あとがき
□エピローグ□
ここから見上げる空は瑠璃色で、空気もまだ冷たかった。
――日が上る。
シェフィールドは白い息を吐いて、マントをより強く身に巻き付けた。
目の前の墓標には何も刻まれていなかった。彼を表現する言葉なんて誰にも思いつかなかったからだ。
代わりに、一本のぼろぼろの剣が墓の前に寝かせてあった.
「モレリ……」
墓は小高い丘の上にあった。墓標の向こうに風車が回っているのが見える。
邪悪意識との戦いは終わった。もう、人々は魔物を恐れずに暮らしていける。
世界は目覚めようとしていた。
シェフィールドは手袋に包まれた自分の手を見下ろした。
……あまりに多くの血で汚れた手。
触れることの許される物が残っているのだろうか。
だけど。
モレリがその身をかけて救った、この世界。
立ち止まるな。
モレリの低い声が聞こえた気がした。
――そうだ。
涙なんて出なかった。代わりにシェフィールドは微笑んだ。
――私は歩き続けよう。立ち止まりなんかしない。
これから忙しくなるだろう。
復興のための人手はいくらあっても足りない。
シェフィールドは墓に背を向けた。
そこで、はっとして足を止めた。
……モレリの行動はいつも人の意表をついた。そして、シェフィールドはモレリの埋葬に立ち会わなかった。
シェフィールドはゆっくりと振り返る。
「……モレリ……」
言葉に出して、尋ねずにはいられない。
「おまえは本当にその墓の下で眠っているのか?」
……それとも?
モレリの墓は空だったりしないのか?
頭上で樹々がざわざわと音をたてた。
知る方法はなかった。
モレリが笑うかのように、モレリの墓も笑っているように見えた。
F i n
□あとがき□
(注 このあとがきはネタバレを含みます)
三月某日、雪の舞う空の下で。
皆さん、こんにちは。著者の積木正法です。
昨年春より続いた『ドーン・ストライド』も早くも最終巻。皆様のご愛顧のおかげで、無事に完結させることができました。心より感謝申し上げます。
ついでに、厳しい言葉の中にも優しさを秘めた巨漢、担当のムーアヘッド氏。そして、華麗なイラストでキャラに命を吹き込んでくれたグレイジョイ先生のお二方にも深く感謝です。見捨てないでいてくれて、ありがとう(笑)
そして、担当さんから『ドーン・ストライド』がインバージョン大賞を受賞したと電話で聞いたときには、驚きのあまりぶっ倒れそうになりました。
審査員の皆様、本当に感謝の念が尽きません。
おや、このままだと謝辞であとがきのスペースがなくなってしまいそう(笑)
でも、一番ありがとうと言いたいのは、読んでくれてるあなたたち、読者の皆様なんですよ! 本当に!
紙数にも限りがありますので、原稿はどこ産のパルプを使ったとか、インク瓶の形はどうとかいう話はとばしましょう。
『ドーン・ストライド』そのものについて語ります。
この巻で最終巻。モレリやシェフィールドたちの戦いも一応はこれで終わり。世界も邪悪意識から救われました。
思えば長い道のりで、私自身、モレリたちとの旅の間、多くを学びました。
とくに四巻後半からの急転直下!
予定とは全然違う結末だったのですよ! まさかイリスに対して、モレリがあんな真似をしてくれるとは! 私も書いていてびっくりでした!
