたした朝、家族の皆は先ず心配します。
そして異形の姿を目の当たりにすると、現実を受け止められずに彼を部屋に閉じ込めます。
その後は主に妹が食事の世話をする事になるのですが、面白いのは当人も最初は嫌々ながら
次第にザムザの世話をするのは自分しかいないという自負が芽生えるんですね。
母親も部屋を掃除しようとしたり、彼に林檎を投げつける父親に跳びかかりザムザの助命を嘆願するなど
ザムザを怖れながらも心配する気持ちが残ってるんですね。
ところが父親と言うものはリアリズムの権化なのか、決して彼を認めようとはしない。
それどころか、実はザムザに養ってもらっている間もこっそり蓄財しており、また彼が病(?)に倒れた後は
見違える様に働き始めて、一家の大黒柱として復活している。
ザムザにしてみれば、彼が健在の間は身を粉にして働いて、自分の小遣いは程ほどに
家族に尽くしていたのに、と嘆いたでしょう。
家族の皆が言葉が分からないものと思っていた中、余所者であるはずの家政婦だけは彼と意思を通じ、
そして最期を確認するのは現代に通じるものを感じますよ。
最期を看取るのは家族ではなく、老人ホームであったり、デイケアのボランティアなのかもしれない。
それを責めるとか言うので無く、家族だからこそ、健在な時を知っているからこそ、
惨めな姿を受け入れられないのかもしれない。
この物語のキープレイヤーは妹であると言うのは、間違い無いと思います。
変調をきたした朝も、もっとも彼自身を心配したのは妹であったでしょう。
変身後も一人で世話を請け負って、初めて声をかける事になったのも彼女でした。
しかし、そんな彼女こそが家族の先陣を切ってザムザをお払い箱にしようと提案する事になるのです。
残念ですが、やはりここでザムザはゲームセットでしょうな。
現実世界ではどうなんだろう。
寝たきり老人を親身に介護してきた親族が、ある日突然その荷を負いかねて
老人の命を絶つ事を考えてしまったなら・・・
これもある意味「変身」だとは思いませんか?