水晶盤のゲーム



■1984年■
■PCO日本共和国の北方に位置する島 樺太■





 北海道のさらなる北、樺太の地。

 日は沈んだ。
 だが、世界は眠っていない。
 空気は叫んでいる。
 戦いは続いている。

 樹木に寄りかかる人間の姿があった。針葉樹の幹の、とげとげした感触も気にならないのか、まるで木と一体化したように、微動だにしない。
 くたびれ果てた男だった。目を閉じている。
 名はアメフといった。
 手入れしていない髭をぼうぼうと生やし、服は泥にまみれて元の色が分からない。
 ちょっと見ただけでは、アメフは敗残兵に見えるだろう。
 事実、その通りだ。
 だが、正規の敗残兵とは違う。アメフは傭兵だ。血も涙もないしたたかさ、という点で、正規兵は傭兵に遠く及ばない。
 樺太。ひどい世界だ。
 腹は減っているし、痛みも去らない。煙草一本くれるのなら、喜んで悪魔に魂でもくれてやりたい。
 だが、ここ数日、物事が改善することはなかった。
 幸い、敵はいくらでもいる。この惨めな状況を作り出した奴らに、代価を支払わせてやる。
 ささやかな抵抗だ。
 前方の茂みで、かすかな音がした。
 見事に気配を消していやがる。
 アメフはゆっくりと目を開いた。平らな瞳が、どんよりと夜を映し出す。
 両腕が持ち上がり、鉄砲の筒先が茂みを向いた。
 出てこい、日本兵。PCOの手先。同志の殺害者。
 アメフの牙は鋭いぞ。
 アメフの顔には、文字通り刻まれた傷があり、片耳はもはやない。
 だが、それらは古い傷で、射撃の障害にはならない。
 問題は、先日、大円筋と三角筋の間に撃ち込まれた奴で、まだ弾も入っている。
 嫌な感触が腕を伝う。歯を食いしばって、それを無視した。
 さあ、出てこい。
 ゆっくりと引き金に指を当てる。殺気を悟られないように、意識を拡散させてある。
 撃った後、すぐに反撃が来るだろう。動き出せるように、足の筋肉を緊張させる。
 のそりと、目標が歩み出てくる。大柄だ。
 こちらに気付いた。
 もう遅い。指は引き金を――

 引かなかった。
 敵ではない。
 それは黒い瞳でアメフを睥睨していた。
 そして、堂々と元来た道を帰っていく。
 アメフは深々と息を吐いた。
 ヘラジカとは。
 北海道では狩り尽くされて、もういない大型獣。
 だが、ここは樺太。世界の果て。文明世界の常識は通用しない。
 俺はそのことを肝に銘じなければならない。アメフは思った。常識は通用しない。

 背後で草むらが、ばりばり音をたてた。静寂に慣れたアメフの耳には、雷音のように聞こえた。
 さっと振り向き、鉄砲を構える。
「アメフ? 傭兵アメフ、どこにいる?」
 アメフは舌打ちして、鉄砲を下ろした。
「俺はここだ。口を閉じろ、ソウ。樺太中の日本軍を呼び寄せるつもりか?」
 小柄な少年が歩み出てきた。軍人ではない、華奢な見た目だ。
「何かいたのか、アメフ?」
 アメフは首を振った。
 まだ、日本兵はここまで追ってきていない。
 時間はある。わずかだが。

 野外に関して経験豊かで、多くの国について見聞きしているアメフにとっても、うっそうたる森と岩の転がる荒れ地に覆われしこの地は、過酷な世界との言葉で表現するにふさわしかった。
「だめだな」
 アメフはとがった声で言った。森は青紫色の闇に包まれ、湿気が冷たくべたついた。
 二つのランタンが弱々しくあたりを照らしている。アメフは明かりに反対だったが、ソウは発掘に必要だと主張した。
 素晴らしい。森のどこからでも、敵は俺たちを狙撃できるわけだ。
 母方から受け継いだヤークト人の血のおかげで、寒さは気にならなかった。それでも肩に背負った鉄砲が重く、傷にひびいた。歩く度に、まるで目に見えないかぎ爪に掴まれでもしているかのように痛みが走る。
「暗過ぎるし、寒さも厳しい……。うまくいくとは思えない」
「いや、そいつはどうかな」
 少し前を歩く発掘屋のソウが、彼特有の楽観的な表情で振り返った。
 逃避行の道連れである、この痩せた若い発掘屋には謎が多かった。彼の黒くてカールした髪、浅黒い肌というのはアジア南方の民のようだが、顔つきは地中海風だ。
 彼の振る舞いにはどこかの国民へのつながりといったものを感じさせない。国を奪われた民の子だろう。
 年齢は二十を越えていないようだが、妙な生意気そうな喋り方と、浮かべる笑みが気に食わなかった。
「どっちにしたって、大胆にやってのけるしか無いよ。僕の探している物を掘り出す他に、日本の軍隊から逃れる方法なんて無いのだし」
 ソウは右腕を水平に構えて、指から糸を垂らした。
 儀式的な雰囲気に満ちた重々しい動きだ。
 糸の先にぶら下がる硬貨がゆっくりと揺れる。ダウジングとかいう、発掘屋達が使う非科学的な手法らしい。
「どうやらこっちの方らしい」
 ソウは自信なげに道無き道をかき分けて進む。アメフは渋い顔でついていった。
 本当に、事態を打開するアイテムなど見つかるのだろうか。