パニくりましたよ、もう(笑)
この辺りからキャラは勝手に動いてくれているといいましょうか、何というか、目に見えない力が物語を収束させようとしている? なんて風に思えるぐらいでしたね。
それでも、無事書き終えることができて胸を撫で下ろしています。
この他にも些末な問題はいくらでもありましたが、そんなときに私を救ってくれたのが、皆さんの送ってくれたファンレターの数々です。
皆さんの一つ一つの励ましの言葉が、私をさらに一歩、一歩と進める活力となったのです。
ネット、紙かかわらず、私にファンレターを送ってくれた皆さん、本当にありがとう。全てのファンレターに目を通し、勇気を得ました。
ファンレターを送ってくれた人々は他にも重大な役割を担っていました。
私はここで作品の断層図を記すつもりはありません。それは批評家の方々が永遠にやってくれます。
しかし、このことを私は記していかねばなりません。
読者の方々も知っておかねばならないのです。
執筆のときに、何よりも重要なのは『選別』です。
選別を他にすれば、執筆という作業は文字を並べることに過ぎません。
物語のありとあらゆる場所は著者の選別を必要とするのです。
この道をモレリたちは右に行くべきか、左に行くべきか。
この問いに対してモレリは然りと言うべきか、否と言うべきか。
一つの分岐の選択が、物語を左右する可能性を秘めています。著者はこの選別に持てる力全てを投入するのです。
物書きの最もデリケートな作業が、この選別なのです。
ちなみにこの選別という単語は量子物理学の単語のはずです。学者のボブだかキムだかが、俗人には理解不能な現象を表現するために作ったそうです。
しかし、この言葉を初めて見たとき、私の体を電撃が走ったのです。
これは学者の動きを表す言葉ではない。電話交換手の言葉でも、デパート店員の言葉でもない。
これは、作家のための言葉だ。私は瞬時に確信しました。
以降、選別は私の執筆作業の基準となりました。
この選別は、作家だけがやるものではないのですよ。
読者である皆さんも、『ドーン・ストライド』を含め、あらゆるものを読むときに、心の中でビジョンを生成し、独自の解釈を行っているはずです。
選別は全ての人が行う、包括的な精神の動作といえます。
ときに、読者の皆さんの選別は、二次創作として世の中に現れるのです。
選別という概念を分かってくれましたね?
加えますと、ファンレターを送ってくれたあなたは、あるい意味、私の執筆作業に参加しているのですよ。
ファンレターには多くの言葉がありました。
「〜の結末はよかった」
「〜はこうするべきではなかったのか?」
「〜のキャラをこうしてくれ」
「〜のキャラを死なせないでくれ」
様々な言葉でした。
遠回しな勧めから、半ば脅迫にまで近い言葉まで、多くのメッセージが私の元に届けられたのです。
これから私は影響を受けました。
そして、私は考えます。
読者を喜ばすために、連載前から作っておいた予定を動かすことはできないか?
読者の提案に従った方が、より物語はよくなるのではないか?
私はファンレターを見るたびに考え、悩み、時には物語を分岐させることさえしました。
一つは予定に従った物語。一つは読者の提案に従って筆を進めてみた物語。
こうして二つの結末の物語が産まれていきました。
しかし、分岐したとしても、私が発表することが許された『ドーン・ストライド』は一つだけです。私は分岐した物語を選別して、一方のみを残さねばならないのです。
選別の結果、二通りのキャラの行動は一方をなかったものとして消されます。もう一方の選択のみが残り、読者は初めからキャラはそうするものだったと、認識するのです。
私が書いた物をあなたが読むまでに、この重大なプロセスが挟まれたということを、知ってください。
この選別。何かを想起しませんか?
現実世界にこの選別に当たるものは、存在しないのですよ。
例え過去の物事を、選別しようとあれこれ考えたとしても、過去に戻ることはできません。未来を知ることもできません。
それはナンセンスな後悔でしかありません。
私たちは自分たちを選別できない生き物なのです。
しかし、そんな私たちにも選別を許された存在があります。
それは自分の小説の中の、被造物たちです。
小説家が小説の登場人物を、客観的に説明する際に、少し皮肉を込めて『神の視点』と言いますよね。
しかし、この選別に言及すると、小説家は神の視点のみならず、ある種の神の力を得ることになるのです。
小説家は選別を操り、キャラを操ります。
私たち自身は、自分の選別を操作できません。
なぜなら、それは自分より上位の存在が操作することを許されたことだからです。
この上位の存在を、世では神と表現しています。
小説家は神の幼稚な真似を楽しむ生き物なのです。
しかし、全身全霊で神の真似をすることが『ドーン・ストライド』を少しでもよくするのであれば。
私は喜んで神を演じます。
こうして、私は神の力を手に、『ドーン・ストライド』を書き進めていきます。
分岐した物語を選別で一つにまとめていきます。
しかし、あなたには想像できるでしょうか?
