2009年6月1日

春闘KOBE

No.4


   春闘KOBE
  国民春闘神戸地区共闘会議

  雇用止め
    仲間はここだ
      負けるな闘う09春闘

 

 

フツーに働きたい!

 

 

  第14回被災地メーデー

 

 

矛盾鋭く、小劇や川柳に

 

 

   「倒れるなら会社で倒れて労災に」

 

 

大都会 社会の歪みで 村ができ   

 
 

 

 

 5月1日、晴天のもと兵庫区湊川公園で第14回被災地メーデーが開かれ、1000人が参加し1日を楽しんだ。
 12時、全港湾の宇野克巳さん、ユニオンの奥田優佳さんによって開会が宣言された。2人とも司会は初めてだが、奥田さんは3月にワーカーズユニオンに加入したばかり。3月末で派遣切りにあい、直接雇用を求めて坂井化学工業と交渉していますと自己紹介。
 玉川侑香さんが、鈴木豊彦さんのピアノ伴奏で、震災後の仮設住宅の詩『安っさん』と子ども時代の思い出をうたった『竹とんぼ』を朗読した。
 その後、参加者一同で阪神大震災、イタリアの地震、昨年の都賀川水難事故など災害、事故でなくなられた方々に黙とうを捧げた。

 

 

 

 

 実行委員長の青木地区労議長は、日比谷公園、年越し派遣村の仲間は「生きさせろ」と叫んだ。湊川公園に集まった私たちは「フツーに働きたい」と言っている。私たちはこの社会の流れの中で、大切なことを思い出した。労働組合にとって、その原点のようなものに気付かせてくれた。第14回被災地メーデー、いろんな仲間たちが、いろんな形で訴えをします。最後までみなさんで盛り上げていただきたいとあいさつ。
 朝鮮学校のオモニ会、許京美(ホキョンミ)さんは、朝鮮学校では、体系的な民族教育がされていますが、経済的事情、マスコミの反共和国、反朝鮮人宣伝が強まり、子どもたちが被害を受けないように日本学校に転校するケースも増えています。みなさん、在日朝鮮人、共和国、朝鮮学校のことをもっと知ってください。そして私たちの活動にご理解とご協力をお願いいたしますとあいさつ。

 

 

 小劇『フツーに働きたい』   神戸ユニオン劇団
 今、貧困で困っている人や過労死で亡くなる人が急増している。人びとを困らせようとがんばってきたビンボー神、シニー神も困惑するほどです。このままでは自分たちが過労死すると、みんなにユニオンを紹介してやったとさ。
 旭化成パックス労組の岡本征紀さんが元気にアピールを提案した。

 

 

 

 

 第二部 熱唱&熱笑in湊川
 司会は、全港湾の赤穂利仁さんユニオンの石上敬三さんです。
 岡本光彰さんは、キューバの革命歌『グアンタナメラ』、谷川俊太郎さんの詩を歌にした『なんでもおまんこ』、震災で生まれた『人間の国へ』を熱唱。
 加納浩美さんは、幼稚園児たちが大好きな曲、『believe』、震災をきっかけ作った『ラブ・パラシュート』、遠く離れたところから地球を見たらどんふうに見えるかと作った『あの白い雲から』を歌った。
 2年連続登場の若手漫才、恋愛小説家は、僕らの名前覚えて帰ってくださいね。変態小説家でも連帯保証人でもないですよと爆笑をとった。
 旭堂南陵さんは、講談『フツーに働きたい 社会保険版』を語り、会場にいた社会保険の仲間を元気付けた。潮目は変わってきている。貧富の差を広げていった小泉からの流れをここで食い止めようと訴えた。
 グルーポ・マルテス新長田。マルテスはスペイン語で火曜日。新長田のケーナ教室の先生と生徒のグループ。フォルクローレの曲と『崖の上のポニョ』などを演奏した。

 

 

 

 