 アメフに発掘屋の知り合いは少なく、友人に至ると皆無だ。
 理由ははっきり自覚していた。アメフの耳には発掘屋の言葉は全て戯言に聞こえるのだ。真顔で「発掘は芸術だ!」だとか言って一生を土を掘ることに費やし、古代のがらくたや化石化した機械を掘り出す男女を、正気な人間とは判別していなかった。
 だが、同行者を選べる幸運には恵まれていなく、不本意ながらこの発掘屋の力を借りないことには万事休すだ。
 日本軍はそこら中にいる。アメフは、生きて樺太を脱出する手を思いつけなかった。
 樺太の森はただただ不気味でどこまでも広がっていた。ヒュウウウと奇妙な人の心を不安にさせる音が森の奥から響いて来た。
「悪霊の声が聞こえる」
 アメフはつぶやいた。昔、中国で聞いた迷信が心に浮かぶ。
「なに、ただの風の音さ」
 ソウは平然とした声を装っている。だが、そびえ立つ樹々の節くれ立ったその姿は邪悪な天蓋のようで、彼を落ち着かない気分にさせているに違いない。
 臆病な人種だ。
 無表情にそう思うアメフの前で、ソウは気合いを入れ直してダウジングに集中し直した。
 ソウは左手に山刀を振って絡み付く草木をなぎはらっていく。アメフは鉄砲を持っているが、ソウが持つのはそれとシャベルだけだ。このうっそうとした森で現れるかもしれないオオカミやクマ、パンダ、その他凶悪な野生動物が襲ってきたときの状況をアメフはイメージしなければならなかった。
 いかにして発掘屋と自分双方を守りながら戦うか。
 残弾数は少ない。
 一昨日、防備不十分な日本軍の捜索部隊の一隊を襲って大打撃を与え、銃弾と手榴弾で死と破壊をばらまいた。だが、その代わりに野生動物に対してさえ、残弾数を気にしなければならないほど弾薬が減ってしまっていた。手榴弾に至っては残り一発。
 樺太に日本兵はあと、どれくらい残っているのだろう。一万人か。十万人か。
 補給の望めない一人の傭兵VSアジア東部の軍事国家の軍団というわけだ。
 目の前の頼りない発掘屋をなんとか利用して、この絶望的な状況を打開するしかない。
 ソウが探しているものがなんであれ、素早く目的の物を見つけなければならなかった。
 それにしても、異様な森だ。
 奥に進むにつれ闇は濃くなり、いつしかアメフでさえ落ち着かなくなっていく。
 寒さは体の奥まで入り込もうとしてくる。ソウはマントをしっかり体に巻き付け、それを阻もうと試みていた。吐息は白いもやとなってぼやけていく。ソウはその中に己の魂まで含まれていて、呼吸をする度に命が短くなっていくという幻想にとりつかれていることをつぶやいた。それは聞いたことのない迷信だ。

 だが、そのとき。
 とりとめのない考えは、ダウジングの硬貨が今までの揺れとは違う、ヒステリックな踊りを始めるに及んで忘却へと追いやられた。
「ここだ」
 ソウの黒炭の様な目が光った。二人はシャベルを握った。
「ここまで来てシャベルの先をぎざぎざにしただけとあっちゃ笑い者だぜ」
「地面が凍る程の気温じゃないだろ、アメフ。地面にはゆっくりと熱が伝わるのだから」
 二人はザクザク掘った。だがアメフにとっては慣れない動作とあって動きは鈍かった。そしてソウは非力だった。
 作業は進んでいる様子すら見せない。
 やがてソウは荒い息をついた。
「硬い土だ。疲れるものだね、こりゃ?」
「なまけんじゃねえよ、ソウ」
 ソウは聞こえないふりをして水筒の冷めたお茶を注いだ。
「ゆっくりくつろいでいて野生の――」
「野生のオラウータンが出ると脅したって無駄だぞ。僕はお茶を飲む」
「俺の知る限り樺太にオラウータンはいない。それより日本兵に見つかるかもしれない。俺が殺した連中の同僚が、血眼になってこの辺を探しまわってるはずだ」
「午前三時だぞ。日本兵は布団の中さ、傭兵」
「じゃあオオカミだ。血に飢えたオオカミがこういう森には――」
 ウォオーンと、暗黒の森を野獣の雄叫びが満たし、さらに何頭かが同様に鳴き声を上げた。アメフは舌打ちした。ソウの顔が青ざめた。二人は顔を見合わせると、次の瞬間シャベルをひっつかみ、掘りまくる。そのスピードはさっきの十倍にも匹敵した。




