騙した人


と言っても、騙したつもりなんかないのか、あるのか・・・
このごろは社会のしくみに対して自分の身の振り方なんかも覚えたつもりだったのに、
ふとした手違いと気分のせいで銀行なんかに勤める事になってしまった。
就業する前から辞める事ばっかり考えて、あの手この手使ってはみるけど、
あいかわらず通ってる。

向かいに座っているこいつが「今度、デートしましょう」と言ってきた。
「はい。そうですね。」と答えて笑った。
この職場に就いた初めてのメリットだと思った。
会議から戻ってメールをチェックすると、サブジェクトに「デートのお誘い」。
「会議、長いですね。電話してもいいですか。返事を聞かずに帰りますが。」
「駄目です。電話番号、教えてませんから。」
そう返事を出したところで明らかに手後れなのに、でも、わくわくしながら出した。
番号は誰かが教えたのだろうか。勝手になんかの書類を開けてしまってるのか。
休日になっている次の日は自宅で内職をしていた。
納期に迫られてカリカリしながらやらなきゃならない事をこなす。
妹が電話を取り次ぐ。
「横山さん?」
怒られそうにおどおどしながら取り次いでいる。
「はいはい。」
(だいじょうぶだよ、知ってる人だから)
そういう意味を込めてやさしく笑いながら妹から電話を受ける。
「明日、デートしましょう」
まだ言ってる。かなり、悪い気はしない。
仕事に追われてなにか、ぱっと遊びたい気分もあったし、
「いいですよ。」
なんだかんだと30分も世間話をした。
うれしそうに、「明日はスペシャルコースを」とか言ってるので、
よっぽど女の子と縁がないか、あるかどっちかだな、と思った。
次の日、約束した時間には40分も遅れて駆けつけた。
実際、そのやらなきゃ行けない事ってのはホントにやばい線まで圧していたから。
遅れた事を謝ると、
「いやぁ、来てくれてうれしいですよ。後ろめたくてドタキャンしたりすることだってあるじゃないですか。」
そう言ってくれるので、こいつの性格について、はずしてないな、と感じた。
次の日から職場では不思議なくらい会話を交わさなかった。
こいつは、誰とも仲良くしていない。誰ともしゃべってない。
ゴールデンウィークに入る前日、帰り際のこいつからのメールが
「電話しますね。」
ホントに悪い気はしなかった。
この連休中にやってしまいたかった事も思ったより早く片付きそうになった頃、また合う約束をした。
いそいそと出かけていくとエステサロンに連れて行かれ、高い美容機具を買うように薦められた。
あぁ、これがうわさの、「買うというまで帰してくれないあれだな」とすぐにわかったのだけど、
だから、買うと言ってすぐに帰ってもいいな、とも思ったのに、延々、美容と健康についての講義がつづく。
40万。安い金額ではない。けども、しょうがないのだ。
このことは、私が銀行に勤めた時点から、逃れられない通り道の事件だったのだ。
だから、買うけども。
はんこを突いた後、もう、私達は楽しい時間を一緒に過ごすことはなくなるのだなぁと哀しくなった。
もう、30歳なのに、まだこんなことがあるなんて。
出会ってすぐにデートなんてことする奴にほいほいついてくこの性格をまだ持っている。
情けなくなっちゃだめだ。

けど。もし、私とこいつはホントは仲良しになれるヒト同士だったら・・

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