- 6月30日(水)
- 朝から仕事で相当不愉快なことがあったので、一日機嫌悪く過ごす。やるべきことをやるべき水準までやってから文句言って欲しい...。
機嫌を取り直して、出張者との夕食。食事を終えてから、幹事役の某同僚君が、「デザートは別に頼んでありますから」と意味不明のことを言う。どうしたのかなぁと思っていたら、なんとわたくしのためにバースデーケーキをアレンジしてくれていたのだった。今更誕生祝いでもないと思っていたのだが、こうやって祝ってくれるとやはりうれしいものだ。粋な取り計らいに感謝。
家に帰ってから今日も原稿執筆。しどろもどろになってしまったが、半ば強引に形にする。今日はここにモンスーンのことなどを書こうかと思ったのだが、もう遅いので明日以降に。
カシミール紛争関連
- Dras地区での激しい戦闘で死者多数。正式発表では、これまでの死者は200名を超えたとされるが、実際にはその倍以上が死亡しているのではないかとも伝えられる。
- Vajpayee首相にSharif首相の親書を渡したとされるパキスタンの元外交官、イスラマバードで、「武装侵入集団の退却についてインド・パキスタンで合意が見られた」と発言するが、Vajpayee首相はかかる合意の存在を完全否定。
- 6月29日(火)
- モンスーンはデリーにもやってきたらしいが、雨が降るのは専ら夜だけで、昼間はカンカン照りなので、蒸し暑くていけない。まるで日本の8月のようだ。
仕事の上では実に不可解・不愉快・不条理が多くて悩まされている今日この頃だが、基本的にはやらなければいけないことを淡々と片づけさせて頂いただけの一日。さてと、原稿書かなければ...。
カシミール紛争関連
- パキスタンのSharif首相、中国訪問の予定を繰り上げて帰国。
- (昨日)在ニューデリーのパキスタン高等弁務官事務所(大使館)、所員一名が行方不明になったとしてインド警察に捜索要請。同所員はUP州の空軍基地周辺にて発見され、「外交官にふさわしくない行いをしていた」との理由で国外退去を求められた。一方、インド側発表によると、イスラマバードのインド高等弁務官事務所の領事部職員がパキスタンの情報部に拉致され暴行を受けたとの由。パキスタン側はインド側の主張を否定。
- 6月28日(月)
- 昨晩雨が降ったお蔭で、朝の内は心地よかったが、燦々と照る太陽の下、昼過ぎからやたらと蒸し暑くなった一日だった。
朝一番で若干ショックな情報。ここには書かない。その内分かる。
昼食にはMassiが妙に奮発してくれて、揚げたてのあつあつプーリーと南インド風のあっさりした野菜カレーを作ってくれた。
午後は来客。いつもの如く、明るい話はなく、申し訳なく思う。そして夕刻から某役所に行って若干隠密の仕事と、原稿執筆のための取材。
夜は遅すぎず早すぎない時間に帰宅し、近頃にしては珍しくビールを一本開けながら夕食。そしてこれまた久しぶりにビデオでお能と落語を堪能する。
といった、実に書くことのない平凡な一日だったが、こうしてまた一つ齢を重ねてしまったのだった。三十を超えると今更祝う気もなくなるが、さてこの私、この先どこにいくことやら。
カシミール紛争関連
- パキスタンのSharif首相、6日間の予定で北京訪問。同首相と会談した中国の朱首相は、「インド・パキスタン両国が対話を通じて緊張の緩和を図ることを希望」と述べ、予想されていたように、明らかにパキスタンを支援するような発言は無し。
- Vajpayee首相、カルギル地区での戦闘に関する全党協議会開催。今回の事態に至った経緯について問題視する政党もあるものの、現段階では政府及び軍に対する支持を確認。国民会議派からは、繰り返し上院の緊急会開催要求が出されたが、緊急会開催の具体的日程は立っていない。
- インド外務省、パキスタンの元外務次官がデリーを訪れ、Sharif首相からVajpayee首相宛の親書をもたらしたと発表。一方、パキスタン外務省は同訪問を純粋に個人的なものとして、関係を否定。
- 6月27日(日)
- 今日は原稿も一本仕上がったし、結構気分よいのだが、これを書いている部屋のエアコンのための電圧安定器から煙が出てきたので、エアコンが使えず、暑い暑い。
カシミール紛争関連
- デリー訪問中の米国務省次官補代理、「今回の目的は、イスラマバードでの協議の模様を説明するためのもので、それのみを行った。何ら調停案は出していない」とし、「米国は、『インド側が侵入者への安全な退路を確保することによって今回の衝突を収める』との提案を行ったのではないか」、との見方を否定。
- インド国内報道によると、米ワシントンポスト紙に、米国政府当局者の話として、「パキスタン側がカルギル地区から撤退しない限り、来月に予定されているIMFからパキスタンへの1億ドル相当の国際収支支援に対して反対する」との記事が掲載された由。
- パキスタン外相、イスラム諸国会議に出席。
さて、今日の朝日新聞の記事に、以下のような記事が出て驚いた。
> === <990627-10> news.asahi/international, -(-), 99/ 6/27 17:37, 7行
> 標題: 「忍耐は限界に」インド首相カシミール問題
> ---
> PTI通信によると、インドのバジパイ首相は26日、同国西部
> マハラシュトラ州の都市プーナで、パキスタン側からイスラム武装
> 勢力がカシミール地方のインド側支配地域に侵入している問題につ
> いて、「インド側の忍耐は限界に達している」と述べた。
> バジパイ首相はさらに、「われわれは自制しているが、国の利益
> を守るために必要なしかるべき措置を取るだろう」と警告した。(
> 時事)
これを読んだ日本の人はどう理解するだろうか。インターネットで見る限りでは、そもそも日本の新聞では今回の衝突について継続的には触れられていないように思われるのだが(多分特派員から記事を送っても掲載されない?)、限られたコンテクストの中で、このような記事を見せられて、「とうとうインドは核を使うのではないか」という反応があっても読者を責める訳には行かないだろう。
この記事はPTI通信の配信の一部を抜き出したものだと思われるが、同じ発言を配信したUNI通信の記事はhttp://www.rediff.com/news/1999/jun/26vaj1.htmで読むことが出来る。両者を読み比べてみて、時事の記事が正確といえるかどうか、読者自身が判断して欲しい。
兎に角、日本の報道機関にお願いしたいことは、そもそも南アジア発の記事が掲載されることは少ないのだから、正確を期するとともに、出来るだけ記事のコンテクストを明らかにして欲しい、ということだ。
一方、今回の武力衝突とパキスタンへのIMF支援を結び付けるというのは如何なものか。「カシミールと国の破産とどちらをとるのか」ということなのだが、このような形でパキスタンを追いつめることが紛争の沈静に結びつくとは思えない。
- 6月26日(土)
- 何もしなかった土曜日。日が高い内に出掛けようとしたのだが、急に腹の具合が悪くなって断念。点かなくなってしまった電球のソケットを修理する。漏電していたようで、くわばらくわばら。
モンスーンはまだ来ない。湿気を含んだ空気が先行して来ているようで、蒸し暑くなってきて不快。
カシミール紛争関連
- インド外務次官、来週から英、仏を歴訪。カルギル問題を巡るインドの立場を説明するものと見られる。
- パキスタンのSharif首相、「カシミール問題全般を解決しないかぎり、カルギル問題は解決されず」と米代表団に語る。また、この問題を巡って、Clinton大統領と会談する予定とも伝えられる。同首相は来週中国を訪問予定。
- Vajpayee首相、平和を臨むが、インドによる一方的な攻撃停止はあり得なず、パキスタンとの協議再開は、武装侵入集団の撤退が条件と述べる。
- 米国国務相報道官、「パキスタンに支援された集団がLoCのインド側から立ち退くことが必要」と発言。インド国内では、インドの主張を支持したものとして歓迎される。
- インド内閣、安全保障関係調整会議を開催。28日にカルギル情勢を巡る全党協議会を開催予定。
- 6月25日(金)
- 同僚の一人から、「核戦争になるんでしょうか」と不安気に問われた。少々意地悪く、「そんなこと知らない。あんたがた一人一人を責めるわけではないけど、核の競争を始めたのはインドの政府で政府を選んだのはインド国民なのだから、核戦争になっても、まぁ自業自得だわなぁ」と答えた。ちょっと意地悪過ぎたので、「デリーが攻撃されたらみんな一緒に消えてなくなろうぜ」と、フォローにならないフォローを入れたら、余計皆暗くなってしまった。そうしたら、「デリーは攻撃されない。攻撃されるとしたら、ムンバイだ。日本も東京がやられたわけではないじゃないか」というので、「原爆ではなかったが、東京は焼夷弾で攻撃された。攻撃の対象は軍事施設ではなくて、一般市民だった」という話をした。
そして、この、高度5,000mを超える人っ子一人住まない土地を巡る闘いが如何に無意味か、という話題になった。
最近こんな話ばかりしている。
カシミールの前線では、これまでに150名以上の兵士が命を落としたと言われる。実際のところは、高度障害などで落命した者もいるだろうから(何といっても、前線の兵士達はインドの平地からいきなり4,000mを超える前線に送り込まれているのだ)、実際死者は優に200名を超えていることだろう。毎日のように、ニュースで兵士の葬式の模様、残された家族の悲痛が放映されている。その度に、「国を守るために命を落としたヒーロー」と報じられる。
