インド民主主義の源・投票所潜入記


1998年11月25日、デリー、ラジャスタン、マディヤプラデシュ、ミゾラムの4州で州議会選挙が行われた。その背景・結果・分析は別途記すが、ここでは、投票日当日にデリー市内の某投票所に潜入したときの見聞を記してみたい。

インド政府のお役人である「某氏」(迷惑がかかるといけないので特に名を秘す)は私の仕事のカウンターパートとして親しくしているのだが、11月中旬のある日、仕事で電話したときに、彼から、「11月25日には、投票所の監督官をしなければならない」という話があった。前からインドの選挙には興味があったので、「その投票所を覗きに行ってもよいか、貴方に迷惑がかかるのであれば止めにするが?」と聞いたところ、先方からは、「自分がその投票所の監督官だから、問題ないはずだ(=インドでいうところのNo Problemであり、本当は規則違反である)」とのことで、投票所の場所を教えてもらった。

このように、選挙の際に中央政府の職員が、投票所の監督や選挙区の管理のために「貸し出される」のはよくあることで、彼自身も前前回の総選挙(94年)の際にはジャム・カシミール州で投票所の管理をやったそうだ。彼の上司も98年の総選挙ではビハール州に割り当てられていた。

さて、投票日当日。彼から教えてもらった道のりを辿る。彼の投票所は、ニューデリー駅の北にあるRam Nagarという選挙区にある。この選挙区は、SC(Scheduled Caste)、すなわち不可触民を中心とした指定カーストの議席に割り当てられている。指定カーストの優先議席は国勢調査に基づいて指定カースト人口の多い地域に割り振られるから、この選挙区は指定カースト人口が多い地域ということになる。

ニューデリー駅から5分程北に進んだところに車を止め、車が入るが出来ない細い路地に入っていく。舗装さえされていない路地の左右には、様々な店が並んでいる。中には看板がウルドゥ語で書いてある店もあり、比較的ムスリム人口が多いことが分かる。配電線に無数の電線が絡み付き、それがそれぞれの家に引き込まれている。要すれば盗電である。「スラム」と呼ばれても良い地域である。貧しい、という感じは余り受けない(店の中にはテレビゲーム屋もあり、子供達が群れていた)が、人口の密集度は非常に高い。

路地に入ってから15分程進むうちに投票所が3個所程あったが、どれも目指しているものではない。細かく入り組んでいる路地を行ったり来たりしているうちに迷ってしまう。2、3人に道を聞いて、やっとのことで目指す投票所を見つける。

小さな広場に結婚式などでよく使われるテントが張ってあり、それが投票所であった。入り口付近に警官が4、5人立っており投票所に入ろうとした何人かを追い返している。私も制止されるのではないかと緊張したが、私にはかまうそぶりも見せないので、投票所を覗き込むと「某氏」がいて、招き入れられた。迷ったこともあり、すでに午後4時になっており、投票時間は残り1時間である。

投票所の中には、4人の選挙管理者がおり、それぞれ、1)有権者名簿(この投票所の場合は924名)との照合、2)重複投票を防ぐための特殊インクの塗布、3)投票用紙の準備、4)投票スタンプの用意、を担当している。かれらは全て「某氏」の部下であって、彼の部署を挙げてこの投票所の管理を行っていることになる。

これに加えて、各政党から派遣された選挙監視人がいる。この投票所からはBJP、国民会議派、Shiv Sena、諸派(2名)の計5名がいた。彼らも選挙管理委員会から公表されている有権者名簿の写しを持っており、それぞれの政党が把握している支持者との照合を行っているようだった。

さて、残念ながら、投票所内は撮影禁止ということで、写真は一枚もない。インドの投票がどのように行われるのか、出来るだけ分かり易く説明してみよう。

まず、投票所に入ってきた有権者について、選挙監視人と選挙管理者が有権者名簿との照合を行い、本人確認を行う。この際、選挙監視人は、本人確認に疑問がある場合には、異議を申し立てることが出来る。

「某氏」によると、一投票所あたりの有権者人口は大体1,000名程度に抑えられている一方、選挙監視人として派遣されている人達は各政党の運動家として日常的に選挙区内を巡回しているので、本人確認の客観性を保つためにはかようなシステムが有効なのだそうである。

