突破点の向こう側 (1)
巨大な鋼鉄の足が地面を踏んで、世界を揺るがした。俺は高さ二十メートルに位置する視覚器を通して、強化された知覚を味わっている。
俺が乗るのは『メルレンジェ』。最強の金属の巨人、GPAS。それがこいつだ。
要所要所に装甲がアッドされていて、鏡より反射率の高い鏡面処理のおかげで、それには灰色の空と白い雪が写っている。
『メルレンジェ』は長身だが、軽装快速を旨とするトルーパー型GPASのため、その姿は戦士というよりかはファッション・アーティストというべきすらりとしたもの。背負われたライフルと剣が体の線からはみ出している。
この巨人の隅々にまでエネルギーを送っているのは極小のナノボットたちだ。
大地のエネルギーが枯渇しようとしているのに対し、GPASの中で小都市をまかなえるだけのエネルギーが蓄えられているのは不自然に思えるかもしれない。
だが、要はエネルギー効率の問題だった。
似たような外見の巨人が周囲を歩いている。GPASの一小隊だ。
『メルレンジェ』と同じトルーパー型GPASが四機、重装甲のミサイルマン型が二機、そして通信と指揮を司るコマンドー型が一機。
今回の奇襲にスナイパー型やサボチュアー型、ヒーラー型の出番はない。
ここはかすかに汚染された荒れ地で、新雪が積もっている。気温はマイナス十八度。いかなる生体反応も感じられない。死の世界だ。空気は戦いの予感に震えている。
GPASの間を駆け巡るのは通信レーザーで、本来不可視のそれはデジタル処理でピンク色の線で表現された。
戦術通信インプラントからの声は、耳元でささやく百人の小人の声のようで、そのまま聞いても意味ある情報は手に入らない。
(『能率的チャティー・レディー』完全起動。マイトー社ネットワークとリンク確立)
今までとは桁違いの情報が入ってくる。
俺を雇ったのはマイトー社だ。企業の中で最も好戦的で、GPAS開発に関しても一日の長がある。なにせ、今は亡きGPASの設計者リーク・ストイコフはこの社の人間だったのだ。
俺がマイトー社と交わしたのは二週間契約のはずだが、詳しいことは覚えていない。どうでもよかった。この奇襲が成功すれば、マイトー社は満足するに決まっているのだ。
俺たち七機はこれから、敵対企業ノイエ・ストラトス社のレアメタル採掘場を襲撃、可能なら占領する。敵対企業経済面への打撃によって、長期的に企業間抗争の優位に立とうというのが、今年のマイトー社の予定らしい。
俺たちは軌道上からこっそり投下され、三分前に着地した。採掘場は目と鼻の先だ。
「最新のマップのダウンロードを始めろ」
味方コマンドーからデータが転送されてくる。
ここまで近づいてしまったら、もう隠密行動も無意味だった。巨人の足音は地平線の果てまで響いていることだろう。
戦術マップ転送が終わったので広げてみた。
何だこりゃ? 三次元マップですらない。平面の白黒画像だ。GPASのコアパーツ内で働いている俺の精神が表したのは、不満のデータだった。
「こんなの役に立たないぞ!」
「一体何の冗談だ?」
高速言語で罵声が飛び交った。
「偵察衛星が敵GPASの対宇宙攻撃で撃ち落とされたらしい。コムサット・スキャンも封じられた」
コマンドーが言う。
「そうならないようにするのがおまえの仕事だろうが!」
「おお、どうした? クラスAマイナスの傭兵ともあろうお方が、この程度のトラブルに、ずいぶんと弱気だな。臆病風にでも吹かれたか?」
味方コマンドーはそう言ってがははと笑った。
俺はマングースのごとく、この馬鹿に襲いかかり、この手で最期の教訓を授けてやる場面を想像した。
俺には、『メルレンジェ』には、それができる。
働かないコマンドーは案山子も同じだ。存在するだけ無駄。酸素やエネルギーの浪費でしかない。
だが、作戦開始までTマイナス十秒。暇がなかった。作戦を遅延することがあっては、マイトー社は激怒するだろうし、大企業に訴訟されるだなんて事態を想像すると、俺たち傭兵の背中を冷たいものが走るのだ。
敵に関する情報皆無。そして、それゆえこっちも作戦皆無。それで行くしかない。スアサイドなミッションだ。
巨大な岸壁のように死が俺の前に立ちはだかっている。どうしようもなく、俺の心は踊った。危険が大きければ大きいほど、俺は戦いを感じることができる。近づく死が生を強調するのだろう。
そして、それが俺を『彼』に近づけるのだ。
味方ミサイルマンどもが地面に片膝をついた。ここから支援砲撃を行うつもりだ。連中の仮想照準カーソルが、青白い三角形となって大地を覆う。
