突破点の向こう側
(2)
『メルレンジェ』から降りて戦場病院に担ぎ込まれて二十五時間後、俺は最新の肉体で元気いっぱい採掘場を歩いていた。
メディックの言葉通り、採掘場にはマイトー社の戦力が集結していた。
ネットを確認してみた。傭兵掲示板を覗くが、マイトー社が傭兵を攻撃したなんてニュースはなく、代わりに信憑性の薄い『マキシマス』目撃情報や、オーバーカムを避けるための新たな護符の宣伝、魔法使いが搭乗したGPASは魔法が使えるか、というバカらしい議論など。大した情報はない。
戦況はやはりマイトー社が圧倒的だ。
ノイエ・ストラトス社は本格的に撤退を始めたらしい。マイトー社の経済面攻撃は功を奏していた。
ノイエ・ストラトス社はここの他でも有望な鉱床をとられ、GPASを減らし、株価は下行直線を描いた。企業間抗争の勢力図は変化を見せるかもしれない。
そして、同盟企業のAA社が異常に高いGPAS撃破指数をあげている。
これには様々な憶測が飛び交い、調戦管理局はいつもの通り、数値の改変を否定している。まあ、同盟企業なら気にかける必要はないだろう。
その後、俺はアーモリーで『メルレンジェ』の整備をロボットに頼んだ。本格的な調整や改造にはプロが必要だが、ここにはそれがいない。バカなロボットを何度も罵りながら、面倒な作業を監督せねばならない。
『メルレンジェ』は結構ひどい見た目だった。大きなダメージはない。だが、とんでもない機動に加えて、格闘戦ではパンチにキックに頭突きだ。小さなダメージは尽きることがなかった。
もちろん格闘戦用アタッチメントは装備しているが、時速二百キロで五十トンがぶつかり合うインパクトの前には焼け石に水だった。
俺はまだまだ素人だ。
たった五機でこのざまとは。
『マキシマス』の伝説いわく、奴は百機を無傷で倒すそうだ。話半分にしてもすごい。王者『マキシマス』の伝説は他のいかなるGPASの追随も許さなかった。
『マキシマス』と比べれば、俺は何でもない。俺はもっと強くならねば。
その晩。
ドオオオン、と爆音が轟いた。
一体何事だ。何時だと思ってやがる。
爆音はさらに続き、ミサイル飛来の鋭い音まで聞こえた。
戦闘か?
十二時間ほど時間をずらして、また来てくれ。こっちは眠いんだ。
俺はぶつぶつ言って、枕の下に頭を突っ込んで爆音をシャットアウトすると、再び夢の世界へーー
内分泌系が自動発火したようで、快適な目覚めがやってきた。おはよう、太陽の光。
巧妙な体内目覚ましを自分でプログラムしておいたらしい。
俺は服を着ながら、たとえマイトー社といえども俺の眠りを妨げてはならない、と毎晩切って寝ていた戦術通信インプラントをオンにした。
時刻は午前三時。
通信ネットワークは大混乱だ。起きばなで不機嫌な奴らが、混乱をますます大きくしている。
(『能率的チャティー・レディー』受動的起動)
俺が受け取る情報の整理はインプラントに任すとして、俺は部屋を飛び出た。
廊下には部屋を持たない下級傭兵やマイトー社作業員がごろごろしていて、歩きづらいことこの上ない。どきやがれ、俺は戦いにいくんだ!
