意識。

の、ない所で生きている。
もうちょっとまって。もうちょっとしたら、起きるから。あと、ちょっとだけ。
アフリカの草原でもアラスカの氷の上でも、
時間がなかなか流れない南国の島や、想像もつかない大昔からある建物の前。
そして、体の表面を全部しっかり包んでくれるアクア。

決めなきゃならないことに押しつぶされて、あぁ、小さな人間なのだと、
別に罪ではないのにうしろめたく思ってしまう。
じっとうずくまっていると、罪悪感ばかりが占領してしまう。
こうして、道に迷っている為に歩いているのでも救われるのだ。
歩いていれば、進んでいれば。

「罪悪感がいちばん、よくないんだよ」

それにしても・・・
GALEの真ん中には池がある。
だから、この池に背を向けて進めば外に出られるはず。
もてあますはずだった2時間が歩いているだけで費やしてしまった。
噴水のまわりの人・人・人。
ゆっくりと一周する。
探すより、電話しようと電話に手をかけたとき呼び出し音がした。
ちょうど、7時だから、その辺にあるたくさんの電話がいろんな音で鳴っている。
コントのようだ。
あ、これも鳴っている。電話機に目を落として着信のボタンを押す。
ほっとしながら「もしもし?」上げた視界のなかにまーの顔があった。
乗車券を買う為に緑の窓口に行くとけっこうな列ができていたので、
私達は車内で清算することにした。
発車までの一時間が軽い夕食やフィルムを買ったりするのにあっという間に過ぎた。
昼間、ダイビングフェアでもらったパンフレットを見ているうちに、
まーが酔いだして眠りたがった。
眠ってしまったまーの隣で私もいつのまにか眠っていた。
串本は終点ではないのだから、気を付けて眠らなきゃいけなかったのに、
起こされてぼぅっとしている頭でまーの後から着いていく。
なんで、起きれたんだ?この子は。
ショップの人が迎えに来てくれていた。
ふつーのお母さんなのでこの人が私達のお迎えだとは思えなかった。
民宿は海岸に面してる国道沿いにあって、よく考えるとオーシャンビューなのだ。
電話が「着信あり」になっていた。
見覚えのない番号だったけどおそるおそるそれにかけてみた。
松ちゃんだった。
昼間、アラビヤに行こうと思っていたのに、道に迷って行けなくて、
でも、松ちゃんには行くとは言って置いてなかったので驚いて
「なんで、電話くれるん!?」
って第一口目に口走ってしまったから、きっと松ちゃんも驚いたと思う。
で、行こうと思っていた日に電話くれたから驚いたと説明した。
東京に居るとばっかり思っていた松ちゃんも驚いて、
何処にいるのか聞くので、まーと串本でダイビングだと言うとうらやましそうだった。
「まーもそばにいるんですか?」
と言われたので、隣のまーの部屋に行って電話を渡した。
そのまま海に出た。
港になっているそこの、高く造られたコンクリの上から下の海水をのぞくと小さな魚がわかった。
もうすぐこの中に入れるのかと思うとわくわくした。
港から続いている磯の方に出て、足元が不安定なひとつの岩の上でまーが
「ここに立ってみて」
というので、言われた通りにそこに立つ。
海水の中に海草がゆらゆらしているのが見えて、
さっきと同じわくわくがさらに強く大きくなった。
海水に濡れないように気を付けながら岩から岩へ飛び移って、
もう、これ以上海には近づけない所まで出た。
西寄りの空に月が出ていて、その月の光が海面に一本の道を作っていた。
水平線の続きの山並みから私達の足元まで道が繋がっていた。
途中、カーブしている部分があって、まーは
「あそこだけ潮の流れで水面が盛り上がったりしてるのかなぁ」
と分析していた。
なるほど、そうしてみると、3本のカレントらしきものがわかる。
ビールを取ってこようと言う事になって、まーがひとりで取りに行こうとして、
3っつほど岩を渡ったあたりで振り向くと
「だいじょうぶやんなぁ。いなくなったりせぇへんよなぁ」
となんだか妙に「そんなわけないけどありえるような」心配をした。
結局、その心配を拭い切れずに私も一緒に取りにいくことになった。
子供じゃないんだから、ただじっと座っているだけなんだから・・・
けどもし、海の神様みたいなのが出てきて何か言われたら着いてっちゃったりすることもあるだろうなぁ

