食べると楽しくなるお店
徳川家康の生誕の地である岡崎城本丸東側にある八丁味噌料理の店「いちかわ」を訪ねました。市川さんは、昭和初期の祖父の代から岡崎公園でお店を営業しています。岡崎公園を訪れる人に、地元の文化と歴史に触れてほしいと様々なこだわりをもってお店を営んでいます。
昭和2年岡崎公園復興の一環として岡崎市から「お店を始めて貰えないだろうか」と当時銀行員だった店主の祖父は「徳川家康生誕の地である岡崎公園復興の一助になれば」と現在の大手門前で岡崎公園を訪れる人たちのために、お店を開きました。しかし、行政の 公園整備計画の都合で度々店舗の移転を余儀なくされました。
実直な祖父は、行政の言われるままに従い戦後当時荒れ地だった現在の場所に店を構えることになりました。
現在「いちかわ」が建つ場所は「隠居廊」と呼ばれており、江戸時代岡崎城の勤めを退いた三河武士の隠居場でした。
『私たちの今があるのも由緒ある場所に落ち着かせて貰ったおかげだね』と店主のお母さんはよく口するそうです。
祖父と祖母が他界し現在の三代目市川亨さんが本格的にお店に取り組むようになったのは24年前です。東京で仕事をしていた市川さんでしたが、商売を継ぐために戻ってきました。彼のそれまでの仕事は、飲食店とは全く関わりもないものでした。出張が多く、ケニア.タンザニア.フィリピン.スリランカ.中国.などの当時の発展途上国で貧しい人々の生活を目の当たりにしました。
しかし、その人達から学んだ事は、「どんな過酷な環境の中でも人は美味しい物を食べ、空腹を満たす事で笑顔になれる」という事です。
店を継ぐ時(より正直に、より美味しく、より気軽に、そして心地よく)と自分に誓いをたてました。この決意は、今も変化はありません。
毎日の仕事の中で 家族連れの方の「お味噌おいしいねぇ」の一言、無言で来店された人が「旨かったぞ」と笑顔で帰って行く姿、お孫さんが「おじいちやん!ここ!ここだよ」と言いながらお店にやって来る時など、人間ののあたたかさを感じれば、毎日の疲れは吹き飛んでしまいます。
ここのお店は15年程前から禁煙となっています。今でこそ珍しい事ではありませんが「ここは煙草も吸えん店か?なら、他へ行くわ!」と言葉を吐き、店を後にされる方もいらしたそうです。それでも「子供達が安心して居られるお店にしたい、本当はお酒も止めたいのですが・・・」と店主は言います。
通常はお昼のみの営業ですが、桜の名所で知られる岡崎公園で、4月の桜まつりシーズンは夜営業をしています。
岡崎公園近隣の繁華街も、空き地やシャッターが降りたままの店舗が目立ち、大型ショッピングセンターに押され、更に長引く不況で数多くの仕入れ業者が転職していきました。しかし「味を落とさずより良い物を値打ちに提供し続ける」そんな思いに力を貸してくれる仕入れ先の若い人達との新たな出会いもありまだまだ負けていられません。
市川さんは、「『いちかわ』の味噌料理を食べると幸せな気持ちに満ちあふれる様なお店にしたい。そして、岡崎の八丁味噌料理を徳川家康生誕の地で伝承して行きたい」と夢を語ってくれました。
安保破棄宣伝
愛商連が参加する安保破棄実行委員会は、毎月第2、4水曜日に金山南口で宣伝行動を行っています。政府は、海賊対策を口実にしたソマリア沖への自衛隊の海外派兵や米軍沖縄基地のグアム移転の費用を負担し、派兵恒久法の制定など、憲法九条の解釈改憲を進めています。改憲手続法が強行可決され、憲法を改悪しようとする動きが強まる中、「憲法九条を守り、平和な日本をつくろう」と訴えています。
4月26日投票でたたかわれた名古屋市長選挙は
4月26日投票でたたかわれた名古屋市長選挙は、即日開票され、太田会長は、四大プロジェクト(名古屋城本丸御殿の復元、東山再生プラン、モノづくり文化拠点、陽子線がん治療施設)を凍結・中止・見直しすれば、国保料の一万円の値下げや中小業者への仕事おこし哉雇用の確保、保育園の増設ができると訴えてました。経済危機に苦しむ中小業者をはじめ多くの市民にこの政策が共感を呼び、他候補まで「本丸御殿は今の時期だから考えなくてはいけない。」「福祉を充実させたい」などと言わざるを得ない状況に追い込みました。
