密かなる計画

(仕事の内容が一年ちょっとすると変わり満足が行かなくなりました。
日系の会社に見切りをつけ、外資系の秘書を目指すことにしました。)

神様の、私に対して抱いておられる御計画は、私のちっぽけな頭では到底理解することは出来ません。クリスチャンはそれぞれ、神様から色々なところを通されて訓練されていると思いますが、私の場合は、仕事や職場の人間関係を通して、砕かれ教えられていることが殆どのような気がします。以前の私の頭の中は、「キャリアアップ」しかありませんでした。恐らく自分でも気がつかないうちに、仕事の中に自分のアイデンティティを求めようとしていたのでしょう。ある程度歳をとって独身でいると、ふっとした時に、自分は何の為に誰の為に存在しているのだろうと思うことがありました。まだ休んで周りを見渡すことが出来ない、走り続けている状態だったのです。

私がセールスアシスタントとして入った時は、アメリカ担当でした。船積みが程々にあって、翻訳の仕事もあり、英語のコレポンも書くことが出来ました。商業用コレポンを正式に勉強したわけではないのですが、前の会社の秘書や色々な人の文章を盗んでは覚えていたことが役にたちました。ある新しいゲームを世に出す時に、企画書を英訳し、それを元にアメリカ人が英文のリーフレットを作りました。そして、ショーで初めてそのゲームを一般に公開した時は、まるで自分の子供を世に出すような気持でした。

でも、そういう充実した日々も、一年が過ぎた頃一転しました。突然ヨーロッパ担当の女性が辞めることになり、私は彼女が辞める3日前にそのことを本部長から知らされました。ほんの数時間の引き継ぎで、私は彼女の仕事も全部担当することになってしまいました。ヨーロッパ向けの船積みはひっきりなしにあり、充実して割と優雅に仕事をしていたのが、嵐のように慌ただしい毎日に変わっていきました。彼女の後任は採らないということで、私の仕事は一気に3倍もの量になりました。ボールペンの跡が顔についていても、髪が乱れていても、鏡を見る暇もない為、女を捨てたかのような(笑)日々でした。

ある晩家に帰って、「だだいま〜、イエス様疲れた〜。」と座ると、いつの間にか横になって寝てしまい、帰ってきたままの状態で畳の上で朝目が覚めるという日が3日も続いたことがありました。慣れるまでの2、3ヶ月は激務でした。イエス様はそんな時でも、ちゃんと私を導いて下さっていました。そのころ私は、プライベートな問題でとても傷ついていた時でした。泣いて暮らしていてもおかしくない時でしたので、仕事のことで頭が一杯になっていてちょうど良かったのです。いつの間にか、傷ついていた心が癒されていました。すこし経つと、色々と工夫をし、仕事の量を減らすことが出来ました。

会社の組織編成による仕事の細分化で、単調な仕事になってしまい、最初の会社を辞めましたが、この会社でも同じことが起りました。日本の会社は担当者ベースではなく、誰がとってかわっても仕事が動くようなシステムになっています。この組織変えにより、セールスアシスタントのポジションを置かないことになりました。私の仕事は、ただマシンガンのようにタイプを打って船積み書類を作るだけの仕事になってしまいました。私は貿易の仕事を長年やってきましたが、貿易のことを何も知らない若い女の子と、同じ仕事を横並びでシェアしなければいけないことに対して、とてもがっかりしプライドが傷つきました。仕事のレベルが下がることは、転職した意味が全くないということです。ここでのセールスアシスタントの仕事を通して、自分は人の仕事をサポートすることが楽しいし向いていると気がつきました。

私は、迷わず『秘書になろう、そして外資系に戻ろう』と密かに決心しました。居心地の良い日本の会社よりも、厳しくても自分の能力を活かすには、やはり外資系の方が良いと改めて思ったのです。考える時間は長くとも、一度決心すると行動が早い私です。こっそり夜間の秘書学校に通い始めました。上司や同僚には、老後に備えて勉強する(笑)と表向きでは言っておきました。秘書を目指すには遅すぎる年令になっていましたが、貿易事務→セールスアシスタント→秘書というのはごく自然な流れだったような気がします。私は心の片隅で、『どうして私は仕事を何度も変わらなければいけなくなるんだろう』と思い、ため息が出たこともありますが、自分では分からない神様の御計画は着々と進んでいました。(次の職場での神様からの厳しい訓練が、私のふらふらした信仰を確かなものとしたからです。アーメン。)