- 2月28日(日)
- とっても気持のよい春の日である。昼過ぎにアンバサダーを洗車する。アパートの掃除人が寄ってきて、「マスター、私がやりますよ」と言ってくれるが(普段は一寸小遣いをやってそうしてしまうのだが)、「いいや、自分でやりたいんだ」といって、30分程かけてすっかり綺麗にした。その後、事務所にいって少し仕事をしてから、迎えに来たドライバーのSheetalと出張者の出迎えに空港へ。
道々、アンバサダーで聞いていたPardesのカセット(シンガポールで買ったもの)を聞きながら、歌っていた。その歌詞に、"zara tasveer se tu nikal ke samne aa"(ちっちゃな写真から出て来いよお前〜)、という、恋人の写真に語り掛けるような歌詞があった。ヒンディー語では、"you"に相当する言葉が、Aaap、Tum、Tuと三種類あり、Aapが一番丁寧且つ距離感があり、Tumがくだけた表現、Tuはよっぽど親密か馬鹿にしたような表現、と言われるが(この辺日本語に似ている)、この歌詞では、Tuという言葉で恋人への親密感をあらわしているものだ。実際、ボリウッド映画でも、恋人同士の会話ではTuという表現が良く使われている。
そこでSheetalに、「奥さんのことはなんて呼ぶの?、やっぱりTuって呼んでんの?」と聞くと、苦笑しながら、「Aapです。Tuなんて呼んだら張り倒されます。Tumならまぁいいかも知れないけれど、子供にしか使いませんねぇ」と言う答えが返ってきた。「ふぅーん、そういうもんかねぇ(照れ隠しのような気もするけど)」と言っていると、「最近の若い連中は結婚前のベタベタしている段階では、みんなTu Tuって言ってますけど、結婚した途端にAapかTumに切り替えるもんなんですよ」との由。「ふぅーん」である。
残念ながら、僕は今のところ、TumもTuも使ったことはないのだ。ははは〜。
- 2月27日(土)
- 目覚めたら午後1時過ぎ、いかんいかん、といいながらテレビをつける。午前11時に国会で予算が発表されたのだ。これまでは、大英帝国時代からのしきたりに従って、予算は午後五時に発表されるのが定例だった。これは、インド時間の午後五時、すなわち、ロンドン時間のロンドン時間の午前十時半に合わせて、英国議会の審議及びロンドン市場に都合の良いように行われきたことだが、もうそういう時代ではない、ということなのだ。
予算全文は、インド大蔵省のページに掲載されているが、その概要は、以下の通り、と書こうと思ったが、手を抜いてしまおう。予算のハイライトは、ここを参照。本来ならば、予算演説と予算書を見ながらまとめなければならないところだが、何でもインターネットで済んでしまう。便利な世の中になったものだ。
(とは言え、手を抜きすぎるのも癪なので、取敢えず書いてしまう)
財政赤字がGDPの6.5%(98/99年度改訂値)という引き続き高い水準に留まっている中で、予算ではこれを4.4%に引き下げることを目標としている。但し、政府の出来ることは限られている。税収を伸ばすために、法人税・所得税を実質増税するとともに、輸入関税も一率4%引き上げるとされている(これは国内の産業界から歓迎されるとともに、Swadeshi主義を掲げるRSSへの歩み寄りとも言われる)。また、1兆ルピー相当の公企業の民営化、補助金がダブダブにつけられガソリンに比して二分の一以下に抑えられているディーゼル油への増税などが実施される。一方、Mutual Fundからの所得の免税、キャピタルゲイン課税の減税、直接投資許認可の簡素化、医薬品への直接投資の許可、情報産業への優遇策、住宅建設資金への優遇税制などが織り込まれ、貯蓄及び投資に対する優遇措置が採られる。加えて、各州の灌漑プロジェクトへの支援拡大、農家へのクレジットカードの普及など、農業セクターの重視も打ち出されており、各方面に気を配った形の予算となっている。ただ、それだけに新味に欠ける、ということも出来る。例えば、膨張した官僚組織の合理化が必要なのだが、今回の予算で提案されているのは、中央政府の次官級ポストを4つ削減する、ということのみで、抜本的な改革には至っていない。また、公企業の民営化なども、具体的にどの企業を民営化するのか、については触れられていない。因みに、全支出増が約6%(98/99年度改訂予算ベースでは7.0%)に抑えられた中、軍事費は98/99年度当初予算に比較して11%増(インフレを考慮すると実質6%程度。)。
さて、Rediff On The Netというページのことは前にも書いたが、予算特集ページというのがあって、そこに「予算チャット」ページが出来ていたので、覗いてみた。二つの窓があり、左側は財界人・政治家用、右側が一般人用になっていて、右側の人が左側に質問を投げると、左側のエライさん達が質問に答えてくれる、というものだ。Bajaj Autoという、インド中の街で目にするオートリキシャを作っている大企業の会長や、インドの経団連の役員などが出ていた。チャットでの発言を見ていると、財界人は予算を、上出来とは言わないまでも悪いことは余り無い、という観点で前向きに捉えているようで、株式市場(土曜日もやっている)では、予算が好感を持って受け止められ、Sensexという総合株式指数が165ポイント(5.1%)上昇した。
三時過ぎから、前統一戦線政権のChidambaran蔵相がネットに現れた。そこで、すかさず質問をぶつけてみた。「今回の予算は、貴方が蔵相だったときの予算からUターンしようとしているように見受けられるが、コメントして頂けないか」というもの。数分後、Mr Chidambaranから、「法人税・所得税増税や、輸入関税の引き上げなど、これまで続いてきた経済改革・開放の路線に逆行するような政策が沢山織り込まれている。思慮に欠く政府が、改革の路線をこうも簡単に無駄にしてしまう、という証左だ」といった回答が返ってきた。
Mr Chidambaranが大蔵大臣を務めていた時の予算では、所得税・法人税の大幅減税が行われたが、それによって喚起されるであろうと考えられた(=そして却って税収は増えるであろうという、ラッファーカーブのような発想)消費・投資の伸びは起きず、年度末の駆け込み的な税収確保策(脱税していた人でも正直に申告すれば、罰金を科されない)によって、なんとか税収は確保した、というのが実績だった。だから、僕の質問は、「あんたがやった減税が上手くいかず、経済のスピードダウンが進んだ結果、Sinha蔵相は一部増税という策を採らざるを得なくなったのではないか」、というのが趣旨だったのだが、Mr Chidambaranからは、上のように、極めて党派的な答えが返ってきたので、少し残念ではあった。もう一人、Pritvraj Chavanという国民会議派の政治家もチャットに参加していたので、「国民会議派はBJPの予算はけしからん、というが、財政悪化の中、BJPのいうような増税以外にどのようなオプションがあるのか。国民会議派ならば、どのような政策をとっていただろうか」という質問を投げたのだが、質問が殺到していたせいか、答えはもらえなかった。
それにしても、予算が発表されてから数時間後に、前大蔵大臣まで加わっての議論がネット上で出来る、というのは、インドの非常に進んでいる側面であり、凄いと思う。ネットの発達も凄いとは思うが、日本の政治家でMr Chidambaranのようにネット上ですぐに質問に答えられるような人はいるのだろうか。
- 2月26日(金)
- 今、我が事務所では、新しい公用車を日本から輸入したところだ。だが、まだ車は我々の手元に届いていない。ここ1ヶ月程、デリーの保税倉庫に仕舞われたままなのだ。どういうことかというと、我が社は一応日本政府の機関であるということで、公用車を輸入する際には免税措置が適用される。これが無ければ大変な話で、150%以上の関税がかかってしまうのだが、その免税手続が遅れているのだ。
この免税措置なるもの、免税してもらえるのだから文句を言ってはいけないが、極めて面倒な手続なのだ。事務所が開設されてから20年、これまでに何回も車を輸入し、その度に免税措置が取られている。お互い面倒だから、「OECFが車を輸入する場合には、全て免税」という決まりを作りましょう、とインド政府にお願いしているのだが、20年経った今でも、一台毎に免税の手続を採らなければならない。