 樺太南部大泊。日本軍本拠地。
 カマクラ将軍は名将らしい、石碑のようなどっしりとした態度の男だが、その全身に鋭く力がみなぎっている。クノッソス宮殿にいるらしいミノタウロスがその名だけで敵をひるますのと同様、カマクラ将軍にもなんというか、常人離れした迫力というものが備わっていた。
 彼は左腕でドイツ製の懐中時計をとって時間を確かめた。千もの精巧なねじや歯車で作られたこれは、一年に一度巻くだけで、正確無比に時間を刻んだ。だが、それほどのものを作る技術を持っていたにもかかわらず、すでにドイツという名の国はない。ヨーロッパでの絶え間ない闘争は国を倒し、文明を根こそぎにしてしまうのに十分な威力を誇ったのだ。
 油断ならない時代になったものだとカマクラ将軍は思った。
 黒檀の箱を開き、中から紙巻きを手に取った。まずい国産ではなく、南米からの希少なものだ。
 それを手にもてあそびながら彼の部屋の南にもうけられた大窓へと歩み寄る。歩く度に腰のサーベルが金属的な音を立てた。カマクラ将軍は金色のライターをとりだし、紙巻きに火をつけ、そして深々と煙を吸い込んだ。
 眼下ではカマクラ将軍の手足となって動く軍隊が、次の戦に備えて静かに待機している。
「イズキ中佐、まいりました」
 廊下の方から静かな声が聞こえた。
「入れ」
 木製の堂々とした扉が開き、イズキ中佐がきびきびと入ってくる。
 時間通りだ。イズキ中佐はPCO軍令本部から派遣されてきたカマクラ将軍の副官だ。常につまらなそうな顔をした痩せぎすの男だったが、カマクラ将軍の求める仕事は果たしていた。
「海岸から全ての物資を大泊に運び込みました。敵対勢力である解放派の遺体、遺棄兵器へ検分チームを派遣。そのうち気の利いた報告をよこすはずです」
「海軍どもはどうした?」
「彼らは我々の忍耐を試してやろうとでもいうかのように、眠っている部下達の隣で樺太内陸へと艦砲射撃を行い、やがて割当弾薬を消費したとのことで、間宮海峡へと進んでいきました。部下達は割当睡眠を消費できなかったことに関してぶつくさ言ってます」
「うむ」
「報告は以上です。ところで本土から伝令が来たようですね」
「その通りだ。よく分かったな?」
「あの、赤と黄緑色のしましま模様に塗装された特使機は目立つんですよ。たぶん、ここから長野県の人間、全てが特使機に気付いているのでしょうね」
 カマクラ将軍はゆっくりとうなずく。日本軍特使機が派手な塗装をほどこされている理由は、てんとう虫が目立つ出で立ちなのとまったく同じ、警戒色。伝えんとしているメッセージは明白だった。『これを撃ち落としたら、その代価は高いものとなるぞ』、だ。
「それで、伝令はなんと?」
 カマクラ将軍はイズキ中佐の問いには答えず、磨き上げられた長靴のつま先で床を引っ掻き耳障りな音をたてた。
「来い、イズキ中佐。ここへ立つのだ。見よ、わしの軍団を」
 カマクラ将軍は眼下の軍団を誇るかのように両手で示した。
「精強な軍団です。あー、これはお世辞でない意見ですよ」
「そうだ」
「そして、もはやこの樺太にこれに対抗できる勢力はありません。原住民はもちろん、解放派にもまとまった軍団は残っていません。全て我々につぶされました」
 この二週間で、敵対勢力は全て粉砕され終えていた。波打ち際で彼らを止めようとした集団は、くすぶる鉄塊を砂浜にまき散らすだけしか成果を上げなかった。
 これは当然の結果と言えた。
 日本軍の精強さは半島戦争以降、世界の果てまで鳴り響いていたし、カマクラ将軍は戦の勝ち方というものを知っていた。兵はカマクラ将軍の期待によく応えて戦果をあげた。
 すでに戦闘は残敵の掃討という段階に入っている。カマクラ将軍はこの大泊の本拠地にとどまり、直接の指令はもう出していなかった。
「その通りだ」
 カマクラ将軍は言って、窓のわきの戸棚を開けた。
「年代物のスコッチがあるんだが、どうだ、イズキ中佐?」
「消化器官からのアルコール摂取ですか? 小官にその習慣はありません」
「そうかい」
 カマクラ将軍はうなるように言って自分の分だけアルコールを注いだ。
「では、イズキ中佐、なぜわしはなぜ敵のいないこの地で大軍をかかえているのだ?」
「敵ならまだいますね。落ち武者が。まだ過激な解放主義者が森のどこかに隠れているはずです。しかし、彼らを相手するのに閣下のお力は必要ない」
「その通りだ」
「PCO軍令本部は閣下に北方四島を襲えと命じた。違いますか?」
 カマクラ将軍はのどの奥で笑って正解を認め、紙巻きを吸いながら酒を喉に流し込んだ。
 択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島は解放主義へ賛同し、曖昧ながら日本へ敵対的と受け取れる態度を表した。しかし、樺太解放派への軍事的な支援は一切行わず、日和見に徹している。
「北方四島が傍観しているのは保身のためだ。解放派への忠義など欠片も持っていまい。そして我々PCOへの忠義もな。解放派が破れた後、その領土をかすめ取り、我々の先鋒面でもしようとしたのだろう。ふざけた連中だ」
「ですね」
 イズキ中佐があいの手を入れた。
「奴等を攻撃するには、より積極的な手法をとるつもりだ。北方四島は我々の奇襲によって、樺太よりも早く陥落するに違いあるまい」
 カマクラ将軍は、手にしたサーベルの先端で床を突いた。




