鎖の歌
(4)
■
「移動するぞ。次のミッションがあるかもしれん」
イルヒラムは言ったが、それから目を細め、
「政府が爆撃してくる今、県軍なんてものが残っているか疑問だが」
「県民の生き残りはいるはずだし、県軍の責務は残っているさ」
クロノトンが言った。
「足と通信手段がいるな」
市の中心部で、県軍とのコンタクトを失うだなんてことはありえないはずだったので、予備の通信器はなかった。
「市内の県軍基地へ向かおう。なにか役立つものが残っていそうだ」
クロノトンはゆっくりと床の二人の死すべき子供を銃身で指した。
「それで、彼らをどうしよう? 遺伝子強化人間は県の敵だ。その解釈で問題ないね?」
イルヒラムは低くうなった。
「……なんで……なんで県民を撃たなきゃならないんだ!?」
「こいつらは敵だよ。やがては、変異して襲いかかってくる」
「知るか! あの地で……我らはあの地で、民衆を守るために戦ってきたんだ!」
「イルヒラム! 彼らを殺すのがよき県軍兵士の選択だ!」
クロノトンが声を大にする。
県軍が守るのは県民だ。だが、守るべき県民を殺したのは、県民であった化け物だ。頭がおかしくなりそうだった。
くそ、ここは平和な県だったんだ!
「イルヒラム、最強の軍人にして、半島戦争の英雄の君なる分かるだろう?」
「昔の話だ。私はそのことを覚えてすらいない」
クロノトンがなおも反対しようとするのを制して、
「いいか、クロノトン。我々はいま、県軍から命令を受けていない。フジーム博士を捕まえる作戦は失敗し、フリーな状態だ。そして、県軍と通信する手段もない。だが、県軍が県民を守るのは、県軍の存在意義そのものだ。我々がこいつらを保護して、政府軍の医療チームか何かに引き渡すのに問題はなにもない」
「気に入らないな。僕たちの県をこんなに破壊し尽くしてくれた化け物を保護しようと言うのだね。第一、政府軍の医療チームだかがこの二人の変異を止めることのできる確証は何もない」
クロノトンは銃床を肩に当てた。
「僕が忠誠を誓うのは県だ。そして、彼らは県に害をなす敵だ」
「県は県民から作られるものなんだぞ」
イルヒラムはゆっくりと手銃を抜いて、部下に向けた。
「友人としてではない。上官として命じるぞ。それをやめろ」
クロノトンは凍り付き、それから機関銃を下ろした。
「そうだね。そうすれば条件付けのおかげで僕は逆らえない。……残念だよ」
「すまんな」
「君の条件付けも、ウォンニのものも壊れているようなのに、僕だけがそれに縛られているのは、まったく不公平だね」
「私のは、壊れてなどいない」
戦場での秩序を保ち、戦闘に適した状態へ人の内面を作り替える、古くからの技術、条件付け。そのおかげで、将は部下の兵に撃たれる心配などしないで済む。邪魔で、不要な様々な感情さえ、ある程度は抑えられる。
あるいは、こんなもの、捨てる時が来たのだろうか?
いや、それはあるまい。
この技術が生まれる前の軍人なんてものは、略奪を目的とした盗人でしかなかった。
条件付けは必要だろう。たとえ、それが……非情な決断を求めても。自分の守るべきものを、滅ぼせと命じてきても。
「壊れてなどいない」
イルヒラムはゆっくりと言った。
条件付けは常に存在している。
だが、それでも、自分の守るべき県民の、解釈の自由は残されていた。
ファレリアを、彼女の望む地へ連れて行こうと、抱え上げようとした。だが、無理だ。ラミタイにそんな力はない。
やむなく、肩を貸すようにして、彼女を支えて歩き出した。
それでも、とんでもない労力が必要だった。
「おまえたちを県の外へ脱出させ、政府軍へと引き渡す。それでいいな?」
いつの間にか、隣に禿頭の方の県軍人が立って、何か言っていたが、ラミタイには何の意味もなさない言葉だった。
諾も否も表さず、よろめき進むラミタイに、イルヒラムは言う。
「だが、おまえたちが変異したらその時点で撃ち殺す。これは確実にやる」
クロノトンが無表情で、彼の鉄砲の銃身を手早く交換した。
「ウォンニはどこだろうね?」
「騒音の発生源にいるだろうよ」
二人の県軍人は銃を構えて廊下にでた。
ラミタイはよろよろとその後を追う。
和歌山市の惨状はひどいものだが、ここまで荒れているのなら、もう彼が今さら少し壊したって問題はないはずだった。床には大穴が空き、石柱という石柱は電動のこぎりで伐採されていた。
叩き斬られて分解された化け物の死骸がそこらじゅうに散らばっている。
返り血で黒く彩られた顔に絶えることのない喜色を浮かべ、ウォンニ伍長は大股で廊下を進む。片手にはうなって振動する得物。もう一方の手で葉巻を取り出して口にくわえた。
「仕事中の短い一服は何物にも代え難い」
ウォンニは重々しく宣言して、電動のこぎりの灼熱したモーター部で葉巻に火をつけた。
これだ。
これこそが、自分のやるべきことだ。
自分はこうするために生きてきた。半島戦争が自分の運命を、そしてこの世界での役割を決めた。
自身の内から条件付けが、県の敵を殺すことを求めていた。ウォンニは喜んでそれを実行した。こうやって自分の存在意義を発揮するのは重要だった。
フジームとかいう人間を捕まえるミッションが下されたのは、残念だった。条件付けは、そんなことのために戦いの時間を減らすのは正しくない、と思っていた。ウォンニもそう思った。
だが、その後にジャイロコプターを失ったのは僥倖だった。あとは、通信機さえなくなれば、ウォンニは戦場で自由になれた。もう、県の外からの命令といった、雑音に悩まされることはない。
「さて、敵はどこだ〜? 出ておいで」
アカデミーの大階段に至り、それを上がっていく。
そして、彼は階段の最上段に黒い姿を見つけた。
「自分から出てきてくれると、こっちも楽なんだぜ。ひっひっひっひ」
ウォンニはそう言って、化け物に笑いかけた。
対する化け物は笑うのに適した顔を持っておらず、それどころか身じろぎもしなかった。
ウォンニはにやにや笑いを一層強めるが、違和感がかすかによぎる。
他の怪物は自分を見るなり、襲ってくるなり何なり、リアクションを起こしたものだが、身じろぎもせずに見下ろしてくるのはこいつが初めてだった。頭部には二つの赤い目が、それ自体光源となって光っているが、それは他の化け物のような狂気の色を放っていない。
その色はもっと冷徹な、指揮官。あるいは僧侶か。
だが、ウォンニの思考はそれ以上進まない。条件付けのこともある上、もともとウォンニは行動の人だ。
彼は騒々しい稲妻と化して、階段を駆け上がった。ウォンニの脚の下で階段がめり込み、県軍人のがっしりした体が回転する。全体重を乗せたのこぎりの刃が化け物の首に、がっきと食い込んだ。
だが、それだけだった。
刃はそれ以上進まない。
電動のこぎりは苦しげな音をたてて、持ち主の手の中で震えるだけだった。
ウォンニの顔から笑みが去る。
化け物が、やれやれ、といった風に首を振った。
ウォンニの右手がかすみを残して消えると、ホルスターの手銃を引き抜いた。だが、銃口を向ける前に化け物の手が銃身を掴んで、でたらめな方向へと向けてくる。銃が幾度か火を吹き、スライドが前後し、空薬莢が床を打つ音がしたが、化け物の手は恐ろしい怪力で銃身を離さない。
ウォンニの左手が電動のこぎりから離れ、のこぎりは床へと落ちていく。その行程が半分もいかないうちに、ウォンニの左手がナイフを抜いていた。
だが、それもいつの間にか化け物のもう一方の手に掴まれ、びくともしなくなる。
ウォンニと化け物の間で二種類の武器が震えた。
「遺伝子強化の結果は様々な面で表れる」
化け物の体内から、しわがれた異質な、しかし、明確な日本語が流れた。