まず、車を輸入します、なんというモデルのこうこうこういう値段のもので、いつインドに着く予定ですから、それまでに免税措置を採って頂きたく、宜しくお願いします、というレターを大蔵省のカウンターパートに出す(レター無しでは何も動かない)。すると彼らは、それを基に、前例に倣って免税措置が採られるべきだ、とのレターを同じ大蔵省内の税務当局に出す。レターは関係書類のファイルと共に、税務当局のSection Officer(日本でいう係長)からUnder Secretary(課長)、Director(部長)、Joint Secretary(局長)、Board Member(次官)と上げられていく。その過程でファイルを読む人が疑問を感じると、その旨コメントをつけられたファイルは一段階、また一段階と下げられていって、検討の後、また同じルートをノコノコと登っていく。
言ってみれば、日本の稟議制度と同じなのだけれども、他の仕事のケースでも原則同じであり、且つファイルは一つの役所から他の役所へとぐるぐる盥回しにされる。中々結論が出ない問題について、「あの件は一体誰がタマ握ってるんだ?」ということを、Where is the file?と質問するのだが、これまでにこの表現を何回つかったことか。
やっと次官レベルにまでファイルが上がったという連絡があった。車一台の免税輸入であっても、次官決裁なのか、大変だなぁ、と思っていたら、何と大臣決裁だという。大臣は予算国会で極めて多忙であり、すぐには決裁が下りそうにないとの由。免税許可が出ないと保税倉庫から車を引き取ることが出来ないのみならず、倉庫料も払わなければならない。困った我々は、次官宛に、早く処理してくれ、とレターを出し、その下の局長にも電話を掛けたり、押しかけたりして早く処理してくれと悲鳴を上げているところである。
インドの行政は複雑であるが故に、行政官の裁量の幅が大きく、そのために汚職がはびこるのだ、と言われる。我が社の車のケースも、上に見たように、行政の蜘蛛の巣に絡め取られてしまっている。我が社の場合は、「政府機関」という、言わば錦の御旗をしょっているので、いきなり次官宛に手紙を出したり、局長のところに押しかけていったりということが可能で、先方もそれなりに対応してくれるのだが、行政の末端まで似たようなものだから、我々のような立場にはないインドの市井の人々、ビジネス界の人々が、役人に鼻薬を嗅がせて物事を進めようとするのも分からないではない。
上に述べたファイルはこの写真のように赤い帯で縛られており、これは元来英国から来た習慣との由。「官僚制の弊害」のことを英語でRed Tapesというが、この帯の赤色が語源である。
因みにこの写真は、我が事務所にあったものを撮ったもの。「人の振り見て我が振り直せ」。我々も役人の端くれのようなものだが、Red Tapesにがんじがらめにならないように心がけたいものだ。
ビハール問題は、国会で延々と議論が行われた結果、投票の直前になって、態度を明らかにしてこなかったTDP(アンドラプラデシュのChandrababu Naidu首相の率いる党)が、賛成の立場を明らかにしたこと、Bahujan Samaj Partyという最下層民を支持基盤とする野党が、Dalit(最下層民)を守ると言う観点から賛成の立場に回ったことから、BJP連立政権が29票差で多数(国民会議派は反対票)となり、下院での敗北という結果には至らなかった。憲法上、大統領直轄は2ヶ月間は国会の承認無しでも継続することが可能であり、上院(政党別勢力図ではBJP側が圧倒的に不利)への上程は2ヶ月後になるものと見られている。
と、いうわけで、ビハール問題を巡ってBJP政権の足元が揺らぐかどうかについては、先送りとなった。
- 2月25日(木)
- 我が社がインドの中堅企業の支援を目的として出資しているSARAファンド(South Asia Regional Apex Fund)のファンドマネージャーであるMr Hetal Gandhi(Mahatma Gandhiとも、Sonia Gandhiとも関係ない。Gandhiというのは、グジャラートの名前。)と昼飯。普段政府関係の仕事をしている我々にとっては、ビジネス界と直接接することの出来るSARAファンドは、分からないことも多いながらも、色々な業界のことが分かるので真面目に取り組むと面白い仕事なのだ。
早口のMr Gandhiから聞いた話で面白かったことを一つ。先日、彼の会社があるバンガロールに、イギリス在住のNRI(Non Resident Indian: 所謂印僑)の大金持がやってきて、講演があったという。そのNRIは、「イギリスは如何に投資先として有望か」と言う話を30分も滔々と語ったとのこと。Mr Gandhiは、「中国が成功したのは、世界中の華僑が中国本土にカネとノウハウを持っていったからなのに、NRIはみんなケチだから、インドには何も持ってこない。それがインドの悲劇だ。」と、多分に怒りを込めて語っていた。
NRIがケチだ、というのも本当かも知れないが、外貨持ち出し規制、複雑な税制、極めて恣意的に適用される各種許認可制度でガチガチなインドに、ここはあんたたちの故郷なんだからどんどんカネもってこい、というのも虫の良い話ではある。
- 2月24日(水)
- テンションの高いまま夕刻まで仕事。機微に触れるお話から、トラベルエージェント稼業まで、色々あった一日だったが、ここには書けないことばかり。まぁ、インドと日本のために微力ながらも頑張っているのだ、と書いて自己満足することとしよう。
夕刻、終わらない仕事を家に持って帰ることを決意しつつ、とある勉強会へ。僕のFavourite Topicである、インド政治が演題。いやぁ、Shiv Senaの現場報告など、実に楽しかったです。今日は日本人ばかりだったけれど、あそこにインド人が2人以上いたら、大変な議論になっていたことだろう。インドの政治はインド人と議論するに限る!、と僕は思う。オフィスでも週1回はローカルスタッフ(hard core Congressも、hard core BJPもいる)に議論を吹っ掛けて、その度に、「あんたインド人になるか、インド人の政治家の娘と結婚でもした方が良い」と言われている私。
さて、国会では、予算審議に合わせて毎年発表される、Economic Survey(インド大蔵省のページに全文掲載。予算も27日インド時間午後には掲載される。こういう所は妙に進んでいるのだ。)が発表された。インド情報の速報を心がけている当日記としては、早速内容分析をしたいところだが、時間も能力も不足しているので、他に譲る(1、2)。
ビハール問題の方は、昏迷を深めてきた。Vajpayee首相は、「下院で大統領直轄が通らなければ、辞任する(= BJP政権の崩壊は、今後地元州で選挙を控えている地方政党にとっては「錦の御旗」が無くなるので、コストが大きい)」との脅迫に出て、足並みの揃わない連立政権の構成党及び閣外支持政党に、本件賛成か、最低でも棄権するよう働きかけている。
一方で、勇ましく「前言撤回」もとい、「女王様に謝りはない!」と、本件への反対をぶち上げた国民会議派は、ビハール州議会の議員が中央指導部の決定に反対。会議派上層部の中でも反対意見が出てきていると言われ、本件、反対を貫いた場合(下院ではBJP優勢で可決されても、上院では会議派等が優勢で否決される可能性大)には、党内不満分子を抱えたまま、RJD政権への支持継続に追い込まれ、再び方針を転換した場合には、度重なる方向転換に批判が高まる、と、いずれの道をとっても国民会議派にとっては「得」にならない可能性が大きい。結局、両院においても「棄権」という選択肢をとってお茶を濁すことになるのか。
政治生活50年以上の老獪政治家Vajpayee首相と、1年余りのPolitical Light WeightのSonia Gandhi女王様の力量の差が出ることになるのだろうか。
- 2月23日(火)