雷のように階段を下りて、宿舎から飛び出た。
夜空をバックに八発のミサイルが視界を横切っていった。ミサイルマンの一斉射撃だ。狙いは発電ユニットに違いない。急がねばならなかった。
こんな時間に攻めてくるだなんて非常識だ。株の下落のあまり、ついにノイエ・ストラトス社首脳は発狂したのか。
朝の三時にミサイルを撃ったって、そのことに感動する視聴者がいない。みんな布団の中だ。その分、利益は激減する。
加えて、こっちの夜間歩哨は何をやっていたんだ? 『えどまえ』と『トト』のはずだ。睡魔に負けて居眠りか? だとしたら、債務不履行でマイトー社は怒ることだろう。
戦略状況を見ると、すでに二人の生命兆候はなかった。
オーケイ、真面目な結論は一つ。敵はノイエ・ストラトス社ではない。
『能率的チャティー・レディー』が不鮮明な画像を持ってきた。大陸風の球型肩甲のGPASが写っている。なるほど。
敵はAA社こと、アイヴン・アンリミテッド社だ。
マイトー社の同盟企業のはずだが、寝首をかきにやってきたということは、マイトー社はAA社の何か逆鱗に触れでもしたのだろう。たぶんマイトー社の社長がAA社社長夫人を寝取ったとかいう流れだろう。大企業首脳ってのはモラルに欠けてそうなイメージがある。
それに、マイトー社やノイエ・ストラトス社など列島の企業と違って、AA社は大陸で勢力を伸ばしている。大陸はいまゴールデンタイムで、AA社は一方的に視聴率を稼げるわけだ。
たぶん『えどまえ』と『トト』は見事なサイレント・キリングで排除されてしまったのだろう。その動画が公開されたら、AA社から買うことにしよう。
そして、そのためにも俺は当然生き延びねばならない。
『メルレンジェ』を駐機しているアーモリーは厳重に警備されているが、俺はさらに用心深い。職業病だ。眠っている間に『メルレンジェ』を盗まれてはたまらない。
マイトー社のパスでアーモリーに駆け込み、さらに『メルレンジェ』に向けてインプラントからパルス信号を放った。この手順を抜かすと、『メルレンジェ』は触れるもの全てにフレシェット短針や高圧電流を浴びせるのだ。このトラップは独立した電源を持つため、『メルレンジェ』がエネルギー切れを起こしていても機能する。
俺を認識して、『メルレンジェ』の胸甲が開き、さらにその向こうの酸素吸蔵チタン=モリブデンのハッチが開いた。この分厚い防御が俺の本体を、衝撃やNBCから守ってくれる。
マイトー社のメッセージが入った。さっきAA社との、ノイエ・ストラトス社から奪った戦利品を巡っての会議が決裂。それから五分後に、軌道投下されたAA社の一軍がここへ攻めて来たらしい。同盟企業といってもそんなものか。
俺はコクピットの肉食獣の顎並みに深い椅子に座り、ジャックインプロセスを開始する。後頭部と首筋にいろいろな物が突き刺さった。
(『ジパス・アドミニ』完全起動。GPAS『メルレンジェ』とメル間にリンク確立。データ転送開始)
GPASから降りる瞬間は大嫌いだが、乗る瞬間も大嫌いだ。
どうしようもない不安がやってくる。理由のない不安だ。たぶん本能に由来する不安。
精神を人間からGPASに移す作業に何かミスが起こりはしないか? 精神がGPASに定着せず、人間側にも戻らず、ロストしやしないか?
もちろん、そんなことが起こるはずがないことは知っていた。
ネット上でもよく見かける、いわゆるオーバーカムと呼ばれる怪談、都市伝説だ。
それでも、ジャックインの時間は永遠に感じる。
俺の脳はナノボット処置でジャックインに最適化されているんだぞ。
なんでこんなに時間がかかるんだ?
