それはまさに圧倒的ともいえる数だった。
 揚陸艇からわらわらと溢れ出す人、人、人。ついでに戦車の姿も見える。 彼らはこの島に一体何人の兵がいると思っているのだろうか?
 島そのものを吹き飛ばそうとでも言うのか。ミサイル艇や地上攻撃機からミサイルが何十発も降り注ぐ。幸運なのは爆撃機が来ていないこと位だろう。
 勝ち目など、億に一つどころか兆に一つも存在しない。 どう足掻いたらこれとまともに戦えるというのか。
 小さな島だ。面積は二十平方キロ程度。こんな島を攻略するのに彼らが掛けている戦力は実に三個師団。小国の軍隊なら真正面から粉砕できるほどの戦力である。
 どう足掻いたとしても意味など無い。象に蹴散らされる蟻のように、抵抗すら出来ずに叩き潰されるだけだろう。
 だが、それでも意地がある。 誇りがある。
 その誇りゆえに、その島を守る者達は死力を尽くすのだ。
「ってー!」
 侵攻軍の前方百メートルほどのところから、大音声が響き渡る。
 一瞬遅れ、何十もの炸裂音とともに鉛の弾丸が大気を引き裂いて飛んでいく。
 恐らくはアサルトライフルによる一斉射撃。弾幕効果はあれど、通常ならば有効な打撃を与えられるようなものではない。
 だが、その僅か数百発の弾丸の雨が引き起こしたのはまさに惨劇。
 僅か数十程度の銃口から飛び出した弾丸は信じられないほどの精密さを以って波涛を押し返す。
 既に上陸し砂浜を進んでいた兵三〇〇の内、実に七十がその銃弾で命を落とした。加えて一〇〇が足などを負傷し戦線を離脱することとなってしまう。
 通常の戦闘下では百発撃ってやっと一人殺せるか程度だというのに、たった一度の斉射だけで死傷者合わせて百七十を超える。驚愕すべき被害だ。
 当然、撃ったほうが圧倒的に有利な状態ではあったが、それでもこの被害は異常だ。
 よほど練度の高い部隊がここにいるのだろう。
 否応なく緊張感を高められる侵攻軍。
 彼らは戦闘が始まって初めて、この島にこれほどの戦力が投入された理由を知った。
 つまり、ここの戦力を外に出すわけにはいかないということだ。こんな限定された場所で、しかも空海から引っ切り無しに射撃を受けているというのにこれほどの打撃を与えたのだ。その戦闘能力は推して知るべきだろう。
 しかし、侵攻軍も馬鹿ではない。すぐさま対地攻撃機は照準を斉射が行われた場所に合わせ、ミサイルを叩き込む。
 対人用に特化されたそれは爆発と同時に金属片を撒き散らし隠れていた数人を吹き飛ばす。だが、いつの間にか撤退していたらしく想定していたほどの被害は出ていない。吹き飛ばすことが出来たのは精々十人程度だろう。
 やはり恐ろしいほどに錬度が高い。上陸させる歩兵の危険度は非常に高いだろう。
 だが、逆にこれほどの練度を持つ相手を戦車だけで倒すのは困難だ。密林とまでは行かないがそこそこ木の数が多いために、人が隠れる場所は非常に多い。
 爆撃機が多数あればこの島を丸裸にすることも出来るだろうが、今あるのは地上攻撃機が四十程度。幾ら小さい島とは言え、丸裸にするにはあまりにも心許ない。
 となれば選択肢は一つ。まず戦車等を使って砂浜を占領した後、海兵隊を上陸させる。
 決断さえすれば、侵攻軍の動きは速かった。
 まず対地攻撃機による爆撃で砂浜の近くの木々を吹き飛ばし、艦艇からのミサイルで地表ごと地雷を掘り起こす。
 数と火力に物を言わせた徹底的な破壊。
 こんなものに対抗する術など、まずありえない。
 戦車や対空砲すら持ち合わせていない島の守備隊はあっけなく砂浜を明け渡すこととなった。
 友軍の死体を回収しながら、侵攻軍の一人が呟く。
「くそ、悪魔共め」
 その言葉を否定するものいない。そう、この島の守備隊が属する国家の者達は多くの国の者に悪魔と呼ばれていた。
 人数こそ少ないものの圧倒的ともいえる錬度、泥をすすってでも生き延びる生への執着、死を目前にしても怯むことのない鉄の忠誠心。兵としては理想、だが、敵対する者としては悪魔としか思えない。
 なんと言っても今さっき守備隊に射殺された兵のほとんどが心臓や頭部を的確に撃ち抜かれている。精密射撃を旨とするスナイパーライフルならともかく、弾をばら撒くことしか考えられていないアサルトライフルで百メートル先からこんな真似ができるなんて悪魔というほかないだろう。
 だが、その悪魔の首筋にはもう銀のナイフが突きつけられている。三〇〇〇にも及ぶ歩兵の上陸を許した上に、六〇両の戦車も配置についているのだから。
 たかだか一〇〇人ばかりの守備隊に随伴歩兵のいる戦車六〇両を撃破する能力などない。
 ついでに地上攻撃機が上空を旋回しているのだ。もう火を焚くことすらも出来ないだろう。
 だが、まだ油断はできない。ここにいる守備隊は百戦錬磨の化け物ども。過去七度にも及ぶ戦争を潜り抜けてきた歴戦の兵たちだ。思いも寄らぬ方法で打撃を与えてくるかもしれない。
 そのことを侵攻軍は司令官という頭のてっぺんから、三等兵などという足の爪の先まで思い知っている。
 各地での戦闘が思いのほか長引いていることを知らない者はいないし、新聞やラジオなどでも色々放送されているのだから。
 厄介な相手。
 ここでの戦闘が苛烈なものになるであろうことを、予想できないものはいなかった。