こんなこと本気で考えてるって事は人前では言ってはいけないんだって。なんで?
まーだってそーいうことを考えたから置いていけなかったんでしょが。
ビールがちょうどなくなる頃に月は山並みに隠れはじめた。
全部見えなくなるのを見届けて立ち上がった。
明日は水平線に沈む月が見れたらいいと思った。

目覚し時計がなかったので、明るくなったら目が覚めるように、窓のブラインドは閉めないで眠った。
実際、5:30から目が覚めてしまって、天井を見つめたまましばらくじっとしていた。
明るくなりはじめたので、教科書を読んだりしていたけど、窓から海が見えるのでそわそわしてしまう。
しょうがないので、港の堤防の先まで出た。
堤防の周りの沈めてあるテトラに魚が集まるのを見ていると、飽きない。
7:30になってまーを電話で起こした。お腹が空いている。
民宿の朝ご飯のシステムを聞いていなかったので、とりあえず、コンビニで調達することにした。
けど、歩いても歩いてもコンビニがなくて、いいかげん、引き返さないと迎えが来てしまう。
民宿に戻ると、民宿のおばさんが「朝ご飯も食べずに・・」と心配していた。
もう迎えが来てしまうのだけど、
「いいから、待たしておいて食べちゃいなさい」
と言ってくれて、ホントに心底ありがたく思った。
食べ物がからむと怨みもするし、感謝もする。かなり、おおげさに。
待たせてある車に乗り込んで「お待たせしました」と挨拶して。
ショップで申し込みカードみたいなものをかかされた。
ダイビング暦の欄に、他の人は50とか100とか書いてある。
私は指を折りながら考えて、そうだ、体験のも足さなきゃ、と「5」と書いた。
プールを足せば6なんだけど。
着替えて船まで行きながら、
「だいじょぶか?もう忘れもんは許されへんよ。」
と忘れ物にまつわる体験談を交えながらまーが脅してきた。
機材をセッティングするのもなんだかおたおたしていたと思う。
おたおたしているので、ガイドさんも初心者と認識してくれて、
それからずっと、このガイドさんは私に付きっ切りのはめになる。
島廻り@串本。
バックスクロールはプールで一回だけ練習した事がある。
あの時もたいして恐くはなかったし、今日も大丈夫だと思っていた。
心配なのは忘れ物。
すでに、もうだいぶ出遅れているはず。
まーはとっくに海底に着いて私を待っている。
「いい?いい?」と何度もガイドさんに確認して、
ガイドさん、船頭さん、別のパーティのガイドさん達に見守られながら後ろに倒れて飛び込んだ。
頭を水面に出すと、ガイドさんが
「あっちあっち。頑張って泳いで」
と叫んでいた。
再び頭を水中に入れると後頭部のあたりに水という物体に包まれている感じがとてもよかった。
まだ、水中で自分のからだを自由にあやつることはできないのだけど、
気体の中にふらふらといるよりもなんだか安定してる気がする。
アンカーロープを伝いながら潜降する。
付きっ切りで居てくれるガイドさんは手を使って耳抜きをしない私を心配した。
生意気な事に耳抜きだけは自動でできるのだ。
海底に着くとまーが「寒い」というジェスチャァをして、馴れた泳ぎ方を見せた。
講習の時より余裕がないかも...。
あの時は余計なもの、いっぱいみてたなぁ。
ガイドさんが胸のボタンを押すように、海底をはいつくばる私に示す。
浮力が足りないのはわかっているが、胸のボタンは押しても押しても一瞬は膨らんでなんの足しにもならない。
とにかく、このガイドさんはひたすら泳ぐ。
狭いマスクから覗ける視界はガイドさんのタンクに巻き付けてあるピンクのゴムで占領されている。
ずっとずっと泳ぎ続けている。ずっとずっとピンクのゴムの後を着いていく。
胸のボタンに気を取られながら。
何色のどんな形の魚だったか今となっては全然思い出せない。
富戸の魚より串本の魚の方がおおきいのだな、とだけ感じていた。
まーが私を突っついて指差す。
岩の窪んだところにみのかさごがいた。
その先でガイドさんが海草だらけの魚を見せた。(オウモンイザリウオ)
また泳ぎ出す。胸のボタンを上手く使えない事にもうあきらめて、BCを膨らませた。
これで少しは楽になった。
視界にロープが見えた。
ふえっ?なんだって?やっと中性浮力がわかりかけて、これから何か見ようってとこなのに。
ガイドさんが私にロープをつかむように促して浮上のサインを見せた。
見せてそのまま視界から消えてしまった。まーもいない。
ロープには別のパーティがまるでホヤのように成っていた。
ロープを伝っていけば水面に出てしまう。
出るとまた気体のなかで重い体のバランスを取り続けるなんてめんどくさい。
まーを探してきょろきょろする私に、ロープに成っているパーティのガイドさんが
「いっしょにあがろう」
と書いたボードを見せた。
安全停止の為にじっとしている間にどんどん不安になってきた。まーは?
すぐ涙がでてくる。
船に上がってもまーを見つけられなかった。
身の程知らずなのだけど、私がまーを見捨ててあがってきたような気になっていた。
マスクをはずして、タンクも降ろして、お茶をもらうと、不思議な事にまーがいた。
「どーやってあがってきたの?」って聞くと
「すまん、見捨てて上がってもうた」
と言う。あ、そっか。まったくおかしい。私の思考回路は。
まーがものすごい震え方だ。震えてお茶をつかめないでいる。やばそう。
私の上着を羽織ってもまだ震えている。