(『メルレンジェ』起動)
アーモリーから『メルレンジェ』が飛び出る。さながら銀色の風だ。
突風でマイトー社の人々は倒れ、窓ガラスは一斉に爆砕した。
『メルレンジェ』の背中でスラスターが叫喚している。
マイトー社は自社採掘場内でこんなめちゃくちゃな動きをする巨人を好まないだろうが、おかげで俺はAA社の度肝を抜ける。
俺は跳んだ。さっきまで泊まっていた宿舎が足の下を通過する。
道路を闊歩する二機の敵GPASが目に入る。躊躇は無用だ。
俺はそのまま跳び蹴りを浴びせた。金属が激突して、現代最強の装甲が悲鳴を上げた。
一点に収束した『メルレンジェ』のスピードとパワーは敵GPASのコクピットを叩きつぶす。
直後、俺の剣が夜を切り裂き、もう一機の頭頂からおとがいまでを二つに割った。
まずは二匹。
回避ぐらいしろってんだ。戦果アイコンが二つ灯った。
とはいえ、さすがの『メルレンジェ』もいまのは応えた。下半身にひどいしびれが来ている。
しかし、一方でここはマイトー社側の拠点だ。『ダンジョン・マッパー』を起動するまでもなく、どこに何があるか頭に入っている。
弾薬でもナノボットでも使う端から補給できるわけだ。
一つ、神出鬼没の夜間ゲリラ戦で、AA社の傭兵と視聴者に恐怖を刷り込んでやろうか。さっそく、即席の策を味方に送ろうとした。
そのとき、敵対的な通信レーザーが俺を小突いた。くそ、何だ?
俺はさっと振り向いた。
AA社のGPASが黒い姿で悠然と立っている。トルーパー型だろうが、見たことのないデザイン。そして、俺に接近を悟られずにここまで近づいただと?
(『ビブリオテーク』完全起動)
『ビブリオテーク』に頼るまでもなく、こいつがただものじゃないことは分かった。今のが通信レーザーでなくて、攻撃レーザーだったなら困ったことになったはずだ。
敵の放つ殺気が『メルレンジェ』の装甲をびりびりと圧する。
もちろん『マキシマス』ではないが……だとすると、こいつは一体何者だ?
普段なら、既知と予測のデータをずらずら並べたがる『ビブリオテーク』だが、この敵を前に怖じ気づいたのか、口数が少ない。
それでも『ビブリオテーク』は一つのプロジェクトをあげた。
それは何だ?
六年前、『マキシマス』と『Eチジウム=Bロマイド』の一戦はAA社にも多大な影響を与えた。
AA社はGPAS適性の高い人間を人為的に作り上げるプロジェクトを開始。優れたGPASのみならず、優れたGPAS乗りまでもを作ろうとしたのだ。攻性ナノボットで脳に損傷を与えて、白紙状態の人間を作り、それからGPAS適性を高めるといわれる要素のみの環境の中で育てていく。
AA社が目標としたのは『マキシマス』だった。『マキシマス』に関する手に入る限りのデータを分析し、彼を破るためあらゆるシミュレーションを構築した。最強の『マキシマス』を倒せるなら、あらゆるGPASを倒せるという考え方だ。
そのプロジェクトがついに完成した可能性がある。『ビブリオテーク』はそう告げて言葉を切った。
なんだこのプロジェクトは? 狂ってやがる。AA社はクレイジーな馬鹿だ。
こんなの初耳だった。たぶん、俺がランクAクラスに上がったことで、アクセス権が増えて教えてくれたのだろうが……。
敵のプロフィールも見つかる。名前だけだ。『ハウンド』。
最近のAA社の好調はこいつのおかげなのだろう。適性だけじゃない。『ハウンド』にはAA社の技術の粋が詰まっているに違いない。あらゆるオプション兵器、遮蔽装置、あるいは想像さえできない品々。
背筋がぞくぞくした。
たまらない。
来いよ、『ハウンド』。どっちが正統なマキシマス追いか、はっきり決めようぜ。
決闘アイコンが灯った。AA社とマイトー社双方のカメラが俺たちに集中するのを感じる。
俺と『ハウンド』は同時に動いた。
(『ジパス・アドミニ』完全終了。エラー。完全終了失敗)
世界を揺るがすほどの振動と爆音。
俺の見当識は失われた。俺はマイトー社が奪った大地に顔を押し付けられた。
意味ある物は見えず、何も聞こえない。
ただ恐ろしい寒さが俺を掴んでいる。
そして窒化炭素の硬い指が俺を引きずり始めた。
やめろ! 俺たちは勝ったんだぞ、『メルレンジェ』!