 溜め息とともに中尉が舌打ちをする。
 侵攻軍はここにかつての主力がいつことを知っているのだろう。
 ばかばかしいほどの物量差。木陰以外に隠れることの出来ないこの島では、守備隊の面々は明日の朝日を拝めない可能性すらありうる。
 皆、流石にこれほど圧倒的な戦力が来ることなど予想してもいなかったために、想像以上のストレスが溜まっているようだ。
 このままでは戦線を維持することもままならないだろう。  どうするべきか。
 中尉は思考をめぐらせる。いつものように敵の陣地から物資をかっぱらってくる事も出来ないだろう。ならばどうするか。
 中尉は、思考を巡らせていく。














 戦車が進む。
 メキメキと木々を踏み潰し、その巨重を持って無人の野を行くがごとく行進して行く。
 たまに何処からか銃撃が飛んでくるが、そんなものは関係ない。鋼鉄の巨獣にはそんな豆鉄砲程度、髪の毛一本ほどもの傷も付かない。
 対空砲はなくとも、流石に対戦車砲はあるだろう。充分に気をつけなければいけない。
 時折、攻撃機が爆弾を落としていく。守備隊がいそうな開けた場所を狙っているのだろう。
 対戦車砲を早めに潰せるといいのだが、流石にそうは行かない。
 とにもかくにも、戦車は歩兵を伴い突き進む。
 歩兵が目を光らせるのは主に戦車の側面または背面を狙う対戦車砲だ。侵攻軍の戦車は装甲に新素材を使っている為、守備隊の持つ旧式の対戦車砲程度では正面装甲はまず貫かれないからである。だが、流石に側面、背面にはそれほどの強度はなく、狙われたら重要な戦力が落ちることとなってしまうだろう。
 気は抜けない。人間の筋力では対戦車砲を一人で持ち運び運用することはできないだろうが、守備隊は百戦錬磨の化け物集団。奇抜な方法で対戦車砲を持ち運び、運用している可能性は否定できない。また、対戦車砲でなくとも、ロケットランチャーを使用される場合もある。ロケットランチャーが安価で、大量に出回っているとは言え基本的には単発式のため、根本的に人間の少ない守備隊にはそれほどの数は配備されていないだろう。
 だが、逆に考えれば侵攻軍の虚を突くために大量配備されている可能性も否定は出来ない。地上部隊が多くやられた場合近くに配備されている爆撃機を呼び寄せる手はずになっているのでここの守備隊を外に逃すことはありえないが、しかし爆撃機を呼ぶという事は他の地域の攻撃の手が弱まるということ。これは向こう側に反撃の隙を与えることにもなりかねない。
 両者共に、かなりの緊張を迫られている。
 大勢では押しているものの、戦闘地域が散発的で広範囲に及んでいるために侵攻軍はかなり人員を裂かされているために本土では厭戦世論も沸いてきている。
 ここでは圧倒的な勝利を以って、厭戦気分を吹き飛ばさなければならない。
「いたぞー! あそこだ! 撃て、撃て、撃てーっ!」
 偵察のために双眼鏡を覗いていた兵が叫ぶ。
 それに反応し、随伴歩兵達の持つ携行火器が火を吹く。
 ほとんどの者は手にしたアサルトライフルを、そして少数の者は視界を確保し敵兵を露出するためにグレネードランチャーを。
 戦車はまだ撃つことができない。対人用の榴弾を多く持って来ているとは言え、守備隊の数は未知数。撃つのならば対戦車砲を制圧してからか。
「撃ち方、止め!」
 陸軍中佐の号令で全員が撃つのをやめる。確実に戦果を確認しなければならない。ここにいるのは義死行動すら行えると噂される化け物なのだから。
 数人の歩兵が辺りに注意しながら銃弾の嵐が降り注いだ場所に駆け寄る。
 あったのは死体が四つ。ある者は銃弾で蜂の巣になり、ある者はグレネードの炎で焦げている。
 歩兵達は事前に打ち合わせがあったとおり、その四つの死体に向けてアサルトライフルの銃口を向ける。もし、死んだ振りか何かだった場合、隊全体に危険が及ぶからだ。
 連続して響く軽い炸裂音。その音にあわせダンスを踊るかのように死体が跳ね、その肉と内臓を撒き散らす。
 完全に死体が肉片になったところで兵士達は撃つのを止め、数を確認しなおす。
「いち、にぃ、さん、しぃ、ん? さっき木の影に見えたのは五人じゃなかったか?」
「そうだ、五人だった。まずいぞ、油断するな。近くにいる!」
 地面に散らばった頭の数を数え、兵士達が悲鳴を上げる。
 敵はゲリラ戦のプロ。このような状況で見失った場合、大変な被害が出かねない。
 なんとしても、ここで殺しておく必要があった。
 ガサリ、と兵士達の頭上で音が鳴る。それが何であるかを理解する前に、その場にいる全員が頭上に向けフルオート射撃を叩き込む。
 弾数など気にする必要はない。どうせ物資は有り余っているのだ。
 撃つ、撃つ、撃つ。徹底的に、容赦なく、完全に殺しつくすために。
 誰かの弾倉が空になり、カチンカチンと音が鳴ったとき。それは落ちてきた。
 全身に穴が開いた、蜂の巣状態の死体。それは確認された五人目の物。
 間違いなく死んでいる。頭が半分吹っ飛び、ボロ雑巾のようになって生きているような人間がいたらそれはもう化け物だろう。
 確認された五人、全員の死亡を確認。後は本隊と合流するだけだ。
 もう敵などいないと分かっているのだが、それでも確認のために遣わされた数人の兵は油断なく周囲を見ながら後退する。確認できたのが五人しかいないからといって油断などしてはいられないのだ。なにせこの島にいる守備隊は自分達すら罠の餌にして相手をおびき寄せ、自分達が壊滅的打撃を受けてでも目的を達する狂的ともいえる者達だからだ。
 当然、このタイミングで何かをしてくるということも容易に予想できる。
 じりじりと後退し、数分かけて本隊と合流したがその間は何もなかった。
 どうやら、この近くにいたのはあの五人だけらしい。
「中佐殿! 敵兵、五人の殲滅を確認しました!」
「了解した。すぐ、配置に付いてくれ。五分の休憩の後、進撃を再開する」
「はっ!」