 はるまきちまき。お盆と正月には釜ヶ崎で歌っているとか。派遣切りが問題だが、釜ヶ崎の人たちを見ていると、人が都合よく使われ、切られていくのは前からずっとあったことだと実感すると。高度経済成長を支えてきた人たちが、人間の尊厳を失わされている。その有り様を今一度検証したいと思う。第二次世界大戦下、兵士たちが敵も味方もなく故郷を思い出して涙したという『リリー・マルレーン』とオリジナルの『われらのあいのうた』の2曲を歌った。
 池田たかし。こまのパフォーマンス、大道芸。真っ赤な衣装の池田さんが登場するとどこからともなく子どもたちも駆けつけ、熱心に見入っていた。こまの刃渡りやこまを空高く放り投げてひもで受け取るなど、会場から驚きとともにおおきな拍手が沸き起こった。 

 

 

 最後は、にぎやかにちんどん通信社のみなさんで第二部を締めた。
 メーデー川柳入選は、全港湾・赤穂利仁さんの「大都会 社会の歪みで 村ができ」に決まった。
 はりまユニオンの丸山浩典さんが、三菱重工へ正社員化を求めて闘っている、非正規に力を貸してくださいと訴えると会場から力強い拍手と、がんばれとの声がかけられた。
 その後、参加者でTOMORROWの替え歌2009メーデーバージョンを合唱した。

 

 

 

 

 第3部お楽しみ大抽選会
 特賞の有馬瑞宝園が当選した吉田テイさん(模擬店応援)は、うれしいような怖いようなと笑顔で答えた。
 最後は参加者一同で協力して会場を片付け、メーデーの一日を終えた。

 

 


 

 

■普段のビラ配りとは違い、商店街のお客さんたちは、笛の音に引きつけられるようだったので、メーデーのビラはあっという間になくなってしまいました。「今年もやるんやね」とチラシを見ていう人もいたので、被災地メーデーは地元に根付いているんですね。ところで被災地メーデーはいつまでするんですか?名前変えるのですか?(H)

 
 

■訳もわからず、じゃんけんをして負けてしまい、ちんどん通信社の方々と一緒に商店街を練り歩くことになりました。ビラを配りながら歩くのは思いの外楽しくて、ちんどん通信社さんをみて、道行く人が笑顔になるにつられて、気がつけば私も笑顔になっていました。ビラを配りながら、私の方がたくさんの元気をもらいました。みんなが元気の街って素敵ですね。(N)

 
 
 
 

 第14回被災地メーデー・アピール

 2009年の年明け、東京・霞ヶ関のまん中にある日比谷公園に出現した“年越し派遣村”。雇用の調整弁として企業から切り捨てられ、住む場所も失った505人の労働者と、1,692人のボランティアが集まり、4,400万円を超えるカンパと支援物資が寄せられました。いま労働の現場では、「雇用の底」が抜けていること、労働者たちがまさに「生きていけない」という現実に直面していることが、誰の目にも明らかになったのです。
 小泉純一郎さん! あなたは2001年5月7日、首相としての所信表明演説で、明治初期の長岡藩の「米百俵」の話を持ち出し、「今の痛みに耐えて、明日をよくしよう」と、国民に構造改革に向かう心構えを説きました。そして、その方針は確実に実行されました。
 大企業は「いざなぎ越え」という好景気に湧き、大金持ちは金融投機に血道をあげ、笑いが止まらないほどの大もうけができました。しかし、私たちには何がもたらされたでしょう。 

@

この10年で、勤労世帯の生活水準は平均して1割ほど下がりました。非正規労働者は600万人以上増え、全雇用者の3分の1を超えました。年収200万円以下の労働者が1,000万人に達しています。

A

失業者の80%近くが、雇用保険給付を受けられません。健康保険の無資格世帯は35万を上回り、病気になっても医療を受けられない子どもたちまで生まれています。生活保護水準以下であるのに生活保護を受けていない世帯が8割を超えるといいます。