 解放派の根底にある理念、解放主義は1978年にシェルの首都北京でおこった。
 列強大国間の絶え間ない抗争を無意味と評価し、国家という概念を捨てて、より大きな枠組みでもって人類に調和をもたらすべきだという考えは、列強の圧制下の地域で熱烈に支持され、たちまち北はソビイェテから南はスコットランド領インドまで野火のように広がっていった。
 これに対処するため列強は一時的とは言え休戦し、本腰をいれて解放主義を討伐していかなければならなかった。
 解放派勢力は北から日本を脅かし始めた。それに対抗するべく日本は正規軍を派遣して解放派を叩きつぶすという古典的だが、有効な手を使っていた。




 ソウとアメフは苦労して、その掘り出し物を秘密基地へと持ち帰った。
 日本軍を気にして街道は使わず、灰色の荒れ地と森を通過して帰ったため普段の五倍は時間がかかった。
 日本軍のおかげで全ては悪い方向へと向かっている。
 ソウが基地周辺の足跡を消すため秘密基地の入り口のはね上げ戸をくぐって出て行った。
 秘密基地は半地下の建物であり、内部は明かり取りの小窓からわずかに光の差し込むだけの薄暗い空間だ。二人とも全身泥まみれで基地のフローリングの床もすでに黒と茶色に彩られていたが、アメフの興味は床へと向いていなかった。
 彼は夏用の食料庫に頭を突っ込んだ。だが、期待していたものは何も見つけられない。
「空っぽだ! 稚内や大泊でキャビア製造工場を沢山見かけたぜ。なのにここには魚の缶詰一つないのかよ」
 アメフは不機嫌に樺太解放派を罵った。
 兵站の考えのないアマチュア軍隊め。
 樺太へやってきたのは大きな失敗だった。ノボシブルスクのモザイク状つぎはぎボロ公営アパートから出ず、詩集片手に寝転がりヴォトカをチェイサーにシグリョーフスク・ビールをあおりながら、樺太解放派の実力を見極めて、加わるに値すると判断して、しかる後に動くべきだったのだ。
 樺太解放派の決起の時期はまずかった。日本軍と正面きって戦おうという無謀な考えもまずかった。まずくない物の方が少なかった。また、一方で日本軍が樺太へわざわざこうも大軍を送り込んでくるとは、アメフを含め誰にも予想できなかった。
 今回のことは教訓にすべし。
 アメフは心に誓うが、とにかく生きてこの島を脱せねば、その教訓を生かすチャンスもなかろう。
 ソウが戻ってきたのに気付き、アメフは背負っていた背嚢と武器を壁に立てかけた。
「他の解放派と連絡は付けられなかった。そこら中、日本軍の通信だらけだ」
 アメフはそう言ってあご髭をつねった。
「意外でもない」
 ソウはつぶやいた。
「生き残っている解放派は僕達だけと考えるべきかもな、アメフ」
「だが、敵のカマクラ将軍は完全に樺太解放派を滅ぼしたと確信しない限り、捜索の手は緩めないだろうよ」
 アメフは敵の将軍の名を、喉にからまるなにかを吐き出すように発音した。
「ああ。間違いない。カマクラ将軍は名将だそうだ。樺太解放派は十分に用心するべきだったんだ」
 解放派の他のメンバーによる日本軍への無謀な攻撃を思い出し、ソウの中で怒りが熱く渦巻いているのをアメフは察した。解放派の他のメンバーはソウの忠告を全て無視し、日本軍を過小評価していたのだ。
 あの連中は1950年の半島戦争における、日本軍の暴れっぷりに関するデータをまったく読まなかったのだろうか。
 ソウは発掘屋として樺太解放派に招かれたらしい。発掘屋として、有能なのだろう。しかし、彼は明らかにまったく役にたっていなかった。
 そろそろ、自分のことをセイシェルからわざわざ呼び寄せられたコメディアンとでも感じはじめていることだろう。
 とにかく、樺太解放派はソウの例に限らず、概して人間の使い方のまずい組織だった。