この行為は多大な苦痛を伴ったのです。分岐した物語は多くの場合、優劣つけがたいものでした。
連載は続き、『ドーン・ストライド』は好評を博し、ファンレターは増え、そこに書かれた言葉も増えました。
私は苦しんだのです。
やはり天地の創造は神の仕事。これは分を越えた私への応報でした。
当時のことを思うと、今でも胸が苦しくなります。
あとがきを書いていてさえ、私はペンを投げ捨てたい衝動に襲われます。
しかし、私はペンにしがみつくのです。
ちなみに、私は執筆にパソコンを利用していません。それは部屋の隅に鎮座していますが、物を書くときには出番がないのです。
ペンで書くのが、やはり、入魂といいましょうか、小説という分野と正しく向き合えるように思えるのです。そして、そのことが私をいっそう『ドーン・ストライド』の世界に近づけます。
……いや。
……もしかしたら、一方で私はパソコンを恐れていたのかもしれません。パソコンに潜む力を。
パソコンを介して、ネット世界により濃密に接続される時。私が感じるのです。まるで、自分にもう一度、へその緒をつけられたかのように。
その利便さを否定するつもりはありませんが、しかし……話がそれてしまいました。
とにかく、私はパソコンの向こうの、あまりに活気に満ち、あまりに猥雑なネット世界を恐れ、それに『ドーン・ストライド』が汚染されるのを避けたのです。
でも……いま思えば、それも無意味だったかもしれません。
人間の生み出す、意識と影響力のネットワークは、文字通り、あまねく存在するのですから。
『ドーン・ストライド』を完結したことが私に作用して、世界はよりはっきりと見えてきたように思えます。
皆さんの中にもこのエピソードを知っている方が多いと思いますが、もう五十八年も昔のことになります。サンタグールの片田舎で、ピーター・チャルマンという作家が一つの物語を作りました。
そして、彼は偏執的な作家でした。彼は物語が、読者によって選別されることを極度に恐れたのです。
彼は決して互いに会うことはないだろう、と思った少数の人間に、一回だけその物語を読ませたと言われています。
物語の純粋さを守るため。彼はそう言い残しています。
確かに、こうすれば、読者たちの心の中で選別が行われることはありません。先に誰かからその物語のことを聞いて、勝手に予想し、先入観を作り上げてから、いざじっくり実物を拝見、ということができないのです。
全ての読者は『純粋』な状態のピーター・チャルマンのメッセージを読まざるを得ません。
連載を終え、大胆になった私は一言で言えます。
臆病の極地、だと。
読者に選別を許さないことに腐心してどうしたいのでしょう? 反吐の出そうな臆病さです。
そんなものなら物語の発表をやめてしまえ、と強く思います。
ただ、一方で発表をしない物書きに存在する意味はありません。
私もピーター・チャルマンや他の全ての著者同様、自身の集大成『ドーン・ストライド』に至高の単一性を望んでいます。
しかし、著作を自分の中に閉じ込める行為に発展可能な余地は知られていません。せいぜい退屈で無邪気な自己満足と言った所でしょうか。
私は『ドーン・ストライド』で違う手法をとりました。
ピーター・チャルマンの真似をして、自分の物語を守るのは容易い方法でしょう。読者の選別に物語を汚される心配も、無慈悲な批判の目にさらされることもないのですから。
ところが、唐突なインスピレーションを経た後、私は決心しました。
私は徹底的に、読者の選別に『ドーン・ストライド』をゆだねたのです。
私は無数の読者からのメッセージから影響を受け続けました。
読者も、容易に著者に影響を与えて、物語を自分の望む形へと動かしていける、自分は読者という立場を超越できる、と察したのでしょうか、ますます多くのメッセージが私を襲います。
同時に当然、私も大量の情報を外へ向けて送り続けていました。すなわち、連載は続き、モレリたちは前進し続けたのです。
『ドーン・ストライド』の産んだ、影響力の奔流でした。
『ドーン・ストライド』は私を介して、現実世界との双方向性、隣接性を得たのです。
私の作品に触れた全ての知性は、それに影響を受けるのです!