「仕方がない。このまま突進して、斬り込むぞ」
俺の言葉に、三機の味方トルーパー型GPASがうなずいた。
彼らのプロフィールを再確認する。『トト』『えどまえ』『リパ8』……そして俺『メルレンジェ』。
いずれもランクAマイナス以上の手練だ。大企業マイトー社に雇われているのだから、不思議ではなかった。
だとしたら、作戦の要たるコマンドーがなんであんなクズなんだ? 大企業ってのは意外と抜けているものだ。
「敵の情報なしだなんて、目ぇつぶれて戦った方がマシだぜ」
「ったくだ。あん馬鹿、ぶちころしてえ」
トルーパー型GPASたちは高速言語でぶつくさ言いながら、短距離走者がやるように身を沈めた。
「戦闘開始」
直後、俺は光をまとい、神々しい巨人と化した。背中に装備されているクラスタースラスター式推進装置が白熱している。俺は矢のように雪原を飛んだ。プラズマ粒子成型の磁束吸着スラスターで、メーカーは不整地使用を推奨していない。だが、俺たち傭兵はメーカーの言葉なんか気にしない。この新雪は潤滑油も同じだった。
奇襲攻撃では速度が重要なキーとなる。『メルレンジェ』の心臓で炎が荒れ狂った。金属の骨格はばりばり震え、俺を興奮させる。
(『eーエピネフリン』完全起動。安全用拮抗薬準備完了)
ネットワークドラッグが俺を超人化していた。『メルレンジェ』は地面を飛ぶように進み、その背後で地面は焼けていった。俺は可能な限り身を縮め、全神経を機動に集中する。
ちょっとでもバランスを崩せば、転んで大破するのは目に見えていた。傭兵ならではの、狂気のアクションだ。ファンどもは喜ぶことだろう。
『メルレンジェ』コクピット内で俺の本体は、しっかりと防御されているにも関わらず、肉と骨がバラバラになりそうな振動に悶えていた。だが、俺の精神にそんなことを気にしている余裕はない。このバトルが終わるまでもってくれることを祈るしかなかった。
素早いやり取りで、四機のトルーパー型GPASは四方向からノイエ・ストラトス社採掘場に突っ込むことを決めた。広域拡散系の反撃で二機以上をいっぺんにやられるのを防ぐ意味もあるが、こっちに有効な作戦がない以上、白兵戦の他にとるべき手なんてなかった。
地平線の染みでしかなかったノイエ・ストラトス社の採掘場はたちまち迫ってきて、3Dの存在感を持った。俺たちは信じがたいほど騒々しい音と、視覚的インパクトをまとっていたので、容易に発見された。
頭の裏に、ロックオン警報音が響き渡る。死者をも起こすけたたましいアラート! まさに危険が迫っている、という感じで、このアラートを気に入っている。
俺は背負っていたGPASライフルを構え、引き金を引いた。別に何を狙うわけでもない。
この巨大ライフルの発射速度はせいぜい毎分五百発。だが、有薬莢弾というのが重要だ。パワフルな反動はブレーキの役にも立つ。
加えて逆噴射もかけて速度を殺す。同時に脚部ベクトルスラスターを点火。『メルレンジェ』はその姿勢を変えずに、出し抜けに横方向の移動を始めた。
直前まで俺のいた場所を、ぶっといレーザーが貫いたらしい。巻き上げられた雪煙がまっぷたつに切り裂かれた。
間一髪って奴だ。俺はしびれた。
レーザーは直進する。俺はレーザーが飛んできた方向目がけてライフルを斉射する。
戦果アイコンが灯った。レーザー臼砲か何かをぶっ壊せたらしい。
俺はノイエ・ストラトス社が設置した高層ビルのようなバリゲードに走り寄った。大いに跳躍してそれに飛びつくと同時に、背中のスラスターを吹かす。俺は壁を垂直に駆け上っていった。こういう芸はエネルギー消費こそ激しいが、なかなか役に立つ。意表をついた侵入方法で、地雷原や待ち伏せ場所に誘導されるのを避けるわけだ。
頂上まで駆け上り、それでも止まらず、『メルレンジェ』はそのまま大気圏を突破して惑星外へと飛び立っていくかに見えた。もちろん、スラスターにそんな力はない。『メルレンジェ』は空中で一回転して、ずしんとバリゲード頂上に着地した。
ここからノイエ・ストラトス社採掘場が見渡させた。採掘メンバーの居住区や器具収容場所、コプター発着場、エンジニアリングベイ、マスドライバーなど、ちょっとした街のような大きさだ。
『メルレンジェ』の視覚器は大した性能ではないが、こんな情報でもないよりはマシだろう。俺はデータを味方トルーパーとコマンドーへ転送する。
そして、俺は強化された知覚にさらに集中して、敵GPASの姿を探す。
『彼』はいないか? 『彼』は?