- 今日も仕事仕事仕事の一日。オフィスを出る直前に、最後っ屁のように電子メールで仕事を投げまくる。逆の立場だと嫌だけれど、電子メールでパッパッパッと仕事を投げるのはすごく気持良かったりする(投げられた方々すみません)。
家に帰ってきても仕事。某プロジェクトの契約書(全部で1000ページもある)を読む。読むといっても、一言一句読むわけではないが、ひいひい言いながらである。
日中、大蔵省のMr Mool Chandから電話がかかってきて、「あれもこれもそれもどれもOECF側でペンディングになってるから早くしてくれぇ!」とのこと。当方、「そんなこと言われても、どれもそれもこれもあれも、一遍には出来ないよぉ。一生懸命やってんだから、そんなに俺を責めないでくれぇ!それとも俺のクローンでも作って仕事させろ!」と悲鳴を上げるが、先方、「ははは。あんたは、こうやってテンション上げてやるとバンバン仕事するからなぁ」との由。おっしゃるとおり。一本取られたのだった。
国会の方は、上下両院ともビハール問題で紛糾。審議停止に追い込まれた。一方、国民会議派は、「Sonia Gandhi(女王)総裁が、統治能力無し、と言ったのは、Rabri Deviのことで、RJD(Rashtrya Janta Dal: Rabri Deviの夫であるLaloo Prasad Yadavが党首)のことじゃないもんねぇ。だから、大統領直轄が取り消されて、ビハールにRJD政権が復活しても別に問題ないだもんねぇ。」と言い出したらしい。あはあはあは。何でも女王様のお言葉の通り。Sonia Gandhiの辞書に間違いという言葉はない!インドの政治って面白すぎる。
(「ラホール宣言」及び付属文書が、インド外務省のサイトに掲載された。)
- 2月22日(月)
- 昼過ぎ、事務所の入り口にいる警備員のオニイチャンと、Radheyが何やら新聞を読んで盛上っているので、なんだなんだ、と聞くと、何と、「Vajpayee首相の結婚」、という記事が載っているという。日本では知られていないかもしれないが、74歳のVajpayee首相は独身である。女たらしだという噂も、大酒呑みだという噂もあるのだ。
面白そうなので、ヒンディー語の勉強も兼ねて、家に持って帰って読む。こんなに短い記事なのに、辞書と行ったり来たりで、1時間程もかかってしまった。このSaharaというヒンディー語新聞の記事(パキスタンのJangというウルドゥ語新聞の記事を引いている)によると、パキスタンの女流作家で、テレビのシリーズものの制作なども手掛けているAtiya Shamshadという37歳の女性が、「カシミール問題をパキスタンの条件に沿って解決してくれたら、Vajpayee首相と結婚しても良い」というプロポーズをしたというもの。これだけのために一時間かかってしまったのは情けないが、僕のヒンディー語というもの、こちらに来てから始めたのだから、2歳半の幼児の言葉と同じで、圧倒的に語彙が足りないのだ。
少しずつヒンディー語の新聞を読んでいくと、英字新聞には載っていない、「掘り出し物」の記事が見つかるかも知れない。
さて、今日から国会が始まった。国民会議派は、ビハール州への大統領直轄の導入に反対する立場を明らかにした。大統領直轄の導入は、上下両院で批准される必要があるが、既にBJP連立政権に参加しているAkali Dal(パンジャブ州シク教徒の政党)が反対を表明しており、Chandrababu Naiduアンドラプラデシュ州首相のTDPも憲法356条の濫用には反対の立場にある、と言われることから、BJP政権は本件を巡る国会論戦で敗北する旗色が濃くなってきた。連立の足並みも乱れており、政権の基盤も危うくなってきた。
ビハールの虐殺事件の直後、国民会議派はRabri Deviに統治能力なし、としたことから、国会でも賛成するか、棄権するものと見られていたのだが、「BJPはラホール宣言とかいっていい気になっているけど、こっちもSonia女王の下、そろそろ足場が固まってきたし、ここらでいっちょ揺さ振りかけてみよか」ということなのか。直轄制が否決された場合、州議会では最大勢力を保っているRabri Deviが政権が返り咲く、という結果も有り得る。それは本当に良いことなのか。今回も、Sonia Gandhi総裁の意見、という説明がなされているが、そもそも、大統領直轄制を最も濫用したのは、故Indira Gandhi首相であったということ、Gujral政権時代に試みられた、UP州への半ば強引な直轄制導入(大統領の反対に会い、失敗)という喜劇も国民会議派が裏で糸を引いていたこと、そして、今BJP政権が崩壊した場合、明確な受け皿がない、ということを考えると、一体、おめぇら責任もって政治やってるのか、と言いたくなるのである。
- 2月21日(日)
- ラホールでの、インド・パキスタン両国首相の会談は、「ラホール宣言」という形で幕を閉じた。
そのうちネットに原文が載るかとも思われるが、簡単に言えば、「お互い核を持ったんだし、間違えがあってはいけないので、色々なところで情報を分け合ったりして、まぁ、仲良くやっていこうや」といったもの。核実験モラトリアムの継続、弾道ミサイル実験の相互事前通報、両軍の連絡の緊密化等の信頼醸成措置が実施されることが明らかにされ、カシミール問題についても、1972年のシムラ協定(パキスタン政府のサイトだけれど、許せ)の遵守という形で織り込まれている。CTBTへの署名問題についても議論されたが、結論は出なかった由。その他、パキスタンからインドへの売電問題、コンピューターの2000年問題、WTOの問題なども議論されたという。
内容的には、両国が目指すべき方向を再確認した、というレベルに留まっている、ということも出来るものの、Sharif首相のインド訪問も日程を固めるばかり、と言われており、両国間の距離が縮まっていくことが期待される。
Wagah国境の国旗掲揚・降納儀式などを見ていると、何だ、結局二つの国は鏡に映ったイメージみたいなもんじゃないか、と思うことがあるが、その印象はあながち間違っていないのではないかと思う。それ故に仲が悪い、ということも言えるのだが、カシミールなんて早いこと現状の停戦ラインで確定してしまって、仲良くすればいいのに(カシミール住民の意志確認という問題があるので、こう言うほど簡単な問題ではないのだけれど)、と思うのである。(訳の分かっていない日本の政治家が、カシミール問題の調停、などということを再度言い出さないことを切に祈るばかりなり。)
さて、明日から国会の、「予算セッション」が始まる。27日には99年度予算(年度は日本と同じ)が発表され、予算を巡る議論が本格化していくが、このVajpayee首相のラホール訪問を巡ってどのような議論が交わされることになるのか、見物である。
- 2月20日(土)
- デリーからパキスタンのラホールへのバスに乗って、Vajpayee首相がパキスタンを訪問する、という一大イベントが行われた。
デリーからバスに乗っていくのかなぁ、と思っていたら、デリーからパンジャブ州のアミリトサルまで飛行機で飛び、そこからすぐ近くの国境までバスに乗っていったのだった。パンジャブ地方のにぎやかな踊りである、Bhangraダンスの一団が首相の乗ったバスを先導する形で、国境超えが行われた。このWagah Boaderは、インドパキスタン戦争の際に、インド軍がパキスタン側に攻め込んだポイントとして知られるが、毎日、インド・パキスタン両軍が国境を挟んで国旗掲揚・降納を完全な線対称の形で行うことでも有名である。
さて、国境を超えたVajpayee首相は、Sharifパキスタン首相に迎えられ、ここに、「歴史的な」(とインドのマスコミが称する)パキスタン訪問が始まった。インドの首相がパキスタンを訪問するのは、1989年にRajiv Gandhi首相(当時)がSAARCサミットのためにイスラマバードを訪れて以来のことである。
さて、この訪問、Sharif首相の招待にVajpayee首相が応えた、という形で実施され、両国の間の友好ムードを高めよう、という一大イベントであるが、イベントの域を超えることが出来るか?
