パスポートの非ヘボン式ローマ字氏名表記のすすめ

概要

日本人が旅券(パスポート)を申請する際には、名前をラテン文字(アルファベット)で書き下す必要があります。英語圏の発音を前提とする限り、日本語の発音をラテン文字で正確に再現することはもとより不可能ですが、外務省はヘボン式ローマ字を用いることを推奨してきました。ここでは、ヘボン式ローマ字を採用した場合に起こりうる問題と、この問題を緩和する方法としての非ヘボン式ローマ字氏名を用いた旅券申請について、日本語と英語の両方を母国語とし、欧州の非英語国に済む筆者の経験をもとに説明します。

ご意見ご感想などございましたら、nonHepburnPassportNameに@gmail.comを追加したメールアドレスにご連絡ください。特にご指定のない場合、許可なく本サイトに内容を掲載させていただく場合がございますことをご了承ください。

はじめに

明日香さんが旅券を申請する場合、ラテン文字による表記はどのようにすれば良いでしょうか。まず名について考えると、

  1. ASUKA(ヘボン式ローマ字)
  2. ASKA
  3. ASUCA
  4. ASCA
などが、(英語圏を基準にすれば)どれも日本語に逆変換した場合に「あすか」となるので候補となるでしょう。この中で、ヘボン式ローマ字の記法にのっとっているのは1.ASUKAだけで、他は非ヘボン式に分類されます。

外務省は次の理由でヘボン式ローマ字の記法を推奨してきました。

外務省では、パスポートが外国において自国民である旅券名義人の身分を明らかにし、当該名義人の通行への便宜並びに事故等に遭遇した場合の保護及び援助を各国政府に要請する文書であることを踏まえ、その氏名の表音が国際的に最も広く通用する英語を母国語とする人々が発音するときに最も日本語の発音に近い表記であるべきとの観点から、従来よりヘボン式を採用しています。(外務省HPより抜粋)

この議論には疑問の余地があります。たとえば明日香さんの場合を例に、「その氏名の表音が国際的に最も広く通用する英語を母国語とする人々が発音するときに最も日本語の発音に近い表記であるべき」という点を考えてみましょう。ヘボン式ローマ字の"ASUKA"を英語圏の人が発音した場合、Uにアクセントが置かれてASÚKAとなります。これに対し、非ヘボン式ローマ字の"ASKA"の場合には、語頭のAにアクセントが置かれてÁSKAとなり、日本語の発音により近くなります。また、ASUKAとASUCA、ASKAとASCAの発音は同じです。ヘボン式が、必ずしも日本語の発音に最も近い唯一の表記であるとは限らないのです。

たとえば、次のような理由で非ヘボン式の氏名を希望する場合があるでしょう。

  1. 非ヘボン式のほうが、外国語で発音した場合に日本語の発音に近い(あすか: Asuka v.s. Aska)
  2. 親族が外国人である等の事情で、そもそも外国風の名前である(ジョン:Jon(ヘボン式)v.s. John(非ヘボン式))
  3. 非ヘボン式の方が発音が好みである(ありさ: Arisa(ヘボン式)v.s. Alisa(非ヘボン式))
  4. 英語圏とはラテン文字の用法や発音が異なる地域で生活している(やすお:Yasuo(ヘボン式)v.s. Jasuo (非ヘボン式) )

たとえば2の場合について、私の知人のDavidさんは、David -> デイヴィッド -> Deivuiddoと、ヘボン式ローマ字による変換の結果原型をとどめない名前になっています。これは、英語圏の人間から見ると滑稽なことで、しかもわかりにくく、もともとヘボン式を採用した理念にもそぐわない結果を招いているといえるでしょう。

非ヘボン式ローマ字氏名によるパスポートの申請

それでは、非ヘボン式ローマ字氏名で旅券を申請するにはどうすればよいのでしょうか。役所の窓口は、場所によってずいぶん対応が異なるようです。私の家族だけでも、国内のある市では所定の用紙に数カ所署名するだけで一週間で旅券ができた例と、外国の大使館では非常に渋られた例があります。役人のあまりに高圧的な態度に、泣き寝入りせざるを得なかった方もいらっしゃいます。外国で長く生活する場合、旅券の名前はその人にずっとついて回るものです。幸福を願ってつけたはずの、ご本人やお子さんの名前を改変されるのはたいへん残念なことで、不当です。

本来、少なくとも2010年の時点において、役所には非ローマ字氏名の申請を拒む合理的な根拠がありません。この点を正確に突けば、かならず非ローマ字氏名の旅券が認められるはずです。自信を持って強く主張しましょう。ここではその流れを説明します。

実は、外務省は最近になって次のように柔軟な姿勢を示しています。

近年、氏名、特に名について、国字の音訓及び慣用にとらわれない読み方の名や外来語又は外国風の名を子に付ける例が多くなる等、旅券申請において表記の例外を希望する申請者が増えていることから、その氏名での生活実態がある場合には、非ヘボン式ローマ字表記であっても、その使用を認めることとしました(外務省HPより抜粋)

特に重要な点は、非ヘボン式氏名の許可における判断基準は、「その氏名での生活実態」の有無であるということです。残念ながら、このことを明確に説明せず、非合理的な議論でヘボン式ローマ字氏名の使用を促す役所があります。

「その氏名での生活実態」があることを示すために、「申出書」を提出することができます。A4用紙1枚程度が標準的なようです。非ヘボン表記等申出書がとは別に、窓口でA4の白紙とボールペンを渡されて表題と署名以外は自由に書くように指示されました。重要なことであり、大使館内ではインターネットはおろか携帯電話も使用できませんので、十分な情報収集のうえ内容をよく吟味して申出書を書き、申請時に持参しましょう。ポイントは、「その氏名での生活実態」があることを、それを裏付ける根拠とともに示すことです。証拠となる資料の提出も有効です。たとえば次のような要素が考えられるでしょう。

  1. 外国においてその氏名が使用されている公的文書(住民票・出生届など)
  2. 外国語を母国語とする親族の存在(父母、祖父母など)
  3. 特定の言語を使用する外国での生活実績および将来計画
  4. その氏名が使用されている学術論文や書籍などの著作物

単に「好きだから」という理由は、充分に考えられますし個人的には正当だと思いますが、そのことは書かないほうが賢明かもしれません。あくまで外務省方針などを盾に隙のない議論をすべきだと思います。

また、「申出書」には旅券面の表記を今後変更しない旨を明記する必要があります。

ご参考までに、PDF形式で徐倫さん幽助さんの例をあげておきます。(日付の下に、署名が必要です。)

おわりに

「自分の娘の名前のアルファベット表記を日本大使館の職員が認めないんだ」と欧州の友人に話すと、みなそろって奇妙そうな顔をします。国際化の時代に、ラテン文字を国字とする文化圏の人間からみれば悪い冗談のようなヘボン式ローマ字に固執するのは時代遅れで、国家の恥だと認識すべきです。この点、本家の外務省が常識的かつ現実的な方針転換をしていることは評価できます。役所や大使館の窓口職員への周知が徹底することを願います。

注意

もちろん、ヘボン式ローマ字表記で非常に素晴らしい名前も多々あります。ここでは、「合理的な理由があるならば選択の権利があるべきだし、実際あるのだから行使を妨げてはならない」と主張していることをご理解ください。