「ある者は翼を持ち、ある者は鱗を生やす」
ウォンニが肩をかたかた振るわせ、喉から笑い声を出す。
「ひひひひ……! こいつは可笑しい。喋りあがった!」
「僕の場合は表皮が岩のように硬くなったというわけだ」
うおおおっとウォンニは怒鳴り、化け物に頭突きをかます。
そして、ウォンニは額から血をまき散らし、一方、化け物はそよ風に吹かれたほどの被害も受けていないようだった。
ウォンニが舌打ちする。
「木を切る道具で僕を攻撃したのは間違いだったな、人間」
化け物は言った。その背から、新たな六本の脚が生えてきて、その先端のかぎ爪が光った。
足に力が入らず、いつ倒れるのか自分でも分からない。ファレリアを運ぶのはいよいよ難しかったが、先を進む図体のでかい人々を頼ろうという考えだけはなかった。
上を見れば天井の窓から、横を見れば壁一面を使った窓から、燃える街と、嫌な色の空が目に飛び込んできた。
ファレリアが何かつぶやいているのに気付いたが、聞き取れない。もしかしたらこの場にいない人に話しかけているのかもしれない。
そのとき男の悲鳴が聞こえてきて、二人の県軍人は身構えた。
「耳に懐かしい。遠い記憶のはて、朝鮮半島で何度も聞いたものだ。断末魔の悲鳴。どこの国の軍人も等しくあれをあげるのだ」
イルヒラムの方が、場違いな落ち着いた声で言った。
「ウォンニが……? あの猛者が……?」
クロノトンが静かにつぶやいた。
イルヒラムは無表情の仮面のまま、手銃を前方に向けてゆっくりと歩いていく。
「ああ……まずい……」
ラミタイがつぶやいて、割れたガラスと石片だらけの床に膝をついた。ファレリアは腕の中でがたがた震えた。いまや黒くなった血が、彼女の目から、口の端から流れ落ちた。
同時にラミタイ自身も右腕に堪え難い灼熱の熱さを感じた。ファレリアの髪の下、自分の腕がその色を黒く変え、指がかぎ爪の用な鋭さを得ていくのを、奇妙な諦めとともに眺めた。
「もう駄目だよ、イルヒラム」
クロノトンが言うのが聞こえた。
「彼らは変異してしまう。殺してやるべきだ。……彼らにしても今のままの姿で死ぬのが幸せなことだろう」
もう一人の県軍人イルヒラム何も言わなかった。
「……君が撃たなくても、僕は彼らを撃つよ」
クロノトンが機関銃を構えて、横のレバーを引くのが聞こえた。
ラミタイは大きな窓の外へと目をやる。空は橙色の煙と、天まで届くであろう炎に照らされている。
もはや平安な死など望むべくもないが、それでもファレリアには青空の下で死んでほしかった。彼女にはそれが似合っていたのだから。外の世界は恐ろしい世界だが、それでもこの廃墟よりかはましだろう、とラミタイは背後の二人の銃を持った死神を無視して、ファレリアをどうにか抱え直すと、出口からよろめき出ようとした。
突如として建物の中が暗くなった。
黒い巨大な蜘蛛のような姿が窓に迫るのが見え、ラミタイがなにかの解釈をする前に、それが盛大な破砕音とともに回廊に飛び込んできた。
ラミタイの頭上を何かが飛びすさり、イルヒラムが、幅跳びの選手の動きを巻き戻したかのような動作で回廊をどこまでも吹き飛んでいった。
敵襲だった。
すぐさまクロノトンは準備の整っていた機関銃を連射した。十メートルの距離だった。外しようもない。蜘蛛のごとき化け物は青白い火花を散らしてぐらつき、床のタイルに不思議な模様の傷をつけながら後退する。
だが、化け物は持ちこたえ、さらには至近の銃撃の嵐の中、一歩ずつ前進し始めた。跳弾が床や壁にめり込み、もうもうと埃を舞い上げた。
クロノトンは必死の形相で、裂帛の怒声を発する。必殺の銃撃を叩き込む。
だが、足りない。
化け物は銃撃を押し返すように跳躍し、県軍人にのしかかった。化け物の数ある脚がぶれるような速度で動き、クロノトンは床を転がった。
広大な廊下をどこまでも転がるかに思えたが、やがて男の体は止まる。頭部はなくなっているようで、血だまりが広がっていく。
耳鳴りがする中、機関銃の射撃が終わっているのにやっと気付いた。
化け物は十本もある脚のうち、二本で歩いてきた。こうすると、背中に六本の脚の生えた人間のように見えなくもない。その岩のような表皮が煙を上げている。
顔は、作り始めて早々にあきらめた彫像の様な顔だが、眼窩だけは二つあって、赤い眼が燃えている。
「探したぞ。手間取るはずだ。まだ変異していなかったとはな」
それは言った。重たい石がこすれ合うような声。
だが、名残があった。
「……ザーゴ」
「その通りだ」
化け物は胸の悪くなる声で同意した。世界が破けたような感覚に襲われ、この日何度目だか分からないが、ラミタイの視界が暗くなった。
「おまえ達のことだ、最後まで変異を拒んでいるだろうことは分かっていた」
「理性を……保っているのね?」
ラミタイが我に返る前にファレリアは、冷たくかすれた声で言った。
「僕はいわゆる特異な存在らしい。一つの体に二つの生き物の共存の見本、それが僕だ」
「……あなたが死を前にして平静を失ったのは残念だわ」
「平静を失ってなどいない! これは正しい選択だ! 正しい進路だ! 僕たちはようやくやるべきことを理解したのだ!」
「……ピートルズを聞いたのか?」
ラミタイはそんな質問をしていた。
ザーゴはそれに対して、かすかに笑いさえしたようだった。
「自力で、だ」
「すると、あなたは自分の意志で暴れているのね? 学んだこと全てに反して?」
ザーゴは眼の光が弱まった気がした。
「奴らが嘘をついていたことは知っているのだろう、ファレリア? 全てに嘘を!」
「だとしても……あんたのやっていることは……」
ファレリアは静かに首を振った。
「私は……あなたを軽蔑するわ……」
「そうか」
ザーゴは鷹揚とも見える動きでうなずいた。
「では、死ね」
ラミタイの視界はぶれて、爆発して、意識のあらゆるものを焼き焦がした。続いて、目は物を見ているのに体は動かせないという不気味な状況となって現実は戻ってきた。モノクロだった視界に徐々にだが色は戻り、そしてしびれる痛みがどこからともなくラミタイを噛み付いてくる。
胸部に熱い物を感じるが、それは焦燥感から来るものではなかった。ラミタイはがはっと血の塊を吐いた。体の中の様々なものを壊されたのを感じる。
首を持ち上げようとしたが失敗して自分の血の池に突っ込むことになった。それでも目だけは頭上へとやった。
ザーゴの背中から生えた脚はファレリアの小柄な体を貫き、頭上に掲げていた。ザーゴはかすかに笑い、無造作にファレリアの体を投げ捨てた。
「変異する前に、変異した遺伝子強化人間を挑発すると、こうなる。これも一つの選択だ」
ザーゴはいった。ラミタイはかすかに溜め息を漏らした。
「変異を拒むのもそうだし、そして、僕がファレリアを殺したいから殺す、というのも、またそうだ」
ラミタイは口を開いたが、後から後から血が流れるだけで言葉にならなかった。呼吸の度に激痛なんかに引き裂かれていた。
ただでさえ赤く血に染まったラミタイの視界の中、ザーゴはその目を赤く光らせ、人間だった頃の癖か、口元を歪めようとした。
「そして、ラミ、おまえも早く選択した方がいいぞ。その人間の体はもう長くは持たないだろう。おまえの中のより高次な存在に委ねるんだ」
ザーゴは背中の六本もの脚を折り畳むと、ガラスやコンクリートを踏み砕きながら廃墟から出て行く。
「ただでさえ僕達の寿命は短いんだ。ゆっくり足踏みしている余裕はないんだ。僕達は圧縮された進化を味わわなくてはならない」
そして彼の姿は消え、遺伝子強化人間の叫び声が遠くで聞こえた。
なんでここに来るのが正しいことだなんて思えたのだろう?