ノイエ・ストラトス社なら『彼』を雇っていても不思議ではあるまい。
「『メルレンジェ』、アップロードを感謝する」
味方『えどまえ』からだ。
「採掘場東部4−3でGPAS用弾薬供給装置を発見した。CPバルカンやFレーザーが尽きたら、寄ってらっしゃい」
「了解だ、『えどまえ』」
(『ダンジョン・マッパー』完全起動。座標位置把握完了。オートマッピング開始)
白黒の二次元マップに、俺がアップした光景が加えられ、さらにグリッド表示がなされた後、『えどまえ』が言っていた場所が補給場所の色に染まった。
『彼』らしき姿は見当たらない。そして、のんびりすべき時でもなかった。
バリゲードの上にたたずむ巨人というのは興味深い的になるらしい。下から銃弾がやってくる。敵GPASがバリゲードの下で片膝を付いて、こっちに銃口を向けていた。
俺はひらりと身を踊らせ、地上目がけてダイブする。
敵GPASがみるみる迫り、そいつの驚きっぷりは手に取るように見えた。もちろん、このまま体当たりしてやっても、十分すぎる攻撃になるには違いないのだが、そんなことをすれば飛び降り自殺をした人間のように、こっちもめちゃめちゃになる。
俺は空中で回転して、背中を地面に向けた。そして、背中のスラスター全力で吹かした。
強烈な逆G。『メルレンジェ』内で俺の本体が圧縮されて、平べったくなるのを心の片隅で感じる。
だが、俺の下にいる敵はもっと悲惨だ。プラズマの炎をまともに浴びて地面に押し付けられ、ずぶずぶと沈んでいく。GPASの装甲は持ちこたえたとしても、最高レベルの断熱処理を施していないと、無駄だ。コクピット内部の気温は軽く千度を越えていることだろう。
俺は敵GPASの上に柔らかく降り立ち、周囲の世界はもうもうとした湯気に包まれた。
戦果アイコンが灯る。
敵は体の大半が地面に沈んでしまっていた。俺の動きに驚くのは分かるが、反撃と行かないまでも、回避ぐらいしてくれないものか。バトルにもなりやしない。
無茶をしたせいで、『メルレンジェ』の背中のスラスターは焼けこげている。俺はそのことを火傷のしつこい痛みで知覚した。俺はスラスターに繋がる神経の切断を命じ、スラスターそのものを強制排除した。
(『肩の荷』完全起動。現在重量を標準値と定義。誤差修正開始)
捨てたスラスターの分の重量を計算させ、新たな体重を体性感覚系になじませなければならない。
スラスターを捨てたため、ここから先のお仕事は二本の足で、というわけだ。
俺はクリームブリュレの表面のようになった地面を踏み割りながら駆け出した。
GPAS。
ジーピーエーエス、ジパス、ギパセ。呼び方は自由だ。
人間の精神を、身長二十メートルの鋼鉄のボディに移すというテクノロジーが、それを作り上げた。
身長二メートルに満たない、何の力も持たないちっぽけな俺は、『メルレンジェ』に精神を移すことによって、プラズマをまとってピョンピョン飛んで、飛んでくる弾丸をガンガン弾くことができる。
GPASを作ったのはマイトー社の世紀の天才、リーク・ストイコフ博士。この名を知らない者は、文名人を名乗ってはならない。
それ以前にもマスター&スレイブ方式のパワードスーツといったものは存在したが、それらは好意的に言っても不格好な鎧でしかなかった。
GPASはそんなものと格が違う。無限の可能性を秘めている。
GPAS以外でも人間の精神をよそへ移す実験は行われた。だが、リークの発明品を除けば、いつも機械と人間の間の情報翻訳に失敗して、被験者に不思議なトラウマを残すだけに終わっていた。
俺が思うに、GPASは人型をしているのに意味があるのだ。
現在使われているGPASは、全てリークの発明品の模造品。
そして、GPASは戦場の、それから社会の様相を一変させた。
ノイエ・ストラトス社採掘場の居住区に入ると、そこは蜂の巣をつついた争乱の場だ。突進してくる巨人に恐怖した人々が逃げ惑っている。
と、敵対的な照準レーザーが体を撫でるのを感じた。ノイエ・ストラトス社の歩兵がロケットランチャーでこっちを狙っている。かわいらしい努力だ。
俺は適当にライフルをぶっ放した。弾着の衝撃波で歩兵は吹き飛んでしまった。ライフルから排出された、ドラム缶ほどの大きさの空薬莢がアスファルトにぶつかり、音を立てた。
悪いが、そんな玩具でGPASを止めることはできない。
横にあった車庫からはホバー装甲車が出現した。だが、何か悪いことをする前に『メルレンジェ』の踵落しが砲塔にめり込む。さらに俺は装甲車によじ上って攻撃を加えた。
装甲車や戦車はやけに硬いが、その長所を除けば、ただの薄のろの箱でしかなかった。
一方、対地攻撃コプターは最高にすばしっこいが、こちらは吹けば墜落する程度の防御力しか持ち合わせていない。
GPAS以前は戦場の主役であったかもしれない彼らだが、リーク・ストイコフの芸術の前には、とるに足らない存在だった。
俺は擱座した装甲車から飛び降りた。
敵GPASはどこだ? 弱いものいじめのような真似にはうんざりだ。GPAS乗りの中には人間を踏みつぶして、文字通り蹂躙するのを好む手合いもいるが、俺はそんな行為に何も意味を見いだせない。
GPASを止めれるのはGPASだけなんだ。
来た。
脚部スラスターを使って、氷の上を滑るような滑らかな動きで金属の怪物が姿を現す。『メルレンジェ』のようなトルーパー型GPASと比べて、横幅が二倍近く、より重厚な威圧感を与えてくる。
ミサイルマン型GPAS。重砲での支援を得意とするが、スナイパー型GPASと違って、ミサイルマンは格闘能力も備えている。人気のあるクラスだ。
(『ビブリオテーク』完全起動。容量不足。『肩の荷』強制終了)
情報は力。俺は記憶強化系のインプラントを起動した。