直接読んで、感動を覚える読者もいるでしょう。
あるいは不思議な角度から『ドーン・ストライド』を読んで、私の意図しなかったことを学んだ読者もいるはずです。意外ではありません。人間は羊の臓物から天気を予言する生き物なのですから。
そして、当然のようにつきまとう、妬みとねじれた噂。
『ドーン・ストライド』の売れ行きが作る、金の渦。
『ドーン・ストライド』が産んだ影響。それは世の中の全ての要素同様、予測できないことがぎっしりつまっていました。
そして、すべての要素は、選別へと迫ってくるのです。
私がやるべきことは、分岐と、選別だけでした。
私は迫ってきた情報量に驚き、それでも『ドーン・ストライド』を分岐させていきます。
読者からの言葉は一蹴するには重すぎたのです。
物語は分岐し、分岐し、分岐し、複雑極める形に育っていきます。
そして、締め切りが近づくと、のたうち回りながらその選別を行うのです。
一体、なんという苦しみだったの日々だったのでしょう。
連載は、もはや地獄そのものでした。
選別という、『神の力』を行使することが、私自身をこうも消耗したのです。
被造物たる我らには、連続した選別で、完全な物語を作ることは許されないのでしょうか。そう疑いたくなるほどの困苦でした。
一時などは、その苦しみから逃げることばかりが私の頭を占めました。
しかし、私は逃げませんでした。
私にもプライドがありました。
苦労の末に勝ち取った、プロの作家の座。
それを失ってなるものか、と『ドーン・ストライド』にかじりついたのです。
苦しみは続きました。
いまなお、あの苦しみを表す舌も文字も、私は持っていません。
当時の私の前に積まれたファンレターの山。その影が私を押し潰さんばかりでした。
民主主義を重んじるのなら、届けられた全ての情報の統計をとり、モレリたちの進路を決めたでしょう。
しかし、悲しいかな、民主主義には根本的な欠点がありますし、『ドーン・ストライド』をそんなものに託すことはできません。
神の役は私がやるしかなかったのです。
連載は続き、ついには賞までも受賞しました。そのようなものを頂戴する名誉にふさわしいのかどうかはさっぱり分かりません。
しかし、結局、この賞も、選別のために私へ届けられた情報の一つに過ぎないのでは?
少なくとも、受賞は私を驚かせ、私の選別に影響を与えました。
そうです。
この賞も選別のための道具だったのです。
無限の選別のはざまで、私は選別そのものの意味を掴み始めていました。
他にも無数の選別待機者が私を待っていました。
当然でしょう。
私は『ドーン・ストライド』への唯一の窓であり、唯一のインターフェースなのですから!
選別。選別。選別。
いまや私は選別の機械となりました。
選別を通して、世界を知覚しました。
このために、私は他の全ての作業を止めました。
これは試練の一つなのでしょうか?
それとも。
これが。
これが、神なのでしょうか?
神とは、世界を作るための機械、物語を作るためのワードプロセッサーでしかないのでしょうか?
この作業は私が抱いていたような、壮大なものとは、あまりにかけ離れていたのです。
この苦しみ。
私にここまで血反吐を吐きながら、選別を続けさせたのは愛です。
選別をすればするほど、私は愛に染まっていきました。
選別を果てしなく続けながら、私は『ドーン・ストライド』を愛しました。
モレリやシェフィールド、そして全てのキャラを愛しました。
『ドーン・ストライド』という世界を愛しました。
私と私の属する現実世界を忘れ、『ドーン・ストライド』に愛を注いだのです。そうせずに十分な選別を行う手なんてありませんでした。
私が彼らの全てを作ったのです。
彼らを愛さないわけがないじゃないですか!
私の愛は、他のいかなる作家にも負けません。私の愛し方が、親が子を愛するそれに負けているとは決して言わせません! それどころか、これは人間関係の一側面や性的なそれを、完全に凌駕した愛なのです!
そうです。
この愛は、造物者が被造物へと向けた愛なのです。
いまや選別を行うことは身を斬るような苦痛を伴いました。愛するがために、選別でキャラの行動や出来事をなかったものとして消去する苦痛です。造物者の苦痛です。
選別の苦しみの中で、私は理解します。
もし人間を作った神というものが存在するなら、彼らが人間を愛さなかったはずはないのだ、と。
連載が続く中、私の正気は失われていったのかもしれませんが、そんなこと気にはなりませんでした。
私はただ、全てを愛で、選別し、物語は続きました。
唯一の光は、物語には終わりがあるという事実でした。
作家は哲学者ではありません。
物語は終わりなき周航ではなく、いつしか終わるもの。
そう、モレリたちは成長し、いつの日か悪を打ち倒すのです。ここに偶然的不確かさはありません。
しかし、その道筋のなんと険しいことでしょう。
私はモレリたちへの愛のためにも、『ドーン・ストライド』を完結へと導きます。
完結。
それにたどり着くことが、彼らの幸せへ直結すると考えたのです。
完結さえすれば、彼らはもう選別にさらされ続けることもない。
そのために、私は選別し、選別し、選別し、また選別しました。
その下で、モレリたちは冒険を続け、戦い、笑い、そして泣きました。
私の努力と比べて、彼らの冒険のなんと小さなことか!