こんな現実、大嫌いだったはずだ。目をそらすのは得意なんだ。面倒なことはみんな体内の化け物にくれてやればいい。
肉体の方の破壊を精神の方も真似しようというのだろうか。
ラミタイの変異はなおも進む。右手は指先から肩まで黒い棘だらけの物と化し、そこからさらに黒い情念が信号として進み、ラミタイの細胞の中の存在が反応していく。ラミタイの胸部、首までも変異は進んだ。ラミタイの折れた骨も、破損した臓器も全て黒い波に飲まれて溶けていった。
自分を悩ましていた悪夢と同じだ。
いや、今まで自分を惑わしていた悪夢の数々は現実に危害を及ぼすほどのものではなかった。だが、これは現実だ。
そして、その分、よりこの変異の意味するものをとらえることができた。
ラミタイは床を這って、やっとの思いでファレリアの隣にたどり着いた。彼女が片目をかすかに開けた。彼女の周りの黒い血の池は急速に固まり、冷たくなっていく。
彼女の変異はさっきまで肩や背中で進行していたのだが、今ではそこから黒い骨か突起という見た目になっていて、それも一秒ごとにひび割れ、塵となっていく。
変異の全体像には、政府がついてきた無限の嘘のようなノイズにまみれていたが、それでもどこか理解できない一点を目指した変異に違いない。
だしぬけに、激痛の波は消えたが、それは物質的な面だけの痛みだけだった。
ファレリアの口がかすかに動いて何かを伝えようとする。だが、それはラミタイには届かない。
彼女は目を閉じた。そして死んだ。
ラミタイが、遺伝子強化人間が昔から心の底に貯めてきた虚無の痛み。目の前の人の死が何かの引き金になり、意思の力でおさえていたそれも解放されようとしているようだ。奔流となってそれは荒れ狂った。
変異の本質は理解した。そんな気がした。
だが、心から悲しみを排除することはできなかった。
ラミタイは声を出さずに絶叫しているようだった。空気の振動からそれを察知できた。
それに合わせて腕と肩を覆う棘はより長く、鋭く伸び、振動した。
頭の後ろで敵意を感じた。
振動は止み、ラミタイは立ち上がると、振り返った。県軍人と彼の手銃がラミタイを睨んでいた。
「悪いなラミタイ。変異したら殺すという約束だったな」
イルヒラムはつぶれた声で言った。彼の外見はザーゴにやられた傷のためひどいことになっている。
「まだだ」
ラミタイは静かな声で答えた。
「まだ変異は終わってない。進行中かもしれないけど、意識の主導権はおれが握っているよ」
「だとしてもだな、私がおまえを生かしておくことをためらう理由にはならないと思うのだがな!」
ラミタイは目を閉じた。素早くデータを整理した。
そして、
「イルヒラムさん、復讐はしたくないのかい?」
ラミタイは少し離れたところに転がる、頭をなくした県軍人クロノトンの死体を顎で指した。
「そして、あなた一人じゃザーゴを倒すことはできない」
「私を過小評価しているぞ」
「そうは思わないね。考えるんだ。これが唯一のチャンスだ、県軍人」
イルヒラムはかすかにのけぞったが、銃口だけはぴくりとも動かない。
「おまえに何ができるってんだ、小僧?」
「あなたの方こそ遺伝子強化もされてないじゃないか」
「おまえはどこへ行くつもりだ?」
「ザーゴの問いに対する返事をまだしていない」
ラミタイはそれだけ言うと、きびすを返した。ファレリアの亡きがらをその場に残して歩いていく。
イルヒラムの銃口が執拗な目のようにその後を追った。
「……私は和歌山県軍人だぞ! 私の役割は和歌山県民を守ることだ!」
「この街にはもうあまり和歌山県民が残ってないようなんだけどね」
ラミタイの言葉に、県軍人はひっぱたかれたように一歩後退した。彼の体がのけぞる。
イルヒラムはクロノトンの動かない体に目をやる。耳を、ウォンニの最後の声が満たした。それだけではない。さらに大勢の最期の情景がまぶたの裏によみがえった。ヘイス、ボット、ムターツ……ニチョン村攻略のときに、ソヴィエテの戦車の急襲で失われた奴ら。チュトス、ヒクサム。それからネクサスの救援が遅れて死んでいった、34砲兵連隊の顔。雨と泥。血の色に変わった泥水。
部下を殺された後、自分は何をやった?
政府軍が、平和な本国では不要だとして、自分に忘れさせたのは何だ?