さっとミサイルマンの腕が跳ね上がる。先手を取られた。武器は握っていないが、収納されているに違いない。
封印されていたガスが解き放たれる音が戦場に響く。
敵が上腕から撃ったのはFEWATミサイル。音でそのことを知った。
撃ち落とすにも、攪乱するにも距離が近すぎる。
俺はマイクロセカンド間にきわどい選択をとった。
俺は思い切り上半身をのけぞらせた。『メルレンジェ』は俺の本体より体が柔軟だった。
傭兵でGPAS乗りたる俺の人生、基本オールインだが、賭けは成功した。
引き延ばされた時間の中、ミサイルが顔のすぐ上を通り過ぎていくのを見た。ミサイルの安定翼が束の間太陽を隠し、推進部のプラズマアークが空気を歪めていった。ミサイルに記されたメーカー名まで読めた。マッハの初速を持つ、ミサイル、のだ。これがGPASで強化された俺の知覚力だ。
敵は欲張ってヘッドショットを狙ったのだ。
セオリー通り胴を撃って、『メルレンジェ』のナノウェア装甲に威力をそがれるのを恐れたのだろう。素人が高等テクニックに手を出すから、こうなる。
敵ミサイルマンに正しいGPAS接近戦というものを教えてやるべく、俺は両足を投げ出して仰向けに倒れ、かまわずライフルを撃った。
敵はジグザグに瞬発機動を行い、路地に飛び込んだ。蹴飛ばされた自動車が空の果てに飛んでいった。道の奥では俺のライフル弾を浴びた倉庫が崩壊した。
逃がしはしない。こっちはスピードが売りのトルーパーだ。
と、けたたましいアラート音。
俺の視覚は三百六十度をカバーしているが、俺の背後でFEWATミサイルは天へと上昇した。そして、『ビブリオテーク』のデータ通り高度三百メートルでターンすると『メルレンジェ』目がけて急降下してきた。
最近のミサイルはしつこいのだ。
俺は転がるように起き上がると、駆け出した。ライフルの弾種を変更。
脚部スラスターで跳び、横にあった居住施設を蹴った。三角跳びの要領で路地へと飛び込む。俺に蹴られたビルが粉砕した。
空中で身をひねると、白煙を残しながらミサイルがすぐそこへ迫るところだった。その先端のロボット光学アイと『メルレンジェ』の視覚器の目線がぶつかり、火花を散らす。
そして、俺は引き金を引いた。『メルレンジェ』は地面に転がり、地震を生んだ。路地をコンクリート片がやたらめったら飛び交う。
俺が撃ったのはフレシェットウェブ弾。実際にはウェブというよりかはカーテンと呼んだ方が良さそうな、高密度のフレシェット短針が詰まっている。シンプルで、誘導弾を叩き落とすのに役立った。
対ミサイル防御を出し抜くダイヤモンドヘッドミサイルの噂なら聞くが、幸いまだ戦場ではお目にかかっていない。
念のため路地から『メルレンジェ』の頭を突き出してみた。ミサイルの姿はない。上出来だ。
その一帯はひどいことになっていた。何万本ものフレシェット短針が全てに突き刺さり、全てを引き裂いている。逃げ遅れた人間は、たとえどこに隠れていたにせよ、生き延びることはできなかったはずだ。
よその職業の人間は俺のこの行為を残虐だとか、非人道的だとか言うかもしれない。
だが、俺に何ができるだろう? こっちは神にも近い力を持った巨人。あっちは……脆弱な生き物。
そんな連中を気にかける余裕はない。人は簡単に生きて、簡単に死ぬものだ。だが、GPASは違う。
俺は路地裏を駆けた。
戦闘中に、どうでもいいことをいろいろ考えるのには理由がある。俺は感情制御や思考抑制のインプラントを備えていない。そんなものがあると、なんというか、このGPASの中での時間が不純になる。
十分にこれを感じ、楽しむことができなくなる。
さあ、敵ミサイルマンはどこだ?
俺は裏路地を抜け、広大なコプター発着場にたどり着いて、はたと立ち止まった。
敵ミサイルマンがどっしりと立っている。『決闘』をやりたいらしい。
奴の通信レーザーがぎらりと光った。
「奇襲とは小癪な真似をしてくれるな、マイトーの走狗めが」
何か喋りかけてきやがる。
「この場で叩き斬り、我が剣の錆にしてくれよう。貴様はすぐに聞くぞ! 貴様の血が大地に滴る音をな!」
気の触れたおしゃべり好きなのだろうか。それとも、そういうプログラムを組んで喋らせているのかもしれない。
俺の視覚情報から『ビブリオテーク』は敵GPASのプロフィールを見つけて来た。
傭兵『PALEBONE』。ランクBマイナス。
Bマイナス? 阿呆が。
だが、それでも視聴者はこれにエキサイトすることだろう。決闘アイコンが灯った。
「貴様を倒してAランクへ上る糧にしてくれよう! 行くぞぉお!」
敵は吠えて、突進してきた。ヴィーンと耳にこびりつく特徴的な音とともに、光の剣が奴の手の中に姿を現す。
レーザーソードか。高エネルギーのコヒーレントレーザーを電磁潮汐で成型したもので、その見た目から根強い人気がある。
ライフルで奴の突進を止めきれないと判じて、俺は銃を捨てた。
こっちも剣で行こう。
背中から突き出た握りを右手で握る。だが、まだ抜かない。抜くのは、敵の一撃をやり過ごした後。敵が隙を見せたときだ。
敵は光の剣を振りかぶる。俺は身構える。
さあ、どこから来る?
信じがたいことが起こった。
敵はそのまま袈裟懸けに、剣を振り下ろしてきた。
なんなんだ、こいつは!?
レーザーソードは『メルレンジェ』の肩にめり込み、そこで止まった。剣も、『メルレンジェ』の肩甲も、オレンジ色にギラギラ輝き、空気が歪む。
『メルレンジェ』の肩甲は溶発シールドに、マイトー社製の最新鏡面ナノウェア処理を施している。これをレーザーソードごときで斬っても、斬る端から装甲内ナノボットが装甲を新たに形成していく。突破するには十年では足りないだろう。
おまえは敵対企業が何を開発したのか、ニュースで調べたりしないのか、『PALEBONE』?