 それに対し日本軍は世界最強レベルの軍団で、どこかの田舎の民兵とはわけが違う。日本軍はぼんくらを基地内菜園の肥料運びの人夫などに任じ、また蛇のような目をした、三度の飯より他人をおとしめるのが好きな人々を参謀部へと配するシステムを作り上げているとされる。
 ソウが解放派でなにをしたかったのか、アメフは知らない。だが、それが日本軍への復讐であれ、発掘屋社会での立場向上を狙った物であれ、樺太解放派が壊滅した今、実現はひどく難しくなっているに違いない。
「さて、掘り出し物を開けてみようか」
「なにかめぼしいものでもあれば樺太から脱出する金になるかもしれんしな」
 二人は資金不足だった。樺太通貨の札束ならいくらでもあるが、それらにもはや価値はない。日本のPCO円が必要だ。
 陰鬱な木材と石でできた部屋の中央に、がっしりした作りの箱が置かれた。二人が地中から掘り出すまでの長い期間の汚れが、ある種の異様な雰囲気を箱にもたらしている。
 古びて黒ずんだ錠をアメフはシャベルでたたき壊した。
 地獄への入り口のように口を開けた箱に上体をいれ、ソウは黒い布に包まれたものをうやうやしく取り出す。
 布は波打って広がり、掘り出し物は姿を見せた。
「……ちきしょう、陶磁器か?」
 アメフが言ってシャベルをがらんと投げ捨てた。
 それは巨大な杯に見えた。頑張れば、一人の人間でも抱えて運べるだろう大きさだ。
「売り払うには骨が折れそうだな。平時ならともかく、今の樺太にこれを欲しがる奴がいるとは思えねぇ」
 ソウは目を細めて、掘り出し物をなでた。鉄ともガラスともつかない質感だ。複雑な装飾が施されていて、杯の縁にもとげとげした飾りがついている。群青色の表面は光のあたり具合で赤や緑の色を浮かび上がらせた。
「たしかに陶磁器としてもそれなりの価値を持つのかもしれない」
 ソウは言った。
「だが、これが本当に僕の探している物なら、その真の価値は極めて実用的なものとなるはずだ」
「ほう? 実用的に?」
 ソウは懐から手帳を取り出して、唱えた。
「目覚めよ」
 指で杯の内部に複雑な模様をなぞっていく。まるで何を描くべきか心得ている絵師の様な手つきだった。
 このソウの不気味で不思議な行動を眺めていたアメフの耳が何かをとらえた。コォォォ……と聴いたことのない魂を揺さぶるような甲高い音。音はたちまち大きくなり、アメフの歯の根は合わなくなる。
 壁が、ガラス窓が細かく震えた。
 一心不乱に指で紋を描くソウ。
 杯の底から墨汁よりも黒い、どろりとした液体がしみ出し、ソウの手首まで沈めた。
 アメフの背筋を冷たいものが走った。
「面妖な」
 ソウは唇をつり上げ、普通の発掘屋は浮かべることのなさそうな類の笑みを浮かべた。
 それから、杯の尖ったふちに、空いている方の手を押し付ける。アメフは血に見慣れていた。それでも、ひるむほどの血が滴り、杯に流れ込む。
「アメフ、おまえも血を出して、この中に手を入れろ」
「ふざけるな」
「生きて樺太から出たいんだろ? 言う通りにしろ」
「くそ、解放派のために、もう十分血なら流したぜ」
 アメフは傷だらけの篭手と革手袋を脱いで、手のひらをさっとナイフで切った。
 赤い液体が溢れ出る。そして、いやいや暗黒の中に手を差し入れた。
 アメフは野外経験豊富な傭兵だった。だがそれにもかかわらず、次の瞬間、彼を襲った冷たさに度肝を抜かれた。
 それは死そのもののような一瞬の冷たさ。
 あまりに早く手を抜いたので、アメフは悲鳴を上げずにすんだ。
「畜生! なんだ今のは!」
 アメフは転がって立ち上がった。肩で息をしている。
「おまえがプレイヤー2、僕がプレイヤー1だ。登録した」
 ソウは暗い笑みのまま己の手をゆっくりと引き抜いた。杯の中の波紋はおさまらず、むしろ激しくなった。
 ゆっくりと黒い波面から骨のように白い固体が浮かび上がる。