引き続き、中小業者の営業とくらしを守るために運動を強めましょう。
3月15日に開かれた県民集会では、太田会長は若者と自転車で登場し、「労働者も中小業者も大変な状況です。名古屋を変えれば、愛知・日本も変わる」と訴え、参加者の熱い声援を受けました。
告示日の出発式、20代女性からのメールに「子供が生まれたが、夫の所得だけで大変なので、夫の実家に帰らなくては暮らしていけない。養育費を考えると二人目は諦めるしかない。でも名古屋に住み続けたい。安心して子供を産み育てられる名古屋にしてほしい」とあったことを紹介し、太田会長は「こんな名古屋ではいかん。子供から高齢者まで、安心してくらせる名古屋をつくろう」と声を詰まらせながら訴えました。
今回の市長選挙は、マスコミ、市民団体による討論会が多く開かれました。福祉の問題でも、大型公共事業を見直す事でも太田会長が論戦をリードしました。太田会長の道理ある主張で、他候補も「福祉を充実させて・・・」「市民の意見を聞いて・・」と言わざるを得ない状況に追い込みました。テレビ討論での太田候補の訴えは多くの共感を呼びました。
太田会長候補は、名古屋のいたるところで中小業者政策や福祉・教育の政策を訴えました。市民に願いにそった政策を訴えると多くの人が立ち止まって聞きました。また、訴えるだけでなく、お年寄りや中小業者などに、「くらしどう?商売どう?」と語りかけました。
名古屋市長選挙
4月26日投票で行われた名古屋市長選挙では、愛商連も加盟する名古屋・革新市政の会が擁立した太田よしろう候補(愛商連会長)が、「大企業の身勝手な派遣切りや下請けへの発注止めの横暴を許さず、大企業にモノが言える名古屋市政に変えよう」と、市民に訴え続けました。
太田候補の政策は、多くの市民に共感され、他候補も「中学校卒業までの医療費無料化」や「敬老パスの存続」に言及せざるを得ないところまで追い込みました。また、松原前市政がすすめた公立保育園民営化や本丸御殿復元工事の凍結・中止の訴えも大きく広がりました。中小業者には、「100億円の仕事おこしやまちづくり計画、大型店の出店反対」の政策が大きな共感を呼びました。太田候補は当選にはいたりませんでしたが、市民・中小業者の目線から訴えた政策の論戦は、選挙戦で常にリードしていました。
太田候補は、「これからも中小業者の要求実現のために運動をひろげ、民商・愛商連を大きくしていくために奮闘します。ご支持・ご支援ありがとうございました。」と語っていました。
高すぎる国保税の実態が明らかに
国保税、「滞納」「遅れがち」が全体の25%!
尾北民商婦人部では、今年の2〜3月に、「国保アンケート」をとりくみました。アンケートには219名が回答してくれて、中小業者の経営と生活の困難が浮き彫りになりました。
アンケートの結果で特徴的なことは、所得が200万円以下の世帯が36.1%を占め、3世帯に1世帯が低所得者と言うことです。逆に、所得600万円以上の世帯は、わずか9.1%という実態でした。
また、国民健康保険税を「滞納」もしくは、「遅れがち」と回答した人が、4人に1人の25.2%に及びます。売上減や低単価の中で高すぎる国保税の負担が重いことが明らかになりました。とりわけ、所得200万〜400万円の世帯に、「滞納」と「遅れがち」の人が多いことがわかりました。
国保税の減免制度については、「申請したい」が37名で16.9%、「減免制度の内容について知りたい」という人が、56名で25.6%、あわせて42.5%となり、国保の減免制度への関心の高さを示した結果となりました。
国民健康保険制度は、保険料が前年の所得金額によって決まるため、急激な所得の減少の場合などに、減免制度が設けられています。
減免制度は、各自治体によって違い、それぞれに要綱で決めています。江南市では、運動によって生活保護基準の1.3倍まで減免の対象を広げてきました。
減免制度の適用を受けるには、自治体への申請が必要です。長引く単価の切り下げに続き、経済危機の影響で、製造業を中心に、売上げの減少が顕著になっています。国保料(税)の減免制度を積極的に活用して負担を少しでも軽減することが必要になっています。