「五人やられて、戦果はなしか」
 中尉は溜め息混じりに頭を抱える。
 元々、ここにいる人数は多くない。幾つかの小隊が訓練のために来ていただけだからだ。
 最初の大規模攻撃で、半数以上が失われている。残っているのは三十七人だ。
 守備隊はたった三十七人。
 対して、侵攻軍は歩兵だけでも三千。しかも戦車を六十両も持ち込んでいる。対地攻撃機は四十機も空中を旋回しているし、何処から持ってきたのかミサイル艇まで島を囲むように巡回している。
 百パーセントを超える死の具現。それが、この島に攻めて来ているのだ。
 生き残りの中で最も位が高いがためにまとめ役となってしまった齢四十近くの中尉は、ギリと歯を噛み締める。
 これほどまでに包囲されてしまっては本国からの救援など期待できない。それにこんなところは戦場の端の端だ。ここで多少戦果を上げたところで大勢には変わりはないだろう。
 そう、自分達がこれ以上頑張る必要など、ない。
 だがしかし、降伏は出来ない。
 条約で捕虜の扱いは保証されているが、ロングレンジから制圧攻撃を受ければ降伏する前に全滅してしまうだろう。
 火力、そして人員は圧倒的に侵攻軍が上。練度だけが勝っているが、そんなもの数の暴力の前には完全に無意味だ。
 譬え守備隊が一発必中の銃を百揃えたとしても、侵攻軍は銃じゃあ壊せない戦車の群と空中からのミサイル攻撃や爆撃を使えるのだ。どう足掻いても、生き残る術はない。
 塹壕戦など、今からでは間に合わない。 それに、掘ったところでブル戦車に生き埋めにされるのがオチだ。
 まさに絶望的。
 火を焚くこともできず、食事も満足に取れない。これでは士気を保つことも不可能だ。
 だからといってわざわざ自分達から殺されに行くのも癪な話である。
 幸い、まだ自分達は見つかっていない。ならば、最期に一矢報いるのも悪い話ではない。
 殺されに行くのではない。敵を殺しに行くのだ。
「皆、我々の状況は極めて厳しい。このままでは……いや、如何なる手段を用いても全滅は避けられないだろう」
 中尉は重々しく口を開く。
 守備隊の全ての者が中尉の言葉と同じことを考えていた。心を折らないために口にしないようにしていただけだ。
 だが、あえて中尉はそのことを皆に告げる。最後の覚悟を決めさせるために。
「今ここに、座して死を待つものはいるか? 私はいないと信じている。
ならば、やることは一つだ。我々の異名を、奴らの頭に、体に、その魂にまで叩き込んでやろう。我らこそが『戦場の狩人』であることを!」
「おおっ!」
 座って中尉の話を聞いていた全員が鬨の声とともに立ち上がる。
 負け戦? そんなものは関係ない。最後に一花を咲かせて見せる。
 誰もが数人は道ずれにしてやるという気迫を纏い、残る弾薬の全てを計算して作戦を立て始めた。