とりあえず、ドライを脱いで干した。胸から腰にかけてびしょびしょになっていた。
胸のボタンから浸水したらしい。
午後からはBCだけで浮力をとろう。
暖かいひだまりの中でお弁当を食べる。
こないだ私を刺した蜂に似ている虫が飛んできて恐かった。
私がとろとろしててまーが海底で待つのはさらに寒いので、
私が先に入ってからまーが入った方がいいとか相談した。
ちょっと根拠もあって
「午後からは私、見違えるよ」
と言っておいた。
「またそんなこと言ってる」
と半信半疑というより、全然信じてないから楽しみだ。
だって、浮力調整にドライを使わなきゃいいんだよ。それだけ。
錆浦(サンビラ)@串本。
船がエンジンを止めるより先にタンクに体を装備した。
まーより先に入るのだ!と張り切っていた。
ロープを伝って潜降を始める時にガイドさんはまーに一緒にいるように指示していた。
まーも耳抜きをしない私に驚いていた。してるけど。
海底に着くと今度は浮力調整を慣れたBCでするのでさっきとは全然違った。
まーにカメラを持たせていたので私を撮ってもらったり、
カメラをもらってまーを撮ったりもできた。
私がカメラを持っているときに小さなエイがいて、それも撮った。(トビエイ)
視界は5割がまーで1割がガイドさんで4割くらいで景色も見えた。
馴れたもんだわ。調子に乗ってる。
ガイドさんが示す砂地はよくみるとエイのような形をしていた。(カスザメ)
シャッターを押すのだけど、指に感触もなければフラッシュも焚かれないので、
何回か押した後、まーに取り上げられた。
ガイドさんがしつこくエイをつっついて、エイはどこかに飛んでいってしまった。
アクアに抱かれて気持ちよく水中を泳ぎ回る。自分が魚になることに夢中になった。
角の長い熱帯魚や平べったいエビなんかをときどきまーが見せてくれた。(ツノハタタテダイ、ゾウリエビ)
水族館でよく見たきれいなナメクジを撮っている。(カグヤヒメウミウシ)
まーはマクロ系なのだな。
また視界にロープが見えて、
「あ〜ん。もうちょっとぉ!」
っていうジェスチャァがあるのなら使いたかった。