僕はインド好きだが、実際のところインド人ではないので、カシミールの僻地を奪還するしないについては関心がないし、「戦略拠点を奪還」とのニュースにも喜びを覚える訳ではない。むしろ、この馬鹿げた領土争いのために、高度障害にさいなまれ、凍てつく寒さの中での戦闘に参加している兵士達が哀れでならない。
カシミール紛争関連
- Vajpayee首相、カシミール情勢に関するRajya Sabha緊急会の招集に前向きな発言。
- パキスタンとの協議を行っている米国国務次官補代理はイスラマバードの後、デリーに立ち寄り、イスラマバードでの協議の模様を報告する模様。インド政府は、「この訪問は米国からの要請を受けて実現したものであり、米国による仲介ではなく、単なる報告を受けるもの」との立場。
- パキスタン、「LoCのインド側で闘っているのはカシミールの自由戦士であり、パキスタンは無関係」との主張を繰り返すとともに、米代表団に対して、「米国の見方は偏っており、アンフェアーである。バランスのとれた見方をして欲しい」と述べる。
- パキスタン陸軍参謀長官、「一方的な撤退はあり得ない」と発言。
- 6月24日(木)
- まだモンスーンは来ない。いい加減暑いのも飽きたが、この暑さを経験するのも、多分最後のことになるかと思うと、モンスーンが来るのが遅れてもよいかなぁ、とも思う。それでいて、事務所の中はエアコン、車の中もエアコン、家に帰ってもエアコンの生活をしているのだから、わがままなものである。
普通の人(この国ではこれを定義するのは至難の技だが)はエアコンなど高嶺の花であり、気化熱を利用した最も原始的な冷風機であるエアクーラーを使うが、「きもち」冷たい風が吹くといった程度のもので、気休めにしかならないし、モンスーンが来て湿度が上がると途端にただの扇風機と化す。彼らにしても、私の住んでいるVIPエリアと異なり、極めて不安定な電力供給の前に、眠苦しい夜を過ごすことが多いという。
もっと貧しい人達は、専ら「外寝」である。蚊が多くてたまらないだろうと思うのだが、家の外にハンモックを枠に張ったような簡易ベッドを出して寝るのだ。さらに貧しい人達になると、路上で「外寝」している。駅構内や歩道などにも布にくるまって寝ている人達を見かける。死んでしまっているのか、と思ってギョッとして見ていると、急に寝返りを打ったり、鼾を掻いていたりして、ホッとさせられたことがある。一日太陽に灼かれた大地に横になるのは寝苦しいこととは思うが、貧しければ貧しい程、眠る場所にさえ選択の余地が無くなるのだ。
外寝人目鼻もわかず布かむり
外寝人烏はそこらとびあそび
外寝人むくりと起きてこちを見る
高濱虚子の次女である星野立子(どちらも私の俳句の先生の先生なので、お会いしたことのない私にとっても「先生」なのだが)が1956年にインド・ヨーロッパを歴訪した際の句。「外寝」は夏の季題。手元の歳時記には、
| 「暑い夜は外に寢る。別に體にも障らぬらしい。」(虚子編 新歳時記 1934年初版) |
| 「暑さで寝苦しい夜、戸外に寝ること。日本では余り見かけなくなったが、海外旅行が簡単になった現在、やはり生きている季題である。」(ホトトギス新歳時記 1986年初版) |
と記されている。虚子編の例句にも海外で詠まれたものと見られる句が挙げられているが、両者の間に時代の流れを感じさせる。
一方で、インドという土地を前提とする限り、先の立子の句は未だに生きている。句が良いから新鮮味を失わないのか、それともインドは40年以上前のこれらの句の世界に取り残されてしまったのか。
カシミール紛争関連
- アメリカの国務次官補代理、米軍関係者と共にイスラマバード訪問。訪問の目的等は明らかにされていないが、カシミール情勢が議論されているのは確実と見られる(因みに、先だってクリントン大統領は、インド側カシミールへの武装侵入集団について、パキスタンの関与をはっきり認定する発言を行っている)。
- 同米国代表団はパキスタンの後インドに立ち寄り、インド外務省と協議を行う予定。インド外務省は、「本件訪問は、飽くまでもインド外務省米国担当との会談目的であり、イスラマバードでの協議結果について報告は受けるかもしれないが、二国間問題であるカシミール問題への米国の調停という訳ではない」と発表。
- 国民会議派、Narayana大統領に対して、Kargil問題に関するRajya Sabha(上院)の緊急会の招集を申し入れ。
- (昨日)Malikインド陸軍参謀長、昨今マスコミで採り上げられている、「インド軍は、武装侵入集団の根絶のために、LoCを越えてパキスタン領内に攻撃をかけるべきか?」との問いに、「LoCを超えるかどうかについては、国家の安全保障のために必要とあらば、内閣が決定する。軍としては、全面戦争になった場合には十全の備えでこれに臨む用意あり」と発言。
米国のパキスタンとの協議については、インド側はその成り行き、結果を慎重に見極める必要がある。インド国内では、今回の武装侵入を巡って、パキスタンは国際的に孤立した一方で、インドは攻撃をLoC内に限定していることによって、国際的な信用を高めた、と報道されているが、インドが守りたい(そしてパキスタンが倒したい)一方の柱は、「カシミールを巡る問題は1971年のシムラ協定に明記されているように、飽くまでも二国間問題であり、第三者の介入・調停は受入ない」というものである。
今回の米国の動きは、アフガニスタンもしくはパキスタン領内にテロリストキャンプを有すると言われるOsama din Ladenに関する協議が目的だとも言われるが、パキスタンは同代表団に対し、「Kargilの衝突を収めるためには、カシミール問題そのものを収める必要がある」と主張するものと見られている。これが米国による「調停」に向かう可能性があるとすれば、「パキスタンが今回の武装侵入を直接支援している、とのインド側主張を支持している」として、米国の動きを歓迎してきたインド側にとっては、一転、歓迎できないものとなる可能性もある。
また、陸軍参謀長の発言は、「LoCを越えて進軍する用意あり」との強硬発言と捉える向きもあるが、むしろ、マスコミによって広がってしまった進軍論に歯止めをかけるとともに、「インドは(パキスタンと異なり)、軍に対する文民統制がキチンと機能している」との趣旨と捉えるべきではないかと思われる。
- 6月23日(水)
- 朝6時40分、予定通り事務所の運転手Kumarが玄関のベルを鳴らした。私は遠いところからの呼びかけがあったかのように、ベッドから抜け出し、玄関でKumarに「オハヨ。アリガトウ。スグイク」と言った(ような気がする)。
何故かその後、ベッドに戻ってしまったようで、次に目を覚ましたのは7時15分。因みにムンバイ行きのフライトは8時。そもそも余り気乗りのする出張では無かったが、「Kumarが起こしてくれたのにも関わらず、寝坊してムンバイに行けなかった」とは言えないので、大急ぎでシャワーを浴び、着替える。家を出たのは7時25分。
普段は安全運転第一のKumarが飛ばしに飛ばしてくれて、空港についたのは7時40分。何とか、最終のバスに間に合って、機内の人となる。一安心。
機内では豪華過ぎる朝食を食べつつ、うつらうつらしていたが、ムンバイが近づくにつれて、予想通りモンスーンの雲がこれでもかとばかりに盛り上がり、機体は揺れに揺れた。うつらうつらどころではなくなり、掌を汗でベタベタにしながら、不安一杯で窓の外を見る。
厚い雲の層を抜け、ムンバイの市街が見えてきた。着陸体勢にはいり、空港の周りに広がるスラム街の家々とそこに暮す人々が一人一人見分けられる高度まで降りてきた。そしてムンバイ空港の外壁を超え、やっと安心、これで着陸だ、と思った瞬間、何故か飛行機は急上昇。恐くて思わず声を出してしまった。飛来する飛行機の密度が最も高いはずの空港の真上での急上昇など、無謀に過ぎる。
その後ムンバイ上空を旋回すること約30分、パイロットは天候が悪かったので着陸出来なかったと言い訳していたが、雨は降っていなかったし、視界もしっかりしていたので、パイロットもしくは管制官いずれかのミスであろう。これで寿命が5年位縮まった気がする。
空港からムンバイ市内の道も混みに混んで、普段なら1時間で行ける道のりを2時間程かけて行く。ムンバイは半島になっており、目的地は半島の突端にある金融の中心、ナリマン・ポイントというところなので、迂回路も限られている。今年末に選挙を控えているマハラシュトラ州政権は、5年間の「功績」の象徴として、交通渋滞を緩和するためのフライオーバー(陸橋)をムンバイ市中に急ピッチで建設しているところだが、それが仇となって却って交通渋滞が増してしまっている。
会議は12時過ぎから始まり、用意していなかったのにいきなり発言を求められ、しどろもどろながらも、言いたいことをベラベラと述べる。今回の出張目的は通常の経済協力案件と異なり、民間の事業を直接支援するようなものなので、「共通の語彙」が無くて苦労するが、兎に角言いたいことは言わせてもらう。
1時間半程度で会議が終わり、簡単な会食の後、空港へと急ぐ。帰りは順調。2時間以上前に空港に着き、ビジネスクラスのサービスでビールを一杯呑む。途端に眠くなってしまい、うつらうつらしてしまうが、ここで、「ビール一杯のためにフライトを逃してデリーに戻れなくなった」とは言えないので、心して目を覚まし、再び機内の人となる。
帰りのフライトは比較的安定。帰りついたデリーは今日も雨が降らず、モンスーンの到来は空振りに終わった。
と、いうことで、マヌケに始まりマヌケに終りかけた駆け足のムンバイ出張が終ったのだった。疲れた。