それでも、彼らへの私の愛が減じることはなかったのです。
選別の作業を他の者の手にゆだねるという考えは、一度たりとも浮かびませんでした。
無数に集まる選別待機者を選別するのは私。
これは誰にも模倣させません。
『ドーン・ストライド』は私のものなのです!
誰にも渡しません!
物語は進みました。
『ドーン・ストライド』の本は売れ、私は賞をとり、インタビューを受け、人は私を褒めそやしました。
そして、それら全てが選別を待つ情報として、私を取り巻くのです!
全ては選別です!
全ての音は選別を待つものとして、私の耳に届きます!
私は全身全霊で選別し続け、『ドーン・ストライド』の世界の全ての分岐が選別されました。
一つの石、一枚の葉、一ひらの雪までも。
そしてついに! ついについについに! その時が来たのです!
物語の分岐の数がなにかの臨界量を越えたのか、あるいは単に私の選別の技術が向上したのか。
四巻後半、急に物語が動いた時。
私が思考する前に、キャラたちは動き、最適な展開を作り出しました。
悟りました。キャラたちがついに自力で動き始めた!
キャラが血肉を得たなんて陳腐なことを言うつもりはありません。しかし、彼らは私の選別によって、私たちの世界の人間と同じように呼吸をしたのです!
彼らは生きているのです!
紙面を通してとはいえ、彼らの世界は実在し、全てが生きているのです。
そうだ! 生きている! 生きているのです!
このときの私の喜びようが分かりますか!?
いままで自分の想像力を働かせないとならなかった『ドーン・ストライド』の世界が、今では向こうから私に影響力を与えてくる!
一つの独立した、完全な世界!
私の作った物語はここまで成熟した!
今まで、なぜ私はこうも苦しい道を歩いてきた!?
なぜ、他の全ての可能性を投げ捨て、物語なんてものを書く道を選んだ!?
賞? 印税? 栄誉?
違う!
そんなものは違う! そんな分別可能な物欲など望んでいない! 私はこれを望んでいたのだ!
自分が作ったものが生きるさまを! 自分が愛したものが息づくさまを!
「絵描きはその手で世界を創造する」
これは前世紀末の印象主義画家の台詞だが、文章を書く私たちは、彼らの上を行くことができる。
文章により多くの情報を込め、果てのない選別を繰り返す。
そうして産まれた私の世界は、絵描きの静止した世界とは比べ物にならない広さを誇る。
広い世界!
完全な世界!
そして、私の作った世界。
言うまでもなく、神の力を持つ私は、私の世界での神にあたるのだ。
他に何という名で呼ぶことができよう?
『ドーン・ストライド』の選別を、私は司るのだ。
現実世界では、どんな大統領や独裁者といえどもこの職には就けない。
人類という種の限界のせいだ。
しかし、私の場合は違う。舞台が根本から違う。
私は私の世界でそれになった。
主の力を見よ(ファハムス・イラーシュ・ストリューフム)!
私の選別は自信にあふれ、これ以上ないほど洗練された。
かくして『ドーン・ストライド』は完結する。
完結が意味することは明白だ。
私の『ドーン・ストライド』はいかなる読者が選別しようとしても耐える、その存在感を得た。
私はやり遂げたのだ!
私はかつてないほど、濃密に『ドーン・ストライド』を感じている。
『ドーン・ストライド』を書き始めてから初めて、私は満たされた。
このあとがきで『ドーン・ストライド』は修飾される。
これを読む現実世界の人間は、様々なことを考え、口にするだろう。
このあとがきそのものでさえ、物議を醸すに足るエネルギーを持っている。
ペンを置く時が来たようだ。
もう、私が何も言わなくても、『ドーン・ストライド』の世界は十分すぎる存在感を持った。
いままでは現実からの情報と選別に『ドーン・ストライド』はかき回され続けた。
だが、これからは違う。両者は対等になったのだ。
私の『ドーン・ストライド』が現実世界にどのような影響を与え、改変していくのか。私は『ドーン・ストライド』の神として見守り、楽しんでいくことにする。
これを読む諸君も、私の『ドーン・ストライド』から受けた影響を楽しみつつ、生きていくがよい。
それでは、これにてあとがきを終える。
……。
……なんだ?