さて、本人確認が終わると、重複投票防止のための特殊インクの塗布となる。これは、洗っても落ちない特殊なインクを、左手の人差し指の爪の生え際の皮膚の間に塗布するもので、こんな感じになる。(某政党の運動家の関係者から聞いたところでは、「その道」のプロの間には、このインクを洗い流す薬剤もあるそうだ)

この後、投票用紙が渡される。この選挙区からは、Bahujan Samaj Party(低カースト層を支持基盤とする)、国民会議派、CPI(M)(インド共産党マルクス派)、BJP、Janata Dal、Shiv Sena(マハラシュトラの右翼政党)、その他諸派3党からそれぞれ1名ずつ立候補しているが、10cm×40cm程の縦長の投票用紙には、上から順番に、候補者の名前と所属政党名がヒンディー語とウルドゥ語で記され、その隣に、ゾウ(BSP)、右手(会議派)、カマとハンマー(CPI(M))、ハスの花(BJP)、車輪(JD)、矢(Shiv Sena)、剣と楯、機関車、煉瓦など、各政党に与えられたシンボルが記されている。これによって、文字が読めない人でも政党を認識できるようになっているという訳である。

この投票用紙の各政党候補者の欄にハンコ(このページの背景のしるし)を押すというのが、投票方法であって、文字を書けない人にも投票が出来るようになっている。投票用紙を折りたたんだ際にハンコのインクが別の欄にうつってしまう可能性があるため、それを防ぐための投票用紙の折りたたみ方が決まっており、投票用紙を渡す前に所定の方法に従って折り目がつけられる(このたたみ方でない場合には無効票とされる)。

投票用紙とハンコを受け取った有権者は、その辺で拾ってきたような段ボール紙で作られた囲いの中で投票用紙にハンコを押した上で投票を行う。中には、「こうやって押せばいいのかぁ?」と外にいる人に聴く人もいて、「某氏」などは苦笑していた。

私が投票の模様を見ていた1時間余りの間に、国民会議派の選挙監視人から本人確認に疑義が表明された投票者が1名いた。BJPの監視人は黙りこんでいる。どうやら、投票〆切の午後5時が迫ってきているため、投票所の外にいるBJPの運動家が問題のこの投票者を他の有権者の名前で投票所に送り込んだらしい。「某氏」がその場の調停に入り、結局問題の投票者は引き返していった。各政党の運動家は選挙区内で自由に動き回って支持者を投票に誘うことは許されているが、投票所の半径200m以内には立ち入ってはいけないことになっている。

さて、午後5時になり、投票が締め切られた。私が見ていたのは最後の1時間余りのみであったが、上述の引き返していった投票者以外には大きな揉め事もなく、淡々と投票が進んでいった、というのが印象である。SCの指定議席ではあるが、私が見た限りでは、シク教徒の投票者が多かった。

投票箱の封印が始まる。投票箱の封印に際しても、各政党からの選挙監視人が立ち会い、ロウで封をした上に各監視人が各党の印章を押印する。投票箱は更に白い布に包まれ、その上から更にロウの封印がなされる。

この作業と併行して、「某氏」は投票者の取りまとめを行う。最終的に924名の有権者のうち、542人が投票した。約59%の投票率である。

この後、投票箱の運び出しが行われた。細い路地を右へ左へと曲がり、激しい人ごみの中を縫って、投票箱は進んでいく。

(下の写真の中央に担がれている白い包みが投票箱である)

最後に、選挙管理委員会が借り上げたバスに積み込まれる。

この間、ほぼ500m。警官に警護されてはいるものの、人ごみの中で担ぎ上げられた白い包みが進んでいくのはいやでも目につく。何も起きなかったからよかったようなものの、投票箱の略奪がインド中で頻発する、との話が分かるような気がした。

投票箱はこの後厳重に警護された投票保管所に納められ、開票は3日後の11月28日から開始される(同時に開催されるラジャスタン、マディヤプラデシュ両州が地理的に広大で即日開票が困難であることに配慮したものと思われる)。