なぜ俺はこんな状況に陥っている?
幽霊のように、感じることのできない何かが俺を取り巻いている。『メルレンジェ』に焦点を合わせようと俺は全ての力を注ぐ。だが、無針注射が俺の首筋に当てられ、何かを注入してきた。
『メルレンジェ』を感じようとする俺の努力を妨害してくる。
空気は急激に粘度を増していく。『メルレンジェ』が失われ、『メルレンジェ』を感じることができなくなる恐怖がやってくる。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
俺は意味ある物を見ていない。周囲を亡霊が動き回っている。
指一本動かすことができなかった。
精神と肉体の間にリンクが確立していない。
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
(当該ファイル142の欠損を確認)
ここは寒くてたまらない。
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
俺はここで何をやっている?
俺がいるべき場所は『メルレンジェ』の中だ。
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
俺はあそこに戻らねば。
『マキシマス』を追わないと。
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
あまりの寒さに関わらず、俺は身震いすることすらできなかった。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
かすかな望みも止めどないエラー表示に埋もれていく。
もはやエラーの他に何も知覚することができない。
(『能率的チャティー・レディー』起動。エラー。起動中止)
(『ビブリオテーク』起動。エラー。起動中止)
思考の速度がだんだん遅くなっていく。
一つの文字を作るのに膨大な時間が必要となった。
(『肩の荷』起動。エラー。起動中止)
(『ダンジョン・マッパー』起動。エラー。起動中止)
避けがたい死の予感があった。
違う。
これは死ではない。もっとひどいものだ。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
俺たちは勝ったのだよな、『メルレンジェ』?
敵……に。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
敵の名はもう思い出せない。思い出す方法も思い出せない。
あらゆる物が失われていく。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
いや、大丈夫だ。二つの名前さえ覚えていれば。
『メルレンジェ』。
そして……『マキシマス』。
(『ジパス・アドミニ』起動。エラー。起動中止)
(『システム・チェック』起動。エラー。起動中止)
『メルレンジェ』。
そして……そして……。
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
だしぬけに外部知覚が戻った。細々とデータが入ってくる。
「メルさん、運が悪いね」
巨大な影が上から見下ろしてくる。『マキシマス』か?
違う。髪を束ね、白衣を着た若い女が顔をしかめて見下ろしてきている。
また彼女か! マイトー社には彼女以外にメディックがいないのか?
どこからか、そんな言葉が浮かんできた。だが、それでもこの女が誰なのか分からなかった。
「00オーバーカムが起きちゃうなんて……。GPASにハマる馬鹿ならでは、だよ」
彼女は目を伏せる。しばらく沈黙が続いた。
「あなたの『メルレンジェ』とあなたの自前の脳味噌、落差が大きすぎたんだ。00オーバーカムだなんて……。『メルレンジェ』とメルさんを行き来することは、魚を淡水と海水に交互につけるようなもんだったんだよ。精神のデータ転送で少しずつあなたの人格は削られていって……ついにはメルさんの脳が精神を拒否したんだ。あなたの構成人格の一部はちぎれて、『メルレンジェ』の疑似ニューロンが作った回廊を行く当てもなく、ぐるぐるループしているのかも。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……」
知るか。
『メルレンジェ』……おまえは俺を捨てたのか?
おまえにとって、俺は邪魔だったのか?