- 6月22日(火)
- 期待していたモンスーンはまだやってこず、昨日雨が降った分却って蒸し暑い一日だった。
核実験後の経済制裁の影響で前途が懸念されているプロジェクトの担当者と電話で話をしたときに、「アメリカは制裁を解除する方向になっているが、日本はどうなのか」ときかれた。
アメリカの対インド・パキスタン制裁は法律に則って導入されたものである。これを解除する方向にある、というのは、アメリカ上院が、5年間に亙って制裁を解除してもよいという決議をしたことで、インド国内で大きく報道され、経済界も歓迎したが、これは制裁の即解除を意味するものではなく、今後アメリカ下院も同様の決議を行った後、大統領がその決議に署名することによって始めて発効するものである。と、いうことは、最後の政治的判断は大統領に任されているわけで、インド・パキスタンとも軍事的な衝突を起こしている現在、実際に制裁が解除される可能性は極めて低いものと言わざるを得ない。
それはそれとして、我が国である。我が国の対インド・パキスタン制裁は「ODA大綱」に基づいて導入されたものであるが、これは法律に基づいたものでも無ければ、立法府の決議によって制裁解除への道が開かれるというものでもなく、行政府の判断であって、言い換えれば官僚の判断で左右される性格のものである。勿論、制裁の導入・解除については、立法府の意見を反映されない訳ではないが、それも、官僚による「議員先生への根回し」という極めて根拠を欠く、アヤシゲな過程を経て行われるものである。
別に日本のシステムの批判するわけではないが、何がいいたいのかというと、最後は大統領にフリーハンドが与えられているとは言え、やはりアメリカの姿が「正常な」民主主義であって、我が国はどうも歪んだ民主主義なのではないかということなのだ。
続きを書こうと思ったが、今日も仕事を持ち帰って、もう23日の午前4時前なので、もう寝る。明日はムンバイ日帰り出張である。
メールを頂いたり、掲示板への書き込みを頂いておりますが、中々お返事がかけない状況です。忘れられた頃に返事が届くかも知れませんが、何卒御宥恕の程。
- 6月21日(月)
- 明後日またムンバイに日帰りで出張しなければならなくなってしまったこともあり、今日は久しぶりに仕事を持って帰り、なんと、真面目にやってしまった。疲れた。
夕方4時過ぎから空がかき曇り、雨が降った。日中、40度位あった上に、何だか蒸し暑かったのだが、いつものように、雨の後は昼間の暑さがうそのように涼しくなった。
天気予報によると、インド亜大陸を西(アラビア海)と東(ベンガル湾)からそれぞれ北上してきたモンスーンが出会い、既にハリヤナ、ヒマチャルプラデシュ、パンジャブといったデリーよりも北に位置する州の一部はモンスーン入りしたという。モンスーン入りしていないのは、デリーとタージマハルのあるアグラを中心とした一部地域だけで、48時間以内にはデリーにもモンスーンが到来するとの由。去年のモンスーン入りは記録的な早さであったにも関わらず、当初「空モンスーン」となって暑さが全然引かなかったことを覚えているが、今年は例年(デリーは6月29日)よりも約一週間早いものの、本格的な雨がやってきそうだ。
日本でも梅雨の季節なのだろうが、モンスーンなるもの、何といってもこの広いインド全体を、それも2ヶ月もの間、すっぽりと雨雲が包んでしまうものなので、梅雨前線が北上したり南下したりするなぞという生易しいものではない。モンスーン中はいたるところでがけ崩れが発生するし、モンスーンが去った後も、ガンガの下流域では洪水が広がるのだ。
この季節の出張は飛行機がグラグラ揺れて、寿命が縮む思いがするので、出来るだけ避けたいというのが正直なところではある。
- 6月20日(日)
- 今日はワールドカップの優勝決定戦、パキスタン対オーストラリア戦が、ロンドンのLord's Cricket Groundで行われた。このLord'sは、クリケットのメッカと呼ばれている由緒正しいクリケット場で、ワールドカップの雄を決するにふさわしい場所だ。ロンドンに留学していた時に、スリランカ(本人はセイロンと呼んでいたが)出身イギリス人の大家に連れられて、このLord'sでクリケット観戦をしたことがある。その頃はクリケットのルールも良く知らず、何処対何処のマッチだったのかさえ、覚えていないが、バスケットにサンドウィッチとビールを持参して、ほろ酔い気分で観戦したことを覚えている。そう言えば、あの大家にも御無沙汰してしまっているなぁ...。
さて、今日の試合である。これがワールドカップの決勝とは呼びがたいひどい試合になった。
トスで勝ったパキスタンは先打ちを採ったが、一貫してプレッシャーを与え続けたオーストラリアのボウリングと節目節目の好守の前に、パキスタンの打線はガタガタに崩れ続け、見るべきパートナーシップ(バッツマン二人の組み合わせ)を築けないままに、結局39over(234球)でall out。スコアも、オーストラリアが25もExtraを与えたにも関わらず、惨めとしか言いようのない、132runに終わってしまった。
通常、132runと言えば、20〜30over(120〜180球)で叩き出すもの。結局、後打ちのオーストラリアは20.1over(121球目)で133runを叩き出して、楽々ワールドカップを手にすることとなった。因みに、133runというのはワールドカップ史上最低のスコアとの由。
オーストラリアにはトレッキング友達がいるので、昨日決勝出場祝いのメールを送っておいた。また、パキスタンにある我が社の事務所のスタッフともメールでクリケット談義をしていたので、僕としてはどちらが勝っても良かったのだが、ワールドカップの決勝の名に恥じない、ハイスコアで終末に向けて神経がキリキリするような立派な試合を望んでいたのだが、極めて残念である。
夕刻、当地日本人の小さな宴会があってお邪魔した。そこに出向く時点でパキスタンのイニングは終了していたので、ワールドカップの行方は決まっていたようなものなのだが、そのことを話したら、その場に居合わせた10人余りの方々は全くといって良いほど関心がない模様だった。
僕が必要以上にインド化しているのかも知れないが、職場の同僚、仕事のカウンターパートとも、会話の端々にクリケットが登場し、それがコミュニケーションの円滑材になっているし、碌にプレーしたこともない、俄クリケットファンの僕に付き合ってくれている同僚達にも感謝している。我が事務所のそういう雰囲気は大切にしなければならないと思っている。
任国との関わり方も色々だとは思うが、インドの人々が国を挙げて熱狂しているクリケットについて全く無関心な人ばかりだということに正直驚かされたのだった。
カシミール紛争関連
- ドイツのコロン(ケルン)で開かれたG8サミットの首脳コミュニケ、地域問題についての声明のインド・パキスタン関連部分は以下の通り。カシミールについては、パキスタンを名指しにはしていないものの、武装集団によるLoC越境を認めるとともに、武力によるLoCの変更は無責任な行為であるとしている。インド側はこれを楯に武装侵入集団への制圧行動を続けつつ、パキスタンへの外交的な圧力を高めていくものと見られる。
カシミール(地域問題についてのG8声明から抜粋):
We are deeply concerned about the continuing military confrontation in Kashmir following the infiltration of armed intruders which violated the Line of Control. We regard any military action to change the status quo as irresponsible. We therefore call for the immediate end of these actions, restoration of the Line of Control and for the parties to work for an immediate
cessation of the fighting, full respect in the future for the Line of Control and the resumption of the dialogue between India and Pakistan in the spirit of the Lahore Declaration.
核・ミサイル関連(G8コミュニケから抜粋)
38. One year after the nuclear tests by India and Pakistan, we reiterate our concerns and reaffirm our statement from the Birmingham Communique. Recent missile tests have further increased tension in the region. We encourage both countries to follow first positive steps already undertaken by joining international non-proliferation and disarmament efforts and taking the steps set out in UN Security Council resolution 1172.