片づけも済んで和みの時間の始まりに
「見違えた?」
と聞くと
「うん。見違えた。」
と言ってもらえてものすごくうれしかった。
もう、かなり調子に乗ってる。
ショップに置いてあるレモン湯が気に入って昼からもう何杯飲んでるだろう。
ログ付けの間だけでも3,4杯おかわりしてた。
どこそこで見た魚はなんという魚で・・・
まーはよく覚えてるよな。学校の試験勉強もさぞかし楽だったろうに。
ガイドさんがしきりに私のフィンを買い換えるように薦める。
そんなに無様な泳ぎ方なのか・・・
「ヒトが魚の真似をする」のはヘタかもしれない。
まだ始めたばかりだし。
いつのまにかログ付けが終わっていて、同じパーティの女の子の二人組と夕食の約束をしていた。
その約束までに3時間程あって、民宿に戻ると急にいろんな事を思い出した。
5,6年前、居たことがあった。この町に。
町営の温泉があって、近くのショッピングセンターでカルピスの詰め合わせを買って、
浜辺の海の家で買ったおでんに入っていた生まれて初めての牛筋とか。
もう一度、見てみるなら今度はどんな気持ちを持つだろう。
隣の部屋のまーに温泉に行くことを伝えて、民宿の自転車を借りて、うろ覚えの道をとりあえず行った。
犬を散歩させているおばさんに
「温泉はこっちですか?」
と聞くと
「だいぶあるけどね。」
と言われた。自転車のサドルが低くて、タイヤのエアは半分で。
そう言えば、あの時もそんな自転車で細い路地を抜けたら小さなビーチがあって。
そこにいた私とここにいる私は繋がっているのだろうか。
だんだん町が開けて来た。タイムワープしたような自分の目を覚ますつもりでもう一度、
そばのガソリンスタンドに温泉の方向を尋ねた。
温泉にはちょうど、蛇口の数だけの人が入っていた。
3,4歳の子供を連れているということは、私と同じくらいの歳か。
ぬるいと記憶していたけど、今日の温度はちょうどよかった。
私には・・・
どこを振り返っても。
温泉はほんの少しだけ山を登ったところにあるので、帰りは下り坂を降りる。
「なぜ、私がここにいないのか」は、「なぜ、私がここにいるのか」と同じ問いで、
つまり、「明日私がどこにいるのか」の答えも同じ。
じゃぁ、信じたらよかったのだろうか。
あぁ、そうか、と今からそうすればいいのだろうか。
できもしない。
これ以上、思い出しているとどうかなりそうな時に電話が鳴った。
お昼寝から目を覚ましたまーが「あそこ、登ろう」と言う。
朝、見かけた小山で待ち合わせする。子供のように。
まーより先に着いた。
なんだかあやしげな獣道を上がると、今度は打って変わってのふつーの公園が頂上にあった。
中学生らしき男の子の二人組が居て、あの人の見たことのないその時代を想像させた。
まーが来てから、すり鉢のようになっている壁をかけ登って、そこから見える夕日を写した。
山を降りて夕食の約束の時間が来るまで磯で過ごした。
一年半前にもまーと行った白浜とおんなじ形の磯だと思った。
貝殻をたくさん拾いながら、部屋の壁に簾を貼って潜った記念毎に貝殻をモチーフしていくことを思い付いた。
手のひらに持てるだけ拾って部屋に戻って山分けしてると夕食のお迎えが来た。