一方、クリケットの方は極めて残念な結果である。インドは負けた。残り4 wicketで37 runしか稼げなかったのだ。ただ、それはどうでもよい。極めて残念なのは、またしても観客の反応だ。インドチームが残り1 wicketとなった時、勝つためには48 runを必要としており、敗色が濃くなっていた。その時、敗北を確信した観客は、またしても場内にものを投げ込んだり、スタンドで火を燃やし始めたりしたのだ。その結果、プレーはまたしても中断され、結局観客は全て場外に排除された上でプレーは再開されたのだった。
カルカッタの観客は、スポーツを愛すると言われ、この地でこのような事件が起きたのは意外ではあるが、何とも残念な結果に終わってしまったのである。嗚呼あのチェンナイの感動はいずこ。
- 2月19日(金)
- 我が社の本部からの紹介で、インドにおける我が社の活動を見学したい、という学生3名を案内する。午前中には、デリー市内にある、「ヤムナ川流域諸都市下水道等整備事業」のサイトを見に行ってもらい、午後、「小企業育成事業」の受益企業の訪問に同行した。
インドは初めてだという3人は、午前中に垣間見たヤムナ川の汚染状況、スラムの状況に少なからぬショックを受けた様子。午後の小企業訪問では、鍋を中心とした食器工場にいったが、工場の業務に関する質問もさる事ながら、貧しい人が多いのに、核実験などやることが正しいのか、など、「純粋な」疑問をオーナーの息子であるオニイチャンにぶつけていて、見ている方はすこしハラハラさせられた。
すると、「日本のタイガーというメーカーも知っているが、保温食器ならば、うちの製品が世界一」といって憚らない自信家のオニイチャンの側から、「日本の経済は最近どうなのか。輸出先として有望なのか。」という、極めてBusiness Orientedな質問が投げかえされて来た。さて、困ってしまったのは学生の方。質問する内容は考えていたものの、逆に質問を受けるとは思っても見なかったらしい。一同しどろもどろで、ちょっとかわいそうになって、助け船を出そうとするが、オニイチャンは、「あんたの話を聞きたいんじゃなくて、この学生から聞きたいんだ」と、意地悪である。なんとか、金融機関の再建問題などを説明して、分かってもらえたかなぁ、と言った感じではあった。僕は、途中携帯電話に至急の電話がかかってきて、話の途中でその場を離れなければならなかったが、このオニイチャン、仕事中だというのに、突然現れた我々の相手を30分以上も務めてくれたのだった。学生も「インド人との議論」になるとは思っていなかったらしく、「いやぁ、面白かった」を連発していたのだった。
クリケットの方は、少し残念な結果になった。スコアの方は、2nd Inningがインドの214 for 6 で、明日残りの4 wicketsで64 runを稼げれば勝てるのだが、Sachin Tendulkarが3点稼いだ直後、打球の行方を見ながら走っていたのだが、パキスタンの選手とぶつかってしまい、その間に返球がWicketを直撃して、呆気なくアウト。これに怒った観客は、グラウンド内に色々なものを投げ込み、プレーが一時間も中断された。結局、Sachinが場内を一周して、群集をなだめることによって、プレーが再開されたのだが、何とも哀しい群集の反応である。
- 2月18日(木)
- 今朝、通勤の車の窓から、大統領官邸がくっきりと見えた。官邸に続くRaj Path沿いには、黄色い花が植えられ、周囲の緑に映えている。Raj Pathに至るまでの間のラウンドアバウトにも、色とりどりの花が咲いている。昨日までは気づかなかったのだが、デリーに春が来たのだ。
デリーの春は短い。二月中旬からほぼ一ヶ月。あっと言う間に、あの気がおかしくなりそうな暑さがやってくるのだ。
この、短くも美しい季節には、Mughal Gardenと呼ばれる大統領官邸の裏庭が一般に公開される。Raj(大英帝国)時代には、舞踏会なども開かれたであろうと思わせる広大な庭園には、様々な花が咲き乱れ、デリー市民の憩いの場と化す。老いたるも若きも富めるも貧しきも、普段は開放されていない花園に遊ぶのだ。警備上の都合とかで、カメラが持ち込めないのは実に残念である。
僕のデリー在住ももう2年半近く。この土地の季節の巡り変わりがやっと自分のリズムの中に取り込めて来た頃だ。
俳人の端くれとしては、日本とは一味違う、デリー版歳時記でも編んでみたいところだが、歳時記とは季節の風物をただ並べればよいというものではない。それに見合った佳句が集まってこそ、歳時記と呼べるのだ。
今回で海外に暮すのは二回目。前回のロンドンにもロンドンなりの季節があったし、デリーにはデリーの四季がある。俳句は元来日本の四季を基に出来上がって来た文学で、俳句の拠って立つところは日本の四季感で有り続けるべきだと思う。その意味で、俳句の国際性など、本来は必要ないものなのかもしれない。
だが、僕のような「端くれ」も含めて、俳句人口が世界中に広がっている現在、土地土地の歳時記というものがあっても良いはずで、それを通じて、季題の幅、言い換えれば俳句という文学の幅も広がっていくのだろう。そのためには、「良い句」を沢山作らなければならない。いや、良い句でなくてもよいが、沢山作ってみることが肝心だ。海外に住んでいる端くれ俳人としての使命はそこにあるはずだが、言うは易しで、全く恥ずかしいばかりである。
仕事を終えて外に出てみると、風が吹いていた。日本とは逆で、ここでは冬の間殆ど風が吹かない。春になって風が吹き出すと、冬の間街を包み込んでいたあの恐ろしいスモッグが、幻であったかのようにどこかに吹き飛ばされてしまう。正に春風である。
夕刻の風を身体に受けて、デリーへの春の到来を実感するとともに、俳句という「遊び」を知っていて良かった、と思ったのだった。
仕事終へオフィスを出れば春風来 昌平
散歩する人二三組春の宵
帰宅子の足取り軽し春の風
(過去の俳句関連の項は6月2日、6月7日。残念ながらあまり書いていない。)
さて、クリケット。3日目の今日(スコアはこちら)は、パキスタンがall outで316。インドの2nd Inningは4(0 wicket)。パキスタンのSaeed Anwarが259球で188runを叩き出すという快挙を遂げたが、double century(200run)を目前に、パキスタンはall outとなってしまった。インドは、明日279点稼げばパキスタンに勝てるが、279というスコア、充分可能ではあるが、対パキスタンの神経戦の中では楽に達成できる数字ではない。Tendulkarの活躍に期待するとしよう。明日は異様に盛上るマッチが期待出来そうだ。
- 2月17日(水)
- 朝起きると身体の節々が痛い。熱を計ってみると37度少し。その程度の熱で痛みが出てくるのも妙だが、何とも調子が悪いので、午前中は休む。心配したDEAのMr Mool Chandがわざわざ電話をくれた。
午後から出勤。丁度昼休みだったのだが、ローカルスタッフはトランジスタラジオでパキスタン戦の実況を聞いては、"Four!"(野球でいう二塁打)、"Out!"と盛上っていた。
節々の痛みを抱えつつも、外出一回、面会一回をこなし、夜十時過ぎまでかかって溜りに溜まった仕事に取り組む。どうやら仕事をやっている時の方が元気が出るようで、これを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
対パキスタン戦第2日目は、インドは223(all out)、パキスタンの2nd Inningは26(1 wicket)(スコアはこちら)。今のところインドのリードは12ポイント。またしても接戦が期待できる。番狂わせは、Tendulkarの初球・ゼロ点アウト。2nd Inningでの活躍を期待しよう。
食欲がないので、Massiが作っておいてくれたご飯に味噌汁をぶっ掛けて「ネコ飯」にしてしまう。一寸胡麻油を垂らすと(味噌汁に胡麻油、というのは「仕掛人 梅安」に出てくるのだ)、何とも元気の出そうなネコ飯に化けて少し幸せになる。
- 2月16日(火)
- 円借款でファイナンスされているデリー郊外の発電所プロジェクトの建設現場を見に行く。幸か不幸か、入札の結果インド企業が落札した案件で、インドの常である実施遅延が懸念されていた案件である。行ってみて何も出来ていなかったらどうしよう、と心配していたのだが、予想よりも進捗していて、胸をなで下ろした。
この発電所(430MW)が出来上がると、間接的ではあるが、デリーの電力事情が若干改善することが期待されている。僕の住んでいる所謂VIP地域は別だが、デリーの電力不足は深刻で、事務所のスタッフの住んでいるところなどでは、一日6時間程度の停電が恒常化しているという。発展途上のこの国では、電力不足が深刻な問題で、まだまだ「質より量」の段階だ。インド政府は発電を中心として、民間資金の導入に積極的で、様々なイニシャティヴをぶち上げている(電力省のページはここ)が、それを実施する際になると、厚い官僚制の壁、不安定な政治に起因するカントリーリスクなどが障害となって、中々プロジェクトが進まない、というのが実態だ。