イルヒラムの口が開いて、貯水槽のような肺に大量の空気をおさめた。
彼は吠えた。
戦場での効率と秩序のための条件付けが、安布のように引き破られていく。
圧倒的な声量が、周囲に立ちこめる硝煙や灰、血の匂いを吹き飛ばし、壁に叩き付ける。ラミタイは背中に圧力さえ感じたほどだ。
ちらりと振り返ると、県軍人の石の仮面のようだった顔に、新たな色が加わっていた。
「その通りだ!」
イルヒラムは語気荒く同意した。そしてラミタイを追って大股で歩きはじめた。
「次の任務が来るまでつきあってやる」
「ありがとう」
ラミタイは小さく礼を言う。
この県軍人の本性は、黙って引き下がりはしなかった。イルヒラムは二艇の手銃に弾をこめた。
「ラミタイ、さっきの遺伝子強化人間がどこにいるのか分かるのか?」
「想像はつくよ」
ラミタイはアカデミーの隣の、小山のようにそびえる選果場の屋上付近を指差した。
飛行する化け物が百匹か、それ以上集まって蚊柱のような物を作っている。
ザーゴはいつだって人気者でリーダーだった。そして、それは変異しても変わっていないのだろう。
ずいぶん変異は進んでしまった。
だが、ラミタイからファレリアという存在は消えた。あとやるべきことは、たった一つを残すのみだった。
「行くぞ。ああだこうだと考えるときは終わりだ。戦うときだ」
県軍人が地割れのような声で言った。
自分が考えるのをやめるときなんてくるのだろうか、とラミタイは思う。
■
和歌山県上空。
銀色の六枚翼の特務爆撃機は高度一万二千メートルをゆっくりと進んでいた。妙に寒いそのコクピットの中、計器がまたたく。
PCOのクジからの命が届く。パイロットはうなずくと、いくつかの操作突起を引いた。
出刃包丁で裂かれたかのように爆撃機の腹が開いた。搭載された4フレーズ・スーパー・ウエポンが陽光を浴びてぎらりと光った。
爆薬の発展や、生物化学兵器の登場とともに、爆弾の大きさが威力を示す時代は終わっていたが、それでも、この爆弾の大きさは異常だった。
手のひらに乗る大きさのガラスの球がそれだ。
だが、これから起こさねばならない破壊には、十分過ぎる威力を発揮するだろう。パイロットは爆撃予定地点に向け、ゆっくりと機を降下させていく。
■
選果場を、屋上まで登っていくのはそう難しいことではない。高層ビルほどの高さの選果場の階段を上っていくとなれば一大事だが、みかんの積み降ろしは屋上でも行われたため、トラックやマンモスを上げるための大形エレベーターがいくらでも設置されていた。選果場の地下にある果汁発電所の電力を得て、金属の箱は巨大な選果場の壁面を上りはじめた。
重い沈黙が続いていた。県軍人の体から落ちる血の滴がたてる、栓のゆるい蛇口のようなぽたっ、ぽたっという音だけがする。エレベーターの窓の向こうで和歌山市は燃えていた。
県軍人は、彼が守らねばならなかった都市を見ながら口を開く。
「あの遺伝子強化人間、知り合いだな?」
「同級生だよ」
「なぜ奴は変異したのに理性を保っているんだ? 変異したら、全く異質の生き物になってしまうのだろう?」
ラミタイは顎に手を当てた。自分の中で渦巻くイメージは、借り物だ。自分を体内から食らおうとしている化け物が、手始めに作ったのだろう。それでも、新たに作られつつある基盤から見ると、答えは見えた。
「たぶん……ザーゴは完全に主導権を渡していないんじゃないかな? ザーゴに封じこめられた生き物はザーゴの理性があった方が都合だと考え、ザーゴも力は得ても、自我までは失いたくなかった」
うまい手。うまい取引だ。さすがはザーゴだ。体内の化け物を説得してしまうとは。
自分にそんな真似はとてもできないだろうことは、確信を持てた。
たとえ両者の意識が共存していたとしても、生物の体は二つの精神が共存することを許さない。これは明らかだ。ザーゴも他の遺伝子強化生物と同じようにそのうち死ぬ。でも、あいつならその前にいろいろなことをやりそうだ。
「おまえたちの中にいるのは恐ろしい生き物なのだろう?」
「ああ」
ラミタイは強く同意した。体内のその黒い情動のことを、より理解するにつれ、より恐怖は増していく。
飲み込まれるのは時間の問題だろう。
「利害の一致で……それでハイブリッドになったと? なんっつう、でたらめな……」
「あるいは、それさえもおれたちの設計の一部かもしれない。一つの体に、全く異なる二つの生命が詰め込まれているんだ。どんな効果が起こるのか、設計者も全てを予測することはできなかったのかも」
「おまえはどうなんだ? ハイブリッドに進化してザーゴとの戦いを有利に、あるいはそうでなくてもせめて五分に持っていくことはできないのか?」
ラミタイは目を閉じて頭を振った。
「おれの遺伝子の中の生き物は何も話しかけてきていないようだ。少なくともおれの気付く方法では」
「詩的な表現を使うじゃないか」
「これより、この状況を気取って言い表せる言葉は持ってないよ」
「ふむ……なら、勝算はこの上なく低い。当たって砕けるしかない」
「だとしても失うものは何もないさ」
事実だ。
遺伝子強化されたことを恨んで、暴れて死のうとしているザーゴたちは一次元的な考えしかできていない。
でも、自分はもっとひどい。自分の行動に意味はない。
生き延びるすべはどこかにあるのかもしれない。まるで、それをちょっとした理由から思い出せずにいるという、不可思議な感覚がつきまとう。
だが、自分たちはそういう風に設計されていないのは明らかだ。だとすると、何なのだろう? これは体内の異生物の希望でも意味するのだろうか?
ラミタイは思い描けるだけのイメージを頭の中に作ってみるが、無理だ。
生き延びる手なんかない。
空飛ぶ黒い姿へと目をやる。翼手類でも、羽虫でもない醜い連中は、同類だ。知り合いでさえあったかもしれない姿。
しかし……ザーゴたちのように周囲のもの全てを破壊するのは……傲慢だ。どんな理不尽な滅ぼされ方をして、絶滅へと追いやられた生き物とて、最後は静かに消えていく。次の生き物にその座を譲るために。
長い目で見るとファレリアの活動の方が歴史にもずっと影響を与えていることだろう。まったく、彼女は殺されるべきではなかった。彼女の望むやり方で最期を迎えるべきだった。
ファレリアを美化しすぎだろうか? ……まあ、いい。
自分がやるのは復讐だなんていう、まるで意味のないことだ。
それでも、人間は意味のないことに意味を見いだすのが得意な種族だ。
あるいは、意味のないものなんてこの世にはないのかもしれない。
エレベーターは停止した。
ラミタイの右腕や肩の棘状となった皮膚が逆立ち、イルヒラムの目にさえとらえられない速さで振るわれた。エレベーターの扉が弾け飛び、金属の塊となって四散した。
二人はゆっくりと屋上を歩いていく。
イルヒラムは頭上高くを、空飛ぶ遺伝子強化の化け物が取り巻くように飛び回っているのに気付く。だが、ラミタイは一切気にしない様子で歩き続けた。
