私がそもそも専門学校から四年制の大学に入ったのは、将来英語の先生になろうと思っていたからです。でも、教育実習に行って、私には向いていないんじゃないかと思いました。私はもともと教えるより教わる方が好きなのです。本当に自信がないと、人に指導することは出来ません。英文科は出たけれど、いったい自分は何が出来るんだろう、何がやりたいのかもわかりませんでした。みんなと一緒にリクルートファッションに身をつつみ、就職活動をした経験もないのです。とりあえずジャパンタイムスの求人欄を見てみようと思いました。英語を使う仕事が何か見つかるかも知れないと思ったからです。今考えたら、あまりに単純でいい加減なのですが、求人欄のスペースが大きかったところ2社しか応募しませんでした。一方の会社の方が選考が早かったので、自然とそちらに行くことになりました。
流れに身をまかせたといった感じでしょうか。教会でも私の就職のことで、 恵みの御座で特別に祈っていただいたり、私の知らない陰のお祈りもあったことでしょう。感謝です。 採用されるまでのいきさつはこうです。求人欄の職種は、 「President Secretary」「Assistant Translator」「Clerk」でしたが、私は翻訳のアシスタントで応募しました。その会社の会議室で筆記試験を受けることになりました。一般常識問題と英語の翻訳のテストでした。2、30人は来ていたと思います。試験の最中に一人一人呼ばれて面接を受けるというやりかたでした。英語の筆記試験がとても難しく半分位の出来だったと思います。でも、どういうわけか私はその会社が一目で気に入りました。単に綺麗な高層ビルだったからかもしれませんが、無知な私にとっては、充分な動機だったのです。試験の最中に心の中で、「イエス様、試験はとても難しいです。でも、私はここが気に入りました。何とか採用して下さいますようにお願いします。」と祈りました。
面接の番がやって来ました。試験の出来を聞かれたので、 難しかったのであまり出来なかったと答えました。そうしたら、 自分でもなぜだかわからなかったのですが、 とっさに「あの、、、英文タイプも打てるんですけど。」といったのです。 Clerkの求人欄には「Some typing ability required」と確かに書いてありました。「事務員でもいいです。」と言った時、面接官が近くに座っていた次長に、「Nさん、この人もだって。」と声をかけていました。おそらく私のような人が何人もいたのでしょう。次長がやってきて、立ったまま私の履歴書を見て、「年齢もちょうどいいね。学歴もあるし。」と言っていました。
何日か経って、結果がまだこないことをお祈りしていたら、 リーンと電話が鳴りました。出るとその会社からで、合格をしたという知らせを受けました。 ハレルヤ!私は採用されたのです。あの頃の私には、自分自身の能力も把握出来ていなかったし、 控えめなほうだったので自分をアピールすることも知りませんでした。 でも、「タイプが打てるんですけど。」と言った一言で、後の会社でも、ずっと長い間貿易畑に身をおくことになったのです。出会いとはこういうものでしょうか。
牧師先生に採用されたことを電話でお伝えすると、「よかったね。」と言って下さいました。それで私はいきさつを細かくお話しました。「先生、とても高いビルなんです。私は高いところが好きなんです。」なんてくだらないことまで、、、。先生は、「ホォ、姉妹、高いところでよかったね。」と言われました。あまりにも幼い私で、思い出すたびに懐かしく笑ってしまいます。それと先生の暖かさも。