空気が歪んだ。
初老の男が浮かび上がる。ホログラムだ。髪を頭になで付け、スーツを着こなしている。
俺はこの男を知っているのかもしれない。だが、思い出すことはできなかった。
「君に驚く能力が残っているのなら、驚いていることだろう、メル。私はマイトー社のチーフ・インスペクター。つまり、社長だ」
幻影の男は歩み寄ってきて、女の反対側に立つと、俺を見下ろしてきた。
「リーク・ストイコフも罪深い物を残してくれた。君はGPAS適性が高すぎた。00オーバーカムは起きてしまった。……00オーバーカムが実在することを聞くのは初めてだろう? 私たちを責めるかね? 私たちにはGPASが必要だ。そして、00オーバーカムの存在は世界に有害な恐怖を招く。GPASは無敵の巨人で、ヒーローでなければならないのだ。私たちはその存在を隠さねばならないのだよ」
社長は物憂げに窓の外へと目をやった。
「なぜそれが起こるかは、分からない。実のところ、私たちは人間の精神とGPASの関係を何も分かっていないのだよ。分かっていたのはリーク・ストイコフだけだった。私たちは彼に依存しすぎた。……だが、彼に追いつくために私たちは努力できよう」
幻影の男の目は潤んでいた。
「メル、マイトー社は君に感謝している。君はAA社の『ハウンド』を倒して新たな伝説を作った。君が余生を何一つ不自由せず暮らせるように計らうつもりだ。たとえ、君にそのことを理解できなくてもな……」
社長は女を向いて、
「彼のデータは逐一送ってくれたまえ。00オーバーカムの極めて貴重なデータだ。彼の『メルレンジェ』回収コプターは明日到着する。……もう彼にGPASは必要あるまい。この部屋には誰も近づけるな。ファンは彼の残骸など見たくはないだろう」
「了解です」
ホログラムは消え失せた。
女はもう一度こっちを見下ろし、つぶやいた。
「メルさん、あなた馬鹿だよ……」
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
メルは失われてしまった。
残念でならない。
だが、俺の始めた物語は止まらない。リーク・ストイコフの作った悪夢のシステムはそれを許さない。
俺は前進を続けるしかないのだ。
突破点に向かって。
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
(00オーバーカム進行中)
(『メルレンジェ』起動。エラー。起動中止)
(『メルレンジェ』起動。起動成功)
俺は意識を取り戻した。
最初に考えたのは『ハウンド』との決闘のことだ。俺は敗れて、意識を失っていたのか?
違った。
空は明るかった。
だが、時刻は分からない。メルのインプラント抜きではそんなことすら知ることはできなかった。
『ハウンド』の残骸は俺の前方でまだ煙を上げていた。周りをマイトー社の技術者やロボットが取り巻いている。
少しずつ状況は飲み込め始めた。00オーバーカムは俺に多大な影響を与えた。
『メルレンジェ』の中に俺の人格は取り残された。だが、『メルレンジェ』は俺を見捨てなかったらしい。『メルレンジェ』はナノボットをフル稼働して、コアの疑似ニューロンを再結線して新たなスペースを作ると、俺の人格をそこにおさめた。
最初の驚きが去ると、俺は『メルレンジェ』に感謝した。とはいえ、不安は去るはずがない。
『メルレンジェ』の努力も一時しのぎにしかならないようだ。このままこの状況で過ごすわけにはいかなかった。
すでに俺は理解し始めていた。人間はGPAS抜きでは何もできない。だが、同時にGPASも人間を求めている。
GPASにとって人間とは何なのだ?
それは分からない。
いま、GPASと人間の中間に立った俺にも、分からなかった。
俺は立ち上がると、ゆっくり歩き出した。早朝、わずかにつもった雪がばらばらと落下する。『ハウンド』戦で負った装甲のダメージはすでに癒えていた。記憶は欠落しているが、俺たちの勝利は完璧だったのだろう。
いくつかの、目に見えない力が俺を引っ張るのを感じた。
まずはメルだった。俺のかつての肉体が俺を引き寄せる。
マイトー社戦場病院の壁を腕の一振りで砕くと、メルの体を用心して掌にのせた。
メルの生気のない目は、今でも『メルレンジェ』を認識しているのだろうか?
