小さな鏡をいくつもいくつも張り合わせて壁を作っているものだから、 なにか、映っているのだけどよくわからない。 手前にピンクの花束が見えて、それを持ったマネキンが立っている。 こんなところにマネキンなんかあるわけないので、それは人間なんだろう。 電話の向こうははしゃいでいる。 僕はこれからまた始まる普通の日の最初の、いつもどおりのうつろな頭。 そのマネキンが消えないでいるのが不思議で電話を持ったまま確かめに行く。 今、目に入ったこれっていうのは、夢? その子は僕に微笑みかけた。自信にあふれた笑顔を投げてきた。 会いたかったさ。だからって、幻想を見るほど僕はいかれちゃいないはず。 夕べも、その前も僕はつらい。 つらいにまかせて、つらくなれないのがとにかくつらい。 いつのまにか、電話がきれたから、入り口にまたせてある出前の集金のお兄さんにお金を払った。 そのマネキンの前を無視して通って。お兄さんはお金を受け取るとさっさと出ていってしまったから、 もう、これ以上は引き伸ばせない。 まだ、その子がそこにいる。 「とにかく、すわったら?」 やっとそう、言ってあげられたのは、その子がそこに現れてから10分は経っただろう。 花束なんか持ってるから、よけいに幻想に見えるんだ。 「どうしたの?そのお花」 「中村にもらったの」 !また中村か。 頭の整理がつかなくて、キッチンに隠れておろおろしていた。 程なくして中村も来て、マネキンの面倒はとにかく、中村が見てくれる。 さっき、電話してた相手が入ってきた。僕は当たり前のように、こっちの方にあたる。 中村とマネキンが楽しそうに話している。 とてもじゃないけど、あっちには行けない。 その前に、あっちって幻想なのか?現実なのか? 僕がそれを幻想と思ってしまうのはあれだ。 後ろめたい。知ってるのか?聞いてるのか? また別客が来た。中村をそっちにあてる。 あ、しまった。マネキンをひとりにさせてしまったら...僕がいかなきゃいけないじゃないか。 心配をよそにマネキンは外に出る。 なにしてんだ。だいじょうぶなのか? 5分もすると戻ってきた。手に携帯電話を持っている。 なんだ。電話か。誰にだよ。従順そうな顔してこいつ、男友達多いんだよな。 おい、また行くのかよ。こんどはどこ? 中村が僕に耳打ちする。 「一時間ほどで戻るそうです」 ほんとに、どうかしてるぜ。こんなこと初めてじゃないか。 目の前の客をすっかり忘れてしまった。 一時間なんて経ってないのに戻ってきた。 「いなかった。」 中村に向かって言う。誰が?いなかった? そんなこんなで、だんだんとそのマネキンが現実のその子だと認めざるをえなくなったから、 僕は観念してその子の前に歩み寄る。 今夜に限ってその勝ち誇った笑みは止めてくれよ。 あぁ、前に会ったときはどうだったんだっけな。 そうだ、鉢合わせさせてしまったんだった。 もしかしたら、二度と会えないかもしれないとも思ったよな。 二日後に電話をくれたんだった。 そういえば、あの電話からもう機嫌が直っていたような気がする。 それもまだ、10日位前なだけなのに、ずいぶん前に終わってしまったもののようにも感じてる。 ところで、君、今日は何しにきたの? 突然すぎやしないか?そうだ。君はいつも突然だ。 こっちの思惑なんかおかまいなしだ。 僕は男だからね、これでいいさ。君の来たいときに来ればいい。 いつでも準備万端。受け入れるよ。 口に出して聞いたわけじゃないのに、その子は今日、来た理由を言った。 その理由に僕は感動した。すごい。思わず手を差し伸べる。握手をする。 いつもごめんな。ほっといて。 そんな、素直な言葉が頭の中に浮かんだ。 また、それも口に出して言ったわけじゃないのに 「まかして」 とその子が言った。