ある日曜日の夕方、私を教会に導いてくれたKちゃんに久しぶりに電話をして、楽譜を読めるようになるにはどうしたらいいか尋ねました。彼女は私に、ピアノを習うのが一番手っ取り早いと言いました。そうなのかなる程と思いましたが、どうやって先生を捜したらいいのでしょう。神様は、その日のうちに、というか数時間後に、私に一級品の先生を与えて下さいました。当時住んでいたアパートの裏に大きなスーパーがありました。普段は駅前のスーパーしか利用していなかったのですが、その日に限ってどういうわけかそのスーパーに買い物に行ったのです。スーパーの籠を取る時に、ふと掲示板があることに気がつきました。色々ある中で、「ピアノを教えます」というK音大卒の女性の広告が目に止まりました。
私は妙に引っ込み思案になることがあり、S姉妹に直ぐに電話をして、「ねえ、ピアノを教えるっていう広告を見たんだけど、習う気ない?問い合わせてくれない?」と虫のいいことを言いました。彼女もちょうどピアノを習いたいと思っていたところだということで、早速問い合わせてくれました。驚いたことに、彼女は家にオルガンさえないのに直ぐにレッスンを始め、私は仕事が忙しかったので3ヶ月後に始めました。その時はまだ教会からもらった足踏みのオルガンしか持っていませんでした。先生は二期会に所属する声楽家で、年齢も私達と同じくらいだったので、とても親しみがもてました。ピアノのレッスンの合間に、歌も教えて下さいました。ピアノを始めるには遅すぎる年齢なのかもしれません。実際、母親には、「いい歳をしていまさら何を・・」と言われましたが、いつもこう言うことにしています。「何かを始めるのに遅すぎるということはない。」と。その気持ちは何年経っても変わりません。
オルガンではスタッカートや強弱が出せないので、 後に教会のN姉妹から電子オルガンを安く譲ってもらいました。数年後には、 そのオルガンもS姉妹の姪っ子に譲り、ヤマハのクラヴィノーバを購入しました。 S姉妹の方は、アップライトのピアノを購入しました。ピアノを通してだけでも、 祝されているのですが、先生は子育てに忙しい中もレッスンをしてくださり、 数年後には声楽の方で発表会に参加しました。日本の歌を3曲歌いました。 一人で歌ったのは、小学校2年生の音楽会で「ゆりかごの歌」以来でした。 今は先生も私も忙しく、ピアノも歌も中断していますが、又再開したいと思っています。 何故ならば、音楽で自分を表現できることにあこがれを感じるからです。
*続き
上記は1997年に大分昔のことを書いたお証しですが、 2002年11月10日現在、私はピアノのレッスンは止めて声楽の方で先生にお世話になっています。