屋上の床にはマンモスやトラックを誘導するための線がひかれ、高いクレーンが街路樹のように規則正しくどこまでも続いている。クレーンはみかんの積み降ろしだけではなく、保存中のみかんの味を良くするため、みかんのコンテナをひっくり返すためにも使われる。
選果場の大きさは、隣の学校に通っていたラミタイにとっても感銘を与える大きさだった。
オレンジ色のもやの向こうから、染み出るように身長五メートルを越える姿が現れ、二人の前に立ちふさがった。選果場の労働者ではない。十匹ほどの異形だ。
「さあ、どうする?」
イルヒラムがきいた。両手にはすでに拳銃が収まっている。
だが、それに対し、ラミタイは異形たちを見てもいなかった。心の平安という、せっかくの精神のインフラストラクチャを、体内の化け物に食われることで失うことは、事実誤認も甚だしかった。
こんな連中は、野獣と変わらない。
ラミタイは凍り付いたようにそのさらなる向こう、選果場の屋上のふちに立っている六本の脚を生やすただ一人の男を見ていた。
奴は違う。
ラミタイは悲しげに息を吐き、右腕を振るった。彼の隣に生えていた高さ五十メートルほどのクレーンが、鋭い音とともに根元からへし折れて、ゆっくり倒れてくる。
異形たちが驚いたが、もう遅い。
けたたましい地響きがおきて、十匹の大柄な遺伝子強化の化け物は押しつぶされてしまった。
さらにラミタイは横たわるクレーンを右手でつついて、吹き飛ばした。クレーンは風車のように回転しながら悠然と立つ異形の首領、六本脚の影へと猛然と襲いかかった。だが、ザーゴもかすかに体を傾げてそれをかわすと、二人の前に歩み出た。
「選択したぞ、ザーゴ」
ラミタイが吐き捨てるように言った。
「ずいぶんとまずい選択だな」
「おれたちに遺伝子強化みたいなことしかできなかった、心の平安を知らない、哀れな人間のために祈ってやることはできないのか?」
「無理だ。僕はもう自分の怒りを抑えきれない」
ザーゴは両手を広げ、背中の六本脚もそれに同調した。それを合図に空の百匹もの異形が迫ってきた。化け物たちの黒い姿が空を覆い隠す。
ラミタイはそれを見て、戦いの予感に総毛立ち、彼の変異はさらに進む。黒い線が首を上がって頬にまで達し、ついには片方の目がそれに飲み込まれる。
彼は自分でも認識できない感覚に身を委ねる。
気がつけば、自身に切り裂かれた空飛ぶ遺伝子強化の化け物が、死体と成り果てて転がった。
だが、依然として空は見えない。
高速で周囲を飛ぶ無数の化け物が土砂降りの雨のように視界を埋めていた。
すでにイルヒラムの姿はなかった。人間はひ弱な上に、死を死ぬほど嫌がる生き物だ。この状況は人間が生きるには過酷すぎたに違いない。
カーテンが開くように空飛ぶ化け物たちの壁に亀裂ができて、ザーゴが眼前にやって来た。
「おまえに宿っている生き物は、さぞ素晴らしいものなのだろうな、ラミ。完全に変異していないのにこれほどとは」
彼は言った。
ラミタイの攻撃は一瞬だ。
黒い手刀の切っ先をザーゴの心臓に突き込む。予備動作に必要な時間は六十ミリセカンド。
だが、ザーゴの六本の脚が牙のようにがちっと閉じると、ラミタイの手はそれに挟まれ、止められていた。ザーゴの心臓までは数センチ及ばない。
「惜しむべきは、おまえにまだ人間の部分が残っていることだ!」
衝撃。
ラミタイは床に叩き付けられ、コンクリートは放射状にひび割れ、半径五十メートルほどの円を作った。
「あるいは逆かな? 一番劣った個体なのかもしれない。まだ変異が終わらないのだから」
さらなる攻撃を予測して、即座に頭を上げて迎撃しようとする。
自分の切断された右腕が床に突き刺さるところだった。ラミタイの肩の切断面から、心臓の鼓動に合わせて黒い血が噴き出した。ラミタイは溜め息をついて、左手を傷口に押しあてたが、もう状況は好転しようがない。
直後にそれが来た。
変異した部分を切り落とされたからだろう。
体内の異なる存在が、主導権を奪いにやってきた。ラミタイの意識が粉砕されそうになる。恐ろしく、圧倒的で、黒くて邪悪な、同居人。そして、敵だ。
もう一方の敵、ザーゴは渦を作るように周りを飛び交う遺伝子強化の化け物たちを、陶酔した様子で見上げ、床の苦悶の表情のラミタイなど見てやいない。
「見ろ! 僕の政府への、遺伝子強化人間を作った研究者への、憎悪に応じて、こうも多くの同胞が集まったぞ! いや、いまや政府も研究者もどうでもいい。僕たちは県境に残っている政府軍を粉砕して、日本中の、可能なら世界中の無防備な都市へと攻め込んでいくのだ! 僕たちの短い寿命がつきる前に人間どもを殺しまくってやる! その死者の多さから、人間は僕たちのことを忘れることなどできなくなるほどにな! これが奴らに作られた生き物のメッセージだと、奴らに刻み込んでやるんだ!」
ザーゴは叫ぶように言った。
ラミタイはうなずきもしなければ、首をふりもしない。そんな余裕もない。
ただ、意識の片隅で、悲しい生き物だ、とザーゴのことを思った。
そして、ザーゴは抑えが利かなくなったように、なおも叫んだ。
「分かるか、ラミ? 生物というのは、長い鎖の歌のようなものなんだ! この鎖の長さが分かるか? 三十五億年前から続いてきた、遺伝という名の自然の無意識のプロセスなんだ! おまえの体内の生き物はこのことを歌わないのか? 単細胞から始まり、藻となって世界の組成を変え、陸上へあがって緑で覆い、イクチオステガからテコドントへ続いて恐竜が栄え、それが終わった後、世界の覇者の座は哺乳類へと移り、凡獣類から長鼻、偶蹄、奇蹄、肉歯、齧歯、食虫、翼手、有袋、単孔へとつづいて、そして霊長類だ! 原猿、真猿と分かれ、さらにオナガザル、テナガザル、オラウータン、ヒトが現れた! そしてーー」
ザーゴに霊感を与えた、黒い情動に自分を浸すのは、幸福の絶頂ともいえるものなのかもしれない。
それでも……自分はできない。
変異はしない。変異は許さない。
そう決めていた。
体内の生物が、体の主導権を奪おうとする。
だが、無駄だ。これはおれの体。産まれたときから操っている、自分の方に利はあった。
意思の力でその生き物を押し返し、主導権を再び掌握した。
「ザーゴ」
「ほんの数千年前だ! そして、ヒトには突然得体の知れない知性が宿り、それがーー」
「ザーゴ、もういい」
ザーゴは喋るのをやめた。
ラミタイはふらつきながらも、静かに立って彼を見た。どうしてザーゴほどの者が、舌先の言葉で自分の意思を翻せると思っているのか分からない。
何か手はないだろうか?
非常に不利な展開だ。これを切り抜けるのはほとんど不可能だ。体内の異生物は、あと八秒の間、抑えておくことができそうだが、それが過ぎれば、変異は再開するだろう。
急いで、ザーゴへの攻撃パターンを探す。
先ほどのラミタイの動きは、完全に読まれていた。そしてザーゴはそのときに、さらに詳細な情報を手にしているのは明らか。
だとすれば、彼の意表をつく事態を引き起こし、ザーゴの防御様式に一瞬の隙を作るしかない。
どうすればいい?