東京や大阪にもありそうで、こうした小さな町にしかないような居酒屋に案内された。
別客のなかに昼間のガイドさんやらも居るあたりがそういう味を出していた。
一日よく遊んで、ごくっごくっと飲むビールがまたいい。すぐに気持ちよくなった。
お刺し身や焼き魚をさんざ食べながら、きっと私は会話に参加していない。
覚えていないもの。
ときおり、頭のなかが海草でいっぱいになったり、大きなきらきら光る魚が横切ったりした。
それによく似たはまちの刺し身を食べながら。
民宿まで送ってもらったのに、さっきの居酒屋の近所にあるコンビニまで歩いて戻った。
ジュースのようなカクテルとベビースターラーメンを買った。
今夜は水平線に沈む月狙い。
朝と同じ堤防の先で宴会が再開された。
まだまだお月様はずいぶんと高いところにあって、眠くなる前に目的が果たせるかは難しい問題だった。
寝転んで空を見るといくつも流れ星が落ちていやだった。
伊豆にドライブに行った帰りに東京に近づくにつれ北斗七星だけが残っていった話をすると、
それのどれが北極星なのか、とまーが言い出して、北極星はその中にはない、あるで討論になった。
あるか、ないかだけのことだから討論って言い方も変だけど。
「高野さんに電話して」とまーが言って、時計を見ると11:30だからかけてみた。
かけたかったのでちょうどよかった。
北極星の場所がはっきりしてもしばらく世間話をしていると、まーも誰かと電話してて、
じゃぁ遠慮なしに、とこちらも話が長くなって、それでもまだお月様は高いところにいた。
電話を終えるとまーは寒がって、ついに水平線に沈む月はあきらめることになった。
部屋に戻ってひとりになってもしばらく月を見ていたけど、きりがないような気がして眠った。

