横笛赤尾三千子の世界「万葉の調べ」「薄墨−義経の笛」
 奈良、桜井市から車を飛ばし、静岡、清水の鉄舟寺で開催されていた「薄墨の笛を聞く会」に通ってくださった瀬川氏。「ぜひ吉野で薄墨の笛の音を聞きたい」と、言って下さっていました。三十年以上続いた薄墨の会が、世話役の方々のご高齢により、間遠になり残念に思っていました。そこで瀬川さんに、奈良での演奏を打診したところ、すぐに賛同してくださり、演奏の可能性を探って下さいました。談山神社での奉納演奏の話が出て、大化の改新、中大兄皇子、藤原鎌足、天智天皇、天武天皇、大津皇子と、次々に私の心を捉えて離さない人々が、生き生きと浮かび上がり、笛の内なる声を聞くことのできた様々な場面が思い出されました。
 私が笛を始めるきっかけとなった「三輪山伝説」。
 テレビの番組で、夕陽の石舞台を背景に笛を吹いたこと。
 大津皇子の哀しい最期、折口信夫の「死者の書」をテーマに、「蓮曼荼羅」という作品を作り、護国寺のお坊様方と一緒に、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国で公演、暖かい拍手を受けたこと。
 NHK特集「冬高野山」で、篝火に照らし出される愛染明王の前で笛を吹いたこと。
 地元の人が守る円空仏に出会い、天河神社で献笛。振り返ると、後ろでそっと聞いてくださっていた方達がいらしたこと。
 初めての談山神社へは、吉野山を抜けて辿り着いたのでした。右に天河、左に高野山、その深い山道を通り抜け、鹿の親子が道を渡り、吉野桜、鳥の鳴く声、やはり修験の地、義経主従の逃避行の場所です。談山神社、権殿は美しい祈りの場で、ぜひここで演奏したいと思いました。
 この地へ辿り着いたのには、もう一つの出会いがあります。 笛演奏の道を開いて下さった、作曲家石井眞木氏の師である伊福部昭氏は、ゴジラの音楽でも有名ですが、代々因幡の宇倍神社の神官だったそうで、昨年その宇倍神社で、伊福部昭作曲の「因幡万葉の歌」を主題に、奉納演奏をさせて頂きました。能管と太鼓による儀式に続いての演奏は、身が引き締まる思いでしたし、何より、伊福部家の墓にお参りし、お嬢さんの伊福部玲さんの見守る中での演奏に、古代からの一陣の風が吹き抜けたのを実感しました。談山神社で、さらに天平の風をうけ、東京の能楽堂では、未来へ向けてこの風を伝えたいのです。
 共演者は、大阪の木場大輔さん、奈良、桜井の伊藤麻衣子さんです。若いお二人のエネルギーを力に、古代から続く笛の音をお聞き頂きたいと思います。
 奈良には正倉院という宝庫があります。シルクロードと呼ばれた道が、国を越え、様々な交流で賑やかに栄えていた時代の記憶。各地の美しいものの記憶こそが、平和共存への道しるべです。笛の音には、その記憶があります。琴の音にも、胡弓の弓さばきにも。悲劇の武将義経の記憶とともに、今を生きる笛、琴、胡弓の綾なす調べが、平和への祈りを織り上げることを願い、心を籠めて奏でたいと思います。
 皆様のご来場を、お待ち申し上げております。

赤尾三千子
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