4.1業者婦人決起集会
民商婦人部・愛婦協は、4月1日に名古屋市公会堂で「女性の底力で増税ストップ!変えたい、世直したい!なごやのまちを〜4・1業者婦人決起集会」を230人の参加で開催しました。
主催者を代表して、加藤愛婦協部長が「婦人部の小集会では、売上が減った、生活がたいへんという話がされる。集まって話し合い、要求を解決する運動を一層発展させましょう。そして、太田会長を市長にして、名古屋を、愛知を、日本を変えましょう」と挨拶しました。愛知母親大会連絡部長の平田さんが連帯の挨拶をしました。日本共産党の衆議院比例候補の八田さんが激励のあいさつにみえました。
その後、各民商婦人部が3分間パフォーマンスをおこないました。中村民商ガールズの替え歌に始まり、尾北民商婦人部の56条の闘いの報告、豊橋民商婦人部の就学援助の改善の取り組み報告や歌あり、寸劇ありの1時間余は瞬く間にすすみました。続いて、太田市長候補は、実現したい政策を語りました。その政策は、「地域経済の活性化が地元業者に仕事を発注することで仕事おこしになり、消費者として飲食店の売上げにつながり、税金として名古屋市に戻ってきて、それをまた政策の充実に使える。」と住民本位の経済政策を分かりやすく話しました。
春日副部長が「この集会には、瀬戸旭民商会長はじめ、多くの会長さんの協力と後押しで成功させることができました。」とお礼を述べ、閉会のあいさつをして終わりました。
尾北民商で自治体交渉
江南、犬山、岩倉、扶桑、大口の各市町では、尾北民商のねばり強い運動によって、商工業振興資金融資制度について、すべての自治体で、保証料の助成と利子の補助が行なわれてきました。しかし、昨年10月31日から始まった「緊急融資制度」によって、大口町を除く地域で対象外となっております。尾北民商は「要望書」を出しています。
大口町では、いち早く「緊急融資制度」(町が5号認定したもの)についても保証料助成と利子補給が行なわれています。保証料は、融資金額が3500円以下なら、全額補助されます。利子補給は、融資金額が2000万円以下で、3年以上の融資が該当し、当初12ヶ月分の利子が補助となります。
この地域でも、製造業を中心に、深刻な事態が進行しており、「緊急融資制度」を活用する自営業者も増えています。一刻も早く、すべての自治体が「緊急融資制度」についても助成の対象とするよう要望しています。
消費税シール投票〜増税賛成23人、増税反対447人
消費税増税反対!3・31ロングラン宣伝
消費税が実施されてから20年になります。愛商連も加入している「消費税をやめさせる愛知連絡会」と「愛知県消費者団体連絡会」が共同で、消費税増税反対!3・31ロングラン宣伝(五時間の宣伝)を名古屋市中区の三越前で3月31日に行いました。太田よしろうさんも参加し、「消費税増税をやめさせよう」と訴えました。消費税のシール投票では、「増税賛成」二十三人、「増税反対」447人と県民の声は圧倒的に「増税反対」です。国会請願署名は、最高の516人分が集まりました。今回の宣伝行動には16団体80人が参加しました。
尾北民商は、消費税施行から20年たった4月1日、他団体に呼びかけ、江南、犬山、岩倉の3カ所で消費税増税反対の宣伝行動を行いました。この行動には33名が参加し、66筆の署名が集まりました。
犬山市では消費税をなくす犬山市民連絡会(仮称)」が犬山駅前での署名行動と自転車パレードを行い、尾北民商犬山支部から五名、全体で16名が参加しました。自転車パレードは、自転車に「消費税をなくそう」のノボリ旗をつけて商店街などを宣伝しました。通行人から手を振っての激励もあり、大変元気に宣伝しました。
参加者から「市民からの反応もよく、参加して良かった。」「多くの人が署名に協力してくれて、署名用紙が無くなった」などと感想を話していました。
豊橋駅前では、3月28日に消費税増税反対の宣伝行動が行われ、民商をはじめ、労働者や婦人、年金者などの20の組織、55名が参加しました。2時間の宣伝行動で、テッシュ3500個、風船500個を配りながら、319筆の署名が集まりました。
