我が子を抱く友人に彼を思い浮かべる。 その赤ん坊を可愛いなどとは思えない。 犬や猫の子みたく手放しに可愛いだとは思わない。 こちらの意思などまったく通じない、 いままで続いてきたライフスタイルをいともたやすく全て変えてしまう、 やっかいで大きな塊。 いっしょに来た女の友人がその塊を受け取り、 やさしい笑顔をそれに向ける。 その塊はなにもわからず眠りつづけている。 欲しくなんかなかった。 私の腕にそれが流れてくると、私の唇はなにかお愛想を吐き出し、 私の目は大きく見開いて親である友人に向く。 その子の誕生の為に山の上に構えられた住居から出て、 細い坂道をくねくねと下った。 意外と遠かった。 退屈な長い電車の時間。 「やっとたどりつくよぉ」 とテレパシーを打ち出してみる。返事はない。 ずっとずっと歩いてきたのに。 やっとやっとたどり着くのに。 シャッターが少しだけあけられていた。 くぐると私が来たことをチャイムが彼に知らせる。 目が合うと照れくさい。 いつからこんなに潮らしくなってしまってるのだろうか。 集まってきている人々との雑談の中で、 違う彼との事を誤解している社長がからかった。 ずいぶん長いこと、その誤解を私も彼も、誤解されている彼もほうっておいた。 それぞれの思惑によって。 誰も悲しい気持ちにならないように・・・ それだけは共通した思惑だった。 私一人が、もしかしたら三人ともが、あるいはそのうちの二人が、 沸いてくる自分勝手なものをこぼし始めていた。 そうっと運んでいるはずの器からしぶきがはねてはこぼれる。 うまく運べないその不器用さにいらいらと涙ぐむ。 始めから彼とはそういう約束をしているのに、 お節介な社長が「送ってもらえ」と言う。 彼の背中から手を回し、お腹の前で組み合わせる。 少し遠慮している。 片手はバイクのどこかを掴んでいようと試みても、 ちょうどよい場所が見つからないから、少し、遠慮がちに彼に抱き着いている。 誤解されている方の彼との話の中で出たお店を探してもらうが、 見つからない。あきらめて食事に向かう。 その間は遠慮を残したままの態勢が慣れなくて余計なことは考えずに済んだ。 見た事のない町並みを進む。南も北も全てをゆだねて。 バイクが歩道を渡るので、着いたのだとわかった。 好きな人と夕食を採ると胃が痛む癖。 今日は痛くなるのだろうか。なるだろうな。 誤解されている彼とは何十回と夕食を採ったけど、 一度も痛んだことはない。壊したことも。 もし、社長にこれは誤解だと説明することがあったら、 だって、胃が痛くならないもの、と言っても通じないのだろうけど。 キスして欲しいなんて一度も思ったことがない、 なんてことどうやって証明したらよいのやら。 きっとその必要はないに違いない。 食事を一緒に採る前と後ではお互いの間の距離が違うのだろうか。 すんなりと抱きつける。態勢も落ち着いた。 あまりに気持ちいいので頭の中に余計な空間が出来た。 昼間見た、あの塊の事が思い出された。 友人のあの、塊にしては綺麗な形のものは、可愛くないし、欲しくはないけど、 私の塊が欲しかった。ずっとずっとずぅっと前からそれは欲しかった。 あんなに綺麗な形でなくていいから、欲しい。 道ではない方にバイクが進んだ。土手の上。 「どこ行くん?って思ってる?」 なんだかうれしくて、とまどった。 土手を下るのでは、と思って聞くと 「まさかぁ」と答えられた。 まさかね、と思った時に、もういちど、 「まさかぁ」と言いながらバイクが直角に曲がって下降した。 うれしくて、うれしくて。 彼が左を見ているのに気がついて、右ばかりを見ていた自分の首を左に向けた。 はっとする夜景があった。 ここに住んでいたとき、一度気づいたことがある。 この景色は見た事ないけれど、川と町の雰囲気の素敵な事。 また土手を上がると、すっかり気分がよくなっていた。 懐かしい町並みを進む。東も西も全てをゆだねて。 また、塊のことを思い出した。 少し、せつなくて背中から抱きしめてみた。 眠ったと勘違いした彼は私を落とさないように、 組んだ手を捕まえながらノークラッチでシフトダウンをする。