4月30日(木)
ミッションの仕事が一段落したので、打ち上げも兼ねて某ホテルのインドレストランへ。ビールを飲みながら、バンガロールで観たクリケットのOne day matchが如何に盛り上がったか、普段はTVのコマーシャルで"VISA Card, go get it!"と愛敬を振りまいているTendulkar選手がどんなに活躍したのか、熱っぽく語っている私が居た。相手がインド人であれば、間違いなくクリケット談義が弾むところだが、ミッションの人々からは、「ふぅーぅん?」という反応が返ってくるのみ。食事時の話題まで限りなくインド人化して、日本人の中で「浮いて」しまっている自分を改めて自覚し、少なからずショックを受ける。
4月24-25日(金・土)
折りからインドに来ている送電線案件の審査ミッションに同行し、バンガロールに行った。南インドに行くと、いつも感じるこの開放的な気分!太陽の光が澄んでいるような気がする。デリーも決して嫌いではないが、ニューデリーばかりで過ごしがちで、何か「人工都市」という枠の中に押し込まれているようで息が詰まる。
バンガロールは初めてだったが、正に今勢いがある街、といった感じで、デリーなどでは見かけない大型のショッピングモールがいくつも見られた。州政府の建物に"Government's work is God's work"という標語が大きく書かれており、「神様も間違いをよくなさるもんだなぁ」と失笑する。
夕食はインド側カウンターパートの人々と。丁度、インドとオーストラリアのクリケットのOne day matchが行われており、クリケットの話で盛り上がる。ボールが柔らかくなっていくにつれてBowlerの投球を変えていくこと、それに合わせるようにBatmanのラインナップも考えられていることなど、クリケットの奥の深さを知らされる。結局、この晩は、テレビで午前1:30までクリケット観戦。結構ハラハラさせられたが、結果は「6s」(=野球でいうホームラン)を続発して、インドの勝ちで一安心。
街の中にはカンナダ語の看板ばかりなのに、デリーから一緒に行ったカウンターパートの人々は現地の運転手などにもヒンディー語で通す。運転手もある程度は理解しているようだが、端で見ていて複雑な気分。
4月20日(月)
休息を取りすぎて身体が鈍ってしまった感じがあるが、全快して出勤する。
4月7日の項に「ニームの落ち葉」のことを書いたが、今日何気なく事務所の窓の外にあるニームの木を見ていると、何と落葉する一方で、しっかり新芽も吹き出していることを発見。やはり不思議な木だ。
4月18-19日(土・日)
大事を取って、週末休息を取ることに専念し、ゴルフの誘いもお断りして家に居ることにする。おかげでアンバサダーページが出来上がった。
4月17日(金)
朝医者に行く。「急に39度まで上がった熱が(薬の効果はあるものの)翌日には熱がコロっと下がってしまう、という症例はあまりなく、食中りだとは思うが、消去法でいくと、マラリアの可能性も否定できない」、という。若干半信半疑で説明を聞くが、一応念のため、といって渡されたキニーネを服用する。とは言うものの、キニーネも3日分しかくれない。
その後出勤。私が「倒れた」というのはいろいろなところに広がっていたようで、DEAのMr Mool Chandからわざわざ電話があった。Mr Mool Chandからも「無理をしてはいけない」と言われたし、今日は「病み上がり」(こんなことは10年近くつかったことないなぁ)だし、早めに切り上げよう、と思っていたが、色々バタバタしていて、結局午後11時近くまで所長、次席、私と3人とも居残って働く羽目に陥った。
帰宅後、Massyが作っておいてくれたKechadhiというインド風おかゆをヨーグルトと一緒に食べてすぐ寝る。
4月16日(木)
朝、熱はないが、流石に39度もの熱が出た後であり、一寸疲れた感じがする。普段通りの時間にマイケル(事務所ドライバー)がきて、「旦那、一体どうしちまったですかぇ?」(という感じのヒンディー語で)聞くので、「どうもこうも、こっちもよくわからねぇんだよ」としか答えようがない。恐縮しつつマイケルに尿と便を医者に届けてもらう。
昼までには完全に復調。昨日のバカ騒ぎは何だったのか?仕事をしたくて、うずうずするが、所長からは「働きすぎのせいもあるのだろう。今日は十分休養を採り、事務所に来てはいけない」といわれた。仕方なく、懸案となっていたアンバサダーのページ作成に着手する。日本のアンバサダーの持ち主のページをみつけ、感激する。
4月15日(水)
普段通り事務所に出勤するが、朝一番の面会中寒気がする。午前中で帰宅。熱を測ると39.5度。下痢もしている。インドに来て始めて「寝込む」。医者に来てもらい、血液を採取。薬も貰う。汗を無茶苦茶かき、非常に不快。Massiが心配して泊りこんでくれた。ありがたい。
若干の腹痛と頭がボーッとすることを除いては痛いところはないが、気が付くとうめき声をあげていた。いい年して情けない。
