こんなショックは今までうけたことなかった!ほんと怒りに震えました。ポルポトが数万人もの人間を拷問、虐殺したというツール・スレーン収容所です。
ガランとした部屋にベットが置いてあってベットにくさりがつけられてありました。同じ部屋のそのベッドに収容所が解放された時に放置されていた死体の写真が大きなパネルで展示してあります。骨と皮しかなくって、まっすぐの状態で死んでいる写真は一つもなかったように思います。床には血痕らしきものも残っていました。おねーさんがひとりついていろいろ説明してくれるんだけど、8割ぐらいしか頭に入ってこない。この時点では“よくも人をこんな風に殺せるもんだな・・・”ぐらいの感想だったんですが次の部屋に入った瞬間、怒り浸透!プルプル体が震えはじめました。壁一面が顔写真。悪趣味なポルポトは人を処刑する直前に一人一人の顔写真を撮ったらしく、その写真がはってありました。しかも特製いすに座らせて撮影しているのでみんな真正面を向いています。みんながわたしを見つめているんです。とても一人一人の顔を見る時間はありませんでしたが、老若男女さまざまな人がさまざまな表情でこっちを見ています。明らかに拷問され傷だらけの顔や、涙を流している人、全く無表情の人・・・おねーさんの説明によるとたとえ自分の肉親が処刑される時でも泣くことは許されず、もし泣いたなら一族全員がその場で処刑されたそうです。ほんと災難としか言いようがないのですが、外国人もいました。ベトナム人の兵士もいました。(おねーさんはなぜか?外国人被害者の中にベトナム人をカウントしていませんでした。両国の間には溝があるようです)この写真の部屋は一部屋だけでなく三部屋あったと思います。(この時点で姫はポロポロ泣き出してしまいました。わたしは涙がすべて怒りに変りプルプル体を震わせていました)あとはこの収容所から奇跡的に生還できた数名が描いた当時の所内のようすの絵や、頭蓋骨で作られたカンボジアの地図、みんなにはめられていた足かせなどが展示されていました。信じられない展示の数々でした。
“あんなにすばらしいアンコールワットを作れる人間は、こんなむごいことも出来るんだ”と複雑な思いでした。(写真を数枚撮りましたが姫は“えっ?!ここの写真撮るの?”と、思ったらしいです。でもわたしは“美しいものばかりを写真に残すのはどうかな?美しいものだけじゃなく、美しくないものもきちんと受け止めなきゃ”と、思い撮影しました。だからあえてここにも載せることにしました。下の方に載せますので、見たくない人またナイーブ過ぎる人は見ないで下さい)
帰国してま間もなくポルポト発見!のニュースが飛び込んできました。ブラウン管に映し出されたポルポトはただのじーさんでした。でもわたしはまた怒りがフツフツと沸いてきて“こいつだったら「殺してもいい」と言われたら殺してしまうかも・・・”などと恐ろしいことを考えていました。
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床には血痕、マットもないベッドにはへこみが 壁中虐殺された人々の写真 ![]()
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足かせと箱だけが残る独房 頭蓋骨で作られたカンボジアの地図
4/15ポル・ポト死去!のニュースが飛び込んできました。
早速を姫と祝杯をあげました。
ポル・ポトが古タイヤやソファーと一緒に焼かれる姿を見ながら
「コロッと死なれたのはちょっと腹立つけど、この焼かれ方はまぁまぁでしょう・・・
昭和天皇が死んだ時の葬儀・・・いろんな国の人がいろんな思いで見たやろねー
腹立って仕方ない人いっぱいおったろうな〜」と、思いました。