この話が聞きたかった! 元サイゴン軍兵士との出会い

 

旅ってこれだからやめられません。一番会いたかった人と会え話が出来ました。QUYのお父さんです。お父さんは元サイゴン軍の兵士で、アメリカ軍と共にエンジニアとして情報関係の仕事をしていました。わたしから根掘り葉掘り聞いたわけではありませんが彼の方からいろんな話をしてくれました。
サイゴン軍ですから当然戦争に負けた方です。この共産体制の下どんな仕打ちが彼らに待っていたのか?まず、子供達全員が大学に行く権利を奪われてしまいました。彼はとても聡明で落ち着きのある男性で、娘1人と息子3人がいますが彼の血を引いてればみんな聡明なはずです。彼は「結婚する前自分の子供達はみんな大学に行かせ、最高の教育を受けさせるつもりだった。」と言ってました。それからサイゴンを追放され政府が決めた特別な場所のみの居住しか許されず。そこに移り一生懸命働いて家を建てた頃サイゴンに戻ってもよいと許可が下りたそうです。せっかく建てた家を離れるのはどんなにつらかったか分かりません、サイゴンに戻ればまた一からの生活が始まるのです。しかし彼らはサイゴンに戻ることに決め戻ってきました。わたしが「でも、アメリカに行くチャンスがあってたのでは?」と尋ねると「もちろんあったが一人分のチケットしか用意してくれなかった。家族をおいてはいけなかった。」と彼は言っていました。(そりゃそうだ)彼は会話にdecidedを多用しました。それだけ選択を迫られる生活をしていたのでしょうね。
初めての共産圏へ入国したのに全く実感がなかったわたしでしたが、彼と話をしてやっと実感が沸きました。淡々と何気なく話をしてくれたお父さんでしたがつらい時期も沢山あっただろうな・・・ほんとおつかれさまでした。学歴のなさにプラスして家族に南軍の関係者がいると就職がかなりむずかしいらしいです。ベトナムの履歴書は日本のそれと比べてもかなりこと細かに書く必要があるそうなので、自分のでどころはすぐばれてしまいます。ちなみにこの家はお父さんが観光者向けバスドライバー、息子は2人がホンダドライバー、あと一人の息子は溶接工でした。娘はすでに嫁に行き、お母さんは専業主婦のようでした。