ラミタイはザーゴが何か隙を見せないかと、睨みつける。
「最後にきくぞ、ラミタイ! 変異を終えて、僕たちに加わって復讐を遂げるか!? それとも、ここで人間と遺伝子強化人間のどちらでもない姿のままーー」
「ザーゴ」
ラミタイは言った。
「ファレリアを殺したのは間違いだったな」
ラミタイは地面を蹴った。
ザーゴは嘲笑とも、いら立ちのうめきともつかない声を上げて、それを迎え撃つ為の完全な準備を整える。遺伝子強化生物の卓越した感覚と、人間の知性の前には、対面しながらの奇襲という要素は意味をなさなかった。
だが、次に起こったことには全ての遺伝子強化人間が肝を抜かれた。黒い渦を形づくってザーゴとラミタイの対決を見物していた空飛ぶ化け物たちが、唐突に血をまき散らして四散しはじめた。
その降り注ぐ死体を蹴散らして現れたのは、県軍人イルヒラム。
黒い返り血と、自身の赤い血に染まりながらも、イルヒラムの目は燃えていた。県軍人を燃やすのは怒りの炎だった。
自分の部下と、自分が守るはずだった世界を同時に奪われた男の、言葉に表すことのできないほどの怒りだった。
イルヒラムは弾の尽きた銃を捨て、ひるむザーゴにつかみかかる。
その太い腕をザーゴの首に巻き付け、頭を胡桃のように割ろうとでもいうのか、拳を振り下ろし続ける。ザーゴの表皮は銃弾をも弾くのだが、イルヒラムはそのことさえ頭にないのか、ザーゴを殴って殴って殴りまくった。
その姿は狂った県軍人の像そのもの。
恐ろしい男だった。
ザーゴが肘を背後の県軍人をに叩き付け、明らかに県軍人の体の何かをへし折った。だが、それでも県軍人は離れようとしなかった。
ザーゴはここに至って、その体の主導権を完全に遺伝子内の同居人に託したに違いない。知性の影は直ちに消え失せ、他の遺伝子強化の化け物同様、あるいはそれ以上のとてつもない凶暴性を発揮すると、イルヒラムを弾き飛ばした。
全てはラミタイにとって十分な時間だった。
ザーゴは迫るラミタイに気付く。だが、イルヒラムの攻撃のせいで遅れを取りながらも、ザーゴとその同居人の素早さはラミタイを遥かに越えていた。
振り向く前に、ザーゴの六本の脚が迎撃を開始している。それはくねり、六種類の軌跡を描いて、ラミタイを迎え撃った。先ほどのけちな小手調べとは違う。ザーゴの本気だ。
完全な変異を越えた化け物ならではの、あらゆる生物に真似する術のないスピード。ラミタイによける手はない。
彼は六本の刃に瞬時に切り刻まれた。
ザーゴの迎撃はラミタイがその身から繰り出すことのできる、あらゆる攻撃を無力化し、同時にラミタイを倒すことを意図したものだった。
だが、ザーゴは視線を下ろし、己がラミタイの攻撃に串刺しにされているのを知り、愕然とした様子だった。
ザーゴが切り落としたラミタイの右腕が、投げ槍となってザーゴを貫いた武器で、それはザーゴの予測したいかなる攻撃よりも直線的で、単純なものだったに違いない。いまや、ザーゴは人間だったときに見せたことがないほど弱い存在に見えた。黒い血が彼の体の前後で吹き出す気配を見せた。
ザーゴと彼の同居人の化け物が震えながら、ラミタイを見る。
床に崩れたラミタイは苦労してかすかな笑みを作った。
「ラミ……僕はこんな……」
ザーゴは何かつぶやきながら後ずさっていく。十歩も後ずさったところで選果場の屋上は終わりだ。
だが、ザーゴは構わず後退して、そこから落下した。六本の足が空気を引っ掻く。彼は遥か眼下の燃える和歌山市へ、一言も発せず静かに落ちていった。
ラミタイの体の中の黒い情動は一声叫んで、沈黙した。
死んだのかもしれない。
あるいは、ラミタイが変異を拒んだように、この生き物も変異を意思の力で止める気になったのかもしれない。
ラミタイは自身の生命状況へと目を向け、すでにどうしようもないほど死が近づいていることに気付いた。ザーゴの攻撃は仮借なかった。
結局、ラミタイという個性の消失は免れない。まあ、こんなものだろう。
ただ、変異間際の、様々な洞察を得たにもかかわらず、ラミタイには分からなかった。
結局、遺伝子強化人間が生きのびる方法なんてあったのだろうか?
イルヒラムはラミタイの体を抱えると、選果場をあとにした。
集結していた遺伝子強化の化け物たちはザーゴが破れるとともに、霧散していった。彼らがラミタイとイルヒラムに恐怖したのか、それともザーゴの敗北など気にせず政府軍と一戦交えようというのか。人間には分からないことだが、とにかくイルヒラムへと近づいてくるものはいなかった。
イルヒラムは、もう人間の姿をしていない、しかし化け物でもない姿のラミタイをアカデミーの床の上、ファレリアの隣に横たえた。
イルヒラムは手銃に弾をこめるが、もう使う必要がないのは明らかだった。ラミタイはザーゴを破ったときにはすでに虫の息だった。変異した部位も活気を失い、ひび割れていく。
すでにファレリアの血で一度黒ずんだ床に、ラミタイの黒い血が広がっていった。
イルヒラムにできることは何もなかった。
やがて、イルヒラムはラミタイが死んだのを知り、立ち上がるとバルコニーへと歩み出た。
和歌山市は燃えていて、守るべき県民の姿は全く見えなかった。生を見いだすことさえできなかった。県民がいないのならば、県軍の存在する必要も、もうないのだろう。
政府軍の包囲を遺伝子強化人間たちが破っているのなら、日本中の都市が間もなくこのような姿となる。
だが、イルヒラムは何ももたず、何の任務も与えられていない。
イルヒラムにできることが何もないことに変わりはなかった。
空はやはり赤い色だが、こころなしか暗くなってきたようだった。煙の柱は今なお太く、静まる気配はない。
遥か高空を銀色の鳥らしきものが横切るのが見える。
イルヒラムは無言でそれを見上げていた。
そして。
■
時空はもろい。
ガラスの中、一つの彎曲した構造の原子が、宇宙を作り出しているプール線をぼかすスピードで回転していた。
プール線は宇宙の中心から離れれば離れるほど希薄になっていって、この惑星上ではもはやその存在は無にも等しい。
だが、増幅させる手ならあった。
PCOが原理は知らねども、起こりうる効果は知っているキャタリストが、百八の辺、二十六の面、八つの超面を持つ図形の形とって、彎曲原子をとりまく。新たな力場に驚いた原子はエネルギーを体内に溜め込むだろう。だが、この時点ではキャタリストの方が力は上だ。
音高く原子にヒビが入った。
たちまち原子は安定性を失って暴走を始めた。原子の周りの、キャタリストや、ガラス、空気、プール線で織られた世界などがまとめて内破する。
そうして周囲の次元を吸い込んで、宇宙の線に波紋を投げかけた後、今度は打って変わって純粋なエネルギーとして膨張した。
世界の繊維がほどけていく。
全ては飲み込まれた。
その衝撃波たるや、凄まじかった。
最初の内破で和歌山県の表土はひっくり返され、形あるものは、形ないわけの分からぬものになってしまった。
そして十億分の一秒後に生まれた膨張で何もかもが巻き上げられ、空中で消滅していく。
秒速十キロメートルを越える速さで四方に膨らんでいく、光と熱の球体に全ては飲み込まれていった。
二十四隻のネクサスは防波堤だった。
クルーの誰もが緊張のあまり発狂寸前なのをクジは感じていたが、それは失敗の際の言い訳になるはずもない。