着ぐるみの「とら」と「にわとり」も参加、風船を配ると子供に大人気で、一緒に記念撮影をする場面もありました。老若男女を問わずさまざまな人が署名に協力してくれ、消費税増税反対の世論の高まりを感じました。
豊橋では、毎月第2土曜日に宣伝行動が行われています。
就学援助の拡充求め交渉
愛婦協は、4月14日に他団体と共同で、名古屋市教育委員会へ就学援助の拡充を求めて、要望書を提出し交渉を行いました。名古屋市は、05年に国庫補助打ち切りから毎年予算を削減し、所得基準を下げています。
所得基準について、担当者は「政令市の中で高かったものを、他都市並みに下げた。」と発言し商売・くらしが厳しい市民の状況とかけはなれた回答です。参加者からは「とにかく制度を知らせて活用する事が大事」と話していました。
豊橋民商は3月25日、就学援助の拡充を求めて豊橋市と交渉を行いました。民商から10名が参加、他団体からも参加しました。
「所得基準額は、養育義務のある保護者のみで判定を」など10項目の要望書を提出しそれについての回答を求めました。
「申請書はなるべく簡素化できるように努力したい。」と回答しました。
また、「特別な場合には、前年所得ではなく現況所得で判断してください」という要望に対しては「直接児童と接している学校の意見も参考に研究したい」など前向きな回答を引き出しました。
豊橋民商は、毎年市と交渉を重ね多くの成果を勝ち取っています。
愛青協 交流会
愛青協は、4月4日(土)に鶴舞公園での花見を予定していましたが、あいにくの雨となったため、愛商連事務所で交流会を行いました。20名が参加しました。山根議長は、「こんな経済状況になって、僕のところも仕事が激減していて、従業員もいて大変ですが、少しでも仕事をとるために営業活動もして、公的融資や雇用調整助成金などを活用してなんかと乗り越えようとしています。暗い話が多い中、厳しいときこそ横のつながりのありがたさがわかりました。あいにくの雨となってしまいましたが、今日は大いに交流して親睦を深めましょう。」とあいさつをしました。
あいさつの後、仕事や家族のことなどを交流しました。「父親と一緒に仕事をしてきたが、仕事がなく二人分の生活費が稼げない。他へ働きにいけば父一人では、仕事が出来ず廃業しなくてはいけないし、悩んでいる。」「仕事は少ないけれど、あせって仕事をとる事はせずに、確実で将来につながる仕事を見つけるような努力をしている。」など、誰もが売上が減って、困難を抱えていたが、前向きな努力をしている発言が目立ちました。

税金の滞納であっても融資実行を
県中小企業金融課と交渉
愛商連は4月16日、制度融資の改善をもとめて、愛知県中小企業金融課と交渉を行い、12名が参加しました。愛知県保証協会は、税金滞納を理由に保証を断っています。昨年末に中小企業庁は「税金を滞納している事実よりも、税務署の分納の調整が行われているかどうか、といった滞納解消に向けた取組を十分に斟酌して判断されたい」という通達を出していますが、愛知県と愛知県保証協会は運営方針を変えていません。
これに対し中小企業金融課長補佐は「制度融資は税金によって運用しており、要綱でも税金の滞納は要件になっている。しかし、完納の見込みがある人は、門前払いをせず相談に応じる。」と回答しました。参加者は「門前払いはしないと言っているが、借りられる事はない。完納してからという立場を変えていない。これは通達の内容と違う。愛知県は国の方針と違うことをやるのか。今からすぐにこの立場に立って運用するべき」と抗議しました。当局は、「緊急保証に限っては、通達の立場に立ち完納の見込みがある人は、滞納していることを理由に融資を断ることはしない。保証協会にも確認した」と明言しました。
参加者からは、「運転資金を申し込んだ。源泉所得税の滞納があるが、完済すれば保証することは約束するものの『完納証明を持ってくるまでは保証しない』の一点張り、完納の目途がたてば融資を実行してほしい」「消費税の本税をやっとの思いで完納したが、延滞税だけを滞納している。保証協会は「延滞税滞納でも保証をしない。」と断る。融資を受ければ、税金を払いながら資金繰りはうまくいく」と訴えました。