- 6月19日(土)
- 出張者をデリー市内に案内する。あまりの暑さに、レッドフォートなどは、クーラーの効いた車の中から見てまわるという手抜き観光案内となってしまった。フマユーン廟はそういう訳にも行かず、車を停めて中を案内する。フマユーン廟もこれで何回目だろうか。いつもの如く、自称ガイド氏が声を掛けてくるが、「オッサンこんちは、元気?」というと、「あぁ、アンタかぁ」と言って退散していく。大抵の観光名所については、来た当初こういった自称ガイド氏を雇って彼らの説明を盗んでしまっているのだ。これも駐在員業務の一部ではある。
フマユーン廟を一通り見て、暑さでバテ気味になる。40度を超える暑さではあるが、この乾いた暑さは日本にはないもので、帰国したら懐かしく思いだすものの一つになるのだろうなぁ、という話をしたのだった。
さて、「ほぼ日刊イトイ新聞」というページがある。イトイといえばあの方、コピーライターの糸井重里さんが中心になって、「ほぼ日刊」と言いつつ、昨年6月の創刊から、完全日刊ベースで更新されてきているページである(当ページは文字どおりの「ほぼ日刊」に留まっているので、本当に頭が下がります)。なぞの美女カグチヒナコさん、世間話もする大思想家吉本隆明さん、涙もろい清水ミチコお母さん、新潟のアザラシおねえさん、などなど、多岐多彩な執筆陣が毎日楽しませてくれているページなのである。
インドとは今のところ関係ないのだが、毎日わくわくしながら見ているページなので、ご紹介させて頂くもの(「リンクの花園」に載せてもらってこちらのアクセスを増やしてもらおうという下心...。)
この下のバナーをクリックすれば、「ほぼ日刊イトイ新聞」に飛びます。
- 6月18日(金)
- 取敢えず午前中でムンバイでの仕事を終えた。「仕事が終わったのだから良いだろう」と思ってランチでビールを飲んでしまったのがいけない。そのあとフライトまでの時間潰しにと、博物館に行ったのだが、ビールのお蔭で何だかだるくてだるくて、階段を上るのもヒイヒイ言いながらであった。20日間も歩き通しでエベレストベースキャンプまで辿り着いたのは一体何処の誰なのか?
一昨日訪れたモンスーンのお蔭で、気温は25〜30度程度、じめじめしてはいるが過ごし易い気候だったムンバイから、モンスーンの雲の中、やたらと揺れる飛行機で帰ってきたデリーは夜だというのに、36度。昼間の暑さが色濃く尾を引いていた。
- 6月17日(木)
- 会議会議会議の一日。そのために出張に来たのだけれど、疲れた。会議室は冷房がキンキンに効いていて、半袖サファリ姿では寒くて寒くて。
久しぶりに政治日記を更新した。
カシミール紛争関連
- インド国内の報道(Star News)によると、今週末に予定されているG8サミットでは現在の衝突が議論されるが、米露を始めとするG8諸国の殆どが、「今回の衝突は、LoCを越えてパキスタンが武装集団を侵入させたもの」とのインドの主張に理解を示しているものの、ただ一カ国、日本は、「LoCが侵されているということは理解するものの、パキスタンが関与しているという明確な証拠が必要」としているとの由。
うーん、これはどういうことなのだろうか?俄かには信じがたい気もするが、これが事実ならば、インド政府の日本に対する態度は硬化して、我々の仕事もやりにくくなっていく可能性もある...(嗚呼!)。Netaji氏、事実関係を教えて下さい。
ワールドカップ
- Semi Final第2戦、オーストラリア対南アフリカは、同点で終わり、Super Sixで南アフリカを破っていたことから、オーストラリアが20日に行われる対パキスタンのFinalに進出することとなった。
オーストラリアのバッティングで始まったが、南アフリカのボウリングの前に、オーストラリアは213runに抑えられ、その時点では南アフリカが圧勝するものと思われた。しかし、Shane Warneが活躍したオーストラリアのボウリングも南アフリカを圧倒し、僅差の闘いとなった。44over(264球=残り36球)を超えたところから、オーストラリアは4wicketを立て続けに上げ、南アフリカを追いつめたが、残り10球・点差15runとなったころから、南アフリカの打線も4runを連発するようになり、一球一球を手に汗握りながら観戦した。
なんと、最後は、3球を残して同点となり、南アフリカはあと1runを稼げば勝てるというところで、普段ならばrunを諦めるような打球で、パートナーのドナルドが走り出していないにも関わらず、南アフリカのバッツマン(誰だったか?)が走り出してしまった結果、オーストラリアはwicketを挙げ、南アフリカはall out。同点のまま試合終了となってしまったのだ。
僕は最後の部分しか生では見られなかったが、実力が迫力している2チームの激突は、Semi Finalの名に恥じない試合であったようだ。最後の最後で起きた南アフリカのミスは、プレッシャーに負けて勝ちを焦った結果と言え、プレッシャーを克服することが如何に大切かを物語るような結末であった。
- 6月16日(水)
- ムンバイへは夕方のフライトだったのだが、出張前の常として、出発直前までバタバタし続けたのだった。
エライ美人のスチュワーデスが一人目立っていた2時間のフライトの後、雨のムンバイへ。空港からホテルへの車は、大したスピードを出していないのに、激しく降る雨に視界が遮られ、ドライバーも難渋していた。
今日はこれしか書くことがない。ムンバイからホームページが更新できたのは収穫であった。
カシミール紛争関連
- インド政府の定例記者会見によると、「信頼に足る情報によると、Kargil地域のパキスタン勢力は、補給路を断たれた結果退路を開かざるを得なくなっている」との由。
ワールドカップ
- Semi Final第1戦、パキスタン対ニュージーランドは、全てに置いてニュージーランドを圧倒したパキスタンが楽に勝ちを納め、Finalへと進むこととなった。
- 6月15日(火)
- 何だかバタバタして忙しいというか、神経をすり減らされる一日であった。
このところ、政治日記の更新が遅れている。カシミール紛争とワールドカップで手一杯だったこともあるが、余り大きな動きがない(少なくとも報じられていない)こともある。
毎日、「カシミール紛争関連」ということで、インド国内で報じられたことを記しているのだが、出来るだけ客観的に記しているつもりである。パキスタンのメディアにもインターネットを通じて目を通してきているのだが、インド国内の、「インド軍、戦略上の拠点を奪回」という報道が、翌日のパキスタン側報道では否定されるといった状況で、一体何が事実なのか全く分からない。CNN、BBCといった国際メディアも、専らインドとパキスタンの発表をそれぞれ引用するにとどめている。実際、高度4,000〜5,500mという、世界で2番目に高いところで繰り広げられている山地戦(注)なので、報道陣が前線に入り込むことは困難であるし、そもそも、インド・パキスタン双方の発表も、前線の実態をどこまで正確に把握したものなのか疑問がある。
明日の午後から18日一杯までムンバイ出張。ムンバイから本ページを更新できるか挑戦してみるつもり。
(注)1番高いのは、これまたLoCの一番北に位置するSiachen氷河を巡る攻防戦で、何と高度6,000mを超える氷河上で一年中砲撃戦が続けられている。
カシミール紛争関連
- Clinton米大統領、パキスタンのSharif首相に電話。インド国内報道では、LoCのインド側からのパキスタン勢力の撤退を求めたとの由。
インド国内では、パキスタンがLoCを越えて侵入を図っているとのインド側の主張を米大統領が支持したものとして報じられているが、米国にしてみれば、「コソボはそろそろ目鼻がついたので、次はカシミールか」というところもあるのではないか。カシミールに対して米国が武力介入を図るとは考えられないが、印パ両国の調停ということになると、一転、カシミール問題はパキスタンとの二国間問題であり、第三者の介入は不要としてきているインドの警戒するところとなる。
- 6月14日(月)
- Sheetalの息子は無事一般病棟に移動し、何と明日退院との由。元気で食欲も出て来たとのことで、電話をくれたSheetal自身もほっとした様子で、こちらも心から安心。
カシミール紛争関連
- Jaswant Singh外相、北京にて中国外相等との一連の会談を開始。
- Vajpayee首相、パキスタンとの協議再開の条件はパキスタン軍のLoCの外側への撤退であると発言。
- Clinton米大統領がVajpayee首相に電話。戦争回避のために、パキスタンとの協議を出来るだけ早く再開すべきことを指摘。
インド国内の報道では、持久戦に持ち込んでいる武装侵入集団を駆逐するためには、その補給路を断つことが必要であることから、インド軍がLoCを越えてパキスタン側への攻撃を行うべきではないか、という議論も出てきている。既に、LoCを超えた砲撃は行われている模様だが、インド軍の高度順応と前線への補給路の確保(ヘリコプターを除けば人力に頼らざるを得ない)が進むにつれて、LoCを越えての攻撃というオプションが現実味を帯びてくる可能性もある。
それは、戦術的には正しい選択かもしれないが、戦略的には大きな誤り(=全面戦争)に発展する可能性もある。
尚、今回のインド外相の中国訪問は、カシミールでの衝突を受けて急遽決まったものではなく、以前から予定に組み込まれていたもので、カシミール問題に限らず、両国関係全般に関する協議を行うもの。中国首相等との会談も予定されている。
- 6月13日(日)
- 起きて、少し南アフリカ対オーストラリア戦を見て、事務所にいって少し仕事をして、その後このところ休みがちなRadheyの家にいってみようと思って道に迷った挙げ句後ろから来た車にオカマほられかけたり、プロパンガスの付け替えしたりと、なんだか忙しい一日であった。
原稿原稿原稿...