こんな素人がいるだなんて、全く信じられない。
俺のソードがずばんっ、と奴の剣を持ってない方の上腕を斬り飛ばした。剣ってのは物を斬る道具なんだ。そのためにも装甲を覆われてない急所を狙え。
敵はあわてて一歩後退した。
俺の剣はソリッドの超硬度太刀だ。X線やら何やらを使った、幻の剣とは違う。
GPASの武器というと、いろいろ複雑なものを想像するが、こいつはただの金属の塊。『メルレンジェ』の装備の中で圧倒的な重量を誇る。
異様な存在感を誇る俺の剣は、持つだけで血をたぎらせてくれる。最高の武器だ。
突然、敵は顔からばっと何かを吹きかけてきた。
『メルレンジェ』の視界がブラックアウトする。そして、俺は喉の底から激痛に吠えた。素晴らしい痛みだ! 神経という神経が燃えている、と言おうか。
俺の外面は鋼鉄。今、内面は炎と化した。
敵『PALEBONE』は俺の『ビブリオテーク』が予想だにしなかった気色悪いトリックを使ってきた。
食らったのはただの酸で、攻性ナノボットと比べりゃマシだが、視覚はやられた。
本当に目がつぶれて戦わなきゃならないわけだ。
瞬時にドップラーレーダーを起動するだとかで、敵の攻撃に備えることはできるだろう。
しかし、俺はそれをしない。
なぜだろう、急に確信した。はっきりと、それが必要でないことが分かった。
さっと身を屈める。
『PALEBONE』の光る刃が体をかすめたのを感じた。
目で見えなくても、敵の稚拙な攻撃を頭に描くことができた。目に頼るまでもない。
第六感と予測。それで十分だ。
俺の剣が一閃した。奴の胴体に食い込んで、金属同士が金切り声をあげる。
『PALEBONE』はどしんと尻餅をついた。
(『eーモルヒネ』完全起動。自動投与開始。ダメージコントロール開始)
痛みを抱き、痛みと一つになり、そして世界を痛みで味わいたがっている俺にとって、鎮痛薬は不要だった。だが、こいつは自動プログラムだ。どうしようもない。
バックアップの視覚がよみがえった。主視覚器には免疫系と回復系のナノボットを向かわせる。
『PALEBONE』は火花を散らし、傷から黒い液体を噴き出している。
俺は奴に笑いかけた。
「どうした? 立て! 斬り掛かってこい! Aクラスは目の前だぞ!」
敵は忌々しげに唸った。
本物の声帯を使っているのか、興味深い唸るプログラムを持っているのか。
「俺はまだおまえから何も感じていないぞ! 立て立て立て!」
「この戦闘狂め……」
ミサイルマンは立ち上がって、レーザーソードで突いてきた。
俺はその手を蹴り上げ、大柄な敵の懐に飛び込む。猛然と掌底を浴びせる。敵の装甲越しに振動を与えて、敵がひるんだところへ肘を食い込ませる。
さすがはミサイルマン型。見事な硬さだ。殴っているこっちが痛い。
だが、始まった俺のコンボ攻撃は止まらない。
『メルレンジェ』の脚部スラスターが吠え、勢いの乗った蹴りが『PALEBONE』の股間にぶち込まれた。さしものミサイルマンも体が宙に浮く。
空中で敵がとれる回避行動はない。こっちも跳んで敵に肉薄する。
俺の剣が奴の胸甲の隙間を貫き、背中から切っ先が飛び出た。さらに『メルレンジェ』は剣の握りを軸に回転すると、『PALEBONE』の脳天に蹴りをめり込ませた。奴の顔面部のセンサー類がひしゃげ、神経ケーブルがむき出しになった。
とてつもない重量を誇る巨人たちが絡み合いながら地面に突っ込み、コプター発着場のコンクリートがもりもりとめくれ上がった。
俺は剣を敵の体から引っこ抜いた。
『PALEBONE』からの通信レーザーは沈黙した。
おまえの負け、俺の勝ちだ。戦果アイコンが灯った。俺は剣を背中に戻す。
悪いが、技術不足の代償は命で支払ってもらうってのが、この業界でのルールだ。技術だけじゃない。運の不足、GPAS性能の不足。様々な要素が命を奪いにくる。
さあ、次へ行こう。
ここに『彼』はいない。
『マキシマス』はいない。
だとしても、こんな素人より、俺に今を実感させてくれる敵手はいるだろう。
『メルレンジェ』は再び駆け出した。
GPASという無敵の巨人の存在は、熱核戦争後、荒廃した世界で暮らす、沈みがちだった人類の心に光を投じた。
GPASに人生を動かされた人間は多かった。
企業の全天候型アルコロジーに住む人だけではない。熱核戦争が残した瓦礫の下、村に一つしかないテレビの前で、飢えた餓鬼どもはGPASの勇姿に目を輝かすのだ。
俺もそんな餓鬼出身だから、知っている。
瓦礫の下に住む人間にとって、GPAS乗りになることが成功への最も確実な手段だった。
GPAS乗りにとってどこで産まれたか、とか、どの企業に忠誠を誓っているか、なんてことは問題でない。
問題なのは適性と腕。それだけだ。
俺は十五の歳でGPASに取り憑かれた。まあ、もちろん、俺は自分の本当の年齢なんて知りはしない。だが、十五歳というのは目標ある人生を始めるのにいい年齢に思えた。
十五の歳に俺はあの一戦、『マキシマス』と『Eチジウム=Bロマイド』の決戦を目にした。
前者は正体不明の流浪の戦士、後者は最高ランクの傭兵だった。
いまでもあの状景をありありと思い出すことができる。無論、様々なメディアであの一戦を再生することは造作もない。だが、当時、リアルタイムであれを見たときの衝撃を筆舌に表すことなどできはしない。
『Eチジウム=Bロマイド』の謎めいた問いかけ。無言の『マキシマス』。銃声と剣戟、吠える巨人の戦士たち。
現代によみがえった神話の一幕の後、地に伏したのはランクAプラスの傭兵『Eチジウム=Bロマイド』。
正体不明の伝説的GPAS『マキシマス』はその神話を不動のものとした。
あの一戦に影響を受け、GPASを選んだ人間の数は知れない。
いわゆる、マキシマス追いと呼ばれる世代を作ったほどだ。
だが、その中で今も生き残り、『マキシマス』を追えている人間は多くはないはずだ。