この日もまた早くから目が覚めて、他のことはなにもせずに、磯に出た。
夜とは違って足元がよく見えるからどんどん海に近づいて行ってしまう。
ガラパゴスならイグアナが。
小さな貝達が朝ご飯を頂いている。
貝は貝でひとつの所に集合して、ヤドカリはヤドカリでまた別の所に集合して。
太平洋のど真ん中で群れる魚達でもなんで、自分達は仲間だとわかるんだろう。
頭悪そうなことを書き連ねるけども、
10匹の郡と同じ魚で別の10匹の郡が偶然すれ違うようなことがあったら、
次の瞬間からは20匹の郡になるんだろうか。
またそれぞれの方向に変わらず10匹づつで進んで行くんだろうか。
そのなかの3匹ぐらいがトレードされたりとか、一匹だけが亡命したりすることもあるんだろうか。
ヒトは群れを成す動物なのか。
渋谷のハチ公前の交差点や大阪駅の噴水に集まるヒト達を、
別の星の生き物が観察するようなことがあっても、きっと群れているとは思わないだろうな。
異常繁殖でしかないと見えるだろうな。
多分、一匹づつのオスとメスで構成される単位で生きて行く動物なのだと思うけど、
ツルのように相手は一生にひとりだけという種類の動物なのか、
それとも年に一度の発情期だけの事で毎年違う相手という動物なのか。
見た目、前者だけども、じゃぁ、ツルでも「あ。間違った」と言って離婚することはあるのだろうか。
とどのつまり、私はなぜひとりなのだろう。
存在が一番当たり前の海を見て感傷にふけっちゃだめだよな。
まーを起こす時間だ。
まーは「あそこにいこーやぁ!」と言うのだけども、どこだかわからない。
300mくらい離れたところで何処かを指さしているのだけどわからない。
しょうがないので電話を切ってまーの方へ歩き出す。
まーもこちらへ向かってきていて、結局まーの言う「あそこ」がわからないまま、また磯へ引き返した。
さっきまで見ていたヤドカリ達をまーにも見せようと思ったのに、
嘘のようにさっきの光景がなくなってしまった。
朝ご飯を食べに民宿に引き返して、パンと目玉焼きを頂く。
50前後の小父様ふたりがいた。まーと大阪までの帰る方法やらの世間話をしていた。
小父様はやたらとまーを「送って行く」としきりに誘っていた。
「あ。ありがとうございます。」ってまーがお言葉に甘んじたらおもしろいよなぁ。SFみたいだ。と思った。
そんなこと、あるわけないじゃないか。
食べ終わってからお迎えの時間まで6分あったのでまた磯に出た。
足元ばかり見ながらどんどん奥にすい込まれて行く。
はた、と気がついて頭を上げると随分遠くまで来てしまっていて、まーが迎えにきたのが見えた。
「えらい遠くまで来よったなぁ。戻るで」
って、私はなんだか中学の時の先生を思い出してしまった。
それから小学生のときの、土手で遊んでたこと、川崎に引っ越してから公園で遊んでたことなんかも思い出した。
最近になって土手でスケートボードしたりしたことも思い出して、あまりにも遊んでばかりなのが笑えた。
前日の2本目で準備を早め早めにやって、そこから出た余裕でダイビングが上手にできた気がして、
「今日も」って張り切っていた。
船が出る直前に、水面に煙草が浮かんでいるのが見えて、
ウェットだったら飛び込んで取りに行くのに・・と思った。
半分冗談で「まって。」と言ってドライを急いで着た。
ホントに取りに行っちゃったら人格疑われるよな。っちゅうかすでにだいぶ疑わしいからいいか。
着終わらないうちに船が出発してしまったけど、ドライはとにかく早めに来ておかなければいけないので、
ひきつづきドライと格闘していた。
今回のポイントの説明を聞くと楽しみで楽しみでしょうがなくなった。
結局、そこは流れが激しくて別のポイントに行くと言われた。
すでにタンクに体をセットしてしまっていて、手持ちぶさただったので、
「そだ。ドライの使い方をやってみよう」と思い付いて、腕のボタンをいじるシュミレーションをしてみた。
手が届かない。
海底に着くまではオートにしておかないと空気が抜けなくてなかなか潜降できないことになるので、
海底に着いたらまーにロックまでまわしてもらうことにした。
一本目でドライをうまく使えなかったのは、オートにしてあったので、
入れても入れてもそりゃ、抜けちゃうよな、
と言うことに気がついたから、今回はロックにして使ってみるのだという考え。
ポイントに着いてさて、エントリーと言うときに、なぜか私は息がはずんでいた。
気負いすぎて興奮でもしていたのか...
深呼吸して落ち着こうとしていたら、ガイドさんが
「早く」
と言うので、
「息切れがするからちょっとまって。」
と言うと
「またない。」
と言われ、しょうがないなぁ。と後ろに倒れ込んだ。
妙に気に入ってるのだ。バックスクロールでのエントリー。
こればっかり繰り返しやってろ、と言われたら、
けらけら笑いながら、倒れこんでばしゃっと入っちゃぁまたはしごを這い上がって・・とやっていそうだ。
今回はなんだか、視界が悪い。
アンカーロープなんて、何処にあるんだろう。
早くまーを確認したくて全速力で泳いだ。おさまっていなかった息切れがどんどん激しくなって行く。
前方に人影を見つけるとさらにスピード上げて泳いだ。
ロープに着くとすぐにガイドさんもまーも潜降を始めたので私もそれに続く。
ところが、こんなに荒い息遣いだとレギュからの空気だけじゃ苦しくてしょうがない。
一度、潜降を止めてまた水面に帰ってレギュをはずした。
レギュをはずしてもしょうがないことがわかって、すぐにまた咥えた。
BCの空気を抜いたままやっていたので水面でもがくことにさらに息切れが激しくなる。
水中でもここでもレギュを咥えているなら同じだともう一度潜降してみたけど、
濁っててなにも見えない海が私をこれ以上飲み込んでくれない気がした。また水面に出る。
ロープをつかんだまま途方に暮れた。潜降できない。どうしよう。
ガイドさんが上がってきて潜降を促す。
「やだ!」って強く思った。
とりあえず、BCに空気を入れよう、とやっと冷静になれて、
まーも水面に上がってきたので、
(申し訳ないがちと呼吸が落ち着くのを待っていただこう)
と思った。
バディがまーでよかったと思いつつ、5月に予定しているセブは止めようと思った。
それにしてもなかなかおさまらない呼吸でガイドさんはいらいらしてる様子。
おなじパーティのふたりの女の子が下で待っているし、わかるけど。
まーがそっと手を取ってくれた。はれ?こんなにあっさりと安心するのか?
それからすぐに潜降を始めることができた。
もう、ドライの使い方がどう、とかいう状態ではないのだ。
まーを見失うとまたおろおろするので、ずっと手をつかんだままいた。
ちょっとショックでかい。
両側に岩の壁がある、グランドキャニオンの谷のような所を泳いだ。
まーが蛸壺のようなものを見つけて興味を持ったようだ。
中になにかいそうで私も覗きたいのだけど、動けない。
私がダイビングにあこがれたのはバイクのツーリングで行ったしょう乳洞で、
海の中にもこんなところがある、という話を聞いてからだ。
あこがれの洞窟。
数をこなさなきゃな。5,6回潜って調子に乗ってちゃだめだ。
何も見れないうちにまたロープが。
まーとガイドさんがもめている。ずっともめとけ。少しでも長く水中で暮らしたい。
ロープを伝ってゆっくり上がる途中で5,6匹の小さな魚が居た。
水面に出るとまた不安が込み上げてきた。先を泳ぐまーの手をまたつかんで水面移動をする。
ときどき水面から頭を出して船の場所を確認する。
はしごを登り終えて、タンクをおろして、まーを見て、
「セブ行くのやめた。」と言うと、笑われた。