 侵攻軍の平和な行軍は、食事のためにいったん停止したところで完全に終わりを告げた。
 降り注ぐ対戦車砲の嵐。陣地から三百メートルほど離れたところに据えつけられた三台の対戦車砲からの徹底的なまでの狙撃だ。
 一瞬の気の緩みを突かれた侵攻軍は、驚くほどにもろかった。あっという間に戦車の半分を蹴散らされ、同時に襲撃してきた僅か三十一人の兵に蹂躙されていく。
 遠くで聞こえるのはミサイルによる攻撃の音か。そして、それと同時に対戦車砲の攻撃が止む。制空権を持ち、地上攻撃機を山ほど空に浮かべている侵攻軍に死角はない。
 だが、流石に友軍のひしめく陣地を攻撃するわけにも行かず、地上攻撃機は再び旋回に戻る。
 守備隊の生き残りは、この時点で襲撃を掛けている三十一名に減少した。
 響く銃声、鼻をつまんでも臭ってくる血の生臭さ。
 この瞬間、侵攻軍の陣地はまさに地獄と化していた。
 悲鳴が密林にこだまし、一秒ごとに死体が増えていく。
 この時点で有利なのは守備隊である。何も考えず、周りにぶっ放せばとりあえず敵に当たるのだから。
 逆に侵攻軍は悲惨だ。銃を撃てば、必ず味方が射線に入ってしまう。
 少数という利点を生かし、守備隊は暴れまわる。
 だが、どれほど獅子奮迅の暴力を振るったとしても、必ずそのときは来る。
 元々物資の少ない守備隊である。一人一人に与えられた銃弾の数は、僅か百前後。この程度でやられてしまうほど、侵攻軍は弱くない。
 始まりは一発の銃弾。
 一発の銃弾が、守備隊の一人を撃ち抜く。それが崩壊のきっかけだった。
 たった一発の、やけっぱちで放たれた銃弾が頭を撃ち抜いたのだ。
 一人、減っただけである。だが、それでも物量に欠ける守備隊にとっては大きな穴となる。
 その開いた穴から出てくるのは、侵攻軍のあまりにも苛烈すぎるほどの反撃だった。
 いつの間にか隅の方に誘導されていた守備隊は、百を超える銃口と幾つもの戦車砲が自らに向けられることでそのことに気付く。
 それまで無様なダンスを踊ることを強制させられていた侵攻軍は、鬱憤を晴らすかのように大攻勢を開始する。
 銃声が何十、何百と重なって響く。
 隠れるところなどない。完全なる面制圧射により、生き残っていた三十人は滑稽なマリオネットのように奇怪な動きをしながら血を、脳漿を撒き散らした。
 これだけの数の十字砲火の上に、更に戦車から対人榴弾までもが放たれる。
 生存どころか存在すらをも許さぬとでも言いかねないほどの大火力による攻撃。
 侵攻軍による斉射の開始より僅か一分足らずで、守備隊はこれ以上ないほどに完全に殲滅された。








 侵攻軍、被害 歩兵  七百四十五名死亡
             二百五十名重傷
            三百九十三名軽傷

        戦車    二十三台大破(修理不可能)
                四台小破(修理可能)

       戦車兵    四十三名死亡
              二十五名重傷




 守備隊、被害   合計九十七名全員死亡
               生存者なし




















 この戦闘の六ヵ月後、戦争は終結。
 その結末は、言うまでもないだろう。








 戦争の一幕 了。





 光崎さんのメギドの丘でキリ番祝いに、リクエストさせていただきました!
 テーマは『少数VS圧倒的多数』です。
 撃ち合う人間と、黙して語らぬ島。緊張感あふれる防衛戦。
 光崎さん、ありがとうございました!