一方、政府部門による電源開発も、核実験の影響で、世界銀行やアジア開発銀行、そして我が社からの新規資金が実質的に停止している状況であり、大きな伸びは期待できない。資料が手元にないので、正確な数字は分からないが、思い付く限りでも、インド政府は5,000MW以上の新規投資をこれら国際機関に期待していたはずだ。国際金融市場からの資金調達でこれら案件を実施していくことになるのだろうが、遅れが出てくることは避けられず、当然資金コストも高くなる。
対外依存度の高いパキスタンと異なり、核実験後の「制裁」で国の存続が揺るいでいる訳ではないが、5年から10年の期間で考えると、じわじわと影響が出てくるのだ。今やインドの中では核実験は過去の出来事と化しているが、忘れた頃にそのコストを支払わなければならなくなるのだ。
さて、今日からクリケットの対パキスタン戦がカルカッタで始まった。今回はスリランカも巻き込んでの三国対抗戦だ。一日目はパキスタンが185(all out)、インドの26(1 wicket)で始まった。また四日間のドラマが始まったのだ。
- 2月15日(月)
- 世銀のレポートを読んで、コメントをつけるという仕事を持って帰って来た。
約10年前、この業界に入ったときには、世銀というと、「全知全能の何でも解決できる凄い国際機関」と盲目的に思っていた。いつか世銀で働いてみたい、とも思っていた。今でもその思いは少し残っているのだが、「あれもやってます、これもやってます。ああいう問題があって、こうするべきなんですよ。このように我々正しいことやってるんです。」というレポートを読むにつけ、「作文が上手い」ということにひたすら感動する。でも、世銀も百方美人であろうとするばかりに、大した事が出来ていないに。国際機関たるもの、多かれ少なかれ、自画自賛的・自己増殖的なところがあって、鼻につく。
「参加型開発」も良い。「地方分権」も良い。「プライマリヘルスケア」も良いし、「初等教育の重視」、「環境への配慮」も良いだろう。でも、「核実験後の経済措置」の後始末、という、全く次元の違う、出口のない問題で、日本とインドの板挟みになって毎日頭を悩ませている哀しい援助機関の人間もいる、ということを知って欲しい。
そう言えば、J B Patnaikの後任のオリッサ州首相の選出は、またしても、「Sonia Gandhiに一任」ということになったらしい。オリッサの国民会議派は割れているはずなので、当然選挙で決まるのだろう、と思っていたのだが、まったくねぇ、という感じ。早く総選挙やって、BJPを打倒し、「ガンディー王朝」を樹立しよう!各州の首相はマハラジャ、ということでいいんじゃないか。あほらし。
あーぁ、つかれた。百關謳カの「御馳走帖」読んでねよう。
- 2月14日(日)
- 今日は朝からソフトボール大会があったのだが、だるいのでお休み。
昼過ぎにMr Vermaのところへ出かけて行き、彼の奥さんの妹の結婚式に出るために、デリーから100km足らずの所にあるBulandshaherというUP州の街へ行く。約2時間のドライブ。出発が遅れてしまったので、真っ暗な中、これぞアンバサダーのための道、クラウンよ悔しかったらここ走ってみろ、と言わんばかりの恐ろしいガタガタ道を行く。飛ばして行きたいが、暗闇から牛が出てくるは、人もウヨウヨ歩いているはで、50km以上のスピードを出すことが出来ない。それでも、インドの醍醐味、「無理な追い越し」をやったりして、恐かったが結構楽しい道のりではあった。
Mr Vermaは道路整備を所管する役所に務めているのだが、彼の友達(というか、何だか良く分からないが、どこかのプロジェクトのコントラクターらしい。インドのお役人って、大なり小なりこういう「不明瞭な関係者」(笑)というのがいて、色々便宜を図ってくれるものらしい)が、ドライバーを連れて来た。帰りが遅くなるので、帰りの道を僕に代って運転してもらうためだ。彼はネパール出身、それも、トレッキングで行った、Sol谷出身のシェルパ族だ。懐かしくなって、トレッキングの間繰り返し歌っていた、"Resson Pireeree Resson Pireeree..."という歌を歌って聞かせたら結構ウケた。
さて、Verma家関係の結婚式に出るのはこれで3回目。本当はだるかったので、遠慮したかったのだが、お付き合いとして行ったのだった。最初に行った時は、まだインドの結婚式なるものにも興味があったので、クルタにドーティーという、半分「受け狙い」の格好で行ったのだが、もうそういう「時代」は終わったのだ。今日は普通のインド人男性と同じく、スーツ姿。代りに、これも「反則技」のデジカメを引っ張り出し、田舎のニイチャンネエチャンに写真をその場で見せて驚かせる。一時は10人以上に取り囲まれてしまった。
さて、Mr Vermaの奥さんの家は、7人兄弟でうち6人が女性、孫も6人中5人までが女の子、という、恐ろしい女系家族だ。結婚式の費用は娘側持ちが原則だから、大変な出費になるのだろう。だから、一寸多めに御祝儀を持っていった。今日の式は5番目の娘さん。お相手はお見合いで決まったとの由。
さて、一通りの式を済ませて、帰りである。僕が運転しても良かったのだが、折角遠くまできてくれたので、帰途はシェルパ君に運転してもらうことにした。「山出し」の青年だから、大人しい運転だろうと思っていたら、これが大違い。時速100km近くで突っ走り(アンバサダーがどうにかなっちまうんじゃないかと心配だった)、行きに2時間かかった所を、1時間20分位でデリーについてしまったのだった。
ヴァレンタインデーの結婚式、というとロマンチックだが、インドではヴァレンタインなど所詮商業主義に侵された中流以上のお話。日本のような義理チョコなるものもこの国にはない。
- 2月13日(土)
- 何にもしない土曜日。それも癪である。シンガポールで買って来た、2年前の(?)牛肉の固まりを引っ張り出して来て、ローストビーフを作った。レシピはインターネットで。
我ながら旨く出来上がったのだった。
インドに来てからというもの、半分ヒンドゥー化しているせいで、牛肉を食べたり、調理したりするのには何となく罪悪感が伴ってしまう。今日のローストビーフも、「もう買ってしまったものなのだから仕方が無い。きっちり食べて上げるのが牛の供養にもなる」と割り切って作ったのだった。
ヒンドゥー教徒は「聖なる牛」を食べないのは良く知られている。また、イスラム教徒が「不浄なる豚」を食べないのも良く知られている。その結果、インドで手に入る肉というのは、鶏か羊のものが殆どだ。ところが、ヒンドゥー教徒の間でも、「牛だけでなくて、豚もダメ」と言う人が多いということは余り知られていないのではないだろうか。
ヒンドゥー教は、穢れを重視するため、独自の穢れのスケールで下位に置かれる豚を忌避する、という説明も出来るのかも知れないが、これはイスラム教の影響ではないかと思う。
一部の極右勢力は、ヒンドゥー教は純粋であり、それ以外の宗教は邪である、との思想のもとに、イスラム教徒やキリスト教徒の攻撃を行っているが、世界の主要宗教(ヒンドゥー、イスラム、クリスチャン、ユダヤ教、仏教...)が存在し、歴史的に折り重なって成り立ってきたこの土地で、ヒンドゥー教の純粋性、というものを唱えること自体が、おかしな話だ。これは、「分割して統治する」との植民地経営を行って来たイギリスの残した大きな不の遺産なのである。
- 2月12日(金)
- 力を入れて書かなければいけないことというのは、ラダックのとある仏教寺院のことなのだが、週末に譲ることにした。
昨日、ビハール中部のNarayanpurというところでまた虐殺事件が起きた。Ranvir Senaという地主の自警団から発展した武力集団(非合法)がDalit(低カースト・不可触民)の村を襲撃したのだ。11人が殺された。新聞によると、1977年以降、ビハール中部ではこのような虐殺事件が28回起きており、合計で500人近くが殺されているという。
ビハール中部からマディヤプラデシュ東部、アンドラプラデシュ中部にかけては、Naxaliteもしくはインド共産党マルクスレーニン派とよばれる極左政党(非合法)による、搾取階級からの小作人の解放、を目的とした活動が活発だ。当初は、法定最低賃金(一日32ルピーと食事の提供)の支払いを求めていたが、活動の激化とともに、地主からの土地の奪取も行うようになり、Naxaliteの「解放村」もあると言われる("English August"にもそのような村が登場する)。
一月の末にも同じような虐殺事件が起こっていることから、同州のRabri Devi政権(Rashtrya Janata Dal)の失政を理由として、BJP政権は、憲法356条による州政府の解任・州議会の停止・大統領直轄制度の導入を決定した。