「爆弾投下を確認!」
クルーが叫んだ。
「失明したくなければ絶対に光を見ないことだ」
ハチノヘが分かりきった忠告を発した。
クジは制御盤に埋め込まれた無機質なパネルに対峙し、その中央の金属の鍵に手を置いた。
ネクサスと4フレーズ・スーパー・ウエポン。
4フレーズがネクサスの反応炉から作られたという点が重要だった。その効果こそ、まるで異なるが、その根源的な力の流れは共通。
物理法則を歪める場を作るには劇的な舞台が必要だ。
例えばビッグバン。
室町時代前後のゴールデンエイジに、宇宙開闢の瞬間に似た輝きの下で作られたのだろう、スーパー・フォースが粒子大の空間に封じ込められている。そこから産まれる影響力が増幅されて、ネクサスを宙に浮かべている。
最近、ネクサスの祟りを恐れぬ無謀なPCO技術者が、ネクサスを解剖して手に入れた因子はキャタリストと名付けられた。
キャタリストの本来の用途は分からないが、それはネクサス反応炉が作られた時に封じ込められたスーパー・フォースを、幾ばくか解放させる。
ネクサスの姿勢制御用小型反応炉から作られたものが3フレーズ、推進用主反応炉から作られたのが4フレーズのコードネームで、すでに政府軍に極秘に配備さえようとしている。
爆弾を作るためにネクサスを失うのは痛かった。
だが、世の中にはそうしなければ、滅ぼせない悪があるのだ。
PCO技術班は二十四隻という数のネクサスを集めることで、ネクサスの何万トンという質量を宙に浮かばせている力場が協調して、4フレーズに拮抗できる壁を生めると信じていた。
4フレーズの小型な従兄弟、3フレーズですでに二度ほどテストしたし、シミュレーションも完璧だった。
とはいえ、ネクサスも4フレーズも、本質的に自分たちの理解が及んでいる代物ではない。いつ何時、何を引き金に破綻ができて、地球の北半球の半分をこそげとられるか分かったものではなかった。
だが、やらねばならない。
この狂った世界、狂った計画によって作られた、元は人間だった化け物が、より多くの死と、破壊と、絶望を広める前に。
クジの手が金属の鍵を回した。
全てのネクサスの動力反応炉をオーバーロードさせる、緊急制御装置。
ネクサスはその巨体に似合った咆哮を放ち、時空を歪める力場を解き放つ。
■
ディスプレイがぱちぱち音を立てるが、なにも映りはしなかった。
「反応炉は全エネルギーを使っちまったわけか」
ハチノヘがうなった。暗闇に包まれ、なにも見えはしないが、部屋は散乱の極みのはずだ。
電子機器が時折放電する他、音はない。ネクサスは進水以来初めの静寂に包まれていた。ハチノヘの隣の政府軍クルーは首の骨を折って死んでいた。シートベルトを忘れたのだ。同様にネクサス内の大半のクルーが息絶えていることが想像できた。
ネクサスが全ての動力を失い、数百メートル下の地表へと石のように落下しようなんてこと、誰に想像できただろう?
クルーがそういった展開に対する訓練を受けていないことは明白で、そのつけは彼ら自身の命で支払われた。
だが、ネクサスが蒸発していないことは、作戦の成功を意味していた。PCOは4フレーズを押さえ込んだのだ。
和歌山県は深さ数キロのスラグの煮え立つ盆地となった。
だが、周囲の地域に大きな被害はないはずだ。
詳しい状況はセンサーが息を吹き返すか、ネクサスの外に脱出するまで知ることがかなわない。いま、ネクサスは巨大な恐竜の死骸のようにその身を大地にめり込ませていることだろう。
ハチノヘはネクサスのハッチへと歩み寄ったが、それは開かなかった。手動で開けるようには設計されていないのだ。
このネクサスの電気系が死んでいるなら、ハッチを抜けるにはアセチレンバーナーかなにかが必要なのだろう。
クジは無表情で、何も映さないディスプレイを見つめていた。
「4フレーズの成功が確認されたら、PCOは日本に存在するリビルダー基地を全て、和歌山県のように吹き飛ばすのでしょうね」
クジは言った。
「ああ、だろうな。リビルダー基地は日本の足枷だ。何をためらうことがある? プロセッサー主義者のテロリストの仕業という証拠をでっち上げれば、リビルダーも、アメリカもイングランドも素早くは動かないだろう。連中の興味はベトナムやシェルを向いている」
パチッとモニターの一つが火花を散らして、ハチノヘの顔を一瞬青白く染めるが、すぐに暗闇が戻ってくる。
「……私達は愚かね。たった今、手に負えない遺伝子強化技術を葬ったばかりなのに、これからさらに手に負えない4フレーズを乱用しようとしている。時代は明らかに平和の愛される方向へと進んでいるのに……」
クジの声は弱々しかった。それに対してサーベルを持つ男は、闇の向こうで笑ったようだった。
「クジ、我々は武器を捨てることができるほど賢いのか?」
「……」
「あるいは、弱くなっても生きて人類を導くことができるほどに?」
「……いいえ」
「平和を愛することは、平和になることを意味すまい。我々PCOがやるべき仕事は多いはずだ」
そしてPCOが目指す道が険しいものだということは二人とも強く感じていた。
だが、今は二人とも暗闇の中、救助を待つほか、できることはなにもなかった。
■リビルダーによる占領下にある日本共和国の西部に位置する県国 鹿児島■
四人ほどしか客の入れない定食屋には、天井の隅にテレスクリーン付きラジオが据えられていた。
選択されているのは民営のチャンネルだ。国営のチャンネルの硬い感触はこの定食屋に似合わないというのが、店長の考えなのかもしれない。
昼食時だというのに、客はただ一人で、その客も出された料理にろくに手を付けようとしていない。それでも、禿頭の店長はサービス精神の塊だった。
店長が提供する話題にいちいちうなずきながら、黒い肌の客、ジョビ・ルゾンは左手をテーブルの上で握ったり開いたりしている。
自力で交換した義手の調子はよく、しっくりと馴染んでいた。生身のものより具合がいいくらいだ。世界最高の医師に設計してもらっただけのことはあった。
頭上のテレスクリーン付きラジオは、白黒の画像とやる気のない声でニュースを流していたが、やがてニュースキャスターの声が緊張を帯びた。
『ーー続いて、昨日から事態が急展開を見せた和歌山県のテロリスト襲撃に関するニュースです。すでに政府軍により、事態は完全に掌握されました。政府軍の爆撃と同時にテロリストは自爆したとの情報もあり、その被害ははだはだしく、その死者たるや十万とも二十万とも定めることができないとのことですーー』
店長はうなり声を上げ、エプロンで手を拭いながら、
「嫌な事件だねぇ」
「そうですね」
客はそう答えたが、テレスクリーン付きラジオの方を見てはいなかった。
「お客さん、あたしは考えているんでさ。こいつはただの事件じゃない」
「へえ?」
「政府はテロリストがどうのこうのと言っているが、そいつは真実じゃない。お客さんもそう思っているんでしょう? ねえ?」
店長の声は異常な確信に満ちている。
ジョビの目が鋭くなって、店長の顔を見た。
「……そうですね」
ジョビの手がゆっくりとテーブルの上で開いて、指先が店長を向いた。
それに対して、店長は何度も激しくうなずいていた。
「そうでしょう! そうでしょう! あたしは知っているんだ! 和歌山県を襲ったのは、人類への復讐のために宇宙の深淵からやって来た霊的生命さ!」