ワールドカップ
- Super Sixの最終戦は、南アフリカ対オーストラリア。オーストラリアはこれに勝てばジンバブエを蹴落としてSemi Final進出が決まる。
- 出たり入ったりしていたので、全ては見ていないが、試合後の解説によると、両チームの力の拮抗した極めて良いクリケットになったとの由。
- これにより、Semi Finalには、パキスタン、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドが進出することとなった。パキスタン対ニュージーランド(16日)、南アフリカ対オーストラリア(17日)で準決勝が闘われることとなる。
オーストラリアが勝利を決めたのは、後4球で4点稼げるかというきわどいところだったが、見ていてどきどきする試合は楽しい。インドの試合は、どうも一旦ガタがくるとチーム全体が総崩れになってしまうというものが多くて、キャプテンも大切だとは思うが、最後の最後まで諦めない試合態度というものが欠けているような気がしてならない。
- 6月12日(土)
- 今日はインドにとってのワールドカップ最後のマッチとなる対ニュージーランド戦があった。さてさて、Semi Finalには進めなくなってしまったが、インド最後のマッチだから見届けてやろう、と思い見始めたが、30分もしない内にSachin Tendulkarが完全に期待を裏切る形で16 runのみで敗退してしまった。その後は本を読んだり、うとうとしながら見ていたので良く覚えていないが、Sachin以外は皆それなりに活躍し、インドは何とか251runを挙げることを得た。
今晩は同僚某君のお宅で御馳走になった。宴会の間もテレビでクリケットを見ていたが、もうどうでもいいやと思って余り真剣には見ていなかった。
宴の後、突然パーンが食べたくなり、家の近くのパーンワラ(パーン売店)に寄り道する。パーンというのは、キンマの葉っぱにベテルの実、クローブ、カルダモンなどを包んで噛むもので、クチャクチャ噛んでいると何故か口の中が真っ赤になってしまうという変わった食べ物である。真っ赤になった唾液を街のそこら中に吐き散らすので、町中が赤く汚れている。最初にインドに来たときは、皆血を吐いていると思って驚いたものだ。
さて、このパーンワラは家の近くのホテルの横にあり、真夜中1時過ぎまで営業しているので、夜遅くなっても客足が絶えない。今日も沢山の人だかりがあった。大抵のパーンワラがそうであるように、ここでもオヤジが小さな台の上に2種類(バラナシ/バングラ)の葉っぱと中に包むものを所狭しと並べて客の相手をしている。ここはインド、皆がお行儀良く列になって順番を待つイギリスではなく、皆三々五々やってきては、オヤジの周りを取り囲み、あれよこせ、おれにはこの葉っぱでこれとこれを包んでくれ、云々云々と口々にオーダーするのだが、不思議なことにパーンワラのオヤジはお客の順番を間違えることがなく、お客の間でも、俺が先だ、いやいや俺だ、という言い合いになっているのをみたことがない。他のところでは、並んでいても平気で順序を飛ばされたりして、不愉快になることもあるのだが、このパーンワラの秩序、実に不思議である。
パーンワラは街のいたるところにあるが、入れ替わり立ち代わり色々な人が集まり、旨いパーンを作る店には常連客も多く、パーンを作ってもらっている間におしゃべりをしていくので、街の様々な情報があつまると言われている。
パーンを買って、帰宅すると、ニュージーランドのバッティングの途中、降雨でゲームが中断していた。普通は雨が降ると、ボールも芝も重くなり、バッティングには不利になると言われているので、インドが勝てると思った。Semi Finalに進めないまでも、せめて有終の美を飾って欲しいものだと思って見ていたのだが、再開後はニュージーランドが押し気味に試合を展開し、インドは負けてしまったのだ。
不思議なことに、Sachin Tendulkarは期待を裏切るパフォーマンスであっても、余り批判を受けず、今日の試合の場合、ボウラーのパフォーマンスが悪く、35点もExtra(言わば自殺点)を与えてしまったというのに、負けて責められるのはいつもキャプテンであるAzharである。彼は36歳。今回は彼にとって最後のワールドカップになるのだろうが、既にインド国内ではAzhar bashingが渦を巻いている。クリケット選手としての現役の終わりを迎えなんとしているAzharには何とも可哀想なワールドカップとなってしまった。まぁ、パキスタンに勝てたからよしとするか。
カシミール紛争関連
- Jaswant Singh外相(私の大家)がパキスタン外相と会談。事前・事後の共同写真撮影もなく、会議の席上も両外相は視線を合せずに双方主張を繰り返したとの由。
- 6月11日(金)
- 事務所ドライバーSheetalの息子が怪我をした。何でも、田舎に帰っていて、誰かが運転するジープから飛び降りて頭を打ったらしく、打ったところが鬱血しているとの由。デリーに戻ってきて病院に担ぎ込み、早速手術ということになったという連絡があった。連絡をしてきた際のSheetalは取り乱しており、要領を得なかったというが、兎に角、当座の入院費用を届けてもらった。
取敢えず手術は成功し、手術後ICUで数日過ごすことになったという。鬱血を取り除いただけで、脳には異常がなさそうだとのことで取敢えず一安心。
早速、事務所内で入院先の情報が知らされた。興味深かったのは、皆が明日にでも見舞いに駆けつけると言っていること。
日本ならば、職場の同僚の子供が事故に遭って緊急入院・手術することとなり、取敢えず手術は成功してICUで過ごしているということに状況では、「取敢えずバタバタしているだろうし、駆けつけても却って迷惑になるだろうから、お見舞いに行くのは状況が安定してからにしよう」ということになるのではないか(それとも、そもそも同僚の子供の事故ではわざわざお見舞いには行かない?)。
そういって、僕はお見舞いに行くのは一般病棟に移ってからにするよ、といったが、皆兎に角駆けつける、という。それでは却って迷惑ではないか、というと、いやいや、迷惑でも何でも、兎に角駆けつけるのがインド流なのです、という答えが返ってきて、ふーんそういうものか、確かに言われていれば実にインド的なのかも知れないなぁ、と思った。
今日のSheetalがひどく取り乱してしまったように、インドの人は、喜怒哀楽の感情を日本人よりもはっきりと出すし、周囲にお祝いや不幸などがある場合にも、それを共有しよう・してもらおう、という気持が強い。
と、いうよりも人間としては、インドの方が自然な姿で、日本の若干距離を置いた付き合い方は極めて不自然なものなのではないかと思ったのだった。
ワールドカップ
- 本日のパキスタン対ジンバブエ戦は、バッティング、ボウリングともコンスタントにジンバブエを圧倒したパキスタンの勝ち。パキスタンはSemi Final入りを自力で達成した。
- と、いうことで、昨日記した、インドがSemi Finalに進むための第一の前提が崩れてしまい、皮肉なことにパキスタンの勝利によって、インドにとってのワールドカップは実質的に終わってしまった。
マッチが始まった当初、隣の事務所(JICA)のスタッフから、パキスタンのWasim Akram(キャプテン)は糖尿病(!)の発作で欠場し、その他主力選手も数名欠場という情報がもたらされて、我が事務所内では、「やったぁー、これで(パキスタンが負けるので)インドはSemi Finalに進める!」と盛上った。パキスタンにとっても背水の陣だったので、こんなところでWasim無しで闘うはずがなかろう、と言っていたのだが、案の定ガセネタであることがすぐに分かり、一同消沈。結果は上述の通り。
カシミール紛争関連
- Jaswant Singh外相(私の大家)が明日のパキスタン外相との会談を前に記者会見を行った。
- 先にパキスタンから返還された6兵士の遺体の検死を行ったところ、目や性器などが生前に損なわれたことが明らかになり、これは、パキスタン側により、生前に激しい拷問を受けた証拠であるとして、パキスタン側を批判。
- また、5月末に、北京を訪れていたパキスタンの陸軍参謀長官とイスラマバードにいる陸軍ナンバー2との間で行われた電話連絡の模様であるとされる盗聴テープが公表された。それによれば、今回の武装侵入集団はパキスタン軍が指揮していること、予定されている外相会談についてもパキスタン軍部が外相の発言ぶりを指示していることが明らかになった由。
この、盗聴テープについては、Star Newsでも鬼の首とったかのように特別番組が組まれ、2回分合計30分近い録音内容の全貌が公開された。これには大層驚いた。実際盗聴できたことや、内容に驚いたのではなく、そもそもこんなものマスコミに公開するかね、ということである。このテープが本物だとすれば、テレビに流すのではなくて、主要国に極秘テープとして提供し、対パキスタン情報戦を展開する、というのが賢い選択肢ではないかと思うのだが、こんなもの公開してしまったら、どこで(まぁ、恐らく北京なのだろうけれど)盗聴したのか、インドの盗聴テクニックの水準は如何なるものか、などを全世界に明らかにするようなものである。どうもアタマ悪いんじゃない?と思ってしまう。大家だけれど。
- 6月10日(木)
- やっと原稿に着手。このヨタ日記はいい加減なもので、惰性で書いているようなものだが、いざ書こうとしているものが、人様に買って頂く本の一部になるかと思うと、背筋を伸ばして書かなければならぬという気持になる。大体の構想はできていたつもりなのだが、書き始めてみると、うろ覚えの知識だけでは中途半端なところが多くて、今ごろになって参考文献をひっくり返したりしている始末。