BJP連立内閣は、昨年9月にも同様の決定に基づき、大統領にビハール州への大統領直轄の適用を勧告したが、大統領がこれを認めなかった、という経緯があった。その際は、政権側も矛を納めたのだが、今回の虐殺事件の続発で、堪忍袋の尾が切れた、というわけだろう。今回は、大統領もすぐ裁可を下した(前回も、大統領の拒否にも関わらず、もう一回政権側が勧告を行っていたら、実質的に大統領は拒否できなかった)。
さて、ビハール州の政権は、僕が「インドの田中角栄」と読んでいるLaloo Prasad Yadavが、1997年まで州首相を務め、汚職疑惑で収監される直前に自らの妻Rabri Deviを後任に据えた、というものである。Lalooの政党であるRashtrya Janata Dalは、ビハール州議会で、国民会議派からの緩やかな支持を取り付けつつ政権を維持してきたが、今回の事件を受けて、国民会議派は、Rabri Devi政権は統治能力を失った、としており、大統領直轄の後に行われる州議会選挙では、同議会における第一勢力のRJD、第二勢力のBJP、第三勢力の国民会議派が三つ巴の戦いを繰り広げることになりそうである。
国政レベルでは、BJP政権に参加している地方政党(お馴染みJayalalitha、オリッサのNavin Patnaik、西ベンガルのMamata Banerjee)が、夫々の地元州にも大統領直轄を適用すべし、との要求を掲げる可能性が高くなる。また、国民会議派も、RJDを批判するとともに、今回の事件をBJP攻撃の材料に使う可能性も高い。
また、Sonia Gandhiが虐殺の行われた村を訪問するという。これが純粋な気遣いから出たものならばよいが、来るべき選挙に向けたポーズである可能性が高い。
と、いうように、政治家というもの、何か事件が起きると、それを全く関係のない脈絡でも利用して、権力の座に着こうとするものである。今回の事件後、政治家が虐殺の危険・貧困に喘ぐ民衆を如何に救済するか、という議論を行っているのはみたことがなく、口を開くと反対勢力への批判ばかりである。「政治家の血」がそうさせるのだろうが、余りにも哀しい状況である。
- 2月11日(木)
- 今日は本当に良く働いた。実は、一寸力を入れて書かなければならないことがあるのだが、昨晩仕事を持って帰ったら午前4時過ぎまでかかってしまったので、とてもとても眠い。今日の日記は手を抜いてしまおう。
昨日、某上司のことを書いた。想像を絶した話(オオゲサ)であり、充分に理解出来ていたかどうか自信がない。正確を期する必要があると思ったので、今朝、御本人に日記を見せたのだった。約2時間後、仕事に励んでいたら、以下のお叱りのメールを頂いてしまった。すいません。(転載了解済)
>"Re: 日記の件" dated Thu, 11 Feb 1999 xx:58:57 +0530 from 某上司:
> 昨日の日記を拝見し、以下の点をコメントしたく、是非ともホームページの読者に小
> 生の真意を伝えて頂ければ幸甚。
>
> 1)小生は、基本的に「虫」は、カブトムシ、クワガタ以外は大の苦手で、日頃から極
> 力顔を合わせたくないと考えているが、インドは虫が多く、しかも大手を振るって家
> の中で動き回っているので、頭を痛めている。
> 2)昨年後半から増えているのがコオロギで、夜、会社から自宅に戻り電気をつける
> と、何匹も床の上で一時の「休息」を楽しんでいる(ように見える)ことが多く、注
> 意して室内を歩かないと、コオロギを踏んでしまうのではないかと非常に心配にな
> る。と言うのも、幼少の時、道を歩いていたら、知らぬ間にカマキリを踏んでしまっ
> たことがあり、その時のもだえ苦しむカマキリの姿が今でも脳裡から離れないため、
> インドで今度はコオロギを踏みつけてしまったら、恐らく一生後悔することになるだ
> ろうと思うからである。一方、コオロギにとっても小生の不注意で踏み潰されてしま
> ったら、それこそ迷惑なことではないだろうか。
> 3)だから、コオロギを踏み潰す前に除去しなければならないのだが、手で捕まえるの
> は、コオロギは一般的に必死になって逃げようとするので、どうしても手に必要以上
> の力が入り、捕まえた瞬間に握り潰してしまうことが多い。たとえ、ティッシュペー
> パーを使っているとしても、ペーパーを通した「潰れる時」の感覚が、たまらなく嫌
> なので(いくら手を洗っても、その感覚だけはなかなか取れない)、手で捕まえる前
> に、相手がじっとして動かない状態を作り上げる必要が出てきてしまう。そこで考え
> たのが、「火」を使って、相手が息絶えたところをティッシュペーパーで取る方法で
> ある。そうすれば、潰すことなく、コオロギを除去出来ることになる。
> 4)この方法にはもう一つ良い点があるが、それは、息絶えるまでの間、恐らくそのコ
> オロギが仲間に何らかの危険信号を送ってくれるか、少なくとも他のコオロギが遠巻
> きに仲間が死んでいくのを見て、「この家の主人は危険人物だ」と認識し、我が家か
> ら去っていってくれる、もしくは少なくとも人が歩き回るような所には出てこなくな
> るのではないかということが期待出来る点である。一瞬の内に殺してしまう方法で
> は、この点は期待できない。実際に、「火」を使い始めてからは、心なしかコオロギ
> の数が減ったように思う。
> 5)小生のやり方は、上記の通り、非常に深い意味を有している訳であり、決して異常
> な行為ではないと自負している。百歩譲って「一般的な方法ではない」としても、も
> し小生が嬉々として、例えば「イーヒヒヒヒ」という声を発しながら、コオロギを追
> い掛け回しているのであれば、小生自身も「ちょっと異常かな」と思ったりもする
> が、必死に飛び回って逃げるコオロギを追い掛け回す小生は、とにかくこれ以上コオ
> ロギの「犠牲者」は出したくないとの思いを抱いて、真剣に対応しているのであり、
> 決して「異常」ではない点、誤解されないようにして頂きたい。
>
> 以上
>
ということで、読者の皆さん、これが真意です。真剣なのです。断じて「異常」ではないのです。でも、コオロギを追い掛け回している間に、不注意で他のコオロギを踏み潰してしまったら、どうするんでしょうね?(極めて内輪ネタですみません)
- 2月10日(水)
- 以前、ゴキブリとの闘争について書いた。当時のゴキブリ掃討欲については一寸異常だったかなぁ、とは思っているのだけれど、今日、上には上がいるものだ、という話を聞いた。
夕食の席上、ゴキブリが苦手だ、という出張者(女性)の話から、「我が闘争」について話していたら、某上司(名前は伏すが、私のすぐ上のあの人)が、家の中にゴキブリだけでなくコオロギなど、様々な虫が迷い込んで来て困る、と言い出した。その某上司は、何と、蝿叩きなどで始末すると、後が汚れるのが嫌だし、間違って踏んづけたりすると虫がかわいそうだ、と言い出した。ではどうしているのですかそのまま放ってあるのですかそれともちり紙なんかでそっと包んで外に逃がしてやってるのですか、と聞くと、何と、マッチで焼いてしまうのだ、という回答が返って来て、唸ってしまった。コオロギなどは、焼こうとすると跳ねて逃げ回るので、マッチをもって追いかけて始末するのだそうだ。
前から、いきなりピシャリと潰される蚊が、その瞬間何を見て何を考えるのか、ということが気になって仕方が無い僕もおかしいのかも知れないが、僕が虫ならば、どうせ殺されるのなら一気につぶされてしまいたい、と思う。色々な始末の仕方があるものだが、やっぱり燃やしちゃう、というのは随分変だなぁと思うのですよ。「私も燃やしますよ。やっぱり燃やすのが一番!」という人がいたら、是非メール下さい。お友達を紹介します。
- 2月9日(火)
- さしあたり書くことがないので、政治ネタに振ってしまう。
1月25日の項に書いたオリッサ州で発生した伝道師とその息子2名の虐殺事件、その後引き続いて発生したレイプ事件(同州首相側近が関与したと言われている)、修道女のレイプ事件、クリスチャンの殺人事件(後に犯人はクリスチャンであったと判明)などの責任を取る、という形で、J B Patnaikオリッサ州首相が辞表を提出した。
インドの連邦制の下では、州首相が辞任、もしくは政権の維持を断念する場合には、中央政府により任命された、大統領の名代たるGovernor(知事とも総督とも)に辞表を提出するのが正式な手続である。ところが、オリッサ州首相は辞表を国民会議派のSonia Gandhi総裁に提出したのである。
各州の首相は、州議会で多数を占める政党から選出されることとなっており、特に州議会議員でなくても首相となることは可能であって、例えば、ビハール州の前首相、Laloo Prasad Yadavが、汚職疑惑で収監される直前に、殆ど文盲に近いと言われる自らの妻(Rabri Devi)を後任の州首相に据えて、ビハール州での実権の確保を図った、というようなことが起きる。それ故に、今回のオリッサ州首相の辞任劇(後に触れるように未完劇である)の第一幕が、「党内決定を優先する」との観点から、Sonia Gandhi総裁への辞表提出、という形で終わったのは、別におかしな話ではない。