店長はそう叫ぶと、ぶるぶる震えた。
「あたしはどうも、地獄のような世界からやって来た復讐鬼ってのが苦手でね……政府軍はしっかり和歌山県を爆撃してくれていればいいのですが……」
「……心配ないと思いますよ」
客はそういって、手を机の下に下ろした。
『ーー政府は半島でのプロセッサー主義の再燃と、それに影響を受けたテロリズムのさらなる勃発に用心しているとのことですが、リビルダー政府に目立った動きは今のところ見られませんーー』
「なーにがプロセッサー主義の再燃だ! 霊的生命の裁きが、ついに地球へと下されようというのに、政府は気付いていないのか!?」
今回の仕事は危険が大きかった分、得たものの価値も高かった。
そして、PCOの追撃はジョビがいままで受けたことがないほどの、激しいものとなるだろう。PCOとのゲームは始まったばかりだった。
こんな場所でぐずぐずしているのは得策ではなかった。だが、共に和歌山に潜入した、弟のサヴォウノ・ルゾンとは、ここで落ち合うことになっていたのだ。ジョビは時計に目をやる。
時間はもう限界だった。
いまにも、PCOの追っ手はここを嗅ぎつけるだろう。
あと五分。
あと五分で、サヴォウノが現れなかったら、彼も和歌山の民、数十万人とともに、4フレーズで蒸発させられてしまったと考え、あきらめることにしよう。
『ーー岩手、函館、札幌。十一時現在、戒厳令が敷かれている都市は以上の二十八個です。では、続いて気になるベトナム情勢に関するニュースです。サイゴンにいるタナベ記者を呼んでみたいと思います。タナベさーん? ーー』
ジョビの時計の針の速度は、緩まりさえせず、あっという間に五分は過ぎていく。
有限な時間に対して、時計の針はなんと無情なことか、とジョビはつぶやいた。
その時、定食屋の扉がガラリと開いて、ジョビと同じ肌の色の男がゆっくりと入ってきた。
「いらっしゃい!」
男はジョビの隣に腰を下ろす。
店長は、一人目の客のそっくりさんが現れたことを何かの吉兆とでも考えたのか、踊りださんばかりに見えた。
「兄さん、首尾は?」
「悪くないですよ」
ジョビはサヴォウノにそう言い、和歌山にいる間一度も作ったことのなかった、本当の笑みを顔に浮かべた。
「そちらは?」
ジョビは英語に切り替えた。
「結局、ピートルズはリビルダーの工作員だったのですか?」
「違う。アメリカだよ」
サヴォウノの英語はひどくヨーロッパ風になまっている。
「五人組のうち、四人は片付けた。でも、リーダーのジョン・ジクサスには逃げられた。ありゃ、凄腕だ」
「ふむ。さすがにいい駒をそろえているようですね。まあ、いいでしょう」
「その後、ついでにピートルズになりすまして、和歌山アリーナで歌ってきた。久々の大舞台でね」
ジョビはサヴォウノの、人間のものとは思えない金切り声の歌声を思い出して、顔をしかめた。
「なんでそんなことを……。私が言うのもあれですが、あなたの歌は酷いものじゃないですか」
「芸術を理解できないとは、残念極まる人だな、兄さん。熱烈なファンだっていたようで、先日ファンレターも来たぞ」
「何通?」
「一通だけだったけど。和歌山県軍人からだったかな? なんであれ、県民も俺の歌を耳に残して、最期を迎えられて幸福だったろ」
「バカバカしい。死んでしまえばそれきりですよ」
ジョビは低い声で言って、立ち上がった。
「行きましょう。私たちの帰りを待っている人々がいます」
■
空の赤と金のまだら模様の下、真っ平らな大地がどこまでも広がっている光景は心が痛むほど美しかった。
この大地は空白だった。
全ての生き物は一掃され、地球上には他に存在しない静けさに包まれている。
だが。それも今だけだ。
やがては、目的を持った動植物が移民としてここへなだれ込み、以前とは違った様相の自然を作り上げるのだ。
そして、人間もーー。
一陣の風が海の方からやってきて、自分の髪/感覚毛を揺らすのを感じた。
自分?
自分の名はーー。
『ラミタイ』
そうだ。それだ。
自身の内からの声が何度ともなくその名を強調したのを思い出した。
その声は、こちらが質問したり、相づちを打ったりしてやらなくても、好き勝手なことを喋り続けた。
「なあ、同居人」
そして、こちらが話しかけると即座に反応が返ってきた。
「この大地を焼き付くした炎はおまえを、そしておれを殺さなかったのかい?」
『では、ラミタイ、他者の遺伝子の中でその存在を保てる我らにとって死とは何なのだろう?』
「他の遺伝子強化人間は死に絶えたじゃないか……」
『ああ。それは実に悲しいことだ。彼らは皆方法を間違えてしまった。みんな、破壊と殺戮に耽ってしまった。生存のためにはそんな事よりも重要なことがあったのだが、思い出せなかったのか』
同居人は溜め息をついたようだ。ラミタイの頭にファレリアのことが浮かんだ。
『その少女の同居人が私に統合を尋ねてきて、私もそれを受け入れた。他に統合ができそうな同胞は見当たらなかったからな。統合は私の体液を介して行われ、なんの問題もなく済んだ』
「でも、二種類の生き物が一つの体に生きるのは無理ではーー」
『その誤った考えは何に由来するのだね? すでに君と私がその反証ではないか。所詮は容量の問題でしかないんだ。人類を含む、普通の生き物に二種類の精神は無理だ。容量過大で破綻してしまう。だが、統合のおかげで容量が二倍になった私/私たちにとって炎に耐えれるように自身/君を作り替えることは造作もなかったというわけだ』
同居人は誇らしげだった。
「そ……そんな単純な?」
『何を期待していたのだね? 私/私たちは単純な種なのだよ。付言すれば、その少女を殺した暴走体を君が始末したことにも、少女の同居人はいたく感銘をうけたそうだよ。自分よりも強い個体に勝つ行為というのは、私たちにとって重要な意味を持つものだからな』
「ふうん」
『そうそう、統合相手によると、少女は君が生き延びることを強く望んでいたそうだ。そのためにも、私と統合する気になったのだとさ』
「ファレリア……なぜだ?」
『私は知らないな。自分で尋ねたまえ』
ラミタイは同居人の存在のさらにその向こう側に、ファレリアの存在をかすかに感じて目を丸くした。
なんてこった。
ファレリアまでもが同居人なのか。
……まあ、これも他の全てのことと同じように慣れていくべき事柄の一つなのだろう。
ラミタイはゆっくりと立ち上がった。
「これからどうするんだい、同居人?」
『君次第だ、ラミタイ』
同居人は何だか眠たげに言った。生存に成功して満ち足りた思いなのだろうか。
『死はいまや回避された。だが、君がかつて探していた平安が見つかるかどうかは、保証できない』
「そうか」
平安は探すことができるだろうし、そうするつもりだった。
ラミタイは背中から黒い羽を伸ばし、遠くの世界へと飛び去っていった。
■
2007 Chain Eugenic
Copyright(c) 2007 tunguu seihou all rights reserved.
■あとがき!■
お読みいただきありがとうございます。
1963年。高度経済成長期のはずです。
人類VS後人類というテーマにチャレンジです。
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