ワールドカップ
- 南アフリカ対ニュージーランドは、コンスタントにRunを叩き出した南アフリカに対して、ニュージーランドは打線を継続させることが出来ず、南アフリカの勝ち。これにより、南アフリカのSemi Final入りが決定。一方、この結果は、インドにとっては、Semi Finalへの希望を膨らませることとなった。
- 1)明日予定されているジンバブエ対パキスタン戦でジンバブエが勝ち、2)明後日予定されているインド対ニュージーランド戦でインドが勝ち、且つ、3)13日の南アフリカ対オーストラリア戦でオーストラリアが勝てば、パキスタンと同じ勝ち点で並ぶものの、既にパキスタンを破っているのでインドはSemi Finalに進めるというもの。
- 南アフリカが勝った場合でも、1)と2)が満たされれば、Semi Finalに進む可能は無いわけではないが、その場合には、パキスタン、オーストラリアとの打率競争となるため、必ずしもインドに有利ではない。
と、いうことで、取敢えずは明日のマッチが無事行われること(降雨引き分けの場合はその時点でインドのSemi Final進出は無くなる)と、ジンバブエの健闘を祈ることとなる。
それにしても、Super Sixに進んでからというもの、インドはオーストラリアに悩まされ続けているが、最後の最後にオーストラリアが勝ってくれればSemi Finalに確実に進むことができるようになるというのも皮肉なものだ。また、インドがSemi Finalに残るためには、パキスタンに負けてもらわなければならないというのも皮肉。
カシミール紛争関連
- インド側発表によれば、昨日返還された兵士6名の遺体は、パキスタン側によって拷問の末死亡したものである可能性が高いとの由。死後解剖後、正式発表が行われる見込だが、その結果によっては、パキスタン外相のインド訪問に影響(= インド側が国民感情に配慮し、再度延期を申し入れる)が出る可能性もあるとの報道。
- 6月9日(水)
- 戦勝明けの朝は会う人皆が「勝った勝った」といっていた。本当にお祭り騒ぎだ。同僚から、「インドにとってのクリケットのようなスポーツが日本にもあるか」、と聞かれたのだが、「クリケットみたいに国を挙げてCrazyになるスポーツはないなぁ」と答えた。最近はサッカーがそれに当たるのかもしれないが、インド人のクリケット狂い、その普遍性には絶対に敵わない。今朝、出勤途中に、歩道で乞食の子供たちがクリケットしているのを目撃。クリケットの本国イギリスにいた時には、「中〜上流はクリケット、庶民はサッカー」という風にファン層が分かれているとの印象があったのだが、インドでは兎に角乞食から大金持まで、皆クリケット、クリケットなのである。
今日は仕事で、少し興味深い議論があったので、それについて書こうかと思っていたのだが、いつもの如く、日記に手をつける前の雰囲気づくり(?)のためにwebを見てまわっていたら、こんな凄い記事を見つけてしまった。Hindustan Motorは、21世紀に向けて、アンバサダーの外観は変えずに、改良エンジンで新たな排ガス規制(いつかまとめて書くことにしたい)に対応することとしたという。来月新型アンバサダーが発売される予定。
今のアンバサダーは未だ走行距離7,000km程度。まだまだ新品同様で、いつか日本に帰ることになる日には、持って帰るつもりでいるのだが、7月に新型発売という記事を読んで少し心が動いた。今のアンバサダーを売り払って、新型を買おうかという訳だ。
まぁ、焦ることはない。流石に7月の発売まではインドにいるだろうから、それを見てからじっくり考えることにしよう(<- 本気かね?)。
あぁ、今日も原稿書かなかった。マズイ。
ワールドカップ
- オーストラリア対ジンバブエは、打線が爆発したオーストラリアの勝ち。これにより、インドがSemi Finalに残る可能性は、「12日に予定されているニュージーランド戦に勝ち(なんとかなるか?)」、「パキスタンがジンバブエに敗れ(難しい)」、且つ、「打点率がオーストラリアよりも高くなる」などの"too many ifs"が満たされなければならなくなってしまった。
カシミール紛争関連
- インド外相が13日インド発の予定で中国訪問。
- パキスタン外相は、インド訪問前の11日に中国訪問。
- パキスタン、インド軍兵士6名の死体をインドに返還。
パキスタンが、伝統的に友好関係にある中国と話をするのも良いし、武装侵入集団にカシミールを東西に走る国道を分断されると、中国に接している東部の安全保障が危うくなる(=中国がパキスタンと呼応して、カシミール東部の緊張を高めるとインドにとっては危機的な状況になる)インドが、中国と協議するのも必要なことだが、両国のニューデリーにおけるたった一日の会談で、現在の緊張が抜本的に緩和されるとは思えない。
中国が、パキスタン外相との面談後パキスタン支持の声明を発表するとは思えないが、面談のカウンターパートのレベルを変えることで、インドとの「扱いの差」を明らかにしてくる可能性はあるのではないか。それはインドの神経を逆なでする行為ではあるが。
インド国内の報道では、「主要陣地をインド軍が奪還」とか、「敵数百名を殺害」などと、勇ましい記事が掲載されているが、一方で、今回の武力衝突で、インド側の死者は70名を超えたとの由。戦闘地域が厳冬期に向かう今年10月までに決着がつけば良い方ではないか、との見方がインド国内でも広がってきている。
- 6月8日(火)
Jai Hind!
と、いうことで、今日、インドはパキスタンに勝ったのだ。手に汗握る実に良いクリケットだった。
朝の情報では、今日マッチが行われたマンチェスターでは昨日大雨が降り、マッチは不可能ではないかとされていた。試合が行われない場合には、勝ち点2点を両チームが分け合うことになるが、それではインドがSemi Finalに残る可能性は断たれてしまう。また、何よりも、インドとパキスタンのマッチがこのような形で流れてしまうのは残念だと、両国10億人(?)のクリケットファンは思っていたのだった。
このような予想に反して、マンチェスターのクリケットグラウンドキーパーが水だらけのグラウンドと格闘したらしく、インド時間の3時過ぎにマッチは始まった。
それまでは、試合は延期もしくは中止との情報が流れていたので、事務所の中も落ち着いていたのだが、始まったという情報が入ってきてからは、いつも以上のそわそわ状態である。VS氏の奥さんは同じビルに入っている銀行に務めているのだが、その銀行では、顧客と職員の便宜のために(!)、大スクリーンを張ってテレビ中継を流したという。また、我々と同じ階に入っている某英国系企業では、「インド人職員には、早く帰宅するか、テレビを見てもよい(?)」というオプションが与えられたという。
ドライバー連中が事務所の外で聞いているラジオや、インターネットから入ってくる情報で、皆(飽くまでも仕事をしながらも)一喜一憂していた。オープニングバッツマンは、Sachin Tendulkarと怪我で欠場したGangulyの代りに出場したRamesh。じっくりとボールに望み、20 runを叩き出したRameshが倒れたのは11.2over(68球目)。Rameshの後には、このところ安定しているDravidが登場し、SachinとのPartnershipが続いた。この間、事務所内では、「中々Runが入らない」との僕の声に対して、皆が、「いやいや、こうやってじっくり臨むことが大切なのです」とのコメント。
ところが、20.5over(125球目)でSachinが倒れた時(午後4時半位だったか)には、既に諦めモードが広がった。「Sachin無きインドチームはチームに非らず」という訳である。間もなくSachinの後に立ち、オーストラリア戦では孤軍奮闘したJadejaも倒れてしまった。その時、僕は、「もう終わりだね」と言ったが、誰からも反論が返ってこなかった。
しかし、DravidがキャプテンのAzharuddinとのPartnershipを維持し始めたころから(しつこいようだが、仕事はしながら)雰囲気がまた変わってきた。既に定時は過ぎていたので、VS氏が、「しっかり応援してやらないとこのチームはだめだから」などと良いながら帰宅してしまった。毎度のことながら、僕も居ても立ってもいられなくなり帰宅。家についたのは5時50分頃だったか。
キャプテンのAzharuddinは、オーストラリア戦での采配が悪かった(クリケットでは、ボウラーの登板順、守備のシフトなどは全てキャプテンが指示するので、重責なのである)との批判が厳しく、一部には、パキスタン戦を前に引退すべきだとの声さえ上がっていたが、今日のAzharは違っていた。
バッティングは最初はてこずったものの、次第に長打が連発するようになり、Azharは59 Runを叩き出した。取敢えずキャプテンとしての面目躍如である。
結局、50over(300球)の後、インドのバッティングは227 runで終了。強豪パキスタンを前に227 runでは不十分ではないか、と不安になりつつも、パキスタンのバッティングへ。
