エージェントに指定されたホテルに行き、17:00から一緒にトレッキングを行うことになるオーストラリア人を中心としたグループと顔合わせ。
一行は老若男女取り合わせて14名。聞くところによると、当初計画では彼らは既にカトマンズを離れ、飛行機でトレッキングの出発地であるルクラに辿り着いているはずで、2日間続けて空港まで行ったもののその度にフライトがキャンセルになり、足止めを食っている由。このままではフライトの目処が立たないため、リーダーのKathyから、フライトは諦め、ルクラまで飛行機で飛べば45分のところを6日間かけて歩いていくというオプションが提示され、皆そのオプションに同意。
その結果、当初計画である、エベレストベースキャンプとゴーキョの周遊が日程的に不可能になり、どちらに行くか、と言う話になった。多数派はベースキャンプ。僕もベースキャンプに行きたい。 その後、ビールを呑みながら歓談するが、久しぶりにインド英語以外の英語に触れるので、中々聞き取れず、こちらもヒンディー語が混じってしまったりして戸惑う。
三々五々散会後、部屋に戻るが、流石にインド-日本-インド-カトマンズの旅に疲れたのか、晩飯も食べずに寝てしまう。
八時二十分過ぎ、トレッキングの出発点であるJiriに向けてバスにてホテル発。その前に一行で記念写真。
ネパールは丁度Dasainと呼ばれるお祭りの最中である。北インドではDussehraと呼ばれ、RamayanaのRama王がRavanaという魔神に打ち勝ったのをお祝いするお祭り(Ramlila)が行われるが、ここネパールでは、戦いの女神Durgaに犠牲を捧げることが祭りの中心となる。バスの窓から見ていると、店や家の門前で羊やニワトリが次々と屠殺されていて、店先が血だらけになっているのが見える。同じヒンドゥー教の祭りとはいえ、インドでは屠殺や血は穢らわしいものと見做されており考えられない祭りである(カルカッタのKali Ghatでは一年中やっているが、これは例外ではないか)。
今日も周りの連中の英語が良く分からない。そのうち慣れるだろう。
Sun Koshi(川)の渡河点で昼食。ネパールの定番、Dal Bhat(米とアズキのような豆で作ったカレー)である。僕はおいしいと思って食べたが、オーストラリアから来たTrek Mateの中には全く口に合わない人もいたようだ。
そこから時速20kmでしか登れないジグザグの道路が始まり、一気に高度を上げていく。 午後三時、Charikot着。ゲートのところで停車。道行く人々が必ずといってよい程何かを口にしているのが面白い。
途中、立ち木などを利用して作った大きなぶらんこをいくつも見る。子供や女性が向かい合う形で二人乗りして、すごい勢いで漕いでいる。また、山が深くなっていくに連れて、段段畑が広がっていき、中にはソバの花も咲いているものもあった。この辺、日本の山国に似ている。
山の中を右に左にと縫って行き、午後六時頃になって、今日の目的地Jiri村が見えてきた。三十分後、村に入るところの橋の上でバスがエンコしてしまい、そこでみんなバスを降りて、村の中まで100m程バスを押していった。これから始まる体力勝負の世界の前触れのような、何となく楽しげな村への到着となった。 夕食はJoke大会となり、Rajaが大活躍したのだった。
バスはトランスミッションが壊れてしまったらしく、動かない。家族と祝うDasainのお祭りの最中だというのに、運転手はカトマンズまで帰る術を失ってしまった。Joke大会の合間にそんな話になり、一同ちょっとしんみりする。
夜九時には就寝。
宿の家族がDasainの準備をしていた。やぎはインドではTikkaと呼ばれる赤い粉でお清めを受け、ニワトリはきれいに現れてから、「殺る」のだ。
村の真ん中にあるDurgaのお寺の中にも犠牲の場がある。村人は三々五々ニワトリをぶら下げて寺の中に入って行き、そこでニワトリの頭を落として、頭だけ寺の本殿に備える。見ていると、屠られているのは雄鳥ばかりだ。卵を生むわけではないから、当然といえば当然なのかもしれない。お寺にきた人に聞いてみたら、ここには北インドのようなRamlilaはないそうだ。
さて、とうとうここJiriの村からトレッキングが始まる。
先行してポーターをかき集めてくれたシェルパのRomeshの周りは17名のポーターが集まっており、我々の荷物を分けている。登山靴でびっしりと固めた我々の足元が申し訳なくなるくらいに、粗末な靴(サンダル)しか履いていないのだが、これで一人当たり我々二人分の荷物を背負ってくれるのだ。 八時半にJiriを出発した。
最初のうちはノロノロと進んでいく。十一時十五分、Jiriを見下ろす丘峠に到着。ここまで三回も中休止しながらで、ゆっくりだ。
十二時半、峠を下ったところにあるMaliに到着。昼食ポイントである。到着時に小雨が降り始めたが、一息ついて、お茶を呑み始めるころから大降りとなる。本当にここから進めるのだろうか、と思いつつ外を見ると、ポーター達は雨の中でも黙々と、ただ黙々と進んでいく。
Maliのシェルパ宿の壁には、Amir Khan、Shah Rukh Khan、Sreedeviなど、ボリウッドの写真が一杯だ。フラッシュを焚いて宿の子供の写真を撮ったら、泣き出してしまってこまった。
昼食後、雨が小降りになったところでMaliを出発。谷の底へとどんどん下っていく。
三時半、______川を渡ったところの茶屋で休憩。茶屋の庭先には葛の花が咲いていた。 雨が降ったので道はぬかるんでいる。ネパールの山中、3,000m以下の標高にはヒルが多い。ネパール語では、ヒルのことを「ジュガ」と呼ぶらしい。「ジュガ」という音感が「なんともオゾマシイもの」という感じがしていいなぁと思う。ジュガに気をつけながら引き続き谷を下っていく。
僕の前を歩いていたLittle Philが、道から何かを拾い上げて茂みの方にどかした。何かと聞いたら、ガラスの破片が落ちていた、ポーターなどの中には裸足で山道を歩いている人もいるから、危ないと思ってどかしたそうだ。僕などはここまで歩いてくるだけで結構つかれてしまい、歩き続けることにしか関心が無くなり始めているというのに、良く気が付く人だ。
午後四時、本日の宿泊地、Shivalaya(1,700m)着。_____川に架かった吊り橋を渡って村に入る。Shivalayaとは、「シバ神の坐(いま)すところ」の意。小さいながらも、シバ神のお寺があるはずだ。ボリウッド映画の音楽をガンガンかけている村唯一の電気屋兼ミュージックショップ兼時計屋に、ヒンディー語でお寺はどこかと聞いたら、「お前何処に住んでるのか?」と聞かれ、デリーに住んでるといったら、「じゃあ、お前マニプリ(マニプール人)か?」と聞かれた。
お寺は宿屋通りの外れ、警察のチェックポストの隣にあるが、本当に小さなお堂で、入り口が見つからないので、拝むことも出来ない。お寺の隣の広場には、ここにもぶらんこがあって、遊んでいるのは女の子ばかりだった。
小さい宿場町なのだが、電気が来ていて、夜遅くまでAmitabh Batchanの映画のタイトル曲がガンガンかかっていた。
宿はドミトリーなのだが、狭くて通気がよくないので、息苦しくい。また、シェルパ達が何やらゲームに興じていたようで、うるさかった。それが終わると、隣に寝ているDavidの鼾がうるさく、殆ど眠れない。夜八時には横になったのだが、全く眠れず、九時、十一時、十二時、二時、三時、四時とまんじりともせずに眠れぬ夜となった。