 アメフはうめきとも喘ぎともつかない声を漏らした。
 そう大きいものではなかった。人間の頭骨四つ分ほどだが、実にでこぼこしている。無数の切子面を光らすそれは水晶だった。
 と、アメフは浮かび上がった水晶塊は見覚えのある形であることに気付いた。
 樺太の島の形だ。
 不気味な水晶で作られた数百万倍も縮小された俯瞰地図なのである。
「ソウ! なんだこれは? いい加減説明しろ!」
「ゲームだ。僕の知る限り最も大規模なボードゲームといったところだ」
 発掘屋が応えた。再び黒い海が揺れはじめる。ソウは樺太の西、アメフは東に座っていたが、彼らの手元の海域からそれぞれ同数の水晶の塊が浮かび上がって来た。
「おい、ソウ、ゲームで遊んでいる暇はないぞ」
「アメフ、気付いているだろ。これはただのボードゲームではない」
 二人の手元に浮かび上がって来た小さな塊は二十個近くで、その形状にはいくつかのパターンがあるようだ。
 明言できるのは、揃いも揃っておぞましいデザインであるということだ。ソウはそのうちの一つを感慨無さげにつまんで手の中で転がした。
「ポーンか」
 カツッと音をたててそれは樺太の一角に置かれた。
「僕がこいつのことを知ったのはずいぶん昔のことだ。でも、泊居だとかいう街の図書館廃墟で古文書を見るまでは実在するとは考えていなかった。そこの持ち主はこれを本物の、価値のないゲームだと思ってあんなところに捨てたのだろう。だが、残念ながらこれは立派な古代兵器というわけだ」
「わけがわからん」
「すぐに分かるようになるさ。水晶盤が作られたのは六百年以上前。当時の大陸勢力が侵攻して来た際に、日本が太古のテクノロジーから作り出したとされる。こういった強力な兵器は江戸時代に集められて破壊されていったが、その手は樺太まで届かなかったようだな」
 ピシピシと音がたった。
 樺太の島の表面から水晶の駒達が自力で分離し、立ち上がっていく。その数は三十体ほど。
 色は、積もった埃のような灰色だ。ある駒は二本の足で立ち、ある駒は四本の足、そしてまた、ある駒は車輪を持っていた。
 彼らの大半は樺太南部に固まっている。
 唐突に気付いてアメフはぞっとした。
 この灰色の一団は、樺太に上陸した日本軍の醜悪なカリカチュアなのだ。
 それぞれがその形状で歩兵、騎兵、あるいは機械化部隊を表しているようだった。
「馬鹿な」
 アメフは激しく首を振る。
「そんなわけがない。これが六百年前に作られたのなら、日本軍を模した駒であるはずがない……」
「いや、そうでもなさそうだ。見ろよ」
 ソウが灰色の駒のなかで最も大きな物をさした。それが天へと掲げている突起は王冠を想像させる。
「これが王将だろうけど、こいつが座っている場所は大泊だ」
「日本軍の司令部か! くそっ! この王将はカマクラ将軍を表しているのか! どういうことだ?」
「知らん」
 ソウは言ったが、その顔の笑みは隠していない。
「だが、当時の技術は本当に素晴らしかったのだろうな。今なお、これだけ正確に敵軍を評価できるのだから」
「水晶盤は調査の機械なのか?」
「……いや、これが完全に稼働するなら、その能力はこんな物じゃないはずだ」
 新たな駒が音を立てて盤面から生えた。二つの王将が並んで立ち上がる。一方が赤で一方が青。
「どうやら僕が赤のようだな」
 ソウがあごに手をあてがって言う。
 気がつけばソウの手元の駒は赤く染まっていた。炎を固めて作られたダイヤのような赤だ。
 対してアメフの駒は、悲しげな青。
 ソウは手元の駒をいくつか王将のまわりに並べてみた。この王将が自分自身であるということに、もはや疑問を抱いていない様子だ。
「ゲームスタートだ」
 水晶盤が脈動し、それに呼応して二人の足下の樺太も震えた。