パキスタンは初球からFour(野球でいうエンタイトルツーベース)を叩き出し、インドのオープニングをはるかに上回るスピードで追い上げてきた。これをみて、またあぁ、だめだなぁ、これは30over (180球)位でパキスタンは200点以上を上げてしまうなぁ、と思って見ていたのだが、カルナタカの名ボウラーSrinathがパキスタンの第1バッツマンを落としてからトレンドが変わり、パキスタンのRun Rate(1over(6球)毎に上げる平均得点数)は、当初の5以上から3程度へと落ちてしまった。
これからは、インドのボウラーが押し気味に試合を展開した。Mohantyという若くてパワーはあるが、荒れ球を投げるボウラーも今日は慎重かつ効率のよいボウリングを行った。また、転機を作ったSrinath、5wicketを上げてMan of the MatchになったPrasad、巧緻なスピナーKumble、経験豊富なベテランRobin Singhもそれぞれ活躍したが、これらボウラーの組み合わせを指揮したAzharuddinが最も賞賛されるべきだろう。Azhar自身、フィールディングでも活躍した。
終盤、パキスタンのキャプテンWasim Akramが登場してから、インドは追い上げを食らったが、パキスタンにとっては時既に遅し。ボウラーの好投、フィールダーの好守の結果、パキスタンは45.3overでall out、180点に終わり、インドに敗北した。
試合前、トスに際してのインタビューで、Akramは、「まぁ、今日はSemi Finalに向けての練習試合みたいなものですから」と言ってのけ、インドファンを怒らせたそうだが、結果はインドの圧勝であった。
いずれにせよ、ハラハラしたり、インドがWicketを挙げた時には喜んだりと、手に汗握る試合(今日は観戦中一睡もしなかった)で、見ていても実に楽しめるクリケットマッチだった。ただ、「インドチームもやろうと思えば出来るんじゃないか。今までの試合は一体なんだったのか」と思ったのは僕一人ではあるまい。
試合が終わった直後、我が家の周りでいくつかお祝いの花火や爆竹が鳴っていた。今日の勝利でも、インドがSemi Finalに進む可能性は、他のチームの勝敗次第という状況だが、仮にSemi Final、Finalと進んでいって、Finalでパキスタンと再度闘い、インドが勝ってしまったりしたら、街中ディワリのような大騒ぎになることだろう。
今日の新聞によると、カシミールの前線にいる兵士には、クリケット情報が入ってこなくても、パキスタン側の砲撃の仕方で、インド・パキスタンのどちらが勝っているのか分かるという。また、パキスタンの試合があるときには、夕刻約6時間程、パキスタン側からの砲撃が止み、パキスタンが負けた場合にはその後狂ったような砲撃があるのだとも言う。前線にもテレビ・ラジオを持ち来んでクリケット観戦をしている訳である。勿論インド側も同様だが、いっそのこと、両チームともこのまま決勝戦まで行って、「クリケット休戦」でもしたらどうかと思う。
カシミール紛争関連
- インド側からの提案を受け、パキスタン外相は12日に来印予定。但し、パキスタン側からは、「協議には一切前提条件なし(= 協議内容を絞り込まない)とすることが条件」との反応。
- 6月7日(月)
- とりたてて書くことの無い月曜日。腹の調子が悪いので、昼は日本風梅干しお粥、夜は米とダル豆で作ったインド風お粥(Kechadi)を作ってもらう。お蔭で何とか持ち直したが、却って深夜になると腹が空いてしまった。簡単なので、ささっと蕎麦掻きを作って食べる。
さて、今日はワールドカップもお休み。昨日中断されたジンバブエ対ニュージーランド戦は、結局今日も雨で試合中止。勝ち点は双方に1点ずつ与えられることになった。と、いうことで、インドにとっては危機である。インドとしては、ジンバブエに負けて欲しかったのだ(と、はっきり書くのも当たり障りがあるような気もするが)。
このような他力本願で、Semi Finalに進んでみたところで仕方がないような気もするが、兎に角、差し迫った、そしてインドにとってはワールドカップ優勝よりも大切なのが、明日に予定されている対パキスタン戦だ。と、いうことで、関係諸方面の方々、明日の午後は開店休業状態になりますので、悪しからず。因みに、定時きっかりに脱兎の如く帰宅してクリケット観戦です。
あ〜ぁ、今日も原稿書かなかった。そもそも僕は、夜型の典型というか、この日記にしても、午前1時を過ぎないと書く気に慣れないのだ。〆切は刻一刻と迫ってくる...。
カシミール紛争関連
- Vajpayee首相、テレビ演説にて、パキスタンとの会談には応じる用意があるが、会談内容はKargil地区への侵入をパキスタンが止めることに限定し、LoC自身の変更は認めないこと、を述べる。
- インド側発表では、殺害された武装侵入集団の内、少なくとも221人はパキスタン正規軍兵士であると発表。パキスタン側はこれを否定。
- 6月6日(日)
- 今日もクリケット。ジンバブエ対ニュージーランド戦を観戦するが、またしても途中で寝てしまう。(結局、雨で中断されたこともあり、夕闇が迫ってきたので、ジンバブエが175runでall outになったところで明日に持ち越し。ニュージーランドが勝ち、インドが残り2試合に全勝すると、インド、ジンバブエ、オーストラリア、ニュージーランドが同点で並ぶ、というシナリオも可能になる。)
金曜日に急いで帰ってきたので、仕事を沢山持ってかえってきた。また、別のところに書かなければいけない原稿も何本か抱えていて(実は、本になる予定。詳しいことが決まったらここに書くので、是非買って下さい)、〆切が一日また一日と近づいているのに、何もしない週末になってしまった。後悔。
これを書きつつ、何度もトイレにいく。腹の調子が悪い。昨日買ったライチを、クリケット見ながら一気に平らげてしまったのがいけなかったのだろうか。
ゴアの選挙結果が出たので、久しぶりに政治日記を更新した。
カシミール紛争関連
- 外相会談については、インドはパキスタン側の反応待ち。また、今回の衝突が戦争に発展する可能性を否定。
- インド政府、戦闘にて死亡した武装侵入集団の3名の遺体を回収した結果、パキスタン正規軍の兵士の身分証明証が発券されたとして、これを公開。(注: パキスタンは一環して、今回の進入者はFreedom Fighterであり、パキスタン正規軍は関与していないとしてきている。)
- 空軍による攻撃再開。
- パキスタンの情報相、昨日のSharif首相発言は間違って引用されていると発言。何としても戦争は避けなければならず、平和的な対話を通じての衝突の回避が必要と発言。
- 6月5日(土)
- 昼過ぎに起きて今日もクリケット観戦。今日の試合はパキスタン対南アフリカ。グループAとBの一位チームの激突である。
ところが、やはりクリケットというのは観戦するには退屈なスポーツなのか、うつらうつらしてしまった。
夢と現の間を行ったり来たりしていると、7時過ぎになって、事務所のVS氏から電話がかかってきて、なんと、「事務所の入っているビルから、『火災報知器が反応しているのですぐに来てくれ』との電話があった」との由。当方寝ぼけていたが、アンバサダーですぐに駆けつける。道中焦ってしまい、歩道の縁に乗り上げてしまった。
駆けつけて、事務所の中を調べるが、どこも燃えたような形跡はなく、一安心。話を聞いてみると、どうやら火災報知器の故障だった模様。人騒がせな話ではあるが、連絡をもらってから10分以内に駆けつけられてよかった。
帰りにマーケットに寄って、ライチを1kg買ってくる。40ルピーだと言われたので、「去年は25ルピーだったじゃないか」と噛み付いたら35ルピーになった。多分適正価格は20ルピー位なのだろう。
パキスタン対南アフリカは、これぞOne Day Matchともいうべき、実に立派な試合であった。中盤まではパキスタンのボウラーが南アフリカを抑えていたが、終盤Six(野球でいうホームラン)を連発して、南アフリカが勝利を納めたのだった。
カシミール紛争関連
- 外相会談についてパキスタンが提案した6月7日をインドは「都合がつかない」との理由で拒否。実際は、「実はLoCは確定していない」、「カシミール紛争全般について協議したい」とするパキスタンの見解を嫌ったもの。
- 今日は空軍による攻撃は無かった。
- パキスタンのSharif首相が、「(パイロットの返還などパキスタンが善意を示しているのにも関わらず)インドが対話を拒む限り、戦争に至る可能性も排除できない」と発言したと伝えられる。
- 6月4日(金)
- 案の定、3時を過ぎると、皆がそわそわし始めた。トランジスタラジオで情報を仕入れたドライバー達がオフィスを出たり入ったりして、最新情報をもたらす。インターネット経由、スコアが随時更新されていく。
インドは最初のトスで勝って、オーストラリアを先にバッティングさせることにした。これは、先日来降った雨でグラウンドがバッティングに向かない状況だからと言われるが、この情報が入ってきた段階で、あぁ、今日はだめかもしれないなぁという雰囲気が広がり、オーストラリアのバッティングが好調(=インドのボウリングが不調)で、インドがWicketを奪えない中、1 over(6球)毎のRunが6を上回る勢いという情報が入ってきたところで、諦めムードが広がった。
もう、この時点で定時は過ぎていたので、クリケットを見たければ皆帰宅してもよかったのだが、VS氏などは、きょうはもうだめだ、といって残業すると言い出した。ところが、Wicketが1、2、3、と奪われたとの情報が入ってくると、またそわそわ感が戻ってきて、僕も居ても立ってもいられなくなり、「帰る!」と宣言した。すると、VS氏は、「誰かがそう言い出すのを待っていた」とのたまわり、彼も帰り準備を始めたのだった。