これで、串本ダイブは終了。お弁当を食べながらまーは
「相手に頼ってはいけない。」
とか信用するな、とか言っていた。

(どーして、必要としてくれないの)
聞こえないフリをしているのか、答えられないのかも伝えられなかった。
信じてないよ。誰も。だから、大丈夫。

信用するという言葉の、本当は、頼り切るという意味の部分を、
30年も生きていたらわかってるつもり。
相手に負担をかけずに並んで歩く気持ちよさはかっこつけなのか、ホントなのか。
やっぱり、30年、生きていてもわかってない。
だから。ヒトは群れを成す動物なの?
ガイドさんが来てログ付けをしてくれる。
「セブは無理だ。100本潜ったってまだまだひよっこだ。」
ガイドさんのお説教は長かった。
どえらい迷惑をかけていたらしい。
東京や大阪に帰る為の荷造りをして、支払いも済ませて、時間があまったのでまた磯で遊ぶ。
水中にカメラを浸して、それを覗き込む自分の顔を撮った。
まーにもやらせた。
イカの乾いた骨を見て、鯨の耳垢だと思って、そう言えば私は鯨に取りつかれてないか?と思った。
アクリという映画のように、イルカではないが、
鯨の王子様が迎えに来てくれたらもう陸に帰ってこなくてもいいのかも。
初日の夜に、まーが
「人間が水中でも陸上でも生きて行けるならどっちに住む?」
と聞いてきて、
陸上でお仕事するけども、週末は海に帰る、と答えたら、そーではなくて、というので、
水中でえさを捜しながら生きて行く方。と答えた。
答えながら、そんなことがあるのなら、と思うとわくわくした。
そして、その空想の中では、私はひとりで泳いでいて、寂しいと言う感情など知りもしないのだ。
群れを成さない動物。
2本目のダイブを終えた船が帰ってきて私に手を振っていた。
ショップに戻って「おかいり。」と迎えると、「もう一本潜れましたね」と言われて。
まぁ。また来るさ。もう、何年も、海とは仲良くなったり険悪になったりを繰り返してきてる。
ヒトのなかでもこんな、腐れ縁を感じる奴にはまだ出会ってないんだよ。
****spl snk >mar...*********