B

2008年の自殺者は32,249人。ついに11年連続で3万人を超え、世界でもトップランクの“自殺大国”の地位を保っています。10年間で、この兵庫区、長田区、そして中央区の全人口にあたる人々が、 自ら命を絶つ国です。

 小泉さん! あなたにとって、この「痛み」は予想できなかったことですか? それとも想定内のことだったのですか?
 私たちは今年、湊川公園の被災地メーデーに集まり、「フツーに働きたい!」「フツーに生きさせろ!」と声をあげています。
 国際労働機関ILOが、「8時間労働制」を定めた第1号条約を採択したのは1919年のことでした。「1日のうち8時間は働くために、8時間は睡眠のために、そして残りの8時間は人間らしく生きるために。」――労働者たちの願いが国際労働条約になりました。
 それからすでに90年が過ぎ、その間に社会の富は100倍にもなりました。「フツーに働きたい!」――私たちは無理を言っていますか!

 私たちは生きています。そして生きる権利があります。これを支えるのが社会と政治の仕事のはずです。さあ、仕事をしてもらいましょう!
 胸 を張って! 堂々と! 声をあげよう!
 「フツーに働きたい!」「フツーに生きさせろ!」

 

 2009年5月1日

  神戸市兵庫区湊川公園 第14回被災地メーデー 

 


 

第三期地区労COM。

 

 

第3回 元吉原製油労組 書記長 綱本 勝さん 

 

 

   組合つぶしに抗して

 

 

仲間をつくり、大切に

 

 

 5月13日、第3回地区労COM。が開かれ、4組合20人が参加した。
 元吉原製油労働組合書記長綱元勝さんが問題提起した。昭和41年、入社した時は大規模なストライキ中だった。労働組合が力をつけ始めていたころだった。その後会社の組合分裂工作により第二組合が結成された。ある朝、同期の仲間が「スマン」といって管理職と同じ列にならんでいた。会社側組合へ加入していた。
 分裂工作に対抗して毎日集まり議論した。無期限ストは賃金カットも多額になり傷が深い。効率的なストを考え、ボイラー室の指名ストを打った。会社側に先回りされ、組合員と管理職がもめた。それがでっち上げの暴力事件に発展、不当処分だと闘った。

 

 

 再雇用で新組合結成

 

 

 製油会社のスクラップ&ビルドの時期、新工場へ組合員を行かせない方針に多くの仲間が辞めていった。残った仲間で闘い続けた。5大メーカーから日清、Jオイルの2大メーカーへと業界再編の流れの中で、組合員が全員定年を迎え、吉原製油労組は昨年解散した。再雇用で残った組合員と、同じく少数組合として残っていたホーネン労組の仲間でホーネン(吉原)労組を結成した。再雇用者の組合を労組と認めていない会社と交渉をはじめたところだ。

 

 

 労働運動に自信を持て

 

 

 労働力を売っているのだという自信を持て。3人の仲間をつくれ。未組織、派遣、パートの仲間に労働組合を知らせろ。グチ、不満だけで終わっていてはダメだ。再雇用者も労働組合へ入れる仕組みを作れ。組合員が入ってきやすい組合事務所を作れ。労働運動はまず能動運動であれと参加者へメッセージを送った。
 その後、参加者は2班に分かれて交流した。
 組合つぶし、分裂工作に対抗して闘った話が印象的だった。企業というのはこういうことをするのだと実感した。地道に続けてきたことが伝わった。仲間と共に頑張るという基本が大切だと感じた。他の職場で知らないことが多く、交流の必要性を感じたなどの感想がだされた。

 青木議長が、今や非正規が4割を超え、経営者は組合つぶしすらする必要がないという状態が作られていることを肝に銘じていなければならないと感じた。綱元さんは、労働組合に出会って本当に良かったと言った。私たちは、組合員が自分たちの組合をどう評価しているのか聞かなければならないと思うとまとめた。

 


 

 

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