次へのステップ

(色々悩んだ挙げ句、再び転職を決心しました。人材バンクから紹介された会社は
日系でしたが、私が日頃からやりたいと思っていた仕事が用意されていました。)

2つ目の会社は、最初の会社のような、所謂楽しい職場ではありませんでした。外資系は、日本企業とは随分違うところだと感じました。でも男女の区別なく仕事を任せてくれるので、女性にとっては働きがいのあるところだと思いました。厳しい上司の元で、一から輸出の仕事を覚えていきました。やがて充分に仕事をこなせるようになりましたが、度重なる残業の為に過労で倒れるような日々でした。暮れになって一年を振り返って見た時、仕事以外に何をやったのか思い出せないような数年間でした。私の前が役員秘書の席でしたので、歴代の秘書達の仕事ぶりを良く見ていました。彼女達は英語力があり、その力を充分に活かしていました。その会社で、私は貿易事務全般をやっていましたが、シッピングアドバイスのような簡単な文章も書いたことがありませんでした。英文レター等を書くのは全部秘書の仕事だったからです。

彼女達の英文を目にするたびに、私もいつかこういう仕事が出来るようになりたい、 英語を書く仕事がしたいと願うようになりました。 「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神(ピリピ2-13)」という御言葉があります。そして神様は、そこに至る道も全て御計画されています。ビジョンを持ち続けていると、必ず形になってあらわれるものだと思います。私はさんざん悩みましたが、6月のボーナスを捨てて、5月末で辞めることにしました。お金は問題ではありませんでした。2ヶ月間失業していましたが、心身共に疲れていた私が元気を取り戻す為には必要な時間でした。

職探しの時に、初めて人材銀行のお世話になりました。貿易事務で登録した私に紹介出来るのは、今一社しかありませんと言われました。紹介された会社は日本の会社でしたが、仕事の内容が非常に魅力的でした。営業のアシスタントで、今までの輸出の経験は活かせるし、翻訳もし、英文も書ける仕事だったのです。自分のキャリアアップには願ってもないチャンスでした。でも、日本の会社に戻ることにはかなり抵抗がありました。そもそも、日本の会社の体質が嫌で外資系に転職したのですから。でも、人材バンクの人にお尻を叩かれて、とりあえず面接に行きました。問題は給料が下がることでしたが、感謝なことに人材バンクの人が給与の交渉もやってくれたのです。そして、給与を上げるかどうかを決める為に、外人と二次面接をすることになりました。

まさかアメリカ人が働いているとは思いませんでした。ドキドキしながら面接にのぞみ、あまりの出来の悪さにガッカリしました。今まで私は何を勉強してきたんだろう、と情けなくなってしまいました。日本の会社ということだけでナメていたのかも知れません。本当に自分の傲慢さを反省しました。面接の帰りに、たまたま立ち寄ったライフセンターで、「Praise!」という英語の讃美集を見つけました。私が英語の讃美をしたいという思いが神様に通じていたこと、そしてガッカリしていた時にちょうどタイミング良くこの本が与えられたので、そのことがとても嬉しく、面接の結果はどうでも良くなりました。「落ちても感謝。受かったらなお感謝。」だと思い、週末は英語の讃美をしながら楽しく過ごしました。

翌月曜日、人材バンクから電話があり、信じられないことに月給を2万円あげてくれたとのことでした。年俸だと前の会社よりも高くなったのです。同時に採用された2人は、「とらばーゆ」経由だったので、金額も決められていて、給与の交渉は出来なかったとのことでした。後でわかったことですが、日本の会社では普通、面接の時に給与の交渉はしないということでした。私は前代未聞だと同僚に言われました。(ハレルヤ!)その年は、8月1日までに入社した人が冬のボーナスの支給対象者になっていました。どうして7月31日ではなかったのか未だに謎ですが、それはまるで私の入社日にあわせたかのようでした。たった数日後に入社した女の子は数万円の金一封しかもらえなかったのです。神様は、前の会社を辞める時に、お金に目を向けずに神様に従った結果として、後になってこのように祝して下さったのです。ハレルヤ!