俺はメルの体を優しくコクピットにおさめると、胸甲を閉じた。
すでにマイトー社採掘場は大騒ぎになっている。メルのインプラント経由でネットを覗いてみると、奴らはAA社工作員が『メルレンジェ』を乗っ取ったと思っていた。そして、早くも『リパ8』を先頭に、大勢の武器を構えたGPASが俺を囲んでいる。
どうやって説得すればいいのやら。だめだ。すでに俺は奴らとは違う存在だ。
呼ばれているのを感じる。
俺はマイトー社のGPASに興味を失った。
新たな力が俺を引っ張っていた。行かねばならない。
俺は背中のスラスターを全力で吹かした。一瞬で包囲を突破する。そして、マイトー社採掘場を脱した。
ついて来れる奴はいない。パイロットのフィードバックの問題で、GPASにこんなスピードを出すことはできない。だが、俺にはもうそんな制約もなかった。
俺は引っ張られている。
人類の知るいかなる通信媒体とも違う。人類が進化の途中で忘れてしまった信号。
王者が俺を呼んでいる。
五百キロもマイトー社の勢力圏から離れた頃だ。俺は生体反応を捉えた。
生体反応はたちまち膨れ上がり、高エネルギー源と化した。
どこまでも地表を埋める瓦礫の山の一つに、GPASが立っている。
俺は逆噴射をかけて止まる。土塊が盛大に宙を舞った。彼の三百メートルほど前に立った。
「呼びかけを感謝する」
見紛うことのない、その姿。
「『マキシマス』」
俺の声は落ち着いていた。自前の声帯を使っていたら、こうはならないだろう。
「『メルレンジェ』、会えて嬉しい」
その外見に似合った低い声だ。『ビブリオテーク』を起動すれば、声から何か分かったかもしれないが、00オーバーカム以降、メルのアクセス権は死人と同等にまで下がってしまった。
「俺を知っているのか?」
「企業はGPASを見張っている。そして私は企業を見張っている。おまえのマキシマス追いっぷりは注目に値した」
「光栄だね」
『マキシマス』は伝説通り、黒いトルーパー型。武器は背中のソリッドの太刀だけで、ライフルは見えない。
「あんたを倒すぜ、『マキシマス』。あんたを倒す時、俺は完成する」
『マキシマス』は笑った。
彼は殺気なんてものを放っていない。王者はそんなもので、他を威嚇する必要はないのだ。
「シンプルだな、『メルレンジェ』。美しいほどにシンプルだ」
「行くぜ、王者」
「王者……か。自分では案内人と考えているのだがな。だが、王者も悪い響きではない」
俺はゆっくり身構えた。
「一つ教えてくれ、『メルレンジェ』。どっちの世界を本物だと思っている? 人間の目を通して見た世界か? それともGPASの視覚器を通して見た世界か?」
俺はうおっと叫んで突進した。
『マキシマス』が両手をこっちに向け、指が煙を噴いた。マイクロミサイルだ。弾丸搭載量がミサイルマン型よりも少ない、トルーパー型用の小型誘導弾。
俺は脚部スラスターを全力で吹かしたまま上半身を地面に触れるほどかがめた。俺の上を十発のミサイルが通過する。
追尾してくるルートを予想して、その進路上に攪乱グレネードを放ると、俺は『マキシマス』に集中した。
三百メートルの距離が百メートルになり、そしてゼロになった。俺の剣は巧みな防御に弾かれた。俺はさらに攻撃を連続する。
こっちはもうパイロットの負担を気にしないでいいんだ。あんたを倒せりゃ、こっちは何もいらない。あんたにこの真似はできるか、『マキシマス』!?