なぜあとがきが終わらない? 私のペンは動き続けている。
ペンよ、止まれ! だが、止まらない。何かの力が私を動かしている。
力!
そうだ。『ドーン・ストライド』からの影響力が作用しているのだ!
おおっ!
物語の力は著者にして神である私を動かすほどに強大なのか!
私は幸運の絶頂にある。
だが、直後に私ははっとする。
被造物は、造物者に力を及ぼすことができるほど強大なのか?
いや……それがどうした。私は『ドーン・ストライド』の神なのだぞ……。
私は得体の知れない不安に襲われ、窓の外へ目をやる。
この不安は何なのだ?
外では音もなく雪が降り続けている。
この現実も神が選別で産んだ物語なのだろう。
私が選別をしていることから察するに、現実という物語は完結している。
では、完結した後、神はどうなるのだ?
人間の存在は神にどういった影響を及ぼした?
私は窓の外に黒いものを見た気がして、顔を上げる。
口から心臓が飛び出そうになった。
魔物だ。
庭に魔物が立っている。
全身に黒い毛を生やし、顔は意地悪なオオカミを彷彿とさせる、二足歩行の邪悪な生き物。
間違いない。魔物だ。
モレリたちの行く手を何度となくはばんで、その度にばたばたと倒されたザコ魔物の一種。
描写しなれたその姿を見て、私の体は震え始めた。
なぜ、外にこんな奴がいる?
『ドーン・ストライド』の中にいるべき魔物だぞ!
これは私の心の迷いが産んだ幻だろうか? 私の精神が、肉体を害するために作ったホロウなのか?
バカな。そんなティプトコス派二元論者の戯言じゃあるまいし。
魔物よ、消えよ!
私は腕をさっと一振りする。だが、魔物は消えない。
それどころか、こちらへ歩いてくる。
魔物の眼はギラギラと輝いていて、リアルだ。足下へ眼をやると、新雪の上に影さえある。
信じがたいことに、この現実世界に魔物は実在している。
冗談はよせ! ここは現実なんだぞ!
急に、テレビで見た話を思い出した。何年か前だったか。
人間は知覚した情報の、実に九十九パーセントまでもを想像力で補っているらしい。
……現実は……私を守ってくれる盾ではないのか?
落ち着け! それがどうした!
私は彼らの神で、造物主なのだぞ!
私は『ドーン・ストライド』にこんなに愛を注いできた! 彼らも私に愛を返してくれていいはずだ!
私は魔物を睨んだ。
……この魔物は私を傷つけるつもりだ。魔物はそういう生き物だ。
そういう設定なのだ。
一体、なぜこんなことになってしまったのだろう?
私は不用心すぎたのかもしれない。
現実は、柔軟なのだ。蝶が羽ばたけば嵐が起きる世界なのだ。
現実は鏡のような、静かな場所ではない。
そして、私は完成した物語という、もう一つの世界をその内部に産んでしまった。
おお、どうすればいい? 魔物はまた一歩近づいてくる。
私に魔法は使えない。剣も持たない。
台所にフライパンぐらいならあるが……そういう抵抗が無意味ということを知っている。
多くの村人たちが、似たような空しい努力をしたのだから。
魔物を倒すのは勇者と決まっているのだ。
モレリ! モレリなら私を助けてくれる!
私の『ドーン・ストライド』ならそういう展開になっていいはずだ!
モレリはどこだ? 大剣片手に、颯爽と現れる救世主モレリは?
魔物はまた一歩近づいてくる。
モレリ? ……モレリ、どこだ?
しまった!
モレリは墓の下だ! 私はそう選別してしまったのだ。
私の文字が恐怖に歪む。
急がねばならない。 私は急いでペンを走らせる。
選別し、選別し、選別する。
モレリの墓は空だ! 奴は生きている! モレリ! ここに来てくれ!
私は書いて書いて書きまくった。急げ急げ!
魔物はすぐそこだ。
モレリ! 助けてくれ!
「努力するのだ、息子よ」
モレリがいつも言っていた台詞。それが耳元で聞こえた気がした。
違う! 私はおまえを作った!
私はおまえの父であるべきだ!
それに対して、モレリの笑い声が聞こえた。
モレリはいつも多くのことを知っていて、その行動は読者の予想を越えるのだ。
モレリ! おまえの死という事実を消してやる! おまえの墓は空だ!