さて、家に帰って観戦を始める。間もなくオーストラリアのバッティングは282runで終了。いよいよインドの反撃である。インドのOpening Batsmenは、我らがSachin Tendulkarと今World Cupで記録的なRunを稼いでいるSourav Ganguly。283runは簡単なターゲットではないが、Ganguly-Dravidパートナーシップが大爆発したスリランカ戦を思えば、大いに期待出来る。
しかし、しかしである。開始4球目をバットの外側に引っかけたTendulkarの打球はフィールダーの手にすっぽり収まり、Century(100打点)を期待されていた彼は一点も叩き出すことなく、アウトとなった。その後も、Dravid、Ganguly、Azharuddinと、インドのバッティング開始後30分も経たないうちに次々と倒れていってしまったのである。
もうこの時点でインドの負けは決まったようなものなので、テレビの前で観戦するのは止めて、インターネットに繋いで、Rediff On The NeTの「ワールドカップチャット」に参加する。皆、オーストラリアを先に打たせたのは間違いであったと、キャプテンのAzharuddinを攻撃していて何だか可哀想ではあった。
結局、「ワールドカップチャット」で、「Azharを首にした後のキャプテンに」との声が高かったAjay Jadeja(100 run)とベテランのRobin Singh(75 run)の予想外の活躍はあったものの、その二名以外は二桁のRunを記録した者がいないという散々な結果で、インドは目標の283runに遠く及ばない205runでall outとなってしまった。
インドはChasing(相手チームに先に打たせて、その打点を目標に追いかけること)は不得意だと言われているが、正にそれを絵に描いたような試合であった。もう一つ言えることは、インドチームは精神的に弱いということだろうか。今日もTendulkarが倒れた時点でチーム全体が動揺してしまい、その後はオーストラリアのボウリングに圧倒され続けだったが、同じような試合はインドで行われた一連のパキスタン戦にも見られた。
今日の敗北で、インドがSemi Final(Super Sixの上位4チームによる準決勝トーナメント)に勝ち残ることは極めて難しくなった。残りの2試合(対パキスタン、ニュージーランド)に全勝した上で、ジンバブエ、ニュージーランド、南アフリカ等が負けることに賭けるしかない。毎日深夜に行われる「ワールドカップ・今日の決め手」という、視聴者参加番組でも、電話をかけてくる視聴者の中に、「こんな状況で、インドは幸運に恵まれても、Semi Finalに進む資格はないのではないか」との声も出てくる始末。
Sachinを始めとするクリケット選手は、ワールドカップを機にここぞとばかりコマーシャルに出演して荒稼ぎをしている。テレビで流れるコマーシャルの5本に1本は彼らが出演するものといっても過言ではないのだが、今日の試合の後も、"kyaa baat hai!"(なんて凄いんだ!)と笑顔で登場するSachinをみて、「ニコニコしてる場合じゃなかろう、えぇお前!」と思ったのは僕だけではあるまい。
「チャット」で、Semi Finalに残るチームはどこかをシュミレートするページ、不評のキャプテンMohammad Azharuddinのページが紹介されていたので、リンクを載せておく。それにしても、惨めとしか言いようのないバッティング、スリランカ戦・イングランド戦と良くなってきたと思ったら、オーストラリアに35ものExtra(野球でいうボール・ボーク: 相手の得点になってしまう)を与えてしまったボウラー達も悪いのに、Azharだけが戦犯扱いされるのは可哀想だ。
カシミール紛争関連
- パキスタンの捕虜となっていたインド空軍のNachiketa大尉が帰還。
- Clinton米大統領がパキスタン首相に「LoCを遵守すべき」との書簡を送ったと伝えられる。
インド国内では、今回の衝突を巡って、「アメリカのインドに対するアプローチが変わりつつある」との見方がある。この背景には、今回の武装侵入集団が、ナイロビの米大使館の爆破を指揮したと言われるOsama bin Ladenの麾下にあるアフガンゲリラであると見られており、インドとアメリカの利害が一致していることがあるようだ。
- 6月3日(木)
- 昨日の雨のお蔭で、随分と涼しい一日だった。
ブータンという国がある。インドとチベットの間に挟まった王国で、文化的にはチベット文化圏に属し、人種的にはモンゴロイド。独自の文化を守るために、観光客の流入を制限していることでも知られる。
小学生の頃、「少年朝日年鑑」だったと思うが、世界の国々の概要をまとめた本を読んでいて、何故かしら気になって仕方が無かったのが、ブータンと今はインドに帰属してしまったシッキムという王国だった。その頃は、まだ父もインドと仕事の関わりをもっていた訳ではなかったはずで、何故この二つの小王国に興味を持ったのか、良く分からない。本能的なものだったのだろうか。
シッキムは1975年にインドに編入され、独立国としての地位を失ってしまった。今でも入境には特別の許可証が必要だが、インドにいる間に是非行ってみたいと思っている。
さて、ブータンにもまだ行ったことはないのだが、今日のテレビニュースによると、ブータンの国王の在位25周年の記念行事の一環として、同国初のテレビ放送が始まるという。今時テレビ放送の無い国があるとは驚きだったが、テレビを通じて、外国、特にボリウッド映画に象徴されるインドの文化がどっと流入したら、これまで誇りをもって保たれてきたブータンの文化はどうなってしまうのだろうか。これまで鎖国的とも言える政策を敷いてきた理由は、インドという、全てを呑込む、ある意味では普遍性を持つ文化を有する国に囲まれていることから、常に自国のアイデンティティーを意識していなければ国の存続が危ぶまれる、といったことなのだと思う。
テレビを持つなとは言えないし、テレビを通じてブータンの人々の目が世界に向けて開かれていくことは良いことなのかも知れないが、「最後のShangri La」と呼ばれる国が、インドのインドを始めとする外国文化に毒されていくのには危機感を感じざるを得ない。
と、いうのも、「最後のShangri La」を汚したくないという、外国人の勝手且つ思い上がった考えなのかもしれない。
明日はワールドカップSuper Sixの封切りとなる、対オーストラリア戦が予定されている。多分午後は皆そわそわして仕事にならないことだろう。全インドでそわそわ状態になる訳で、パキスタンに勝って半日休日にしてしまったバングラデシュのことは笑えない。対パキスタン戦は8日に予定されているのだが、カルギルの戦闘もあり、否が応でも盛上らざるを得ない。8日は休みを取るスタッフが出てきそうな雲行き...。
- 6月2日(水)
- 四時過ぎ、強風が吹き始めたと思ったら、空、というよりも、大気が瞬く間に暗い翳に包まれ、突然日没がやってきたかのように真っ暗になった。この季節になると時折訪れる砂嵐である。デリーはラジャスタンの半砂漠地帯(土漠とでもいうだろうのか)から200km程度しか離れていないから、これは日本の春先に見られる黄砂現象などという生易しいものではない。もろに砂が宙に舞い、大気が土色に曇るのである。
ローカルスタッフと、窓から外を眺めながら、カシミールでは戦闘が続いているし、何だか末期的な風景だなぁ、という話になり、広島の原爆の際には「黒い雨」が降ったことなどを話した。すると間もなくして雨が降り出し、先程までの赤茶けた空が、文字どおり洗い流されたかのように澄みわたったのだった。
仕事を終えてオフィスの外に出ると、昼間の暑さも雨と一緒に流し去られたかの如く、季節外れの涼しい空気が溢れていた。
カシミールの状況をまとめるのにも疲れたので、当面お休み。更新した関連リンク集を掲載する。
- 6月1日(火)
- 6月になった。
このところ、毎月一日はビクビクくしながら過ごしているのだが、今日も同じ。電話がかかってくる度に、東京の某課からではないかと緊張の一日。
結局、今日も何も無かった。お蔭でインドにもう少し居られるのは有り難いが、数ヶ月先に自分が何処にいるのか良く分からないというのも困ったものだ。
さて、バングラデシュの勝利について、ダッカにある我が社の事務所スタッフにお祝いメールを送ったら、興奮した調子で返事が返ってきて、何と今日はバングラデシュでは半ドンになって、国を挙げてお祝いをしているとの由。
インド人の同僚にこの話をしたら、パキスタンに勝った位で祝日になるなんて信じられない、といった、「小国」バングラデシュを小ばかにしたような反応だった。インドが大国なのは分かるけれど、小さな隣人へのシンパシーを忘れるなよなと言いたくなる。
夕刻、隣接しているオフィスから、「8日に予定されているSuper Sixの対パキスタン戦はカシミールでの衝突の影響で選手の安全が保証できないという理由で中止になった」との情報が飛び込んできて、事務所一同どよめくが、早速インターネットで確認して、デマだということが分かって一安心。
スポーツと政治は別だというきれいごとが良く言われるが、カシミールで衝突していようが、対パキスタン(対インド)戦が行われなくなったら、両国の10億人(控え気味な推計?)のクリケットファンは多いに悲しんだことだろう。
チェンナイの感動が懐かしい。8日にマンチェスターで予定されているマッチでは、選手のみならず、観客も正々堂々と闘って欲しいものだ。