「アガステアの葉」体験旅行記


最初に「アガステアの葉」のことを耳にしたのは、パーティの折りに我が家に遊びに来てくれた、大手音響機器メーカーにつとめるMさんがそれを口にしたときでした。「えー、すっげーいかがわしかー、でもせっかくインドに来ているんだし、行ってみたーい」と思ったのでした。私は全く知りませんでしたが、数年前に日本で青山なんとかさんという若い、物理学者にして、変な物書きのお兄さんが『アガステアの葉』という本を出版しており、当時ずいぶんもてはやされたのだそうです。というのもこの青山さんがインドにサイババあり、と日本中に知らしめた方だそうで。

そこでもとより占いや超常現象のお好きな私の友人、金融関係Kさん(女性)と、占いなんか信じないけど、私とKさんと互いにご近所でいつも仲良く遊んでいるので、一緒に行くことにした自動車関係Iさん(男性)と3人でいざ、アガステアさんの予言を聞きに旅に出ることにしたのでした。

アガステアさんの葉っぱを受け継いでいるところは、何カ所もあるらしいのですが、私たちは、タミルナドゥ州のとある街にある、アストロージャーに行きました。そこへは朝8時までに到着しなければならない、ということなので、宿を少し離れたところにとっていた我々は朝5時頃には起きてチャーターした車で現地に向かいました。

時は五月。デリーは50度近い猛暑が襲いつつありましたが、南インドの気候は穏やかで過ごしやすいものでした。気温は25度から35度、湿気も多く、乾燥して埃っぽいデリーの空気に比べると、喉にも肌にも心地よく、九州出身の私はとてもハッピーでした。湿気の少ない北海道出身のKさんはまとわりつく空気に辟易としていたようですが。

早朝に雨が降ったせいもあり、その日もべたべたした日でした。広大な田圃にかかる虹や、由緒ありげなお寺などを後目にアガステアの葉が待つアストロージャーの家へ。7時半到着。着いてみると看板が出ているものの、フツーの田舎の民家ってかんじで、もっといかがわしそうなものを期待していた我々はちょっと拍子抜け。玄関の前には地元の人が同じく8時になるのを待っていました。

その間、となりのチャーイ屋で朝のお茶をのみ、Kさんはゴミ捨て場でとかげくんを写真に収め、Iさんは所在なげに入り口近くに腰を下ろし、私は新聞売りがおりよくやってきたので、英字新聞を一部買い、インドとパキスタンが核実験して、どうのこうの、スリランカはSAACの一員だし、正面切ってインドに対抗できるわけでもなく、消極的ではあれ支持の姿勢だ、とかなんとかの記事を読みました。そうこうするうち、8時が過ぎていきました。

8:20頃、玄関のドアが開き、屋内へ招き入れられました。昨日電話した日本人だ、というと別室で待つように言われ、まつこと約1時間半。持参した本や雑誌を読み、写真とってもいいかな、罰あたんないかな、といいつつも(多分)神聖なアガステアさんやその聖地の写真のまえでポーズを取って写真を撮っているうちに、やっとマネージャーだという人に、呼ばれました。

で、彼はアガステアさんの予言には何が書いてあるのか、あるいは料金はどうだ、などの説明をしてくれました。要は親指の指紋から検索するが、その人の全般的なことが書いてある章、そしてその章が他の詳しい予言を引き出すのに必ず必要なのですが、それを見つけるのに時間がかかる、とのこと。その後特別に知りたいことについて、他の章を検索するのは比較的簡単なのだそうです。