良く考えてみると、1984年にインドに来た時に一晩トイレの中で過ごした時と同じ症状か?しかし、ここ数日、特に変なものを食べた記憶はないが、なぜなのか?何で39度まで熱がでるのか?思い当たることといえば、14日の晩にエアコンをフルにかけて、ソファーで書類を読んでいるうちに結局へそを出しながら寝付いてしまい、目覚めたのが5時30分位だったということぐらいだ。インドに来て以来、このようなことはなかったので、自分は「体力採用」だったのか、と悟ったばかりだったのだが。
インターネット経由朝日ネットで朝日新聞を見ていたら、こんな記事があった。
この記事を読んだ一般の日本人は、「そうか、インドは核の力でアメリカに対抗しようと思っているのか。日本から援助も受けている一方で、けしからん国だなぁ」、と思うことだろう。しかし、インドは、核の力でアメリカに対抗しようなどとは夢にも思っていないのは明らかであり(そもそも核弾頭をアメリカまで運ぶ手段がない)、仮に平岡市長の発言のままだとしても、明らかに誤解に基づくものをクウォートする必要があるのだろうか。そもそもインドに関する記事など、頻度がそれほど多くないのだから、もっと気をつけた書き振りにしてもらいたいものだ。> === <980411-24> news.asahi/society, -(-), 98/ 4/11 20:18, 25行 > 標題: インド国防大臣と広島市長懇談、核政策かみ合わず > --- > インド・ニューデリーを訪問している平岡敬・広島市長は十一日 > 、国防省でジョージ・フェルナンデス国防相と会談した。平岡市長 > は核兵器保有の可能性を否定しないインドの核政策についてただし > たが、同国防相は「私たちは核抑止論を信じている。核兵器を使え > る準備をする」と主張して、論議はかみ合わなかった。一方で、同 > 国防相はニューデリーで開催中の原爆展で、広島、長崎両市が用意 > したパネルの一部が撤去された問題について、「市民の一人として > は、みんなに見せた方がいいと思う」と述べた。 > 平岡市長は「国防のために核を持つことを辞さないという政策は > 変えてもらいたい」と訴えた。これに対してフェルナンデス国防相 > は「インドは核兵器保有の能力を持つ。そのことを核保有国にアピ > ールし、核兵器を放棄させる」とインド政府の考えを説明した。ま > たインドが署名を拒否している包括的核実験禁止条約(CTBT) > について「核保有国だけが核兵器をもてるのは不平等で、署名すべ > きではないと国民が一致した」と語った。 > 平岡市長は米国やロシアなど五カ国だけに核保有を認めている核 > 不拡散条約(NPT)の不平等さを認めたうえで、「核兵器によっ > てインドの安全を守れるか」と質問。同国防相は「第二次大戦後、 > 米ソの核戦争がなかったのは核兵器による恐怖の均衡が保たれてい > たからだ」と応じた。さらに現在の状況を変えるためには、日本や > インドなどが国連安全保障理事会の常任理事国となり、発言力を強 > めることが必要だと指摘した。 > 平岡市長は会談後、「核の力で米国に対抗しようという考えをど > う変えるか。私たちは引続き市民の立場で粘り強く核廃絶を訴え > 続けなければならない」と感想を述べた。
4月7日(火)
インドに居ると季節感がおかしくなることがある。今、2-3月の一年で一番過ごし易くて町中に花があふれる美しい季節から、4-5月の灼熱の季節への中間地点に居るわけだが、この時期は不思議なことに落ち葉と若葉が同居している。勿論、木によって、日が燦燦(この字がぴったり)と照る夏に向けて若葉が出るものと、暑すぎる夏に向けて葉を落とすものに分かれるらしい。また、火炎樹のように葉が無い木に花が咲いてその後若葉が吹き出すものもある。
余り木のことは詳しくないのだが、この時期に落ち葉し、路上に細かい落ち葉を舞わせているのがニームの木だ。ニームは、インドの庶民の歯ブラシ(枝の端を噛んでブラシ状にしてごしごしとやる)になり、衣類の虫除け薬になり、肥料にもなり、最近では避妊薬も開発されているという、「万能の木」だ。そのため、全世界の薬品会社が注目しており、殺虫剤や殺菌剤を中心に外国の薬品会社がパテントを有しているらしいが、その中にはインドの伝統的な利用法と同じものもあり、論争になっている。また、最近では、「香り米」として世界的に有名で、パンジャブ地方を中心に作付けされているバスマティ米について、高収量品種を開発した米国の会社が「バスマティ」という商品名についてパテントを取得し、インド国内では問題になっている。
事実、ターメリック(カレーの黄色い色を出すスパイス)の切り傷を治癒する効果について、アメリカの科学者が米国パテントを取得したが、インド政府が古典書に同様の利用法が記載されていることを主張し、結局パテントは取り消されたことがあった。ニームのパテント問題について調べてみたら、その名もNeem Foundationというページ(http://www.neemfoundation.org)(当然インド寄り!)を見つけた。