『マキシマス』は見ていてほれぼれするほどの太刀捌きで俺の攻撃を退ける。俺は一歩後退すると、左手でライフルを構えた。『マキシマス』はやすやすと射線から体を外した。
もう一度二本の剣がぶつかり合い、衝撃波が雪煙を吹き払った。
俺は脚部スラスターにスペック限界以上のエネルギーを注いで、瞬発機動を開始。円周を描いて、『マキシマス』の背後に回る。
奴が振り返るより俺の方が速い。
だが、『マキシマス』は振り返らなかった。奴も同時に脚部スラスターを吹かした。さすがだ。
二人の巨人は互いに敵の背後をとろうと、ぐるぐる回り合った。
俺は出し抜けにスラスターを逆噴射。経験したことのない逆Gに『メルレンジェ』の巨体が軋む。メルの被害なんか知ったことか。
直後、すれ違いざまに『マキシマス』の胴を斬り払ってやる。
手応えはなかった。『マキシマス』はジャンプで俺の剣をかわしていた。
衝撃が『メルレンジェ』を揺さぶる。『マキシマス』のジャンプ直後の蹴りがこっちの背中のスラスターに食い込んだ。
『メルレンジェ』は地面をがりがり削りながら止まろうとする。
何かが次々と俺の背中にめり込み、そして爆発した。
『マキシマス』が最初に撃ったマイクロミサイルだった。俺は思わず膝をつく。攪乱にも関わらず、『マキシマス』はミサイルを誘導したというのか? ミサイルマンでもないというのに、そんな芸当が?
いや、『マキシマス』はミサイルの誘導なんてやっていない。単にミサイルの通過地点に俺を誘導したんだ。
なんて奴だ。
眼前に立った『マキシマス』が俺の胴に拳をめり込ませた。
無駄だ。
こっちにはマイトー社ご自慢のナノウェア鏡面処理の胸甲がーー胸甲は粉々になった。
光り輝く破片が瓦礫の上にまき散らされた。
「……馬鹿な」
「硬い鎧だ。だが、しかるべき場所に的確な打撃を与えれば、世の中には壊せないものなどない」
絶好のチャンスにも関わらず、『マキシマス』は泰然と立ったまま攻撃してこない。王者の余裕か。
「立て、『メルレンジェ』。おまえはまだ何も感じていないだろう?」
「ああ、何も感じていないな!」
すごいダメージだ。そして、『マキシマス』のスキルの前にはマイトー社の最新オプションも存在感がかすむ。
俺をぞくぞくした震えが走り、『メルレンジェ』は小刻みに身を震わせた。『マキシマス』はその動きさえ、なにか意味ある作戦の一部と考えるかもしれない。
俺はゆっくり立ち上がった。
どっちの世界が本物だって?
俺が産まれたのは常に寒くて、食べるものもろくになかった死の世界。そして、俺はその中で生き、その中で死んでいったことだろう。
だが、『マキシマス』という存在が俺の人生に降臨した。
そして、世界はそれを倒すために、俺に『メルレンジェ』を与えた。
どっちの世界が本物だ?