 微弱な地震とともに人間には感知するすべのない声が波となって樺太を駆け巡り、太古の忘れられた信号が飛び交った。


 無音だった森は今、騒音に満ちていた。地面がひび割れ、死んだ巨木がひっくり返される。
 ソウとアメフは急いで秘密基地から飛び出る。日本軍の登場にしてはあまりに騒々しい。
 これは天災だとアメフは考えた。
 ソウの発掘は、この島の地盤になにか悪影響を与えたのだろうか。
 二人の眼前の大地が立ち上がり、めくれる。
 アメフは即座に伏せた。だが、ソウが惚けたように突っ立っているのを見て、毒づいた。
 困った発掘屋だ!
 そのとき、地中から赤黒い異形がその身を引きずり出した。泥をはねとばしながら甲殻に包まれた四肢をくねらす。
「化け物だ!」
 アメフはうめいた。信じがたいことだ。
 恐怖に似た衝撃がその心をわしづかみにした。武器は? 秘密基地の中だ。取りに戻る暇はない。
 化け物の単眼がゆっくりと二人へと向く。

 そして化け物はゆっくりと……平伏した。ソウに向かって。
「なんだと?」
 アメフは唖然とした。ソウの肩が震えた。そして彼は狂気じみた笑い声を漏らす。
「完璧だ!」
「……ソウ?」
「まだ分からないのか? これは僕の駒だ。現実の日本軍が水晶盤の上に存在するのと同じく、水晶盤の上の駒は現実に存在するんだ」
 アメフはそんなの信じられない、という顔でその化け物を見ていた。
 神話に悪者として登場しそうな姿だ。四本の節ある後脚で体を支えていて二本の前脚にはカマキリの様な鎌がある。身長は六メートルはあるだろう。圧倒的な重量感を誇って、微動だにしていない。
 そして、いまやソウが水晶盤の上に置いたのと同じ数だけの化け物が樺太の上にいて、主人の命令を待っているのだ。
「僕が今まで発掘した物の中で一番劇的な効果を引き起こす道具だな。さあ、アメフ、ゲームの続きだ」
 ソウは秘密基地へと戻ると、水晶盤の前に座る。
「日本軍は樺太の解放派を滅ぼすことは出来たが、奴等はまだ勝ってはいない。次は僕達の番だ。日本の子は眠る前に僕達を恐れることになるんだ」
 アメフはもう一度化け物を見上げた。そして、腹を決めてソウのところへ戻っていった。
 ソウは嬉々として新たな下僕を樺太のどこかで目覚めさせている。
 他に樺太を脱出する方法なんてないんだ、とアメフは自分に言い聞かせ、青い駒を樺太に置いた。
 水晶盤と樺太が歓喜を表すかのように再び震えた。





 二度の小さな地震は何ら実害をもたらさなかったが、その後、樺太を包む空気は変わった。
 森から動物の声が消えた。鳥は空へと逃げ出した。それは季節外れの渡りなどではなく、算を乱した逃避であるということが素人目にも分かった。訓練された日本軍の馬や猛獣も落ち着かなくなった。

 そして――
「一体何が起こっておる?」
 ずどんと重たく扉が開いて、カマクラ将軍が戦略室へと入って来た。イズキ中佐の差し出したモールス信号のテープをひったくる。
『真岡偵察信号所ヨリ大泊指令ヘ。見慣レヌ生キ物ニヨル攻撃。奇襲ヲ受ケ混乱シテイル。信号所ノ放棄ノ許可ヲ求メル』
『敷香補給基地発。我ガ基地ハ攻撃ヲ受ケテイル。今スグ救援ヲ。敵ハアヤカシ。思ウニ、此レハ霊的生命ニヨル侵略デハ?』
「馬鹿馬鹿しい! なにが霊的生命による侵略だ!」
 カマクラ将軍の顔が憤怒の色に染まり、テープは破り捨てられた。
「ええ、人間の敵は人間に決まってますからね。名前を忘れましたがどこかの詩人がそういう風に表現していました。えー、ところで豊原以北の主要部隊全てが奇襲を受けたと考えられます。そして多くがすでに通信を途絶しました」
 巨大なテーブルに樺太の地図が広げられた。イズキ中佐が感情を交えずに手元のメモを読む。
「一体何者だ? なぜこうも簡単に我が軍を襲える? どこの仕業だ……シェルか? アメリカか? はたまたソビイェテ?」
「間宮海峡にも日本泥海にも味方艦隊はいます。沿岸警備の者からも敵上陸の報は入っていませんよ」
 イズキ中佐が自明の理であることを口にした。
「知っとるわい。今のは自問自答じゃ。列強大国でないとすれば敵は明らかだ。解放派だ」
「へえ? 北方四島のですか?」
「いや、樺太の解放派だろうな。生き残りの反撃だ。調べろ!」
 イズキ中佐は一礼すると、早足に退出した。
 テーブルの上には日本軍の軍勢を表す人形が並べられていく。敵軍の人形は置かれていない。その正体はまったく不明で、混乱とヒステリックな言葉のベールに隠されている。
「ホデラ大佐、サキガワ大佐を原隊に復帰させろ。全軍はわしが動かす。おまえ達はわしの手足となって敵を止めるのだ」
 カマクラ将軍は雷のように下知を飛ばした。




 水晶盤はチェスや将棋に似ていた。駒の動かし方はどちらとも違ったが、当然だ。間違いなく、六百年前に流行していたボードゲームの祖先の動かし方が求められていた。
 ソウはお世辞にもうまい指し手とは思えなかったが、アメフも似たり寄ったりだ。
 ソウは、軍隊の指揮経験が皆無の人間でも、容易に水晶盤を操作できるように当時のゲームを忠実に模したのだろう、と語った。
 駒は秘密基地周辺の数キロの円の中ならどこでも置くことができた。
 その度に解放派は新たな兵を得た。
 一本の腕とひょろ長い体の『ポーン』。最も小柄な駒だったが、それでもその身長は四メートルをこえた。
 六本もの蜘蛛の脚のような前脚をもつのは『ルーク』。
 『ナイト』は二本の槍のような前脚をのばしていたが、後脚は退化でもしたのか蛇のような幅広い胴体をくねらせていた。
 そして、『ビショップ』は先ほど二人の眼前に現れたあれで、最も大きかった。
 攻撃用の駒はそれだけだった。当時の駒は、今日のボードゲームよりも種類が少なかったのだ。
 王将を動かすには、ソウやアメフが自分の足で何キロか歩く以外方法はなさそうだが、それ以外の駒は古典的な方法で動かすことができた。つまり、手でつまんで水晶盤の上を移動させるのだ。
 駒に触れると、それが進むことのできる場所がぼんやりと光った。