今回の辞任劇の主因は、一連の事件もさる事ながら、オリッサ州の国民会議派内が、J B Patnaik派と、州副首相であるB K Biswalを支持する一派に分裂していることにある。Biswal派は、一連の事件を奇貨として、Patnaik下しを狙って、Sonia Gandhi総裁への直訴、という形をとった。Sangh Parivarによる非ヒンドゥー教徒弾圧を非難している国民会議派にとっては、同派州政権の下で起きた一連の事件について目をつぶる訳には行かず、何らかの措置が必要とされていた訳で、Patnaik批判を無視することは出来かった。2月8日、Sonia Gandhi総裁は、Patnaik州首相をデリーに呼び出し、オリッサの状況を聴取したが、9日、Patnaik州首相は辞表を提出した。
さて、問題はその後の国民会議派の反応である。国民会議派のスポークスマンは、「本件の処置は、Sonia Gandhi総裁の処断次第である。下のレベルでの党内民主主義は尊重されるべきであるが、同総裁が如何なる決定を下そうとも、それは彼女の判断による国民会議派の党益の反映である」と述べた。9日夕刻現在、辞表が受理されたのかどうかは明らかにされていない。本当は辞任したくないPatnaik氏は、一縷の望みを掛けて公式に提出すべき州知事ではなく、Sonia Gandhi総裁に辞表を提出したのではないか、との見方さえある。(10日現在でも未定。Patnaik支持派は、Sonia Gandhi総裁に対して、辞表を受理しないように求める運動を開始。一方国民会議派スポークスマンは、「党員は全て総裁の決定に従う。彼女の決定は絶対だ」と発言。)
先のデリー、ラジャスタン、マディヤプラデシュの州議会選挙では、国民会議派が勝利を納めたが、その勝利の後、本来であれば当選した国民会議派議員の互選により州首相を選出するのが筋であったにも関わらず、三州とも、「国民会議派議員の総意として」、「州首相の選出はSonia Gandhi総裁に一任」との決議が行われ、各州首相は同総裁により選ばれることとなった。このように、国民会議派では、何事もthe party high command(= Sonia Gandhi)により決定される、というのが恒常化しており、今回の辞任劇もそのコースを辿っている。
勿論、これら諸々の決定は、Sonia Gandhi総裁が自ら下しているわけではなく、党幹部との協議に基づくものであることに違いない。しかし、これらの出来事を見ていると、Sonia Gandhiという存在、言い換えればNehru Familyの威光無くしては結束し得ない国民会議派というのも問題ではないかと思うのである。地方政党でも状況は似たり寄ったりではあるが、「世界最大の民主主義の正統派」を自任してやまない国民会議派がいつまでもこのような状況では、いっそのこと、インドを「Nehru王国」、に改組してしまった方がみんな幸せで良いのではないか、とも思えてくる。
因みに、僕は彼女は名前で二重に「得をしている」と思っている。第一には、Gandhiというファミリーネーム。正確には、Mahatma GandhiとNehru家の間には血縁はなく、言わば借り物の名前なのだが、これは言うまでもなく、Mahatma Gandhiを想起させ、インド人の心には訴える名前である。もう一つは、Soniaというファーストネーム。これは、れっきとしたイタリア人の名前であり、クリスチャンネームであるが、北インドの女性の伝統的な名前の一つにSoni(美しい、輝いている、と言う意味)があり、Soniaに似ている。これによって、多くのインド人(我が家の使用人など)は、Soniaというのはインドの名前である、と信じ込んでいる。この、ある意味では「運命の組み合わせ」は、インド大衆が彼女をリーダーとして受け入れる無意識の部分を構成していると言えるのではないだろうか。
Nehru家の御曹司、Rajiv Gandhiがイギリスで恋に落ちた相手の名前が、Victoriaだったとしてみよう。彼女がRajivと結婚して、Victoria Gandhiとなる。そしてRajivは暗殺され、Victoriaが残された。時は流れて、Victoriaは政治の舞台に担ぎ出されることになるが、インド人は、もう一度Victoriaに統治されたいと思うだろうか?
ある意味では、Sonia Gandhiも歴史の悪戯に翻弄されている哀しい女性の一人なのかも知れない。
- 2月8日(月)
- 常連のJayaオバサン絡みの政治の話が色々あるのだが、カルカッタ編を書いていたら疲れたし、一々書くのも面倒なので止めておく。興味の有る方はこちらご参照(但し英語)。この記事が掲載されている、Rediff On The Netというページは、The Hindu, Hindustan Times, Times of India, Indian Expressなどの大新聞のサイトとは一味違った角度からインドで起きていることを採り上げており、ポップカルチャーなども含めた「インドの現在」を知るためには絶好のサイトである。
とあるきっかけで、年末年始の「南インドエセ貧乏旅行編」の一部、「コーチンのToddy屋」のページを作った。
- 2月7日(日)
- 木曜日からデリーで始まったクリケットの対パキスタン第2戦は212点差でインドの大勝利となった。昨日までの段階で、インドはパキスタンに400点以上の差をつけ、実質的に勝利は決まっていたのだが、大記録が生まれた。KumbleというBowler(野球でいうピッチャー)が、今日一日でパキスタンのBatman(野球でいうバッター)10人全員を一人でアウトにする、というもので、クリケットのテストマッチ(二国間対抗の5日試合)では、1956年以来の史上2回目の快挙だという。
今回のテストマッチは、インドとパキスタンの一勝一敗で、テストマッチ杯は、両チームが分け合うこととなった。両チームのキャプテン共、相手チームの健闘を賞賛し、良い試合が出来た理由の一つとしてすばらしい観客があった、とのコメントを述べていた。ここに至るまで色々あったテストマッチだったが、何も事件が起きなかったこと、観客の反応が予想以上に良識的だったこと、など、「インドの良識の勝利」ということも出来、傍目に見ていても胸をなで下ろしたくなる気分だ。
インド国内でのパキスタン戦は、バンガロールなどでのOne Day Match、スリランカも交えてのカルカッタでの3国対抗戦など目白押し。インド中が一喜一憂する日がまだまだ続く。個人的には、短期戦で、終局に向けて異様に盛上るOne Day Matchの方が好きなので、これからのシリーズが楽しみだ。
- 2月4-6日(木-土)
- 東京からの出張者と共に、カルカッタに出張。我が社がファイナンスしている、「カルカッタ交通基盤整備事業」の現場視察及び実施機関との協議。
朝6時デリー発の飛行機に乗るために、家を4時半過ぎに出発。前の晩、疲れてソファーで10分位寝ようと思って横になったのだが、目が覚めたら、4時20分!シャワーを浴びる暇もなく、着替えと荷物のパッキングをして、迎えに来てくれた事務所の車に飛び乗る。
一時期濃霧で発着便の遅れが恒常化していたデリー空港も、段々暖かくなって来たせいか、殆ど霧の影響は無く、Jet Airwaysは定時発・定時着。途中、朝日に染まったヒマラヤが見えた。トレッキングの日々が懐かしい。
午前中、高架橋などが建設される予定の現場を視察。まだ工事は着工されていないので、6月に訪れた際から殆ど変化はないが、人口密集都市カルカッタにおける公共事業の難しさを再認識させられた。
午後遅くに予定されている、西ベンガル州政府で本案件を担当している大臣との面談まで時間があったので、出張者と共に、マザーテレサの家(Missionaries of Charity)を訪問する。門は閉ざされていたが、中から修道女が開けてくれ、マザーテレサが埋葬されている部屋に導いてくれる。飾らない部屋の中に、マザーテレサは埋葬されていた。そこに辿り着いてみると、興味本位で来てしまったのが何となく悔やまれた。途上国の生活水準の引き上げに何らかの形で貢献したい、との思いで今の就職先を選んだ私ではあるが、マザーテレサのような「無私の奉仕」は一生かかっても出来ないと思うし、そう思うと、彼女、そして今も奉仕活動を続けているMissionaries of Charityの貢献は、悪い意味ではなく、正に「信じられない」ことだ。
退出する際に、修道女が、マザーテレサの言葉を記したものをくれた。そこには、
The fruit of SILENCE is Prayer.
The fruit of PRAYER is Faith.
The fruit of FAITH is Love.
The fruit of LOVE is Service.
The fruit of SERVICE is Peace.