4月21日、一宮民商と津島民商は、愛知県信用保証協会と交渉を行いました。岩佐第二審査部副部長が応対して、「昨年12月の中小企業庁からの「通達」は承知しています。大切なことだと考えています。」と回答しました。しかし、「融資の実行の際には「税の完納」が保証要件となっている」と明言して、通達にもとづく「滞納解消に向けた取り組み姿勢を十分に斟酌して判断」をしていないことが、明らかになりました。参加していた一宮民商の金属加工業の会員は申込書を提出し、「税金の完納証明証がないと保証できないと言われました。通達にそった保証をしてほしい。」と要望して融資申込書を提出しました。
4月21日、愛商連の藤栄愛商連副会長と服部副会長、河村事務局員は、愛知県中小企業金融課と懇談しました。中小業者の実態を数字で示し「製造業では、売上8、9割減が当たり前です。リースや水道光熱費が払えない状況になっている。緊急融資を借りた人も底をつく。大企業には次々と補助金・助成金を出している。中小業者にも、事業継続に必要な資金を補助してほしい」と訴えました。対応した職員は「中小業者が危機的状況なことは理解している。。県に出来る事を検討中です。」と答えるにとどまりました。
税金の滞納であっても融資実行を
県中小企業金融課と交渉
愛商連は4月16日、制度融資の改善をもとめて、愛知県中小企業金融課と交渉を行い、12名が参加しました。愛知県保証協会は、税金滞納を理由に保証を断っています。昨年末に中小企業庁は「税金を滞納している事実よりも、税務署の分納の調整が行われているかどうか、といった滞納解消に向けた取組を十分に斟酌して判断されたい」という通達を出していますが、愛知県と愛知県保証協会は運営方針を変えていません。
これに対し中小企業金融課長補佐は「制度融資は税金によって運用しており、要綱でも税金の滞納は要件になっている。しかし、完納の見込みがある人は、門前払いをせず相談に応じる。」と回答しました。参加者は「門前払いはしないと言っているが、借りられる事はない。完納してからという立場を変えていない。これは通達の内容と違う。愛知県は国の方針と違うことをやるのか。今からすぐにこの立場に立って運用するべき」と抗議しました。当局は、「緊急保証に限っては、通達の立場に立ち完納の見込みがある人は、滞納していることを理由に融資を断ることはしない。保証協会にも確認した」と明言しました。
参加者からは、「運転資金を申し込んだ。源泉所得税の滞納があるが、完済すれば保証することは約束するものの『完納証明を持ってくるまでは保証しない』の一点張り、完納の目途がたてば融資を実行してほしい」「消費税の本税をやっとの思いで完納したが、延滞税だけを滞納している。保証協会は「延滞税滞納でも保証をしない。」と断る。融資を受ければ、税金を払いながら資金繰りはうまくいく」と訴えました。
4月21日、一宮民商と津島民商は、愛知県信用保証協会と交渉を行いました。岩佐第二審査部副部長が応対して、「昨年12月の中小企業庁からの「通達」は承知しています。大切なことだと考えています。」と回答しました。しかし、「融資の実行の際には「税の完納」が保証要件となっている」と明言して、通達にもとづく「滞納解消に向けた取り組み姿勢を十分に斟酌して判断」をしていないことが、明らかになりました。参加していた一宮民商の金属加工業の会員は申込書を提出し、「税金の完納証明証がないと保証できないと言われました。通達にそった保証をしてほしい。」と要望して融資申込書を提出しました。
4月21日、愛商連の藤栄愛商連副会長と服部副会長、河村事務局員は、愛知県中小企業金融課と懇談しました。中小業者の実態を数字で示し「製造業では、売上8、9割減が当たり前です。リースや水道光熱費が払えない状況になっている。緊急融資を借りた人も底をつく。大企業には次々と補助金・助成金を出している。中小業者にも、事業継続に必要な資金を補助してほしい」と訴えました。対応した職員は「中小業者が危機的状況なことは理解している。。県に出来る事を検討中です。」と答えるにとどまりました。
国税不服審判所が津島税務署を断罪
納税猶予が認められる!!