 日本軍への攻撃はアメフの提案のもと、同調的に行われた。
 ポーンが、あるいはルークが日本軍の通信中継所や補給物資の集積所へとなだれこんだ。
 日本軍の人間の駒は串刺しにされ、軍馬は八つ裂きにされた。
 砕けた敵の駒が転がって硬い音をたてる。
 と、壊れた駒は見ている前で水晶盤に吸収されて消えていった。灰色の駒は始めから存在しなかった物のように、その存在を隠した。
 青い駒と赤い駒は命じられた通りに的確に破壊を行っていく。
 日本軍は何ら反撃をできない。ただその数を減らした。
「灰色の駒が砕ける度にどのぐらいの日本軍の兵が死んでいるのだろうな?」
 アメフが言った。
「知らんが、少なくはないだろう」
 ソウは興味無さげに言ってビショップを斜めに進めた。途中からビショップは自力で歩んで野戦砲らしき駒へと飛びかかった。
「日本軍は虫けらみたいに解放派を殺した。今日は奴らが大昔の化け物に虫けらみたいに殺されるってだけの話だ」
 ソウは秘密基地の小さなキッチンへ、這い進んでいった。
「おまえの番だぞアメフ。紅茶いれるけど、おまえいらないよな?」
 アメフは生返事で拒否を表明しながらナイトを進めた。これで樺太中部の日本軍施設は壊滅だ。北部にもともと大した勢力は無いし、荒野をパトロールする小規模の部隊はとるに足らない存在だろう。放っておくとする。
 四年前、中国でシェルと戦ったとき、中国人の老兵達がこういうボードゲームにのめり込んでいるのを見たが、今はあのとき教えを請わなかったことが悔やまれた。
 アメフが中国で学んだのは対人地雷の扱い方だけだったのだ。ボードゲームで重要とされる定石なんてものは知らなく、自力でコツを掴んでいくしかない。
 だが、アメフの憂慮をよそに盤上では戦いが進んでいった。
 彼が考えるよりも、はるかに戦況は有利に展開していく。
 化け物の駒達は薄布を裂くように日本軍を分断していくのだ。日本軍はこの異形の化け物に太刀打ちができていない。

 アメフはこのゲームのルールを取り違えていたようだ。
 ソウと協力して日本軍と戦うゲームだと思っていたのだが、そうではない。
 ソウとアメフ、どちらがより多くの日本軍を狩るかを競うゲームだというわけだ。




 カマクラ将軍の部下はよく訓練されていた。そのため、この不条理な事態にもかかわらず、戦略室は落ち着いていた。部屋の奥で通信機が規則正しい金属音をたてている。
 カマクラ将軍は顔をしかめていた。テーブルの上の地図を睨むが、効果は上がらなかった。
 敵の正体は浮かび上がってこない。カマクラ将軍は長考の構えで腕を組み、窓の前をうろうろと行ったり来たりしていた。
 まず、敵の姿が不思議な生物であることは分かった。だが、ただ解放派によって訓練されただけの、攻性生物ではない。
 その動きに人間の知性の形跡はしっかりと表れている。
 しかし、その内容は頭に浮かんでこなかった。解放派の用兵は奇抜に思えた。敵の将の心理が読めないとあっては、カマクラ将軍は動くことができない。
 焦りの念が自分の心の中で焦げあとのように広がっていくのを、カマクラ将軍は客観的に観察していた。
「イズキ中佐、戻りました」
「おお」
 解放派の死体検分へおもむいていたイズキ中佐が戻ってきた。ファイルをカマクラ将軍へと手渡す。
「それで敵の名は?」
「発掘屋のソウと傭兵のアメフと思われます」
 イズキ中佐が完璧に正しい発音で二人の名を口にした。
「あと、数名名前があがりましたが、おそらくその連中は海軍によって始末されています。このソウとアメフはほぼ間違いなく生きています」
「御苦労」
 日本軍の優秀なスパイネットは、交戦の遥か前から、樺太のちゃちな敵対組織の全容をつかんでいた。
 加えてイズキ中佐とその部下の政治将校達はPCOの秘術を身につけている。彼らは顔のつぶれた死体であれ、焼けこげた死体であれ、遺伝子とかいうものを検分し、死者の正体を定めることができる。
 樺太の解放派メンバーのリストから死人が除かれると、残ったのはほんの一握りだった。カマクラ将軍は二人のプロフィールに目を落とした。
「この若造二人とはな。どんな魔法を使っておるのか知らんがたわけた連中だ」
「いかがなさいます?」
「その地図をどけろ。いままでわしは敵を訓練を受けた士官だと考えていた。やり方を変える潮時だ」