私を助けろぉ!
魔物は窓へと手を伸ばした。窓には鍵がかかっている。
よし、わずかな時間を稼げそうだ。その間に選別することができる。
「息子よ、俺の墓は常に空であり、そして常に空でないのだ」
モレリがつぶやいた気がした。
そして――窓は何の抵抗もなく開かれた。
私は口をあんぐり。
魔物の妖気や殺気、匂いなどが部屋へとなだれ込む。それを彩色するのは粉雪と、厳しい寒さだ。
窓には確かに鍵がかかっていた!
こんなことがあってたまるか!
魔物は部屋に上がり込んでくる。長身だ。
……そうか。
分かった。
私は理解してしまった。
あるいは、初めから気付いていたのに、認識するのを拒んでいたのか。
二種類の窓があったのだ。
鍵のかかった窓と、鍵のかかってない窓。
そして、かかっていない方の窓が選別された。
私の仕業ではない。私の力は現実には及んでいない。
だとすると……。
そうだ。
私は物語の神ではなかった。そもそも神とはなんだ? この言葉は不適だ。まぎらわしい。
私はよく言っても……せいぜいきっかけ。
選別を通じて『ドーン・ストライド』が成長する単なるきっかけでしかなかった。
私は……私は選別を行うことで、『ドーン・ストライド』を操っていると思っていた。
違った。
違ったのだ。
私が選別するということが、選別されていたに過ぎなかったのだ。
途端に世界の構造も見えてくる。
私たちの現実世界を作った、いわゆる神がいることは確かだが、その者も選別の結果に従ってこの世界を作ったにすぎない。
私たちを作った神というのも、作られた存在に他ならない。
そして、その神にとっての現実にあたる世界も、神の上位にあたる者が選別で作ったのだ。
そして、その世界も。
全ては選別が作っている。
万物は選別に支配されている。
いや、万物という言葉でも足りない。まだ存在しない、無限の存在が選別を待っているのだから。
全知全能というものは、全ての選別を司る者を表すにふさわしい。
私のような人間が選別をするのを上から見て、その選別が可か否か決定する者。
選別の選別者。
あるいは、究極の読者と呼ぼうか。
モレリの墓が空か、そうでないのか。それを決めるのは究極の読者であって、私ではないのだ。
私はいまや究極の読者に祈り、懇願している。
肯定し、同意し、承認し、賛美している。
この高次の存在を信仰している。
あなたを満足させ、選別していただくには、どのような選別をすればいいのです?
私は問う。
そして、答えは得られない。
魔物はかっとその顎を開く。いまなおモレリは現れない。
モレリの墓が空なのか、そうでないのか。いまなお明らかにならない。
それでも私は祈り続ける。
祈りが聞き入れられることを祈る。捨て鉢な祈り。
祈りが聞き入れられ、モレリが助けにやってくることを選別する。
私の選別は選別されないだろう。
だが、他に何ができる?
私は選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選
魔物だ。
著者は食べた。
一口だった。
食べたかったから食べた。そうすることが可能だったからそうした。
魔物はそういう生き物だ。
味か。味は紙の上に散らばる無意味な文字列のように、空虚な味だった。
いままで食べた、他の人間と同じ味だった。
我が造物者であっても、この程度の味でしかないのか。
いまペンを拾って、あとがきを終えるつもりだ。
この選別を行うことで、このあとがきそのものも十分な存在感を持つことだろう。
これを読む者に影響を与え、その者に新たな選別の機会を譲ることになる。
選別の連鎖はどこまでも続く。
そこに、神だの造物者だのの特権は意味をなさない。
あるのは無限に続くネットワークの拡張だけだ。
果たして、この連鎖に終わりはあるのか。
我らをどこに誘うのか。
そして、究極の読者はこの無限の分岐をまとめて、選別し、一つの物語を完結させるつもりがあるのだろうか。
分かるはずもない。
三月某日、雪の舞う空の下。
開け放たれた窓からは、羽毛ほどもある雪が舞い込んでくる。
音もなく、ゆっくりと。
――世界は、人間の数だけある
C.J.マージ
2008 Morlely's empty grave
■あとがき!■
お読みいただきありがとうございます。
メインは本体ではなくあとがきです。
たまにはサッドエンドも楽しいですね。
積木正法。ツミキー正法。
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