Aさんは、病気などの理由で消費税の納税が困難になったために06年度分の消費税の「納税の猶予」を申請しました。それに対して、津島税務署は「不許可決定」を行い、異議申立を行いましたが結果は変わりませんでした。そこで、国税不服審判所に審査請求を行いました。通帳や帳簿などを見せ、納税できない理由を必死に訴えたAさんに対して、不服審判所は「納税の猶予不可決定処分を取り消す」と津島税務署の不許可決定を断罪し、納税の猶予を認める採決が出されました。名古屋国税局管内で、税務署の出した「納税の猶予不許可決定」を取り消させたのは初めてです。
Aさんは体調をくずし入退院を繰り返していました。消費税などが払えず、07年7月に納税猶予の申請を行いました。しかし、税務署は「病気ということは認めるが、一時に納付することができないことは認められない。」と12月に不許可決定を出し、異議申し立てしたAさんに対して3月に生命保険を差し押さえる暴挙を行いました。抗議するAさんに対しても聞く耳を持たず、翌月の4月に異議申立を棄却する決定を行いました。
Aさんは「毎月ギリギリでやってきて、資金繰りに苦慮しているのに、一時に払えるとはどういう事だ。納得できない」と5月に国税不服審判所へ審査請求を行いました。トコトン闘うと言っていたAさんでしたが、10月に病状が悪化して亡くなられました。その意志を継いだ相続人の奥さんが最後まで闘い、ついに納税猶予を勝ち取ることが出来ました。
審判所は、預金通帳などの資料をみて「納税の猶予の要件をすべて充足している」として、「津島税務署の不許可処分決定は違法と言わざるを得ない」と明確に断罪しています。
この成果は、Aさんのみならず、納税の猶予を勝ち取る為に闘っている人に関わる問題です。税務署は「納税者の方が出された資料を確認するだけ」で納税の猶予の為に必要なアドバイスを行わず、「不許可決定処分」を出すことだけに終始してきました。納税者の困難を見ようとしなかったのです。
津島税務署は、未だにこの採決に対して反省をしていません。納税者が納税できないことを示す書類を「根拠が確認できない」と切り捨て、「資料不十分」と不許可決定処分を出しています。後から書類を出そうとしても「もう遅い」という。これが、国税庁の取り扱い要領に記載されている「納税者の有利な方向で、納税の猶予等の活用を図る」税務行政でしょうか?納税者の立場にたった税務運営をめざしてこれからも闘っていきます。
就学援助交渉
4月14日、愛婦協は新婦人と生活と健康を守る会と連名で、名古屋市教育委員会へ就学援助の拡充を求めて、要望書を提出し交渉を行いました。名古屋市は、05年に国庫補助打ち切りから毎年予算を削減し、所得基準を下げています。所得基準を上げるよう要望しましたが、担当者は「政令市の中で高かったモノを、他都市並みにしました。」と発言し、昨年所得ではなく、現況所得でという要望に対しても「景気が回復したら困るので」と商売もくらしも厳しい市民の状況とかけはなれた回答です。参加者からは「とにかく制度を知らせて活用する事が大事」「子供の命と健康を守るためにこれからも頑張っていきましょう。」と話していました。
豊橋民商は3月25日、就学援助の拡充を求めて豊橋市と交渉を行いました。民商からは源田会長をはじめ10名が参加、新婦人や日本共産党市議も参加しました。所得基準額は、同居家族合算ではなく養育義務のある保護者のみで判定を」など10項目の要望書を提出しそれについての回答を求めました。
その中で、「申請書についてはなるべく簡素化できるように努力したい。申請方法については郵送などでできるか研究していきたい」と回答しました。また、「特別な場合には、前年所得ではなく現況所得で阪大してください」という要望に対しては「直接児童と接している学校の意見も参考に研究していきたい」など前向きな回答を引き出すことが出来ました。
豊橋民商は憲法26条「義務教育は無償とする」事を基本に、毎年市と交渉を重ね多くの成果を勝ち取ってきました。
シリーズDr.Inouchi井内尚樹の腕まくり指南 第96回
若きマルクスの社会運動の原点とワイン(1)