Mother Teresa
とのマザーテレサの言葉が記されていた。「無私の奉仕」というのは厳密には正確ではなくて、「神の御許に近づくための奉仕」という、極めて個人的な欲望(という言葉が正しいかどうかは分からない)が最初の動機だったのかも知れない。
私は10年前、旅の終わりにカルカッタに来たとき半日だけ、「死を待つ人の家」でお手伝いの真似事をさせて頂いたことがあるが、今にして思うと、余りにも軽率な行動であったのではないか、と悔やまれてならない。
さて、円借款事業の担当大臣との会見は、何と、カルカッタ郊外のスタジアムで行われた。この大臣は、交通部門のみならず、スポーツ・文化も担当されており、時間の関係で、先約のあったスタジアム内の大臣室での会見、ということになったのだ。
この国のエライさんの例に違わず、大臣は会見時間には遅れて来た。そのお蔭といっては何だが、丁度スタジアムで行われていた、全インドクラブリーグの、東ベンガルクラブ対ゴアクラブチームのサッカーの試合を垣間見ることが出来た。以前にも書いたことだが、西ベンガル州は、クリケットが支配的なインドの中で、サッカーのメッカといっても良いところで、サッカーファンが多い。このスタジアムも、14万人収容可とのことで、世界でも最大級だ、との説明を受けた。
肝心の試合の方は、東ベンガルチームが1対0で勝ち。同チームはインドでも代表的なチームで、日本に遠征したこともあるとのこと。周りの観客は、「今日は弱いチーム相手なので、余りベンガルチームは本気でやってないんだ」と言っていたけれども、素人目に見ても、余り気合の入ったゲームではなかった。スタジアムの当局(?)が気を利かせてくれて、電光掲示板に、"Welcome to Japanese Delegation"という大きなメッセージを出してくれたが、少ないながらも試合に熱中していた観客の目には入らなかったことだろう。
大臣との会見は、単なる表敬かと思っていたのだが、細かい議論になり、若干失礼かなぁ、と思いつつも、厳しいコメントをせざるを得なくなったのだった。嫌な顔もせずに議論に付き合ってくれた大臣に感謝。
2日目、午前中少し時間があったので、カーリーガートと呼ばれるヒンドゥー教の寺院に行く。ここは、カルカッタの地名の元になったとも言われる、Kaliという女神の寺院だ。KaliはShivaのお妃であるParvatiの怒相ともいわれ、殺戮と破壊の神だ(語弊があるのを恐れずに書くと、女性のヒステリーの極みを象徴したものとも言われる)。その絶大なるパワー故に、同じく殺戮の女神として知られるDurgaと共に、ベンガル地方での信仰が根強い。このKaliのお寺では、日常的に生け贄が捧げられている。人々がヤギやニワトリを持ちよっては、神殿の前で首を落とし、それを神に捧げるのだ。僕が10年前にやって来た時には、正に犠牲の最中で、脅えて震えが止まらないヤギが次から次へと連れてこられ、血に飢える女神への捧げ物と化していったのだった。残念ながら(?)今回は、捧げ物が行われる日では無かったのか、犠牲の場は空っぽで、拍子抜けがした。
その後、州政府のお役人と、プロジェクトについて協議。またしても、きついことを言わざるを得なくなるが、皆、"No Problem"の連発で、心配になる。デリーに帰ったら、きついことをレターにして、再確認を求めることになろう。
3日目(土曜日)。出張者を送り出してから、デリーに帰るまで時間があった。ホテルの部屋でゴロゴロしていたのだが、何となく、「カルカッタに来るのもこれが最後になるかも知れない」という気がしたので、10年前に貧乏旅行で来たときの安宿街を覗いてみることにした。安宿街とは、「地球の歩き方」にも載っている、サダルストリートである。インド博物館の隣の通りで、安宿、レストラン、旅行代理店などが集まったところで、世界各国からのバックパッカーが集まり、各種ポンビキなども徘徊しているので、地元の人には至極評判の悪い通りだ。
10年前に、サダルストリートに辿り着いた時には、何処の宿も一杯で、とある宿の屋上に一泊10ルピーで泊めてもらった。そこは既に沢山のバックパッカーで占領されており、外国人のオネエチャン達がパンツ丸出しで堂々とシャワールームに通うのを見て、ドッキリしたりしたことを覚えている。また、宿の裏の小道にあった、魔窟のような中華料理屋で、長期滞在しながらマザーテレサの施設でボランティアをやっているという日本人に出会い、蝋燭の火でアヤシゲなオバサンが持って来た極めてアヤシゲなラーメンを啜りながら、「ちょっとでも良いから、手助けに来てみなよ」と誘われたのもこの一角だ。因みに、今回の出張では、オベロイ・グランドという、カルカッタの最高級ホテルに泊まったのだが、オベロイからこのサダル・ストリートまでは歩いても5分とかからない至近の距離にある。10年前には、全く別世界であって近寄るのもオゾマシイ、と思って忌避していたオベロイは、今回駐在してからは、カルカッタに出張する際の定宿になってしまった。勿論、他の宿もあるのだが、10年前に培ったコンプレックスが未だに残っていて、カルカッタならオベロイでなければ、と思っている自分があるのだ。
今回行ってみると、サダルストリートは往時の雰囲気は残しているものの、何となく小奇麗になった感じで、僕が泊まった宿も中々見つからなかった。大体ここかと思い、一つの宿に行ってみると、そこでは屋上に人を泊めたことはない、という。隣がそうかもしれないよ、と言われ、行ってみると、果して10年前に僕が泊まった宿だった。しかし昨今屋上はやっていない、という。参考までにシングルルームの値段を効いてみると、Rs150だという。確か、10年前の個室の相場はRs50〜70位だったと思うので、倍以上の値段になている。この宿を出ようとしたら、「宿探してんのぉ?」というポンビキに会ったので、「そうじゃないよ。10年前にここに泊まったんだけど、今俺はオベロイに泊まってんだ〜。」と言って、オベロイのルームキー(電磁カード)を見せ付けてやると、ポンビキ氏は目玉を丸くして驚いたのだった。
魔窟の中華料理屋も探し回ったのだが、見つからなかった。やはり10年の歳月は街を変えてしまったのだろう。
その後、オフィスの同僚と我が家のMassi・Pushpa達へのお土産にと、ベンガル名物のRasgolaというシロップ漬けの甘いお菓子の缶詰を二つ購入。一つRs60。ところが、これを手荷物に入れていたところ、空港のセキュリティーチェックで、謎の金属容器、ということで引っ掛っかった。「これはRasgolaだよ」というと、セキュリティーのオッサンはそうかそうかRasgola旨いよなぁ、と喜んだが、決まりは決まり、ということで、預入れ荷物にされてしまった。お蔭で、デリー空港についてから随分と待たされることになったのだった。
- 2月3日(水)
- 一日かけて、我が社がファイナンスするプロジェクトにおける、モノの調達に際して、どのような考え方で入札手続を進めていけばよいか、についてのセミナーを行う。核実験後の「経済措置」により、新しい案件の採り上げが出来ない状況であるにも関わらず、インド中から60人強の出席者があり、活発な議論が行われた。丸一日、俄か作りの「司会者」として貼りついていたので疲れた。
- 2月2日(火)
- 笑ってしまうけれど、デリー警察が如何に真面目にパキスタンとのクリケットマッチを警備しようとしているか、というお話。
Shiv Senaからの脅迫の一つに、「クリケット場に毒蛇を放つ」というものがあった由。結局、Shiv Senaの脅迫は取り下げられ、インド・パキスタン両軍はチェンナイで正々堂々と戦った訳だが、パキスタン戦の安全確保に威信をかけているデリー警察は、「毒蛇を放つ、とのアイデアが一端公表された以上、同じことをやろうとする過激派や愉快犯が出てこないとは限らない」と警戒を強化し、今週の木曜日から予定されているパキスタン戦に、「インドの秘密兵器」を配備することとした。
なんと、デリーでのマッチの間、蛇遣い15人を臨時雇用し、クリケット場内の警備に充てる、とのこと(Star Newsによる)。
インドと言えば蛇遣い(パキスタンにも沢山いるとは思うけれど)。デリーでも観光スポットに行くと必ずいて、観光客を見かけると、写真を撮らせては大枚を巻き上げんと、一端食いついたらそれこそ毒蛇のように放さない。我がオフィス(Jantar Mantarという天文台に隣接)の前でもいつも見かけ、その度に、あれは毒牙を抜いた蛇で、どうせ好い加減なものなのだろう、と思っていたが、全国民が注視するパキスタン戦の警備にも一役買うことになるらしい。
Star Newsの取材を受けた蛇遣いのオッサンは如何にも誇らしげだった。
- 2月1日(月)
- 昨日の日記を書いていたら何だか書くことに飽きた。文章力が無くて困る。書いている時が花で、書き終わって読み返してみるに、余程インドに興味を持つ奇特な人しか読む気にはならないだろうというものばかりで、我ながら呆れる。
昨今、寝る直前に読んでいるのが、内田百閧フ「御馳走帖」(中公文庫)という随筆集なのだが、これはタイトルの通り食べ物の話であって、実に上手くてそして「旨い」。書かれていることは、食べ物と酒に関する百關謳カの与太話半分、思い出話半分といったもので、他愛ない内容ではあるのだが、どの話もこれが実に面白く、引き込まれてしまう。百關謳カの人柄がにじみ出る名随筆集である。
この日記も与太話ばかりを書き続けて約10ヶ月、同じ与太話でも、百關謳カ並みに書くことが出来れば人様への見せ甲斐もあるというものだが、少し前の日記と読み比べてみても、何ら成長の跡が見られず、悲しくなる。ただ量を書けば良いというものでもないらしい。
今日から2月。月末の来年度予算案発表に向けてまた政治の季節となるが、このところ、インドの政治のことばかり書いていて疲れたので一寸一休み。