あれから六年。
俺は苦痛は味わえど、敗北は味わわずに『マキシマス』を追っている。
戦果アイコンがきらめいた。
俺はランクAマイナスからランクAに上がった。
失望極まりない。ノイエ・ストラトス社はろくなGPASを置いていなかった。
あの後、三機のGPASと遭遇したが、まるで手応えがなかった。
マイトー社側が葬ったのは十七機。そのうちの五機が俺の手柄だ。こっちの被害はゼロ。
GPASの戦闘では何よりもパイロットのスキルがものを言う。こっちの偵察、作戦に関する不備は、ノイエ・ストラトス社が烏合の衆しか置いていなかったという事実で救済された。
マイトー社の重輸送コプターが頭上を通り過ぎていった。
これから俺たちがやるのはここの守備だが、ノイエ・ストラトス社の衰えっぷりから考えると、契約が切れるのを指折り待つことになりそうだ。
俺はノイエ・ストラトス社採掘場の周りにあった深い溝のふちに腰掛けた。試掘の跡だろうが、GPASの塹壕代わりに役立ちそうだ。
味方トルーパー型GPAS『トト』、『えどまえ』、『リパ8』もここにいた。
『リパ8』が近づいて来る。
「五機もやったの、おまえだろう、『メルレンジェ』? さすがだ。昇進おめでとう」
「どうも」
「『メルレンジェ』、おまえは……あー」
俺のプロフィールを見ているらしい。
「本名はなんというんだ? 『メルレンジェ』はGPASの名前だろ?」
俺は首を振った。
「『メルレンジェ』と呼べ。俺の本名に価値はない。GPASから降りた俺には何の能力もない」
「謙虚なランクAクラスもいたもんだぜ」
後ろで『トト』が言った。ノイエ・ストラトス社のホバージープ四台でお手玉をしている。
「事実だ」
「『メルレンジェ』、今回のこれは我々傭兵に対するマイトー社の攻撃だとは思わないか? あのくそコマンドーに、作戦抜きの突撃だ。ノイエ・ストラトス社にまともなGPASがいれば、なぶり殺しにされるところだった。マイトー社は我々GPAS乗りの傭兵を恐れ、警戒してやがるんだ。奴らは小癪な手で我々の力を削ぐつもりだぞ」
「『リパ8』、この会話もマイトー社には聞こえてんだぞ」
『トト』が口を挟んだ。
「それがどうした? マイトーの下種ども、なにかできるならやってみろ! 正々堂々とな! とにかく『メルレンジェ』、こんな侮辱に黙っているのか? 調戦管理局に訴えないのか? クラスAマイナス以上が四人もそろえば管理局も動くはずだ」
パイロットの熱意が移ったかのように、『リパ8』の装甲外骨格は灼熱していた。
多分に偏執的に聞こえる。企業が傭兵を攻撃するなら、もっと徹底的にやるだろうし、傭兵の支援を失って困るのは企業だ。
「ごめんね、『メルレンジェ』」
『えどまえ』が言う。
「こいつ、企業そのものへの敵対に熱をあげてんのさ。他のみんなは陰謀めいた茶飲み話なんか興味ないのに」
信じがたいことに、『えどまえ』は本当に茶を飲んでいた。
手には史上最大のマグカップが握られ、その中にタンクローリー数台分の液体が満ちている。
俺の視線に気付いて『えどまえ』は肩をすくめた。
「おかしいとは思わないだろ? みんなGPASでいろんな知覚を強化してるんだ。それに味覚を加えてもいいじゃないか。『メルレンジェ』もやってごらん」
「『えどまえ』が飲んでんのはGPAS液体燃料だぜ」
「それを美味いと感じるように、味覚を定義してあんのさ」
人間にできることでGPASにできないことはない、というわけだ。
俺は『リパ8』を向いた。
「悪いが興味ない。企業と敵対するつもりはない」
そもそも傭兵同士仲良くするのが好きじゃなかった。マイトー社との契約が切れた翌日には別々の企業に雇われるかもしれない。そうなったら、おまえも俺の戦果アイコンの一つになるんだぞ。
「なら『メルレンジェ』、おまえの興味は何だ? 金か? 力か? 刺激的な戦闘か?」
「『マキシマス』だ」
『リパ8』は束の間のけぞり、それから軽蔑の笑みを浮かべた。
もちろんGPASの頭部のセンサー類に変化なんてないが、それでも俺はGPASの表情ぐらい読み取れる。
「そうか……おまえ哀れなマキシマス追いか。ははは」
「何だと?」
「哀れだと言っているんだ。マキシマス追いは往年のロックミュージシャン間に見られた現象そっくりなんだよ。おまえは確かに強い。運がよけりゃ、いつかは『マキシマス』に追いつけるかもな。だが、その日におまえは気付くことになるぜ。『マキシマス』は神ではない、ただの人に過ぎないのだということにな」
『リパ8』は大笑いした。
ランクAクラスは喧嘩なんかしない。俺は反論すらしなかった。
だから、おまえは『マキシマス』を追わないのか。『マキシマス』を追う力もない素人の言い訳だな。届かないブドウの木の下のキツネだ。第一に『マキシマス』は人間じゃない、GPASだ、間抜け! そういった言葉を浴びせなかった。
俺は立ち上がってその場を離れた。
『マキシマス』はただ者じゃない。奴は最強にして、王者。
奴を突破した先には何かがある。何かが俺をそこに導くのだ。
(『ジパス・アドミニ』完全終了)
堪え難いものがいくつかある。
GPASから降りることは、その中でも特に嫌な行事だった。だが乗ったからには降りねばならない。
眠っていた俺の肉体を目覚めさせ、精神を『メルレンジェ』からそっちへ戻す。
待ち受けていた激痛がやってきて、俺は歯を食いしばった。
くそ。だんだんだんだん『eーモルヒネ』やリアルの沈痛ドラッグの効きが悪くなっていきやがる。
体はいつもの通りぼろぼろのようだった。そんなものはどうでもいい。骨が折れても内臓がやられても、生きてさえいれば回復できる。
俺は震える手で顔からフェイスマスクをはぎ取った。
ブチッと音がして、俺の脳血管関門へと伸びていた液圧チューブが抜けた。
痛え!