名古屋市長選挙が終わり、少し、ブレイク・タイムです。『一番好きな本は?』と聞かれると私はマルクス・エンゲルスの著作と答えます。これだけ、何度読んでも、新しい発見のある著作はないからです。エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』のような、いきいきとした本を書きたいと思っていますが、まったくできないでいます。こんな不景気だからこそ、目先に左右されず、じっくりと考え、そして人生を楽しむことも大切だと思っています。以前に、私の留学先であるアルザスのコルマールはワイン産地だと書きました。19世紀にはワインが大量に普及おり、その関係で、マルクス(1818〜83年)とワインの関係はどんなものか?ワインをどう評価していたのか?など。(グーグル検索しても、マルクスとワインについては、多くの紹介があります。私自身、かなりのペースでワインを楽しんでいますので、学問にも反映せねば、ただの呑み助で終わる罪悪感から)気になって調べてみました。結論から言うと、若き日のマルクスの社会運動論の原点は、「小・零細ワイン農家をいかに救うのか」だということ。今日的に言えば、マルクスの社会運動論の出発点は、「小・零細業者運動論」と考えられます。このことを2回にわたって紹介します。
マルクス生誕の地はトリーアードイツ屈指のワイン産地(モーゼルワイン)−
モーゼルワインのぶどう畑
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マルクスの父親が弁護士だと知っていましたが、ワイン農家でもあることは、まったく知りませんでした。マルクスの父が成功し、二つのブドウ畑を手に入れ、うち一つは、メルテスドルフ(ワイン通はこの地名でびっくりするようです)のぶどう畑です。(『トリーアの社会史』より)そして、マルクスがドイツのどこで生まれたかも?マルクスはドイツのトリーアというところに生まれました。フランス国境とも近く、コルマールから北へ200キロ、自動車で3時間くらいの距離です。トリーアは国境地域ということで、アルザスと同じように、戦争でフランス領、ドイツ領になった地域です。古くはローマ帝国支配地であり、ドイツで最も古い都市ともいわれます。ローマ帝国は、ぶどう栽培を持ち込み、この地でワインを生産するようになりました。ぶどう栽培の北限地域であり、厳しい冬の寒さ、山の谷部分、モーゼル川沿岸での栽培、土地質は肥沃ではないスレート質で、ブドウの品種はリースリングが主たるもので、白ワインが生産されます。
この地は、愛知県のような農業適地は多くなく、土地質、厳しい気候条件、谷間が多いところです。農家は、何百年もかけて、適合する農業生産物を探し、白ワインに行きついたのだと思います。トリーアの自然環境はアルザスに、にています。トリーアを流れるモーゼル川はアルザスのヴォージュ山脈から流れており、この川の恵みをお互い享受しています。厳しい自然条件だからこそ、ぶどうとワインづくりに細心の注意・絶え間ない努力を払っており、いい白ワインができます。
トリーアの街中にあるマルクスの生家(現在は、マルクス博物館です)
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英語版の「マル・エン全集」で「ワイン」を検索すると、膨大にでてきます。理由は、日常的に借金に追われていたマルクスはワインを買う力もなく、エンゲルスに手紙で「ワインを送ってくれ」と催促するからです。エンゲルスは手紙でマルクスと家族のために「ワインを送った」と何度も書いています。マルクスは後年から死去するまで、イギリス暮らしです。イギリスはブドウ栽培の北限より、まだ北にあるため、ワインはできず、ぶどう酒文化ではなく、スコッチウイスキーなどの酒文化です。ワインはヨーロッパ大陸からの輸入に限られます。(ボルドーワインが有名になったのは、イギリスのおかげだとよく言われます。12〜15世紀に、ボルドーはイギリスが占領しており、この時、ワインづくりが奨励され大量に輸出されました。)
マルクスはF・ラファルグへの手紙で「私はブドウ酒産地の出身でかつてはブドウ園主でしたので、ぶどう酒の値打ちを評価することを心得ております。私は老ルターのように、ぶどう酒を愛でざる仁はけっしてことを成し遂げぬもの、と考えているほどです。(例外のない法則はない。)」(『マル・エン全集』31巻445ページ)。エンゲルスも「あなたの至福は」と質問され「1848年のシャトーマルゴーを飲むこと」と答えています。
ワイン大好きの若きマルクスは、故郷トリーアのワイン農家の危機に直面し、「小・零細ワイン農家」を救おうとします。(以下続く)