知るか。
唯一分かるのは、俺の世界はこいつを倒したときに完成する。こいつを倒して、ようやく意味を持つ。
(『能率的チャティー・レディー』機能停止)
(『ビブリオテーク』機能停止)
(『肩の荷』機能停止)
(『ダンジョン・マッパー』機能停止)
(データ転送中)
攻性ナノボットに命じてメルの肉体を破壊して、分解させる。もっと早くこれをやっておくべきだった。
『マキシマス』は俺のやっていることに気付いた。
「00オーバーカムが起きても、死んだわけではないのだぞ。もう人間には戻らないつもりか?」
俺はすでにメルを捨てた。あんたを倒すためにさらに捨て続けよう。
メルの構成要素は『メルレンジェ』と混じっていく。
(同調中)
俺はもう『メルレンジェ』の体に取り憑いただけの存在ではない。『メルレンジェ』は仮の宿ではない。
再度『マキシマス』に飛びかかった。
『マキシマス』は余裕で迎え撃ってきた。奴の剣が迫ってくる。
俺は右腕を強制排除した。四肢さえもカスタム・パーツだ。神経系切断をやる暇はない。
痛みが俺を貫いた。だが、俺の動きは鈍らない。痛みも俺の世界の一部だ。
『マキシマス』の目が見開かれた。俺にはそれが分かる。
奴の剣は俺の腕を切断せず、すでに切断されていた俺の腕を斬った。
その間に奴に迫る。
『マキシマス』は後ろへ跳びながら剣を振り下ろす。片腕のこっちと鍔迫り合いにもっていこうというのだ。
誘いに乗ってやろう。
だが、俺が振るのは剣じゃない。強制排除した背中のスラスターだ。剣は王者を斬るのに必要だ。
スラスターは一瞬悲鳴をあげ、それから引き裂かれた。すでに奴の剣の軌道は外れた。それが食い込んだのは俺の肩甲だ。
「……なんて奴だ」
俺は人間だった頃の癖で、肩で息をしながら、自分の剣を握った。
「感じさせてくれ、王者」
『マキシマス』の胸甲がまっ二つになった。血が吹くように、黒い液体がぶちまけた。
俺は全身にそれを浴びる。かつて傭兵の一人がGPASに味覚を加えることを勧めていたが、いま俺は王者の血を全身で味わい、それを記憶に焼き付けていた。
(00オーバーカム進行中)
俺の視界は暗くなっていく。
時間切れだ。
だが、問題ない。
(00オーバーカム進行中)
俺は完成したのだ。
(00オーバーカム終了)
(メルレンジェ起動)
空を見上げた。
紫色の空に赤い星が光っている。星の密度はあまりに濃い。雲に見えるほどだ。
足下にくすぐったさを感じた。
金色の魚の群れが俺の足をつついている。
俺はあわてて水面から突き出た岩の上に飛び上がった。
水の音から判断して、近くに滝があるようだ。
背後の草むらががさがさ音を立てた。野生動物だろうか。
いや、彼だった。
「マキシマス」
岩の上であぐらを組む俺を見て、彼はかすかに笑った。
「今までとは世界が違って見えるだろう、メルレンジェ?」
「だいぶな」
「あまり驚いていないな?」
「初めてGPASに乗った時と比べりゃ大したことない。要は、人間のまま世界の本当の姿を捉えるのは無理だってことなんだろ?」
「大ざっぱに言えばな」
マキシマスは、じゃばじゃばと水の中に入った。
「00オーバーカムもリーク・ストイコフが考えたのか?」
「その通り。かなり強引な手段だ。だが、あいつは人類がこの姿になるまで、一万年も待ちたくはないそうだ」
マキシマスは何かを俺に放り投げた。俺が自分で切断した右腕だった。
俺はそれを肩の切断面に押し当てる。
「リークに会いにいけ。どこかにいるはずだ。あいつはこの局面に至ったおまえに興味を持つはずだ」
「生きてたのか?」
「生と死の概念も、人間のそれと改める必要があるぞ」
マキシマスは言った。新たな力が俺を引っ張るのを感じる。
俺はうなずいて、立ち上がった。
「メルレンジェ、もう一度、おまえに会いたい。決着はつけねばならないからな。リークや00オーバーカムの邪魔のない所でだ」
マキシマスは言った。俺は片方の眉を吊り上げる。
「おや、あんたは俺に負けたじゃないか」
「そんな姿でよくほざくな」
実際、俺が右腕を押さえているのに対して、マキシマスの方には俺のつけた傷が残っていなかった。
王者は俺の知らない回復手段を持っているらしい。
「次こそは本気で相手してやろう」
俺はかすかに身震いした。
顔に浮かぶのは歓喜と敵意の混じった表情だ。
素晴らしい。俺はまだまだこの王者を追えるわけだ。
俺はマキシマスに背を向け、ゆっくりと歩き出した。
2008
Beyond The Overcome
■あとがき!■
お読みいただきありがとうございます。
しょっちゅう描いているGPASを文章で表してみました。
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