2002年3月3日
オフシーズンコラム「フランチャイズプレーヤーの移籍とフリーエージェントに思う」

 いささか手垢の付いた話題ですが、今回のドラフト直前に決まったニューイングランドのQBドリュー・ブレッドソーのバッファローへの移籍にがあまりに衝撃的だったのでこの状況を整理してみようと思います。

 このフリーエージェントはNFLではほぼ10年ほど前から行われるようになりました。その考え方はNFLプレーヤーというのは選手ではあるが、フットボールという職業を選択した一般社会人である。社会人であれば自分の就職する会社を選択する権利があるだろう、ということで起こった考え方です。確か一番最初のフリーエージェント選手はフィラデルフィアのDEレジー・ホワイト(グリーンベイへ移籍後スーパーを制覇する)だったと思います。

 確かにアメリカのスポーツ選手は「あくまで一般人である」という姿勢を貫く人が多く、もっと言えば社会がそういう考え方なわけです。ゲームよりも奥さんの出産を優先した人もいました。息子の病気のために(治療に当たる都市のため)チームを選んだ人もいました。よりよい条件で雇ってくれるところならと、チームをいくつも移籍する人もいました。日本ではともかく、アメリカ社会では普通のことでしょう。

 しかしその一方で、オーナーやリーグ、そして複雑な心境のファンの主張はこうです。まずアメフトのチームというのは実際はオーナーの所有物ですが、気持ち的には「オラが街のもの」なのです。だからこそクリーヴランド・ブラウンズがボルチモアに移籍した時の裁判で、ブラウンズの名称はクリーヴランドのものだからボルチモアに持っていくことは出来ないと判決されたのです。

 同様に選手もそうです(だったはずです)。能力の衰えた選手が、もしくはシステムにマッチしない選手は昔から移籍されましたし、そういう選手(ジャーニーマンという)をかき集めてチームを作るオークランドのようなチームもありました。しかしこのフリーエージェント制度が出来るまでチームのスター選手は同時に街のスター選手で一度入ったチームを移籍することはなかったのです(能力が衰えるまでは)。

 例えばジョー・ネーマスはNFL最初のスター選手(全国区の)といっていいでしょう。そのネーマスはもちろんNYジェッツの選手でしたが、引退前の最後の1年はロサンゼルス・ラムズに移籍してそのキャリアーを終えています。しかしだれもがジョー・ネーマスはNYジェッツの選手と記憶しているでしょう。例えていえばそのほとんどの勝利数を国鉄スワローズで挙げたにもかかわらず引退時に読売ジャイアンツの選手だった事によりジャイアンツ面している金田正一投手とは正反対です(例が古くてすみません)。

 ピッツバーグファンの皆さんのテリー・ブラッドショーがダラスファンの皆さんのロジャー・ストーバックが、シカゴファンの皆さんのウォルター・ペイトンが、もしよそのチームへ移籍していたらどうでしょう?

 現代では移籍は当たり前のもので、上記のような移籍に対する「引っかかり(わだかまり?)」はナンセンスなのかも知れません。デンバーのジョン・エルウェイはドラフト時インディアナポリスにドラフトされました。エルウェイは「あんな弱いチームイヤだよーん、行かないもんね!」といってごねにごねてデンバーにトレードに出してもらいました。まるで江川卓です。

 しかしもしエルウェーが選手生活の途中でよそのチームに移籍したらデンバーのファンはどう思うでしょう。

 私自身はマイアミのファンで、ダン・マリーノのファンでした。彼はキャリアの全てをマイアミで全うしました。まだ能力が残されていたにもかかわらずです。別にそれを誉めるつもりも自慢するつもりもありませんが、このフリーエージェント全盛時にどうして彼がその選択をしたのか?私には非常に興味があります。実際彼はミネソタのデニス・グリーンHCから誘いを受けていたそうです。

 そして想像するのです。もしマリーノが他のチームのユニフォームを着ていたらどうだろう?非常に複雑です。私はマリーノのプレースタイルが好きでファンになったので、彼がどこに行っても好きだと言えます。しかし、と同時にそのためにマイアミに愛着があるのです。彼がライバルであるバッファローに移籍したら、もしかするともうマリーノを応援できないかも知れません。

 サンフランシスコの英雄ジョー・モンタナはマリーノとは反対に移籍の道を選びました。モンタナの引退式はキャリアの最後の3年を過ごしたカンザスシティではなくサンフランシスコで盛大に行われました。NBAではマイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズを離れワシントン・ウィザーズの選手として復帰しました。彼が初めて敵チームのユニフォームを着てシカゴに戻った時5分間ものスタンディング・オベーションで迎えられたそうです。

 もしかすると私の持っている小さな引っかかりは見当違いなのかも知れません。

 ニューイングランドのファンはこれからもブレッドソーを暖かく向かえるのでしょうか?ブレイディに押し出されたことに同情して。もしブレッドソーがバッファローでスーパーを獲得しても祝福するのでしょうか?その時は可愛さ余って憎さ百倍、徹底的にブーイングなのでしょうか?

 私はNFLの選手が一般人だという考え方に100%賛成は出来ません。プロスポーツ選手はある程度「公人」であると思うのです。そのために法外な収入を得ているのです。イギリスでは貴族階級には「義務」というのがあります。社会に対する貢献です。イスラム教では富める者は必ず貧しい者に「喜捨(きしゃくと読み、施し、寄付のこと)」しなくてはいけません。

 もちろんNFL選手の多くは積極的にヴォランティア活動を行い、寄付も多額しています。しかし自分の評価、収入のためにチームを移っては欲しくないのです。そのために一つのチームを全うするというのも社会貢献だと思うのです。つまり移る権利があってもそれを放棄して欲しいのです。

 もちろんニューイングランドの人が、ファンの人が「いや、あんな奴要らないから」というのならそれは仕方のないことかも知れません。しかしこれからも出て来るであろうスーパースターが、フランチャイズプレーヤーがコロコロとチームを変わる状況はファンとして何とかしてもらいたいという我が儘な願いは多くの人が持っているものだと思います。

 最後に一つだけ、選手の移籍もそうですが、オーナーがチームの都市(フランチャイズ)を移動するのも同様の理由でやめてもらいたいと思います。


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