「もっと優しく抜けないのか、『メルレンジェ』?」
俺は息も絶え絶えに言った。だが、俺が抜けたGPAS『メルレンジェ』に個性というものは残っていない。俺の命じたプログラムに従っているだけだ。
狭くて暗いコクピットは、焼けた熱可塑性樹脂と俺自身の分泌物の匂いが漂っていた。
ハッチ開閉ハンドルを回す。『メルレンジェ』の胸甲が前後に開いた。
粉雪が舞い込んでくる。畜生、ここは寒くてたまらない。
『メルレンジェ』を駐機させたのは、占領した屋根のないGPAS整備アーモリーだ。前方には『トト』がひざまずいた姿勢で駐機してある。地面に転がるのは昆虫の死骸じみた見た目の、ノイエ・ストラトス社コプターの残骸だ。
戦闘後に縄梯子を上り下りする元気など残らないと知っていたから、俺は巻き上げ式リフトを『メルレンジェ』に装備していた。
今日はリフトで下りる元気さえ残っていなかった。
途中で足を滑らせ、五メートルほど落下。ぼふっと雪に突っ込んだ。いまいましい。
身を刺す冷たさのさなか、鉄の味を口の中に感じた。
手を口に当てたが、指の間から血が滴った。
「やれやれ」
赤が雪を溶かしていく。
せっかく機能を強化してもらった内臓なのに、一回の戦闘で駄目になってしまったらしい。無駄な金を使った。
「たった……たった五機を倒しただけでこれか」
俺は『マキシマス』の足下にも及んでいない。
雪に足をとられながらマイトー社の医療スタッフが走ってくるのが見える。彼らの医療ロボが走るさまは、異星のマラソンランナーを見ているようで不気味だった。
俺はそれから目をそらして、『メルレンジェ』を見上げた。
『メルレンジェ』は巨大で、ここからでは顔が見えないほどだ。
いかなる攻撃にも動じない無敵の巨人は、足下で這う俺を見て、なんと感じるのだろう?
俺の意識は失われていく。
意識を取り戻すと、金属の棺の中、金属の腕に拘束され、冷たい液体に浸され、一糸まとっておらず、いろいろな管を体に突っ込まれいてーーつまりいつもの通り回復中だった。
全身を一万本の針でちくちく刺されているような感じがあるが、医療ナノボットが俺の細胞に出たり入ったりしているショックなのだろうか。
麻酔はないのか? 麻酔は!?
歯を食いしばっているうちに、口の中の管は全てちぎれ、奥歯はがりがり音をたて始めた。そういえば奥歯も削れて、生えてきたときの半分の大きさになっている。これも新しいのを移植せねばならない。
「おはよう、メルさん」
どこか遠くから声が聞こえた。メルというのは『メルレンジェ』を降りたときの俺の名だ。
顔の前にホログラムが現れ、眉間にしわを寄せた若い女の顔になった。
「ずいぶんと無茶したね。『メルレンジェ』で全力出したらメルさんの体が持たないと言ったでしょ。本当にあなたたちGPAS乗りは困った人々だ」
……どこかでお会いしましたかな?
たぶん前回マイトー社に雇われたときにも、彼女に回復してもらったのだろう。
世の中には俺の頭に留まりたがらない知識ってのがある。
……GPAS関連以外全てがそれだ。この女に関しても何も思い出せなかった。
『ビブリオテーク』も持ち主の欠点を受け継いだのか、人間のデータはちっともたまっていなかった。ま、本格的に困ったら機能強化のインプラントを新たに入れればいいんだ。
俺は声帯を動かせなかったが、使うこともない。
(『能率的チャティー・レディー』能動的起動。リンク確立)
「おい! 麻酔を忘れているぞ!」
「耐性作ったのはメルさんだよ。いまナノボットに新たな受容体を作らせているから」
麻酔を効かすために、俺は痛い目に合っているわけか。くそっ。
「メルさん、激しすぎる痛みが人を殺すこともあるんだ。あなたにはまだあと五回ぐらい移植手術が必要だろうし」
そうかい。
GPASの中では痛みさえも素晴らしいものに感じたが……いま、俺を責めさいなんでいるのと同じ痛みとは信じられない。
GPASの中で感じるものは……全て俺に生きているということを実感させてくれた。
それに比べてここは?
感じるもの一つ一つに苦痛がつきまとう。
「メディック、俺はいつここを出られる?」
「ゆっくり処置すれば三日かな」
「ふざけるな! マイトー社には俺が必要だ!」
「それはないと思うけどね。兵隊も機械の巨人もぞくぞくと集まってきてるから」
「とにかく一日で出せ! 『メルレンジェ』に踏みつぶされたくなけりゃ、そうしろ!」
「はいはい。自分の主治医を脅すのはお利口じゃないよ、メルさん」
女の顔はため息をついて、消えた。俺は棺桶の中に残された。
面白いのは、GPASというものは、改造を前提に設計されているということだ。
俺は『メルレンジェ』を入手して以来、絶え間ないカスタマイズにさらした。初期パーツで残っているものはほとんどないだろう。
だが、それだけじゃない。
設計者リーク・ストイコフは二つと同じGPASが存在することを許さなかった。徹底的に許さなかったのだ。
GPASはカスタム・パーツに合わせて、コア・パーツが『成長』していく。生物的な成長だ。コアのナノボットが結合して作る疑似ニューロンは複雑極め、GPASの外ではいかなる知能もそれをシミュレートすることができなかった。
そして、そこに人間の精神が転送されてくる。
すると今度はそのパイロットの精神に合わせてGPASは適化していく。
リークは設計者という肩書きで呼ぶべきではない。彼は造物者だ。
そして、このGPASの特徴が、俺のような職種を作っていた。企業が世界を牛耳っているにも関わらず、傭兵のGPAS乗りは大きな力を持っている。
パイロットの適性がGPASの力に直結する。適性の高い者がGPASに乗ればGPASは正しく成長する。加えて適性の高さは高シンクロを生み出す。
GPAS乗りとして俺は『メルレンジェ』の強化に全てを注いできたし、これからもそうする。
俺自身がよりうまく『メルレンジェ』を操作できるように、俺は様々なインプラントを移植してきた。
コミュニケーション強化の『能率的チャティー・レディー』、記憶強化の『ビブリオテーク』、空間把握強化の『肩の荷』と『ダンジョン・マッパー』。これらを常備しているし、他にも必要に応じて追加する。
『メルレンジェ』操作中でも俺の自前の脳を経由して、インプラントを起動することができる。
俺自身インプラントを通してネットと常に接続することができ、膨大な情報を得ている。
こういった道具は俺と『メルレンジェ』を強くする。
だが、まだだ。
まだ強さが足りない。
「現代医学の作りうる、最高に丈夫な臓器を移植してくれ」
俺は移植手術が可能になると、メディックに注文した。
「はいはい」
「それから、骨格も、皮膚も、何もかも最高に丈夫な奴が欲しい」
「サイボーグ化時代の先駆けになりたいの?」
「とにかく俺は、メルの体が『メルレンジェ』にとって邪魔にならなくなれば満足なんだよ」
幸い、俺の金銭的な将来は明るい。いまやランクAクラスの傭兵なのだ。
「人間じゃなくなっちまうよ」
「そんなに人間であることにこだわっちゃいない」
「……まあ、かまわないけど。あなた、すごい人だね」
『メルレンジェ』にとって邪魔にならないくらい、すごい人にならなきゃならないんだ。
「メルさん、気付いてないかもしれないから教えてあげるけど、あなたたちは道化に過ぎないんだよ。企業の統治のための道具さ。民衆を熱狂させて現状への不満を忘れさせるサーカスさ。ついでに企業のメディアの莫大な収入源にもなってるし」
気付いているぞ。
GPASの動きは全て撮影され、放映されている。カメラはあらゆる所にある。GPASの中のナノボットから、軌道上のカメラ衛星まで、あらゆる所にだ。全てが戦闘中の俺たちに目をこらしている。
ネット化のおかげで世界のあらゆる出来事はエンターテイメントとなったが、戦争は中でも最高のエンターテイメントだ。
なぜだかよく分からない理由で俺を好いているファンも多い。もちろん俺は全てのネット出演依頼を断っているのだが。
「なんでそんなことを言う、メディック? 俺たち傭兵に企業をぶっつぶしてもらいたいのか?」
「まさか。ただ、なんでGPASなんかのために自分の一部を捨てようとしているのか分からなくて」
ま、こんなメディックに分かるはずもない。
熱核戦争以前の世界は企業ではなく、国家というものに統治されていた。現代人にはちょっと国家というもののニュアンスが分からない。
そしてこの国家の軍人や政治家は最低だった。自分たちだけ地下深いシェルターにこもると、熱核爆弾で世界を吹き飛ばしてしまったのだ。ダイナミックな間抜けもいたものだ。
これは教訓だ。現代の戦争には明確なルールがあるし、スコアもある。観客もいる。
GPAS乗りの傭兵は軍人ではなく、戦士。
企業に雇われはするが、何に忠を尽くすかを決めるのは、自分自身だ。
そういうわけで、GPAS乗りはそこいらのエンターテイナーとはわけが違う。
適性に由来する特権階級というのもあるが、同時に俺たちは常に命を賭けている。俺たちのアクションは誰にも真似できない。巨大な金属のボディに憑くことが、俺たちを変える。
俺たちは普通の人間が持っているものを、すでに捨てた存在なのだ。
GPAS乗りの鋭さは、カミカゼパイロットや自爆テロリストに共通するものがある。
加えて俺はマキシマス追いだ。俺は特にクリアな存在。『マキシマス』の他のいかなるものも眼中にない。
「おめでとう、メルさん。最新の体があるよ」
メディックは言った。
悪くない。強敵はなく、『マキシマス』の情報こそ手に入らなかったが、今回の契約は実入りの大きなものとなるようだ。
「でも、GPASで無茶するようなら、この体もすぐに壊れちゃうね」
くそ、所詮は一時しのぎか。
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